ピアノの思い出(^ε^) というわけで第一回目でございます。私は昔から作文は苦手なほうなので、駄 文、悪文のオンパレードになるかと思いますが、我慢して気長にお付き合い頂 ければと思います。誤字脱字等ございましたらご指摘頂ければ幸いです。 私が初めて接したクラシック音楽は、小学生の頃、ベートーヴェンの田園交響 曲が最初ですね。木漏れ日の中、寝転がりながら第一楽章の爽やかな調べを聴 くのは至福の喜びでした。田園交響曲によって、私は音楽というものは「聴く もんだ」ということを初めて知ったのです。それまで姉が習っていたピアノの ツェルニーの練習曲を聴くことはあっても、ほとんど騒音にしか聞こえなかっ たのです。 ピアノ曲を聴き始めるようになるのは、しばらく後の話です。誕生日のお祝い に母が買ってきてくれた「珠玉のピアノ曲集」と「子供のためのアルバム」の LPレコードがきっかけでした。これはなかなか良い選曲だったと思います。 「珠玉のピアノ曲集」は古典派から印象派までのいろいろなスタイルのピアノ 小品が納められていました。その中で私が一番びっくりしたのは、ショパンで もリストでもなく、ドビュッシーのピアノ曲でした。「月の光」「夢」「子供 の領分」のユニークで、ロマン派とはまた違ったクールな美しさに惹かれ、レ コード針が擦り切れるほど夢中になって聴いたものです。ラヴェルとかを聴く ようになるのはこれよりずっと後、大学生になってからです。 鎌倉の小学校を卒業し、私は都内の中学校に通うことになりました。 中学校の音楽の授業で、私たちは他のクラスと一緒に合唱の練習をすることにな りました。そこで、私はある女の子と遭遇し忘れられない経験をするのです。 その女の子は合唱の伴奏者でした。彼女のピアノの巧い事といったら、 もう近所では評判でした。私は彼女の指から生み出される魔法のような 演奏に唖然としました。彼女のピアノ演奏はまるで「ピアノとはこう弾く もんだ」と教えてくれるようでした。私は彼女のピアノ演奏のきらめくよ うなファンタジーに夢中になり、またエレガントな演奏姿にいつしか憧れ を抱くようになったのです。 ある日のこと、音楽の授業の休み時間に私はいつものように呆けた顔 で彼女の演奏に見入ってました。彼女は、演奏中も私の視線を敏感に感じ ていたようでした。目と目が合う度、彼女は私にニコっと微笑んで言った のです「ピアノ、弾いてみる?」 私は覚えたてのモーツァルトの「トルコ行進曲」を弾きました。人前で 弾くのは初めてでした。訥々と弾きながらも、私は彼女の横で弾いている という思いで至福の時を過ごしました。私の演奏の後、彼女が「トルコ行 進曲」の模範演奏をしてくれました。私の演奏とは「月とスッポン」。 余裕しゃくしゃくといった感じで完璧な演奏でした。 (この出来事はクラス中の噂となり、私は後に合唱コンクールの伴奏者 をやらされる羽目になりました(^_^;) この出来事以来、私はピアノの練習に没頭するようになりました。 「一日も早くあの子に近づきたい。」ピアノは独学だったので基礎も何もあったものじゃありません。 とりあえず子供の頃から好きだったドビュッシーの「子供の領分」を弾きは じめました。どうしても弾けなかった「雪が踊っている」を残して、それな りに弾けるようになった頃、私は1年でその中学校を去らなければなりませ んでした。結局、淡い恋心はそのまま終わりを迎えましたが、彼女は私に ピアノを練習するきっかけを与えてくれました。今でも彼女には感謝して います。(その後、風の噂では彼女は音楽系の高校へ進学しました。) 高校に入ると、ベートーヴェンやショパンに手を出すようになりました。 音楽の聴き方にも変化が現れてきました。よりピアニスティックな曲を好んで 聴くようになり、いつしか曲を聴きながら、ヴィルトゥオーゾ・ピアニストと して聴衆から喝采を浴びる自分の姿を妄想するようなりました。音楽を聴くこ との純真な喜びが影を潜め、自己顕示欲に満ちたいささかグロテスクな妄想に とって代わったのです。 「これ弾けたらあの子にキスしてもらえるかな? うひうひ(^ε^)チュ〜」 女の子の場合はよく分かりませんが、ピアノを弾く男の子にとってはこの手の 妄想はそんなに珍しいことじゃないんじゃないでしょうか?ちょうど自分がサ ッカーのスター選手になってWカップでゴールを決める妄想に似てますねぇ。 え?そんなの、あんただけだって?(^_^;) というわけで、多くのピアノ少年が一度は必ず挑戦するように、私も「革命エチ ュード」「黒鍵エチュード」「英雄ポロネーズ」「幻想即興曲」を一生懸命練習し たもんです。これでも、結構弾けるようになったんですよ(^ε^)。 このヴィルトゥオーゾ妄想は一度罹るとなかなか治りません。実際、私がこの 妄想から解放されたのは、右手の甲を複雑骨折してしまいピアノ上達への道を 断たれてからでした。 右手を故障してからというもの、挫折に打ちひしがれていた私に再び希望の光 を投げかけてくれたのは、同じく若き日に右手を故障したスクリアビンという 作曲家・ピアニストでした。やがて私はこの近代ロシアの象徴的神秘主義の音 楽家に興味と共感を抱くようになっていくのでした。ちゃんちゃん。 あ〜、こりゃ、きりがないや(^_^;) 続く・・・・。 |