過去の雑記 99年12月上

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12月 1日
今年の流行語大賞は、「リベンジ」と「雑草魂」と「ブッチホン」だそうな。しかし、「リベンジ」はまだともかく、他の二つはどこの誰が使ったというんだろう。上原の記事以外で「雑草魂」という文字列を見たことなど無いぞ。今年の流行語ということであれば、何をどう考えても「定説」以外にあえないと思うんだが、どうか。

# 今日のネタを使った日記は、全国で1000はあると見た。
## というセルフ突っ込みも、全国で50はあると見た。
### というセルフ… < くどい

12月 2日
『幻想の犬たち』を買いにいったついでに、1回「回す」。ついに、スペードA入手、……って僕の欲しいのはビッグ1だってばよう。でもまあ、この状況下(ダイヤJ 5、ハートQ 4、クローバーK 3)で、ビッグ1が出たとしても、スペードAが出るまで回してしまったような気もするので、これで良かったのかも。かも。かも……。

12月 3日
昼休みに、ふと「ラファティ」をいう単語を検索して見たところ、こんな文章を発見した。ラファティ論としてはあまり言及される事の無い部分を論じてある、と思ったら山形浩生の文章だったり。そら納得である。このラファティ/民主主義論があまりに面白かったので、その他のCUTのレビューも読んでみたのだが、初めて読む納得できる『虚数』など、実にヒット率が高い。ふと気がつくと昼休みが終わりかけていたんで、多くは読めなかったが、ここを再発見した事は大きな収穫。機会を見つけて順に読んで行こう。

例によって、高田馬場により、芳林堂→CoCo壱番屋→あゆみブックスというルートを辿って早稲田から帰る。

とりあえずは芳林堂。買うべき雑誌だのハードカバーだの文庫だのはそれぞれにあったが、どうせ明日も来る予定なので(←じゃあ寄るなよ)、コミックだけという事にする。てなわけで、ながいけん『神聖モテモテ王国』6(少年サンデーコミックス)、諸星大二郎『異界録』『壺中天』(アクションコミックス)を購入。<諸怪志異>の2作は既読なのだが、この間3巻『鬼市』を買ってしまったので諦めて買った物。読み返してみると、ヒーロー物の要素が増してきている『鬼市』よりも遥かに出来が良かった。
これで満足して帰るつもりだったのだが、帰り道の横のガシャポンがジャッカーであることに気づいてしまったのはまずかった。しかも、中身が残り僅か。どうみてもスペードAが出てきそうな状態になっている。ここで、本当にスペードAが出るかどうか試してみたいと思うのは、人として当然の事だろう。試してみると、本当にスペードAが出てきた。わずか200円の投資でガシャポンの構造について一定の知見が得られた事は喜ぶべきであろう。問題は、その結果<ジャッカー電撃隊>が2セット揃ってしまった事だ。そもそもの目的のビッグ1を除いて。

飯を食ってから早稲田のあゆみブックスへ。平台を見ると、いきなり山形浩生『新教養主義宣言』(晶文社)なる本を見つけてしまった。なんたるシンクロニシティ、と手にとって眺めてみると、例のラファティ論とか『虚数』とか今日読んだばかりの文章が収録されている。うーむ。これは間違いなく、買えと言われているに違いない。その辺にあった網野善彦の対談本とあわせて(どんなとりあわせだよ)購入し、読みながら帰る。

西葛西についた時刻がまだ早かったので、駅前のゲーセンで2回ほど回す。結果はスペードAクローバーK。これで、指揮官抜きの<ジャッカー電撃隊>3セットと、ダイヤJ 2、ハートQ 1、クローバーK 1の半端という構成になった。16回、3200円分回して目的のものが出ない確率は0.08%。俗に言う嵌まったという状態なのだろう。これはビッグ1は出ないという神の啓示に違いないと、諦める事にする。
# もちろん、過去の履歴と次にビッグ1が出るかどうかに相関が無い事は知っているがそういった問題ではないのだ。

12月 4日
夕方から高田馬場に出てお買い物。昨日の予定通り、芳林堂に寄り、「人間講座 ロボットから人間を読み解く」、「幻想文学」56、「ユリイカ」1999/12、「國文學」11/12、牧野修『忌まわしい匣』(集英社)を購入。牧野修は好きだから買い続けているけど、『MOUSE』以来、読み終えた本が無いような。っつーか、『MOUSE』もSFM掲載時に読んだ気が。

その後ユタ。参加者は、大森望、小浜徹也、雑破業、添野知生、高橋良平、林、藤元直樹、三村美衣、柳下毅一郎(アイウエオ順、敬称略)と、あと御ひと方。話題は、最近の映画事情とか、北大SF研の成立過程とか、田中香織はどこが偉いか、とか。「日本SF大賞で、谷甲州が新井素子に敗れたのは残念だが、これは『終わりなき索敵』で取れなかったのが問題だった。そして、『終わりなき索敵』が取れなかったのは神林が『言壺』で取ってしまったためであり(*)、それは『猶予の月』で取れなかったのが問題である」という三村さんの「SF大賞 玉突き事故論」が今日のヒット。て、ことは諸悪の根源は『猶予の月』に受賞させなかった『朝のガスパール』ですね。
*:後で調べたら『終わりなき索敵』の対戦相手は『ヴィーナス・シティ』のようだった。柾悟郎だとこの前が設定しづらいから、残念ながら玉突き論が成立しない。

12月 5日
山形浩生『新教養主義宣言』(晶文社)読了。面白かったので、感想を名大OBページに投稿する予定。予定は未定だが。
作者が作者だけに、極論・暴論としか思えないものが多いわけだが、これでなかなか論破しづらいあたりはさすが。下手な体調だと説得されてしまいそうである。こんなことではいけない。
とりあえず、正論・極論にかかわらず咄嗟に反論が浮かぶ程度まで、実力をつけるよう決意する。何の実力かは良く分からないが。

とある理由で昔のファンジンをめくっているうちに面白いことに気づいた。「SF FILE 1988」(中学交)の年度回顧対談中に、「ヤングアダルト」及び「YA」という呼称が出てくるのだ。ひょっとして、ファンジンをチェックする事で「ヤングアダルト」という呼称が成立した時期(正確には、角川スニーカー的なるものに対してヤングアダルトという呼称が用いられた時期、以下同)を推定できるのではないだろうか。「SF FILE」は年度毎の刊行である上、「SF FILE 1987」は「1988」と同時刊行であるため、チェックの役に立たないが、幸い手元に、同時期の「MILK SOFT」(名大SF研)が揃っている。これをチェックしてみれば、もう少し細かい事がわかるかもしれない。
というわけで88年〜89年の「MILK SOFT」を調べて見たところ、見事境目を見つける事ができた。88年9月〜11月である。
88年11月29日刊行の「MILK SOFT 89」には「草上仁はCPやYAについていけない僕をSF離れから救ってくれる」という文章がある。しかるに、9月2日刊行の「MILK SOFT 87」(10月24日刊行の「MILK SOFT 88」には間違いなく「ヤングアダルト」という単語が使われるであろうという場面が無い)では、『聖エルザ・クルセイダース』『魔獣戦士 ルナ・ヴァルガー』という、ヤングアダルトに分類される事を疑う奴は誰もいないだろう作品がレビューされているにもかかわらず、「ヤングアダルト」という単語はどこにも出てこない。また、ここから10号ほど遡ってみたが、「ヤングアダルト」という単語を使った例はないようだ。名大SF研内で「ヤングアダルト」という言葉が認知されたのは上記88年9月〜11月の期間だと考えて問題はないだろう。先日の京フェスでは、「ヤングアダルト」は89年頃に「小説 奇想天外」(大陸書房)のレビューなどで用いられるようになった(後日戴いたメールによると89年頃からクローズドな場で使い始め、若干遅れて書評家デビューしてから雑誌などで使い始めたのだそうな)とされていたが、もう少し早い時期から登場していたらしい。
で、こうなってくると気になるのが、本当に「小説 奇想天外」が最初なのかという点だ。当該時期の「SFマガジン」をざっと眺めた限りでは「ヤングアダルト」の用例は無いようなのだが、その外の雑誌が手元に無いので、確認する事が出来ない。とりあえず、「小説 奇想天外」「SFアドベンチャー」「獅子王」「ドラゴンマガジン」の各誌をチェックして、当該時期にヤングアダルトという言葉の用例があるかどうかを確認したいのだが。
誰か、その辺を持っている人希望。

12月 6日
江藤智が読売移籍を決定。予想通りといえば予想通りなのだが、最悪のシナリオになってしまった。
横浜の戦力に視点を限定すれば、内野の層の厚さ、3年後のチーム構成の問題などを考えた場合のデメリットはあるものの、進藤残留、メローニ獲得である程度カバーできる範囲であり、これでメイ獲得に対する足枷が無くなったことを考え合わせれば、状況は大して悪くない。問題は、最大の穴、三塁が埋まることによる読売の戦力上昇だ。一応、元木、後藤ら(ひょっとしたら松井含む)のモチベーション低下というデメリットが考えられるが、江藤がまともに働きさえすれば、そんなことは問題では無くなってしまう。(二)仁志、(遊)二岡、(中)松井、(一)マルティネス、(右)高橋由、(三)江藤、(左)清水という打線は、脅威以外の何者でもない。あとは江藤の勝負弱さに期待するのみという感がある。
でもまあ、横浜の勝利という視点を離れて、純粋に江藤の境遇だけを考えれば、ごく自然な選択だったといえるだろう。江藤が長距離砲である以上、フェンスの高い横浜スタジアムや、リーグ1,2の広さを誇る甲子園、名古屋ドームに移るよりは、ホームランの出やすさではリーグトップクラスの東京ドームの方が好都合なはずだ。移籍によって押しのける選手も、中日の山崎や横浜の進藤よりは、読売の元木の方が遥かに罪悪感が少ないだろう。これだけ材料が揃って、給料が最大で、立地が希望地(東京)となれば飛びつかない方がおかしいってもんだ。
嫌いな選手ではないだけに、読売が優勝しない範囲で活躍して欲しいものである。

12月 7日
夕方隙をついて平野耕太『ヘルシング』2巻(ヤングキングコミックス)、L・C aya増刊「ねこめーわく …とかいろいろ」(宙出版)購入。後者は、題名通り竹本泉特集の増刊号。単行本収録済み作品の再録も多いが、未収録3本に新作書き下ろし一本が付いてくる上、カラーが非常に多いのだからファンは買うしかないだろう。
中身はもう全編これ宙の竹本泉。安定感があるというか、何というか、その。そろそろ『アップルパラダイス』のような破天荒な(だけの)作品が読みたいんだが、どこかで連載していないだろうか。

12月 8日
定時に会社を出て帰ろうとすると、なにやら不穏な空気か。「茅場町で人身があって大手町までの往復運転」などという人をなめた情報が流れている。だから、死ぬなら中央線で死ね、中央線で。あそこなら5分で復旧するから。

というわけで帰ることも出来ないので高田馬場で下り芳林堂へ。村枝賢一『RED』3巻(アッパーズKC)を購入。講談社のマンガなのに、帯の文を書いているのが河合克敏、藤田和日郎、椎名高志のサンデー三本柱だというのはちょっと驚き。音羽と一ツ橋の和解はここまで進んでいたのか。

ついでに実は森さんが原稿を書いているというWinPCを読んでみる。なるほど、これはどっからどうみても森太郎の文章だ。導入の仕方から、論理の展開、注釈の入れ方まで、そこかしこから邪悪の匂いが立ち上っている。さすがである。

高田馬場に来てしまったものは仕方が無いので、CoCo壱でカレーを食う。食うのはいいが、胃が痛いってーのにソーセージカレーの10辛とか頼むのはいかがなものか。> おれ
見るからに粘度が普段と違うルーは、そこにあるだけで覚悟を促す力を持っている。が、決意を胸に食べ始めてみると意外と辛くない。どうやら、あまりの粘度の高さのため、辛み成分が十分に舌を刺激しないうちに胃に降りていってしまうらしい。これなら4辛あたりの方が辛いんじゃねえか、などとすっかり油断して『馬・船・常民』なぞ読みながらゆっくり食べていると、突然来た。胃のあたりから辛いというか熱いというか痛いというかとにかく味とは別種の感覚が湧き上がってくる。これが10辛の味らしい。そしてその感覚がやってくると、とたんに舌が感じる味も辛くなる。半分過ぎまでは一口の水も飲まずに食べられたのに、残りの半分を食べるには、グラス三杯の水を必要とした。いや、久しぶりに痛烈に辛いものを食った気分でなんか楽しかった。毎食これを続ける野呂(17)の感覚は全く理解出来ないが、年に1度くらいならやってみてもいいような気がする。

西葛西についてから雑誌を幾つかチェック。藤田和日郎の読切りはなんだか変。まさかヴァン・ヴォクトじゃないだろうな。

12月 9日
中野君に教えられた事実を確認するため「メフィスト」最新号掲載の森博嗣の短篇を眺める。なるほど、確かに校門の正面にロータリー、右手に中学、左手に高校が立ち並ぶ名古屋の浄土宗系私学男子校といえば、我が母校、東海中学/高校しかないだろう。そうか、犀川助教授は東海を出て京大に入って、名大の助教授になったのか。それは典型的な地元超エリートコースだな。
とりあえず出身校のOBが、海部俊樹だの木村太郎だのから一気に犀川創平までレベルアップしたのはそこはかとなく嬉しい。

ついでに「本の雑誌」を眺める。さまざまに並ぶベストを眺めていると、世の中には色々な評価軸があるという事実を改めて痛感させられる。そうか、鏡明は『カムナビ』を7位に入れるか。

網野善彦と森浩一の対談『馬・船・常民』(講談社学術文庫)を読み終える。対談集だけに話題はあちこちに飛ぶが、大きなテーマの一つとして商業と海中心の歴史観の提示がある。僕の歴史観は戦国ウォーゲームを中心に組み立てられた石高&陸路至上主義なので、蒙を啓かれた気がする。この歴史観に基づいた戦国ウォーゲームを、システムソフトあたりが作ってくれないだろうか。村上水軍が瀬戸内海を大暴れする「戦国大名」「天下統一」はかなりやりたいぞ。

12月10日
所用で、つくばへ。11時30分東京駅発の高速バスに乗り込み、一寝入りして、目が覚めたのは1時間後の12時30分。ふと窓の外に目をやると、そこにはアサヒビールの焔のモニュメントが輝いていた。それだけ。

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