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「ユダヤのランプ」(中編)
LA LAMP JUIVE
初出:1907年7月〜8月「ジュ・セ・トゥ」誌32〜33号 単行本「ルパン対ホームズ」所収
他の邦題:「ユダヤランプ」(新潮)「ユダヤの古ランプ」(ポプラ)
◎内容◎
ダンブルバル男爵の館から「ユダヤのランプ」が盗み出された。男爵はロンドンのシャーロック=ホームズに事件の捜査を依頼するが、事件の背後には怪盗アルセーヌ=ルパンの影があった。ホームズとワトソンは再びパリへおもむき、ルパンとの対決に臨む。
◎登場人物◎(アイウエオ順)
☆アリス=ドマン
ダンブルバル邸に住み込んでいる娘達の家庭教師。
☆アルセーヌ=ルパン
青年怪盗紳士。
☆アンリエット
ダンブルバル夫妻の娘。6歳。
☆オースティン=ジレット
イギリスの警察本部長。
☆ガニマール警部
一度はルパンを逮捕した老刑事。事件にルパンが関与するとみるや激しい執念を燃やして捜査に当たる。
☆シャーロック=ホームズ(ハーロック=ショーメス)
イギリスはロンドン・ベーカー街に住む名探偵。ダンブルバル男爵から「ユダヤのランプ」盗難事件の解決を依頼され、同時にルパンから「事件に関わるな」という挑戦状を受け取って、パリへと出かける。
☆シュザンヌ=ダンブルバル
ダンブルバル男爵の妻。
☆ストロングバラ夫人
ロンドンに住む女性。ルパンと知り合いらしい。(名前のみの登場)
☆ソフィー
ダンブルバル夫妻の娘。8歳。
☆デュージー
パリ警視庁の刑事。(名前のみの登場)
☆デュドゥイ
国家警察部部長。(名前のみの登場)
☆デュブレ
辻馬車の御者。
☆ドミニック
ダンブルバル男爵に20年以上仕えている召使い。(名前のみの登場)
☆ビクトール=ダンブルバル
ミュリョ通り18番地の館に住む若い男爵。
☆フォランファン
パリ警視庁の刑事で巡査長。ガニマールの指揮下で捜査に当たる。
☆ブレッソンサン・フェルディナン広場の近くに住み、自殺してしまう謎の男。
☆ランジェ
婦人帽の製造販売をしている女性。
☆ワトソン(ウィルソン)
ホームズの友人の医師で、助手兼伝記作者。ホームズともども再びパリにやって来るが、今度は命にかかわる重傷を負う。
◎盗品一覧◎
◇ユダヤのランプ
かつてはありふれた銅製のランプで、柄と容器からなる。容器に油を入れて、2、3個ある穴に芯を入れて明かりをともす仕掛け。それ自体はたいした値打ちはないが、小さな物を隠せる仕掛けがあり、ダンブルバル夫妻はここに宝物を隠していた。
◇黄金の怪獣(キマイラ)ユダヤのランプに隠されていた小さな宝物。ルビーやエメラルドをはめた豪華なもの。
(ただし上記の品物はルパンが盗んだものではない)
<ネタばれ雑談>
☆ルパン対ホームズ、リターンマッチ!?
本作
『ユダヤのランプ』は『ルパン対ホームズ』に収録された、
『金髪の美女』に続く第二編。ただしボリュームは『金髪の美女』の半分以下で、二章構成をとりながらも実質「短編」といっていい。
パリから事件捜査依頼の電報を受けたホームズが「ルパンとの対決以来パリへ行くのは久々」というようなニュアンスで話すように、物語は『金髪の美女』から間を空けていることがうかがえる。物語の途中で
「6月25日木曜日」という記述があることから万年暦で調べると
「1903年」のことと断定でき、『金髪の美女』から2年近い年月が流れていることがわかる。前作で骨折したワトソンの腕はまだ完治していないようだが、これは長くかかりすぎのような…。
「ユダヤのランプ」盗難事件は「土曜日の夜」と明記され、それがホームズの捜査開始から「6日前」であり、ホームズの捜査がおよそ4日間程度とみられることから、このルパン対ホームズの第二戦は
「1903年6月18日から22日」と推定できる。物語の冒頭、暖炉に足を向けてヌクヌクとしているホームズの描写からなんとなく冬の話のような印象を受けていたのだが、実は初夏6月の話なのだ。5月のロンドンなら行ったことがあって、寒いときは寒いってことは知ってるのだが…
ほんらいはルパンと無関係に依頼された事件だったが、同時にルパンから「事件に関わるな」という手紙を受け取り、かえってやる気を出してしまうホームズ。ところがパリ北駅に着いた途端、
シャーロック=ホームズ対アルセーヌ=ルパン
シャーロック=ホームズ対アルセーヌ=ルパンのデスマッチ!
イギリス側の選手、到着す。名探偵、ミュリョ通りの謎にとりくむ。
詳細は「エコー・ド・フランスlにて読まれたし!
とスポーツ新聞よろしくデカデカと書いたサンドイッチマンの団体さんにお出迎えされてしまう(笑)。ルパンは最初っからホームズが乗ってくると読んでいた、いやむしろ乗ってくるように挑発したというわけなんだけど、このお話って読み終えてみると明らかにホームズが介入しない方がみんな幸せだったのに、って事件で、ルパンの真意がイマイチよく分からない。
なんだかこの対決じたい、自身が経営する新聞「エコー・ド・フランス」の売り上げ増のためにルパンが仕掛けたイベントのような気もしてくるのだが…(笑)。
事件じたいも謎らしい謎はあまりなく、ホームズも到着直後にたちまちある程度の「真相」に到達してしまっている。外部から何者かが侵入したことを偽装するというトリック自体は目新しいが、ホームズの推理を見ているとあまりに簡単に証拠を残してしまっているところなど、ルパンらしくないな、とも思える。その後別の集団によって本当に押し入り強盗が行われる展開なども、読んでいてあまりスッキリしない物語づくりだと思う。
その本物の押し入り強盗でワトソンが心臓から4ミリのところまで短刀で刺されるという重傷を負ってしまう。ルブランさん、ワトソンに何か恨みでもあるのか二作続けてのご難を彼に与えているわけだ。ワトソンはホームズの伝記作者でもあり、すなわち原作者の分身でもあるわけで、これはもしかしてイチャモンをつけてきたドイルに対するルブランの呪いかけだったりしないか(笑)。
同じルパンとホームズの対決を扱いつつも、数多くの映像化・舞台化・漫画化がなされた『金髪の美女』に比べると、この『ユダヤのランプ』は内容の出来もあってか他メディアではほとんど無視されている。そんな中で1970年代のフランスTVドラマシリーズ
(デクリエール主演版)の中の一作
『カリフの怪獣』
は一応『ユダヤのランプ』を原作としたもの。盗まれる品物が「怪獣」の装飾品であること、外部からの侵入があったように見せかけるトリック、ルパンが水に落ちて行方不明になるシーンなどが原作から使われているが、ストーリー自体はほとんど別物。ホームズとワトソンらしき二人組がロンドンからやって来るのだが、同シリーズに出てくる「エルロック=ショルメスとウィルソン」ではなく
「フォックスとロバートソン」のコンビとなっている。まぁなんとなくホームズっぽくもある容貌になっているが…
☆善行に精を出すルパン?
「怪盗ルパン」シリーズの要素の一つに、ルパンがその卓抜した能力を使って困っている人を救ってあげるという「善行」パターンがある。泥棒ばなしだけではそうたくさんは話が作れない
(実際、シリーズ全体を見渡すと本格的な泥棒ばなしは意外に少ない)ため自然とそうなったとも思えるのだが、ルパンが下心無く善意から困っている人を救うために行動しているのはこの『ユダヤのランプ』が最初となる。
事件は一見ルパン一味による強盗事件と思わせるが、実は内部の犯行であることを隠すための偽装工作。肝心の「ユダヤのランプ」にしてもルパンが盗んだわけではなく、むしろそれを取り返すために努力している。ルパンと連絡をとりあい一時「共犯」とみられるアリス=ドマン嬢もあくまで男爵夫人の窮地を救うためにルパンに協力を求めたのであって、ルパン一味というわけでもなく、また
(珍しい事に)ルパンの愛人というわけでもない。
アリス=ドマンとルパンの連絡には、ルパンシリーズではすっかりおなじみの「エコー・ド・フランス」紙の三行広告が使われている。ホームズも言うようにすでに「エコー・ド・フランス」紙は
「ルパンの機関紙」と明白に見なされており、ここに広告を打てばルパンと連絡がとれるというのがパリっ子の常識になっていたのではないかと思われる
(読む限りアリス=ドマンとルパンに以前からの関係はなさそう)。ということは、ルパンの「善行」はこれ以前から「エコー・ド・フランス」紙を仲介にしてしばしば行われていたと考えられる。
もっとも「善行」というよりも、ルパン自身が「面倒ごとに首を突っ込みたがる」性格であるため、仕事ではなく趣味として好きこのんで事件に介入してるだけ、という可能性もある。だいたいこの事件のケースではホームズをわざと挑発して事件に関わらせ、アリス=ドマンに関心を向けるようにわざとしむけ
(これはホームズ自身も途中で確信している)
、あまつさえホームズに謎解きの決定的な「鍵」を自ら提供してしまうなど、自分から「対決」を演出して楽しんでる気配がある。文中の描写ではルパンが調子に乗ってうっかりヒントを与えてしまったようにも見えるが、ホームズの能力を知るルパンのこと、これもわざとやって楽しんでると見たほうがいいように思う。
☆「人妻の浮気」パターン
最終的に男爵夫人の浮気がことの発端であることをホームズは解き明かし、ダンブルバル夫妻のあいだにはどうしてもわだかまりは残るであろうし、男爵夫人を慕っていたアリスも家庭教師をやめて男爵邸を去らねばならなくなる。最後にルパンがホームズにこの点をからかうように非難し、ホームズが反論する一幕があるように、ホームズは事件解決こそしたものの彼にとって後味の悪い結末になる。深読みしていくとダンブルバル男爵がたまたまホームズに捜査依頼をしちゃったので、ルパンは「エコー・ド・フランス」の売り上げ増&ホームズに対するイタズラ心からこの「対決」を演出したんじゃないかと思えてくる。
ところでことの発端であるダンブルバル夫人の浮気だが、このケースのように人妻が夫以外の男性と恋愛関係になり、やりとりした手紙などをタネに恐喝され、それを主人公が救ってやるという話はあちらの小説でけっこう見かけるような。ルパン・シリーズでは
『ハートの7』『結婚指輪』
がこのパターンで、原型をたどれば『三銃士』にも王妃アンヌとバッキンガム公の不倫をタネに脅すリシュリューに対してダルタニャンと三銃士が活躍するストーリーが挙げられる。そもそも『三銃士』の主人公ダルタニャンの恋人も人妻なんだよな。ルパン自身も人妻に手を出してるケースが少なくなく、この話のラストでアリスに
「あなたに姉のように接してくれますよ」と紹介している
「ストロングバラ夫人」だってそんな相手の一人ではないのか、って気がする。
子供向けルパンの決定版となっている
南洋一郎版「怪盗ルパン全集」は色恋沙汰を極力カットしてしまい、ルパンの女ったらしぶりがかなり薄められてしまっているのだが、それだけでなくこの話のような不倫ネタもしっかり修正が加えられている。南洋一郎訳の『ユダヤの古ランプ』は大筋は原作をなぞっているが、核心部分のダンブルバル夫人の「浮気」については
「少女時代にちょっとつきあっていて手紙も送ったが、その後は音信不通だった」ことに変更されてしまっている。そんな手紙で脅されて宝物を盗み出さなきゃならなくなる、というのも子供心にも不自然に感じるようにも思えるのだが…
☆蛇行しまくるセーヌ川
パリといえばセーヌ川。セーヌ川はパリの中心部を流れ、ガニマールをはじめとする警官たちの勤め先であるオルフェーブル河岸36番地のパリ警視庁や、ルパンの脱獄の舞台となった裁判所はその川中島のシテ島にある。この『ユダヤのランプ』でもセーヌ川が登場し、ルパンとホームズが同じ舟の上でまさに
「呉越同舟」となる場面もあるのだが、本文と地図を見比べつつ読んでいくと、物語はパリ中心部ではなくパリ北部から城壁を出た北西部郊外を舞台に展開されていることが分かり、地図があまり頭に入っていなかった僕などは「あれ?」と思ったこともある。ここで地図をご覧頂きたい。
上の地図を見ると、パリ中心部を貫いたセーヌ川がいったん南下してから大きく北方へ曲がり、パリ北部のヌイイ方面にまで流れてくることが良く分かる。やたら急流の日本の河と違って大陸フランスの平原を流れるセーヌ川は実にゆったりと流れており、全体を見るとかなり蛇行を繰り返しているのだ。
ダンブルバル男爵邸は高級住宅街のミュリョ通り18番地に存在する設定だ。本文中にこの屋敷の裏手が「モンソー公園」に面しているとあるので位置はだいたい特定できる。この公園はもともと18世紀半ばにオルレアン公によって作られた庭園で、ナポレオン3世の第二帝政時代(1851-1870)に公園として一般に開放されたものだそうだ。パリの観光名所のひとつでもある。
ホームズとガニマールがブレッソン、あるいはルパンを追跡しているのが現在は高級住宅地となっているパリ隣接都市ヌイイ。「フォランファン刑事がヌイイ通りのはずれで待っている」というセリフがあるのだが、現在の地図ではこの「ヌイイ通り」は発見できない。これはヌイイ通りが戦後に「シャルル・ド・ゴール通り」に改称されているため。シャルル・ド・ゴール(1890〜1970)
とは第二次大戦から戦後までのフランスを牽引した、現在の第五共和制フランスの実質的建国者といっていい軍人にして政治家。ルパンの活躍時期とかなり重なって生きた人物であるが、ルパンより16歳も年下だし、歴史の表舞台に立ったのはルパン譚も書き終えられルブランも亡くなった頃の話だ。
☆ルパンシリーズ初期の刑事たち
ルパン初期シリーズの宿敵の刑事といえばご存知ガニマール警部だが、この話の中では登場こそするものの「ルパンにはかないません」と明言し、えらく消極的。『金髪の美女』の件で懲りたのかどうか…このあとの作品にも登場してその時はかなりやる気満々なんだけど。
ガニマール配下の一人フォランファン刑事が登場、ルパンに向けて銃撃を行う場面もある。ルパンが「同僚のデュージー君はどこかね?」と声を掛けているように、『ルパンの脱獄』での初登場以来、『金髪の美女』でもデュージー刑事といつもセットで登場していた。二人ともまったくの没個性で見分けがつかないが、フォランファンはこの話では巡査長の階級であることが判明するとともにセリフも結構あってある意味美味しい役どころ(笑)。なお、『金髪の美女』によるとガニマール配下にはこのほかに「グレオーム」という刑事もいて、ルパンは顔を見知っているようだ。
本作に登場はしないのだが、ホームズのセリフ中に名前だけ出てくるデュドゥイ国家警察部部長についてもちょこっと。ガニマールの上司であり、パリで起こる事件の捜査本部長の立場なので『獄中のルパン』『ルパンの脱獄』『黒真珠』『金髪の美女』そして『ルパンの告白』中の『赤い絹のスカーフ』『白鳥の首のエディス』とかなりの作品に登場している。本編のラスト、船の上で登場するオースティン=ジレット氏はデュドゥイ氏に相当する地位というから、恐らくロンドン警視庁(スコットランドヤード)の警察本部長といった地位なのだろう。
なお、デュドゥイ氏の後任があのルノルマン氏ということになる(笑)。
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