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「太陽
のたわむれ」(短編)
LES JEUX DU SOLEIL
初出:1911年4月「ジュ・セ・トゥ」誌75号 単行本「ルパンの告白」所収
他の邦題:「太陽の手品」「日光の手品」「なぞの四文字」(保篠龍緒訳)「日光暗
号の秘密」(南
洋一郎訳)「光の信号」(榊原晃三訳)「踊る光文字」(久米みのる訳)
◎内容◎
「わたし」がルパンに冒険談の告白をねだっていると、ルパンは突然「19−21−18−20−15−21−20…」と数字の羅列を唱え始める。それは窓
の
外、向かいの
建物の壁に断続的にきらめく、日光の反射の回数だった。その数字をアルファベットに置き換えると一つの文章が浮かび上がる。ルパンたちがその光の発信元に
駆けつけると、そこには無残な他殺体が…
◎登場人物◎(アイウエオ順)
☆アルセーヌ=ルパン
怪盗紳士。
☆アントワーヌ
ルプステン男爵邸の召使。
☆ガニマール警部
パリ警視庁の敏腕警部。ルパンの宿敵。
☆管理人の女
デュラートルが住むアパートの管理人。
☆デュラートル
ラベルヌーの知人。
☆ネリー=ダルベル
有名な女優。
☆ベルニイ公爵夫人
詳細不明だが、ルプステン男爵夫人に買ってもらう約束で多くの宝石類を預けていた。
☆ラベルヌー
ルプステン男爵の秘書兼執事。
☆ルプスタイン男爵
富裕な財界人で、スポーツマン・馬主でもある男爵。夫人が失踪中。
☆ルプスタイン男爵夫人
美しいブロンドの髪と贅沢な衣装、浪費で有名な夫人。莫大な財産と共に失踪中。
☆わたし
ルパンの友人にして伝記作者。ルパンに冒険の告白をせがむ。
◎盗品一覧◎
◇真珠のついたネクタイピン
ルプステン男爵が身に着けていたもので、その長い針は凶器にも使用できる。ルパンの見立てでは真珠は安く見積もっても5万フランは
するというが、ほんらい200万フランを狙った仕事だったため、非常にくやしがっている。
<ネタばれ雑談>
☆「ルパンの告白」オープニング作品
『奇岩城』『813』と、ルブランはシリーズ屈指
の傑作となる大長編を次々と世に送り出した。
しかし『813』ですでにスケールアップしすぎた感があったのは確かで、シ
リーズをそのまま続けることが難しくなっていたと思われる。またルパンの生まれ故郷である「ジュ・セ・トゥ」誌の編集サイドからの要請もあったのだろう、
ルパンシリーズはひとまず時間を大長編シリーズ以前の段階にさかのぼらせ、初期のように小粒な冒険を次々と描く短編連作というスタイルに戻ることになっ
た。
『813』の新聞連載終了から一年近くが経った1911年3月、「ジュ・セ・トゥ」誌74号に「ルパンの告白(LES CONFIDENCES
D'ARSÈNE LUPIN)」と題された連作短編の連載開始が告知された。この告知の中
で掲載予定作品のタイトルがとりあえず6作掲示されており、この時点でその6作はほぼ完成していたのだと思われる。その6作とは、1「太陽のたわむれ」2「結婚指輪」3「影の合図」4「うろつく死神」5「蝋マッ
チ」6「ニコラ・デュグリバル夫人」というラインナップだった。このうち「ニコラ・デュグリバル夫人」は『地獄の罠』に改題され発表となったが、「蝋マッチ」はなぜか
没となり、代わりに『赤い絹のスカーフ』が発表され
る。その後『水晶の栓』の新聞連載をはさんで『ルパンの結婚』『麦わらのストロー』『白鳥の首のエディス』が
あいついで発表され、これら9短編が『ルパンの告白』として1913年に単行本にまとめられることとなった。
(以上の「告白」収録作品の発表については『戯曲ア
ルセーヌ・ルパン』所収の住田忠久氏の解説を参考にしました)
予告の翌月の「ジュ・セ・トゥ」第75号はその表紙絵にルブランとルパンを大きく描き、「アルセーヌ=ルパン再登場!」という煽り文句つきで発売された。
まさに雑誌の看板ともいえる「ルパンの告白」シリーズ第1作として発表されたこの『太陽のたわむれ』は、その冒頭に伝記作者である「わたし」が、ルパンに冒険話をねだる場面から始まる。このや
り取りの中で『地獄の罠』『影の合図』『結婚指輪』『うろつく死神』についての言及もあり、『太陽のたわむれ』は作中年代的にはこれら4作よりも後である
ことがうかがえるわけだが、こうしたタイトルだけをチラチラとほのめかすあたり、ルパンシリーズ新作をまちわびる読者の期待をくすぐってあまりあるものが
あったはずだ。
☆暗号ものの古典的一作
「告白」シリーズのオープニング作品だけに、この短編は導入部が実に見事。向
かいの建物の壁にきらめく一見なにげない反射光が実は暗号になっていた、という驚きのアイデアから、殺人事件にルパンが首を突っ込んでいく過程はスピー
ディーで、結末まで一気に読ませてしまう。ルパンは事件の陰にある200万フランのお宝を頂戴しようとたくらんで首を突っ込むわけだが、結果から言えばほ
とんど空振りになる、という展開も面白い。もっともこの話は泥棒としてのルパンよりも「名探偵」としてのルパンを見せようという作者の狙いが強く出た一編
だ。
この「反射光による暗号通信」は、ルブランがルパンシリーズ内で生み出した傑作アイデアのひとつと評価が高く、本作を暗号推理小説の古典としてミステ
リ・アンソロジーに収録されることも多いと聞い
ている。本文中では
「19-21-18-20-15-21-20-
9-12-6-1-21-20-6-21-9-18-5-12-5-4-1-14-7-5」という反射光の明滅が確認され、それを「1=
A」「2=B」と置き換えていくと
「S-U-R-T-O-U-T-
I-L-F-A-U-T-F-U-I-R-E-L-E-D-A-N-G-E」となり、それを切っていくと
「Surtout il faut fuire le
dange...(とくに危険を避け…)」と文章になる、という仕掛け。もっとも全文はかなり長いもので、これを数字に置き換え、さらに鏡
による光の反射回数でそれを伝えようというんだから、全部を伝えるにはかなり時間がかかるはず。モールス信号に比べると送信するほうも受信するほうもかな
り忍耐がいるよなぁ…。
この暗号文を解読しても、そこにあるのはいわば「警句」のようなもので、それだけでは何の意味も分からない。しかしルパンは十分程度考えただけで結論に
達し、ただちにルプスタイン男爵夫人失踪事件との関わりを見抜いてしまう。この推理過程をルパンが最後の最後まで説明しないので読者としてはかなり唐突な
印象をうけるが、手がかりは4箇所のスペル間違いを並べると
「ETNA
(エトナ)」というルプステイン男爵の持ち馬の名前
になることだった、というわけだ
(なお「エトナ」とはイタリアにあ
る有名な活火山の名前に由来する)。一応フランスの読者向けには「つづり間違い」がヒントとして提示されているわけだけど。
ところで「執事・秘書ともあろう者がスペルを間違えるものか」というのが推理のきっかけとなっているが、大学時代にフランス語をちょこっと学んでそのス
ペルの難しさに辟易した身としてはこのぐらいの間違いをするのも無理はない、とか思っちゃうのだが(笑)。ましてそれを数字に置き換えて鏡の反射で通信す
るとなると、全部正確にやれることのほうが驚異だと思う。
☆ルパンは「直観名探偵」!
この12分間ほどルパンが推理に集中する場面で、ルブランはルパンの表情について興味深い記述をしている。彼は決して他人に顔色をうかがわせない。ドー
ランも使わずに思いのままに顔を変えられる…というのだが、ひとつだけ、どんな顔をしていようと神経集中時に見せる変わらぬ特徴が明かされている。それは
「ひたいに十字のしわをよせる」というものだ。
その結果「子供だましだ」
(堀口訳の「児戯だ!」も時代がかって
るが捨てがたい)と謎を喝破したルパンは即刻行動に移り、他殺体を発見、それからひと稼ぎを企んで事件の核心に飛び込んでいくというスピー
ディーな展開になるわけだが、「推理」ということに限れば、かなり乱暴な展開と言わざるを得ないのは確か。男爵夫人の失踪の真相そのものはたいていの読者
に見当がついてしまうたぐいのものなんだけど、偶然見かけた光の明滅からここまで一気に行ってしまう論理性というか必然性はかなりすっ飛ばされてる感は否
めない。
まぁそれは作者ルブランも承知のようで、作中でルパンがしばしば自分の推理に自信を失う描写を入れている。
「推理より直観にたよったほうが解決しやすい事件があるんだ」「ひとつの仮説でな
にもかもうまくいくなら、真相はそれに近いものに違いない」と自分に言い聞かせて男爵邸に乗り込むが、男爵が涙ぐむ様子にルパンが推理を間
違ったんじゃないかと一瞬ハッとしたりもしている。結果的には推理の通りだったわけで、
「この事件をみれば、犯罪を発見するのに事実の検証とか、観察力と
か推理というつまらないことではなくて、もっとたいせつななにかがあるというのがよくわかる…いつもいってることだけど、それは直観だよ…直観と知性のひ
らめきだ…自慢じゃないが、アルセーヌ=ルパンは、その両方をそなえているのだ」(偕成社版、長島良三訳)
などとラストでイバっている(笑)。
これはやはり「名探偵」的要素をもちつつもやっぱり犯罪者の側であるアルセーヌ=ルパンというキャラクターならではの推理論だろう。これが探偵や警察の
側だったら直観だけじゃ捜査はともかく逮捕まではできないわけで。「事実の検証」「観察力とか推理」を「つまらないこと」と言い捨てるルパンの持論には、
明らかにシャーロック=ホームズやその他の本格推理もの名探偵たちへの対抗意識・挑発といったものが感じられる。それはルブラン自身がそういった本格推理
作家たちに対してコンプレックスをもっていたことを示しているのかもしれない。
名探偵、といえばルパンが男爵夫人失踪事件について説明する中で、宿敵の
ガニマール警部の活動が出
てくる。ルパン・シリーズとしては『奇岩城』以来の再登場だが、時間的にはさかのぼっているのでルパンとガニマールが一番「やりあっていた」時期の活動と
いうことになる。「告白」シリーズはこのガニマールとルパンの対決も見所、ということがここで示唆されているわけだ。
もっともこの事件でのガニマールはルパンを追いかけているわけではない。男爵夫人失踪事件を捜査し、男爵夫人とおぼしき貴婦人のあとを追っていったら別
人だった、という顛末で、ルパンに
「お人好し」「フランスいちの名警部
―というのはちょっとあやしいが」などと言われてしまっている。
ここでガニマールは外国のベルギーまで出張していることが判明するが、そもそも
『ルパン逮捕される』によればルパンを追いかけてヨーロッパ中
を走り回っていた。
『白鳥の首のエディス』によれば
さらに遠くまで出張していることが判明する。それについてはそちらの項目で。
☆日光暗号の秘密?
日本でもっとも読まれた児童向けリライトである
南洋一郎の
「怪盗ルパン全集」(ポプラ社)では、『ルパンの告白』は
「七つの
秘密」というタイトルになっている。バージョンにより収録作が異なるというややこしい事態になっているのだが
(詳しくは当サイトの“南洋一郎「怪盗ルパン全集」の部屋”を参照)、
この『太陽のたわむれ』は
「日光暗号の秘密」という
タイトルで常にその第1作として収録されてきた。ところが読み比べてみると、全訳版と細かいところで相違点があることに気づく。
話を子どもにも分かりやすくするために、数字のアルファベット変換やスペル間違いを表にして示すところは親切な改変というべきだが、なぜかラベルヌーの
知人が「デュラートル」ではなく、
「イギリス人のハーグローブ」な
る人物に変更されているのだ。またスペルを間違えている単語も一箇所だけ変更されている。ストーリー上とくに大きい変更というわけではないが、なぜそんな
改変を?と首をかしげるところ。
だがネットでチョコチョコ調べてみてその原因が分かった。南洋一郎はどうやら『ルパンの告白』の英語訳
「The Confessions of Arsene
Lupin」(Alexander
Teixera de Mattos訳)を主な底本としているようなのだ
(一応「まえがき」には仏語原書を主にしつつ英訳版を参考にしたとは断ってい
る)。英訳版「太陽のたわむれ」である
「Two
hundred thousand francs reward!」の本文をあたってみると、確かに「デュラートル」の名前が「Mr.
Hargrove」なるイギリス人になっている。なぜ英訳でこんな変更が行われたのかといえば…そう、
英訳版ではあの暗号文も英語に変更されていたからだ!
もちろん光の反射回数も「20, 1, 11, 5, 14,
15」→「T,A,K,E,N,O」という形に変更された。そして全文は以下のようになる。
Take no unnecessery risks.
Above all, avoid atacks, approach ennemy with great prudance and . . .
意味はだいたい原文と同じ。このうち「unnecessery」はaをeに誤り、「atack」はtが一つ足らず、「ennemy」はnが多く、
「prudance」はeをaに誤っており、これを並べると「etna」になるという仕掛け。原作がフランス語でやっていたのを、見事に英語に移し変えて
みせたわけだが、フランスの話なのに英語の暗号を送ってることに矛盾が生じるので、暗号の受信者をイギリス人に変えてしまった、とそういうことのようだ
(したがって「会社を経営し馬主でもある男爵の執事ともあろうものが英語のス
ペルを間違えるはずがない」という追加がある)。同じアルファベットを使ってる言語どうしだから可能な「翻訳」である。日本語じゃとても無
理だよなぁ…ホームズの「グロリア・スコット号」で出てくる暗号がしばしば「日本語訳」されていたケースもあるのだが、誰かこの『太陽のたわむれ』暗号の
「日本語訳」に挑戦していないものだろうか。
話を南洋一郎版に戻すと、南版ではこの「英国人ハーグローブ」の部分は英訳版にそのまま従い、暗号はフランス語に戻してある。ただしなぜか原作では
「fuire」の「e」が多いことになっているのに、それはそのままで「dangeer」の「e」が多いことに変更されている。この理由はいまだによくわ
からない。
このほかにも南版「怪盗ルパン全集」の「七つの秘密」には、英訳版「告白」に収録されていた
「山羊皮服を着た男」(モルグの森の惨劇)が
「怪巨人の秘密」として収録されていることからも、主に英訳版
を底本としていたことが推測できる。南洋一郎はこれ以前に『ルパンの冒険』を英文小説をベースに仏語戯曲を参考にしてとりまぜた「翻訳」をした例がある。
もしかすると英語のほうが仏語よりは得意だったのかな…?という気もするんだけど、どうなんだろう。
また南版では原文にある伝記作者「わたし」は全て
モーリス=ルブランそ
の人となっており、ルパンがその名を直接呼びかけるセリフがある。子どもむけに分かりやすさを狙ったものだろうが、原作の雑誌掲載時の挿絵でも「わたし」
がルブランそっくりに描かれていた例もあるので、そう勝手な改変をしたというわけでもあるまい。ただ不思議なことに、1959年刊の旧版ではルパンが
「ルブラン」と呼びかけているが、1971年以降の新版では
「モーリス」と呼びかけている。友人同士だからファーストネー
ムで呼び合うべき、と判断したのかなぁ…?
☆ちょっと訳詩の世界へ
最後に文学的雑学。
ルプステイン男爵邸に乗り込んでいくルパンが口ずさむ、
わたしの墓には しだれ柳を植えておくれ
風に泣いて揺れる木の葉 好きだから…
(偕成社版、長島良三訳)
という詩は、ロマン主義の詩人・劇作家の
アルフレッド
=ド=ミュッセ(Alfred de Musset, 1810-1857)の詩篇「リュシー」にあるもの。ミュッセは女性詩人ジョルジュ
=サンドとの熱愛と失恋を素材とした作品で知られ、彼が1857年にアルコール過剰摂取と大動脈疾患で急死したおり、彼の墓にはこの詩にしたがって柳が植
えられ、この文句が墓に刻まれたという。原文はこうだ。
Plantez un saule au cimetière,
J'aime son feuillage éploré…
詩については門外漢なんだが辞書をひきつつ解読すると、一行目は「墓に柳を植えて」というだけで変えようがない。難しいのが二行目。「
feuillage」は「葉のついた枝」で、「
éploré」は「悲しみにくれる」という意味。直訳すると「僕は悲しみにく
れる枝葉が好きだ」と言ってるわけだが、どうも柳の葉を涙に見立ててもいるらしい。
訳詩といえば
堀口大學、ということで堀口訳は以下のよ
うになっている。
わが墓に柳を植えよ、
泣くとも見ゆる枝ぶりのなつかしければ…
うーん、ずいぶん印象が違うような。ついでだから創元版の
井上勇訳
も見てみると…
わが墓に柳を植えよ。
泣きそぼつ枝の風情ぞ、いとしけれ…
こっちは後半が五七調で係り結びまでかけてある(笑)。そういえば同じ訳者の創元版
『虎の牙』ではルパンが俳句を詠んだりしていたっけ。
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