控訴審 協力外科医 私的鑑定意見書2001年3月4日




<はじめに>


本件においては、個々の医薬品使用・処置実施をみた場合は、それぞれにつき決定的な問題点は見られないと言いうるかもしれないが、そもそもの治療方針の決定が本人・家族に対する十分な説明を欠いたままに為された結果、その後のターミナル論として行われた主治医の状況判断・対処は、その処置の前後に全く必要な検査がなされていないことと相まって、本人・家族の望まない早い時期からの非積極的な安楽死誘導(過失、率直に言えば故意)となったものと考える。



安楽死誘導は、例え、本人・家族が望んでも直ちに違法性がないとは言えない行為であり、これが本人・家族の希望に添っていなければ違法であることは言うまでもない。


以下、まず、【質問事項】に沿って意見を申し述べ、最後に総合的な意見を申し述べる



<1 治療方針決定にあたっての問題点>


<1ー1 再発乳がんであっても、患者のQOLを見ながら、可能な治療を行うべきであることは当然で、そのためには病巣の状態、転移の有無・部位・状態を把握する必要があると思うのですが、胸水の細胞診検査だけで、そもそも治療方法を選択することが可能でしょうか?>


この場合、胸水の細胞診検査は癌性胸膜炎以外の疾患を除外するための確定診断と、その結果(癌性)に対する対処方法の前提として用いるものである。

したがって癌によるものであると判明したら医薬品(ピシバニールまたはシスプラチンなどの抗癌剤)を用いた治療を行うかどうか、患者さんまたはご家族とお話する上での状況説明資料となる。

胸水細胞診検査だけでは一般の癌臨床においてこれ以外の癌治療選択に利用するデータとはなり難いものと考える。

一般に癌患者のQOLを考えるために実施する主用な検査としては、一般血液・生化学検査と胸部レントゲン検査が中心をなし、同時に参考にするものとしてADL(日常生活動作がどの程度可能か、呼吸困難は?、食事摂取量は?、発熱・痛みなどは?、現在不安に思うこと?など)を調査し、総合的にもっとも本人が快適な予後を過ごせる選択を提案することにあるものと考える。

すなわち、本件における胸水細胞診検査だけでは、癌患者のQOLを考えて治療・看護計画を行うための検査としては、不十分であると言いうる。



<1ー2 再発乳がんの治療を決定するにあたって、なされるべき検査はどのような内容のもので、それぞれどのようなことを検索しようとするものでしょうか?>


今回の場合、細胞診により乳癌の再発と判明しているが、当初は動作・食事も医療補助が必要なほど悪化していたわけではない。

したがって治療・症状改善を望む本人への治療・看護計画必要な対策としては特段本人の拒否が無い限り、一般的に以下の手法の実施が必要であると判断する。


1)まず現時点で必要な医療の調査としては、一般血液・生化学検査、胸部レントゲン検査ならびにバイタルチェック(血圧・脈拍・体温・呼吸状態・食事摂取量など)が必要であると考える。なお当時の医療水準としては動脈血酸素飽和度を簡便に見るパルスオキシメーターという医療機器が通常医療機器として普及していたので、胸水の存在による呼吸機能低下も念頭に起き、こちらでの測定も十分に理にかなうものである。


2)さらに精密検査を進めるならば、乳癌におけるその他の好発転移部位を調査するための画像診断検査もなされるべきであった。
当時の医療水準として脳・胸部・腹部肝臓CT検査(あるいはMRI検査)などを実施することは特段困難な状況に無く、癌臨床としては一般的であろう。


骨への転移調べる方法としては放射性同位元素を注射して行う骨シンチグラム検査があるが、本件ではすでに胸水貯留があること、また骨痛など具体的局所症状が認められないことから検査実施を見送ることもあると考える(局所の骨痛などを認め骨転移が強く疑われた場合、引き続く疼痛緩和を目的とした放射線治療を行う参考として、上記検査を実施すべきこととなる)。

以上は癌臨床における初歩的な医療対応であり、臨床診断学・外科等の基本書籍を参照せずとも常識的に理解されるべき事柄である。



<1ー3 本件のような再発乳がん(臨床病期「)においては、一般的にどのような治療が有効とされているでしょうか?>


つい最近、日本乳癌学会が乳癌の標準治療をCD-ROMにまとめて会員配布する旨決定したが、当時そのようなPCデータがあったまでは不明である。

しかしながら一般的な標準治療として当時すでに以下のような治療内容が確立・準用していたと言いうる。


すなわち、
1)局所再発を認めるも手術適応ありと判断された場合の手術治療


2)他臓器転移を認め、外科処置適応があると判断された場合はこれを行う。
(本件の場合、癌性胸膜炎を併発済みであり、全身麻酔下での手術治療は一般医療常識として実施困難と考える。しかるに実施する処置としては局所麻酔下による穿刺等にもとづく処置がこれに該当する。)

3)化学療法:未再発のステージ「であればCMF、CAFなどの名称がついた多剤併用の抗癌剤治療を経輸液的に実施する場合もある。本症例ではすでに癌性胸膜炎を併発し、QOL維持の観点からは一般的に副作用が強いと判断されるこれらの抗癌剤は投与しない場合も多いと判断する。


4)抗ホルモン療法:副作用は比較的少ないとされ、すこしでも延命効果を考える際には積極的に実施する場合がある。


5)放射線治療:局所再発や骨転移の存在により疼痛が強い場合や、脊椎、可動部分、骨盤・大腿骨などに骨転移を認め、放置するとQOL低下が想定された場合において本症例の進行度でも実施することはある。

これらの内容も、基礎的な事項であり、標準治療などを掲載した基本的な医学書籍に記載がある。



<1ー4 本件の場合、上記検査がなされていないので難しいのですが、カルテに記載のその後の病態からは、客観的には(仮に本人が承諾するとして)、そもそも亡淑子(ないし近親者である控訴人)に対しいかなる治療方法が選択されるべきだったでしょうか?(または勧めるべきだったでしょうか?)
逆に申し上げますと、貯留した胸水を抜くだけで、大阪から東京に転院させる、かつ、積極的な治療は行わない、という方針は妥当だったでしょうか?>


本件の場合、当初より東京への移動を考慮しており入院時点ではADL(日常生活動作)は十分なものがあったと判断される。

したがってコスト的にも各病院で実施されるのが一般的な入院時一式検査(主に血液検査・単純レントゲン検査など)とともに胸水の除去を行い、当面の呼吸困難を改善した時点で転院させることは十分に妥当な判断と考える。

ただ、本症例では同意の有無は別として胸水の除去後にピシバニール・シスプラチンと呼ばれる抗癌剤を注入したため、治療後は少なくとも数日間は一般血液・生化学検査による副作用チェックと病状観察が必須となる。


また長期間の発熱と食欲減退に対し消炎鎮痛剤使用と点滴が連日実施されたため有害事象としての副作用症状や理学的所見、栄養・電解質評価を確実に行うことはもちろんの事、発熱源の精査・発熱による状況評価を適宜実施することは癌臨床に限らず当然と考える。なお適宜実施とは本件の場合、少なくとも月に1回、望ましくは月に2回から4回は必要であったものと考える。


本人からは余計な治療を排除する尊厳死(リビング・ウィル)などの意見が出されたわけではなく、不十分なるも日常動作・生活は可能かつ東京への転院を希望していたことを考え合わせると「終末期医療」的な必要最低限の検査・治療のみでははなはだ不適当であるといわざるをえない。

初期、胸水除去後にシスプラチンやピシバニールといった抗癌剤を使用した胸膜癒着療法を実施した際には(発熱の長期継続がなければ)早々に転院指示をした可能性も考えられる。ところが予想外の発熱持続と杜撰管理と思われる対応から時期を逸した可能性が高いと考えられる。



<1ー5 仮に1ー4で積極的な治療を行うことが必要を感じられた場合は、本人または近親者に、治療方法の概要のみならず、その功罪について詳しく説明すべきかと思われますが、いかがでしょうか?>


当然ステージ「という進行状態の患者さんであり、医学的な精査のもと治療が必要と判断された場合詳しい説明は必須である。

ただし本人に対する告知については医師・家族とも望んでいないとも判断される本件では(本来本人に十分に説明すべき重要要件などもふくめ)家族と綿密な相談打ち合わせをすべきなの言うまでもない。また非告知を前提とした治療方針を貫く場合、本人への対応を統一するためにも家族はもとより、少なくとも同僚医師・看護婦連携によるケア・説明方針の統一を行う必要がある。

「余計なことをいうと余計に不安になる」という主治医の一人よがり的な固定観念・意見もあるが、それならばこそ予想される「本人の不安」対処を他の医療スタッフとともに検討することが重要である

尚早すぎるがもし終末期と判断したのであればこれらの対応をすることが本当の終末期医療である)。



<1ー6 本件の場合、亡淑子本人に対しては、藤村医師は不告知の方針をとられましたが、再発であること(初めての発見ではない)、相談していた控訴人も東京へつれて帰ったら告知の上治療しようと思っていると告げていたこと、間接的に本人も告知を希望していたという状況の下、1ー4で先生が妥当と考えられる治療法に照らし、本人に告知しない、という判断は妥当だったでしょうか?>


非告知を選択したこと自体が直ちに不適切とはいえないと考える。「癌再発・胸水貯留・・・の状況は予後が厳しい」ことは一般的な書籍等はもとより外科医として長年従事していれば当然得ることのできる情報である。

本人の性格・性質を把握した主治医が出す判断であれば、そのことについての誤りは見当たらないと考える。



<1ー7 その他、本件における治療方針について、先生が疑問に思われる点がございましたら、ご教示ください。>


ステージ「ではあるものの当初は日常生活動作の維持は十分に可能な状況と考えられ、「ステージ「」すなわち「終末期」であるとの判断はあまりにも早計である。
ステージ「とは進行癌のもっとも進んだ状況と判断されるが、終末期であるか否かについては臨床症状・検査所見等を総合的に判断した後に下されるべきものである。

にもかかわらず各種検査による客観的・医学根拠を十分に持たず「終末期」であり「なにもしない」という医療方針を本人の希望に基づかず継続させられ、医原性栄養失調・無管理状態に置かれたことが本件における最大の疑問点である。その他、癌終末期を担当することの多い外科医としては誠にお粗末なインフォームド・コンセント、家族対応であると言いうる。



<2 実際になされた藤村医師の診療行為における問題点>


<2ー1 本件において藤村医師は、結果的に、「胸水だけ抜いて、退院させ、体力のあるうちに、次の(東京の)病院で化学療法ができるようにする」という方針で治療に着手しているのですが、そうであるのなら、高熱などの副作用を伴うピシバニールを用いての胸水抜去を行うべきではなかったのではないでしょうか?>



状況に応じ、どちらの場合もありうると考える。
胸水だけ抜きすぐに退院させることで東京への転院は十分に可能と考えるが、もし純粋に胸水除去後の状況をより良くさせようと考えた場合は上記を行うことも一般的かと考える。

なお発熱については(小生の経験では)通常ピシバニールの発熱も多くは3から4日で消退することが多く、効果がうまく現れた場合は本人のADLは向上する場合もある。
またシスプラチンを注入することも別途一般的に行われ、この場合発熱はほとんど生じることが無く、また適量(30から100mgを上限)であれば経静脈的(点適)に実施する場合と比較して抗癌剤としての副作用が現れにくいことをもって選択肢の一つとして考えることは可能である。

胸水除去を目的として胸腔内に注入する場合、血管内に投与するのと異なり、確かに副作用の発現は軽微であり「抗癌剤と強く意識しないで投与する」ことは癌臨床において通常理解しうる行為である。
ただし、これらの治療を行う前提として、藤村医師による検査の不足、説明の不足は否めない。

すなわち、シスプラチンおよびピシバニールは、両者とも厚生省に認可された抗悪性腫瘍剤に分類される医薬品であり、「抗癌剤でない」とする使用理由は全く妥当性を欠く判断である。


本人拒否のもとこれらを使用したことについては、本人に告知しない方針であったこともあり、家族などが少しでも良い改善を願い、担当医と相談の後に本人に偽り使用することは一般にありうる。
しかし
本件では家族との具体的相談・説明は無く、同様カルテ記録にも残されておらず、この場合には該当しないと考える。



<2ー2 本件における、胸膜癒着療法による胸水抜去は、大変な激痛も伴い、また、副作用のある薬剤(本件の場合、シスプラチンとピシバニール)を使用するのですが、本件のカルテ上、そのような方法による胸水抜去を行う必要性はあったのでしょうか?(他の方法はなかったのでしょうか?)
 また、そもそも胸膜癒着療法による胸水抜去は、一般的な施術だったのでしょうか?>




胸水除去は術者の力量にもよるが、適切な浸潤麻酔を行った後に実施する場合、「大変な激痛」というまでの処置ではない。

麻酔薬注射時の局所痛と、胸水除去後(麻酔も切れたころ)にカテーテルが背面に押し付けられて生じる数時間以内の神経痛様症状ならびに挿入局所の引きつれ感・痛みが主と考える。初回穿刺時の排液状況から判断し、特に間違いな施術だったとは思われない(このような量の貯留がある場合、排液後に呼吸が楽になり感謝される場合も多い)。


<2ー3 特に本件のように、早期に退院させ、別の病院での治療が必要な患者について、38度もの熱がつづいている状態では(平成8年4月〜5月)、なんらかの検査を実施しその原因を究明し、緩解させるべきではありませんか(その場合、なされるべき検査があるとすればはどのようなもので、これは大変な検査なのでしょうか?)>



ピシバニールによる発熱を考慮しても、1週間以上継続する発熱は著しい体力消耗を生じる。
発熱によって生じる不具合を早期に発見し補助治療を行うためにも、今までになされた検査の再検や精密検査の実施は必須である。
これらのための検査は一般的な血液・生化学検査や喀痰の細菌培養検査、尿検査、レントゲン検査などであり採血に際する痛み以外には特記ない簡便な検査である。

本件において、1週間以上も発熱が継続しているにもかかわらず、藤村医師がこれらの検査をほとんど実施していない(従って適切な対応が全く出来ていない)のは患者の生命をあずかる医師として著しく怠慢かつ遺憾に感じる。


<2ー4 アフェマという女性ホルモン剤を使用してのがん治療を開始した場合、他への転院が難しくなるということは一般的に言えませんか?(となると、体力のあるうちに転院させるという初期の目的は達せられなくなると思われるのですが?)>


特に転院が困難になるとはいえないと思われる。たしかに新薬ではあったもののメーカー情報書類を元に考えると通常の抗ホルモン療法剤の延長と認識でき、一般の癌臨床医であればそれほどの悪影響を想定しないと思われる。
ただ、その使用についての説明がされていない点は別に問題となる。すなわち、アフェマがホルモン作用性の抗悪性腫瘍剤であることは上記のシスプラチンならびにピシバニール使用の際と同様、「抗癌剤でない」とする使用理由は全く適切性を欠いている。本人が希望しないで使用したことについては、本人に告知しない方針であったこともあり、家族などが少しでも良い改善を願い、担当医と相談の後に本人に偽り使用することはあるが、本件では家族との相談はないので、この場合には該当しないということも同様である。
しかも、このアフェマの使用は、上記のシスプラチンおよびピシバニール使用とは異なり、胸水の除去を目的として胸腔内に注入する場合でなく、本来の用法どおりに服用させるのであるから、「抗癌剤と意識しないで投与する」ことはありえない。



<2ー5 アフェマ(高価かつ副作用も大きい)を用いるのならば、その使用の前後で留意すべきこと(検査等)はありませんか?>


電解質その他にまつわる危険性のコメントがあるが、ほとんどの薬剤の説明書には電解質に注意し・・・というコメントがあり、(不注意ではあるが)通常の臨床医であればあまり注意せず行うのが一般的かと考える。
そもそも電解質検査は常識的初歩の検査であり、点滴治療中や発熱の際にはなおさら実施されて当然と考える。
したがって例えアフェマの使用がなかったとしても本件のような進行癌患者を治療する際には定期実施されるべき検査である。

本件のような長期の入院の間、特に新薬であるアフェマを、十分な説明もなく使用しているのであるから、その効果については通常の場合以上に医師は敏感に注意すべきであるのに、逆に電解質についての検査を全く行っていないのは、注意義務違反であると言いうる。


さらに、特にかかる薬剤を用いるのであれば、その効果(病巣が小さくなっているか)使用前後に適宜レントゲン検査などを行い確認することは常識であり(ごく一般的な医療行動である)、また副作用の早期発見につとめるための血液検査等は必須である。



<2ー6 2ー5で要求される検査等が全くされていない場合、かかるアフェマの使用方法についてはどのように思われますか?>


私も医師として非常に反省すべき点ではあるが、医療過誤が多発する医療現場の原点を見ているような印象である。癌臨床における一般 的な現状を勘案すると藤村医師一人の責とは言い難いが、本件における上記の状況を考えると、同医師には今一歩の注意が必要だったのではないかと思われる。



<2ー7 藤村医師は、患者側との間で、抗がん剤を使用しない、と合意していたのですが、素人には抗がん剤の一種とも思えるホルモン剤であり、副作用も確定していない新薬であるアフェマを使うくらいなら、きちんと説明の上、むしろ危険性の少ないことが確認されている抗がん剤の治療(化学療法)を勧めるべきではなかったでしょうか?>


抗悪性腫瘍薬に分類されている薬品ではあるものの、その作用機序は抗ホルモン療法剤であり、(逆に狭義の抗癌剤を拒否していたがために、これならば許されるとの判断に基づき利用したことを勘案するならば)抗癌剤ではないとの認知で使用した経緯も理解は可能である。なお危険性に関してはやはり一般的狭義の抗癌剤のほうが副作用は大きいものと考え、かわりに抗癌剤治療を勧めるべきとの意見は一般的と思えない。ただ、本件の家族のとの合意内容の下、説明なく抗悪性腫瘍薬に分類される薬品を無断使用した点は問題である。



<2ー8 特に本件のように、栄養状態にだけは注意し、体力のあるうちに早期に退院させ、別の病院での治療をしようという患者の栄養状態の管理については、どのような管理方法ないし検査方法があり、かつどれくらいの頻度によることが必要でしょうか?>


発熱、食欲不振状況を伴わない癌性胸膜炎のみの状況であっても、月に1回程度の胸部レントゲン検査や一般血液・生化学検査実施がいわゆる医療常識と考える。
(治療を目的とした入院である以上、最低月に1回程度は入院受け入れ医療機関としてなす義務もあり、この程度が乱診では無い適切な入院検査管理と考える。)


ただし、本件では胸水除去後に発熱が持続しており食欲減退、抗癌剤併用の状況から勘案すると最低でも月2回、高齢者の社会的入院のような場合を除き、体調の回復を願う通常入院時であれば週1回の実施が望ましいと考えられる(発熱期間の5月、6月頃)。

その後発熱一段落の後、食欲減退、点滴加療継続時であれば最低月1回、好ましくは月2回程度が臨床医として行うべき常識範囲と判断する。

これは一般血液検査により、血清蛋白(アルブミン)や貧血の有無、ナトリウム・カリウム値の変動を見れば良く、全く容易になしえたことである。



<2ー9 2ー8のご回答を前提として、本件の場合、6ヶ月の入院中、4月と8月に1回ずつ計2回の血液検査と、他に1回の尿検査しか行われていないことがカルテからうかがえるのですが、それについてはどう思われますか?>



20世紀後半の、それも日本の病院医療現場とはおよそ想像のつかない杜撰管理の医療と思います。



<2ー10 
上記のような目的の下、一日フィジオゾール500ミリの点滴で十分だったでしょうか?>


温度盤などの医療・看護資料を確認すると食事摂取量に関しては時に3分の1以下のときもあるが概ね半分前後の量 が記録されており、これが事実であれば(客観的な検査評価に基づき)これを上回る点滴量 がすぐに必要とは思えない。

しかし、発熱が持続しているような状況では不感蒸泄による水分喪失が増加することは医学的常識であり、更なる補給が必要な場面 が多々あったと考える。なお、フィジオゾール3号を選択する場合、一般 的な維持輸液(3号液)の中ではブドウ糖含有量が多く(10%)ことを認識する必要がある。

その結果、高浸透圧の影響にて点滴部位の血管痛・炎症を生じやすく、検査上その熱量 が必要な際に多用され、それ以外の場合は他の3号組成の点滴剤が採用されることが多い。電解質バランスに関しては全く検査がなされておらず、長期の点滴管理状況の上で適切な医療が行われた形跡は認められない。

3号液は電解質の補正がほとんど必要の無いバランスにあることが前提にあり、終末期などの理由にてNaの減少が想定される場合や長期間継続する場合には検査により電解質変動の調査を行い、時に電解質補充用のアンプルを追加するか、電解質組成のことなる点滴(ナトリウム含有量の多い開始液、たとえばラクテック、ハルトマン液など)に変更することも適切な判断と考える。

なお通常の医療現場で実施される適切な点滴電解質補正であればNa過剰による危険性はほとんど考えられない。このように、フィジオ3号を一般診療のみならず癌診療(たとえターミナルとしても)においても血中電解質管理なく漫然使用することは現在(諸種検査機器が日本中に行き渡った現在)の医療事情からは全く不適切極まりない。


フィジオゾール3号は維持液であり原則的には大きな電解質変動のない場合で、かつ通常の3号維持液と比較してブドウ糖濃度が高い関係上、栄養不足が問題となる場合に多用される。
しかしブドウ糖濃度が高い関係上、血管痛を訴えることが多く、同時に血管炎を生じやすいため、長期の点滴には患者の訴え、QOLも含め不向きである。

したがって長期使用するにあたっては定期的な電解質チェックと栄養評価が欠かせないものであり、良質な医療を提供する上では必須である。今回のケースでは栄養(熱量)補給の観点のみからは食事摂取量が低下するも、あえて中心静脈栄養の実施までは至らないと考えるなら長期投与もやむを得ない部分でもあるが、電解質のチェックがなされていない点は大いに疑問となる。

その結果本来受けられるべき医療選択肢のない、非積極的な安楽死誘導と評価されるべき所以である。



<2ー11 藤村医師は、本人に告知できないことを治療の制限のようにいうが、そうであるなら、告知することに方針を変換すべきではなかったでしょうか?>


これはどちらとも言えない。
告知・非告知を問わず診療・治療に制限が生じる場合、医療として(精神面も含め)どう対処するかを考えることが重要であり、本件のようにこれらの対処がなされていない状況では方針の変換は意味をなさないと考える。



<2ー12 その他、本件において藤村医師が実際にした治療行為全般について(フェロミア、ボルタレンの処方を含む)、先生が疑問に思われる点がございましたら、ご教示ください。特に、東京に連れて行くために、体力を維持するようにしてほしい、という患者側の希望(藤村医師も同意)に照らしてどうでしょうか?>


ア) フェロミア投与について


血清鉄、鉄結合能(TIBC、UIBC)などのチェックなくして投与を行うことは杜撰医療の典型例であると考えられる。

神経質になった患者への心理的効果を狙ったものとしてもその効果は乏しいと考えられる。

むしろ副作用としての胃腸症状、食欲減退は通常多くの患者に認められ注意を要するものである。

したがって良質な医療管理を提供する上で日常の状態管理を怠った医師・薬剤師・看護婦に注意の欠落があったものと考える。


イ) ボルタレン漫然投与


消炎解熱鎮痛薬の中では強力な薬剤に属し、短期間の使用で終了しない場合、副作用発現の防止のためにも症状・各種検査による状況把握・発熱源精査を行うことが必須の薬剤である。

しかるに、今回の場合発熱が長期間続き、たとえピシバニールが原因の一つと考えられても抗腫瘍効果による組織の壊死その他による二次感染併発の可能性とその対処が当然考慮されなくてはならない。
また発熱期間中は咳・胸痛もしばしば訴えており、当然入院治療を希望しているものに対する適切な検査・医療評価を行いつつ、薬剤使用の継続を検討する必要がある。

今回のケースはこのような一般医療常識を大きく逸脱した行為と考える。

さらに「ボルタレン使用は胃に負担が大きい事を考慮して座薬を使用した」とあるが、座薬での使用は胃に負担をかけないような印象を与えているが誤りである。
(ボルタレンの粘膜直接作用で胃に主たる障害を与えるのではなく、医薬品としての性質上、血液中に吸収された後、胃酸分泌細胞に影響をあたえ、その結果として胃酸分泌過多を招くものである。したがってたとえ座薬であっても十分に胃障害を発生しうる懸念のある薬剤である。)


ウ)不適切な酸素療法

退院当日の酸素中止や、携行用酸素の不備が、直接新幹線内での呼吸停止を招いたとはもはや因果関係上証明しえない問題である。


むしろそれ以前の入院管理不備により、通常より早く全身的に臓器不全状態が進行しており、不運にもこれに長距離移動という要因が加わり発症したものと考える。この退院直前付近より「本来のターミナルステージ(終末期)」に入り始めた状況であると臨床的には考えられる。


本件の場合、すでに述べた杜撰な診療計画ならびに治療不備がターミナルステージにいたる期間を早めたと考えたとしても医学的矛盾は無い。


すなわち、フェロミアに関しては明らかに注意義務の欠如による杜撰医療の一つと考えるが、本件のほかに重要な用件のある状況ではこの点は取り立てるほどのものではないであろう。


ボルタレン使用に関してはこの場合癌性疼痛を長期除去する以外にこれほど長期間、ほかに何の検査・治療もなされず使用することは異常事態である。


東京への移動にあたり体力の維持を要望し、さらに本人は終末期の認識・自覚が無い中で、時として生命維持量としても不足しうる状況の「終末期医療(俗にわれわれはナチュラルコースとも表現し、時に病院にいるため、とりあえず少しだけでも治療の体裁を整える儀式的手法)」を継続していたことは、非積極的な安楽死誘導以外は考えらない。

カルテの記載不備に関しては万一の急変時はもとより日常の主治医以外の医療スタッフ(他の医師、看護婦など)が実施する医療管理の際に情報伝達が不十分となり、患者に著しい不利益を与えるものと考える。



<3 亡淑子の退院前後における藤村医師、北田医師の診療行為における問題点>


<3ー1 退院前日に、亡淑子は呼吸困難な状況を起こされていますが、その際の北田医師の措置は妥当だったでしょうか?>


この北田医師の酸素中止指示そのものが悪いとは言えないが、その根拠確認が希薄すぎる。


すなわち、パルスオキシメーターを指先装着して動脈血酸素飽和濃度を測ることに意味がないと一般臨床上決して言えることではなく(現在の医療では、パルスオキシメーターは救急車にも搭載され、使用が簡便で即時状況の把握が可能であることから)、一般医療水準として臨時対応に利用することは非常に理にかなうことである。



<3ー2 上記状況の引継もなされず、また、看護婦からの引継もなされないまま、退院させられている点は、患者側から医師が同行している点を考慮したとして、どのように評価されるでしょうか?>


退院指示は医師(病院)が状況判断の上でなされるものである。少なくとも記録から確認できる早朝の状況から判断すると当直医診察の段階で退院を見合わせるべく指示が出ても何らおかしい状況ではない。


医師の指示に基づいて行動を行う看護婦としても(たとえ主治医ではなく直接意見しにくい立場であったとしても)、主治医の出勤前であれば一度当直医に対し確認(電話でも可)等を行う義務があると考える。


医師の指示(または看護婦の指示)に従わないで強行退院したことも主張されているようであるが、カルテ上そのような記録は見当たらず、また玄関まで看護婦が笑顔で見送りに着ていることを考えると(強行退院は)なかったと考えるのが自然である。
以上より退院時患者側に責任があったとは全くいえないと考える。

これは患者側が医師を同道していても全く変わらない。
なぜなら、医師の同道は、退院後の長距離移動に備えて患者側が当然に求めたことであり、患者に初見の医師がそれ以上の役割を行うことはおよそ期待できない。

むしろそれまで患者を診てきて、データも持っている主治医とその病院に、患者の退院にあたってはその安全を確認する義務があったと言うべきである。



<3ー3 
上記のように前日に呼吸困難な状態が出現しているにもかかわらず、医療用でない登山用の酸素を用意させている点は、どのように評価されるでしょうか?>



持参酸素の件は不適切とは思われるが、前後の状況判断より、適切な酸素を持参していても急変は免れなかったと思われる。


すなわち患者本人は、それ以前に既に栄養飢餓状況に陥っていたと考えられ、また早朝の呼吸苦状態を勘案すると呼吸不全状態にも陥っていた可能性も高い。

このような状態での移動では万一の急変の場合には、いかなる酸素を持参していても症状の改善を至らしめるほどの影響がなかったと判断できる。



<3ー4 その他、退院時前後における措置・状況について、ご意見ありましたらお願いいたします。>


退院前夜に限らず心臓呼吸器系の検査が全くなされていない点も大きな疑問である。


すなわち転院先では不整脈と心房細動が確認されており、大きな確率として以前から所見の存在を放置されていた可能性も否定できない。

呼吸苦などの症状を勘案するとパルスオキシメーターや血液ガス分析による動脈血飽和度のチェックや心電図検査による心肺機能評価の実施はあってしかるべきものと考える。

今回のケースでは酸素投与に関する意義よりも日常の管理ならびに「呼吸苦を訴えているにもかかわらず」の医療対応の不備が大きな問題と考える。



<4 その他、本件全般について、先生のご意見をお書きください。>


本件においては、以下の点指摘しうる。
1 胸腔穿刺による胸水排除と処置


今までの討論では実施時の管理が杜撰との指摘があるが、実際の癌臨床から勘案すると大きな問題点は無いと考える。教科書的には一回に排除する胸水の量に注意が指摘されることもあるが、癌再発・胸水貯留時には大量に貯留していることが多く、心情的に少しでも多く除去してあげたいといった判断から時に2000CC程度を排除することもまれではない。モニター等の装着を推奨する文書も拝見したが、実際の癌臨床において全例それを要求するのは無理がある。医師と看護婦の二人で適宜血圧を測定しながら1時間程度かけて実施することで、大多数の症例は問題を生じないのが実情である。
したがって実施された胸水排除に関して問題認識を感じない。また胸水排除後に行われる胸膜癒着療法(実際に癒着させることはかなり困難であり、抗癌剤、免疫治療剤等の影響により癌細胞からの胸水産生が低減し効果を発揮するものと考える)としてはシスプラチン、ピシバニールとも一般的であり、(抗癌剤使用の説明は必要であるのは言うまでもないが)あまり強く抗癌剤治療と認識しないのが癌臨床では一般的かと思われる。なお診療報酬明細書(レセプト)の写しを見る限り、胸部レントゲンは頻回に行われ(3月3回、4月7回、5月5回、6月3回、7月1回)、本検査に関する限り十分な実施回数と判断できる。


「ターミナルだから」と言い、一般的な血液検査、尿量チェックさえも実施していない状況とは対照的かつ十分すぎる対応である。


(したがって逆に言うならば少なくともこの時点で担当医はターミナルの認識で行動はしていないと考えられ、他の血液・一般検査実施の不備と整合性を取るためにあえて「ターミナル」を強調したのではないかと考えられる。)


なお胸水貯留の時点で癌再発は強く認識されたものであり、胸水管理のみであれば単純レントゲンのみでも経過観察は可能と考え、CTの実施なきことは一般的な癌臨床対応からてらしてみても大きな疑義はない。


ただし診療報酬請求書上、胸腔穿刺時の処置請求が毎回「術後創傷処置(一日につき)半肢の大部分または頭部顎部および顔面の大部にわたる範囲のもの」として請求されており、一般的な胸腔穿刺(穿刺部直径最大で1センチ、縫合部を加えても3〜4センチ程度である)を考慮すると過大請求の極みである。



2 日常の点滴に対する補正措置について


日ごろより全く検査を行わなかったにもかかわらず、「ターミナルでは低ナトリウム血症はあたりまえ」、ナトリウムの補正(補給)を行うと逆に胸水が多量に貯留し危険な状況になる・・とあるが全くの誤りである。電解質補正を行う際に危険を生じるようでは補正とは言わない。
(危険を顧みず大量のナトリウムを一回に補正しようとする医師はいないはず。)


基本的に電解質を測定し、欠乏量を勘案しながらその半量をまず補充(半量補正という)を行い、さらに経過を追いながら徐々に改善させるのが研修医も含め一般的な対応である。
補正を目的としてナトリウムを加え逆に大量に蓄積させてしまうのは医療過誤と呼ばれるべきものである。


また胸水の細胞診で癌細胞が検出されており、臨床上は癌性胸膜炎(癌細胞の活動により生じる(浸出性炎症性の)胸水と考えられ、心不全その他ナトリウム代謝に関連して胸腔内に貯留する(漏出液性)胸水とは別物である。

したがって前述した補正の際に過誤さえなければ「ナトリウム補給に伴い逆に胸水が貯留する危険がある」とした発言は通常ありえず両胸水の混同による意見と考えられるため、さほど医学的説得力はない理論展開と考える。


実際、補液量により癌性胸水が増加するといった現象は通常考えがたく、さらにこの退院直前までは一日5から7回程度の排尿の記録がある(通常回数と判断)。
また本人から尿量が少ないとの訴えもなく心臓・腎機能障害もないと判断できることから、ナトリウム補正による点滴治療で実害が生じる危険性はほぼ無いものと考えられ、水分・電解質(ナトリウム負荷)の危険性はないと判断できる。したがってこの場合、特に終末期は低ナトリウムになりがちとの認識があるのであればなおさら電解質検査を最低でも月に一回程度は行い、微量ずつ補正(フィジオ3号に補正用塩化ナトリウム少量10cc程度づつ添加するか、もう少しナトリウム量の多い点滴に変更する)すれば十分な電解質管理ができたものと考える。



3 点滴補正に関する主治医意見に対して


入院後の判断としては「ターミナルです」との認識において「点滴管理上少な目の輸液を行い、ドライな環境を維持するようにしていた」とあるが、癌臨床の場とは言えこのような無謀な判断はありえない。



そもそもターミナルステージで、点適等の輸液を「ドライ気味」にする場合とは


 1)心・循環器・腎機能等が癌に随伴する多臓器不全の一症状として出現し、投与した輸液量に見合う尿量確保が不可能となり、体内に余剰の水分が蓄積(浮腫なども出現)するような状況に至った時。

 2)法律上いまだ安楽死は容認されていないが(非積極的な安楽死的対処として)、意識等が低下または消失した段階で、もちろん経口摂取もなく、医学的見地から見てもこれ以上の延命が本人・または家族にとって大きなメリットがないと判断されたとき、輸液を絞ることでかかる無意味な治療を回避する目的で行う時。

3)病状を考えた上で本人が点滴治療を拒否した場合、などに限定されるのが一般的である。
少なくとも本件では本人に癌再発を告げない方針で治療しているのであり(薬剤師にも「癌の可能性はないといわれた」と告げている記録もあり)、本人が治療を拒否しているとは到底思えない。

むしろ本人・家族とも早めに治療を終了し東京への転居を希望していたこともあり、良質な医療を受ける要望が十分にあったケースである。


また本人の経口摂取状況も少ないとはいえ、食事を一日半分程度摂取することは可能でリハビリ、歩行、自立排尿も行っていた状況である。



したがってこのような時期に「ターミナル」と判断し、本人・家族にも相談の無い独断的治療を続けたこと。そしてほとんど全く日常の健康管理・治療方針に役立つ血液検査・尿検査を実施せず、「ドライ」すなわち日常の生命維持として明らかな水分・電解質不足状態を目標に治療が行われたことは治療の本質を大きく逸脱していると考える。過失と表現する以前に、非積極的かつ故意・悪意ある(安楽死)殺人に等しいと考える。


癌臨床の場でこのような状況の患者に対し終末期状況だからと自己判断のみでこのような対処をする医師がいるとはおよそ想像がつかない。


(前述したが、胸腔穿刺、レントゲン撮影は頻回にしている矛盾から、少なくともターミナルに対する姑息的な治療・管理を年頭に実施していたとは思えず、輸液管理不備に対するターミナル発言は杜撰管理を回避する言い訳の結果と考える。)


保険医療の目的は患者に良質の医療を提供すべきものであり、また平成8年当時は厚生白書にも「医療はサービス業である」と記載された年(7年だったかもしれない)である。

少なくとも今回の輸液管理、日常検査管理に関しては全く患者(家族)の意見無視がはなはだしく、断じて許されるべきものではない。



4 医師カルテ記載の不備に関して


カルテは基本的に医師個人の備忘録だけの機能を有するものではない。


各スタッフと共同で治療・看護・検査にあたる際の有効な情報源としても機能し、特に看護婦においては日常の診察結果や医師が指示した検査結果を元に看護カンファレンスなどを開き、今後の看護方針を検討する資料としても参照される。さらに退院日早朝のような急変を訴えたケースの場合、日頃より治療を担当していない当直医師などが対応を余儀なくされたとき、全く治療方針や状況がわからず、本来患者もしくは家族が望む治療内容とは大きく逸脱する可能性が大きい。現に対応した当直医の医療内容もどちらかというとターミナルステージの患者に対する姑息的対応に徹していることもカルテ不備に基づくものである可能性が高い。

看護婦の当初の看護計画記録には当然のごとく「血ガスチェック(動脈血酸素濃度、電解質等チェックのこと)」があげられているが、実際には一回も医師により実施されることなく、そのターミナル的な対応・記録が担当する看護婦にも影響したことで看護計画から見過ごされていった経緯がみてとれる。)


また指示簿の不備については論外であり、通常記録に残らない指示を看護婦が継続して行うこと自体、大問題である(臨時口頭指示の場合は必ず後日、大概は翌日までに追記されるのが一般的)。

また主治医は取締役(現在株式会社としての病院は非常に珍しく、一般的には法人・理事役員と同様と考えるが)の一員とされ、病院の経営、医療の管理を中心となって行うべき職責と考えられ、通常は他の勤務医、看護婦等職員に対して確実なる医療指導を行うべき立場でもある。このようなカルテ不備が「忙しくて・」で済まされるようでは役員としての責務をまっとうしていない。

なおほとんど書かれていないとはいえ、カルテ内容を見ると医学部の学生が初期に覚えるような簡単な医学英単語が多用され、長期の経験を有する医師のカルテ内容としてはあまりにもボキャブラリー不足・幼稚な内容であるとの印象を強く持った。


また医師指示簿に基づかない医療内容が実施され、それが医療請求としてレセプト提出されていること自体不思議な現象である。逆に考えれば、この病棟における看護職員の管理対応体制もどのようになっているのか興味深い。


少なくとも小病院とは言えず主任や婦長といった看護管理職がいたはずである。それにも関わらず指示に基づかない日常医療の実施を見過ごしていたことは如何なる管理体制にあったのか大きな疑問を感じる。



5 看護カルテ記載事項について


入院時に作成された患者プロフィールにおいて、「質問中の態度:まわりくどい」との表記がある。通常このような不適切な用語使用に対し看護管理職の指導はなかったのか。


引き続き作成された看護計画には1)呼吸数RR、呼吸音、呼吸の深さ、チアノーゼ、喘鳴、無気肺の有無(をチェック)、2)血ガス(動脈血酸素・二酸化炭素分圧分析)、3)胸郭運動、4)動悸・頻脈の有無、5)胸部レントゲンにおける胸水の程度、6)胸水の性状・色、7)Vs(バイタルサイン?)・発熱、8)水分出納(のチェック)とある。

通常担当した一看護婦でさえも十分に判断しえる内容をことごとく主治医はチェックしていない。

さらに看護記録を入院時から退院時まで確認するとほとんど毎日患者の観察記録のみの記載にとどまる日が多く、それに対してどう対処したか、どう考えるのか、どう対処するのが良いか、医師との医療連携についてはどう考えるのか・・・など通常記載されてしかるべき内容がほとんど見当たらない。この看護記録内容は一般病院として十分な記載レベルとは言いがたく、指導する立場にある主任、婦長等の教育力量不足、あるいは(よく判断するならば)毎日が非常に多忙で詳しく書くひまも無いような看護の毎日であったと考えられる。当初に掲げた看護計画はどこに行ってしまったのか?


カルテのコピーを見る上で唯一人間的な対応がうかがわれるとしたならそれは服薬指導にあたった薬剤師だけではないだろうか?どのような良質な医療を行ったとしてもカルテ記録に記載が無ければスタッフ間、そして第三者からは全く評価・理解しえない性質のものであり、評価不可能である(これらの状況が医師・看護婦にあてはまる)。



<結論>


独断で患者・家族の意図するところなく「ターミナル治療を早期から行われてしまった状況」を踏まえて総合的に判断すると、この病院入院中は決して余命が長いとはいえない患者にとって検査もなく、胸水除去が熱心であった以外は劣悪な療養環境にあったと考える。

これらの不適切・怠慢な医療判断により、計らずも非積極的な安楽死誘導がなされたことは進行癌患者において大きな損害を受けた時間であることに間違いなく、それが死期を早めた可能性は十分に想像されうるものと考えられる。


今までになされた医師の説明自体、医療人としての良識が問われる内容であり、カルテ、指示簿等の不備はこれを隠蔽しようとするものである。

以 上