私の伯父さん

これは、今の私に微妙な影響を与えている私の伯父の話です。

私の生まれた家は昔からの音楽愛好家の一家で、おじいちゃん、伯父、父、母 と音楽好きが揃ってました。私のおじいちゃんは若い頃、音楽家か画家になる ことを夢みたのですが、養父(私のおじいちゃんは養子でした)に反対されて 泣く泣く諦めたそうです。そんな苦い思いもあって、自分の叶えられなかった 夢を息子(私の伯父さんですね)に託しました。なんだか映画「シャイン」 みたいですねぇ。

伯父は父親の期待どおり東京芸術大学作曲科に入学し、作曲家を目指していま した。ピアノにも堪能で、よく家で芸大仲間とベートーヴェンのスプリングソナタ の合奏を楽しんでいたそうです。しかし、作曲科では訳の分からない現代音楽をやら されたようで、自分の目指す音楽とのギャップに苦しみ、結局芸大を中退してしまいました。 後は自分の力だけで作曲家への道を切り開かなくてはなりませんでした。

クラシック音楽の世界だけで生活するのはさすがに厳しく、伯父は家族に内緒 で酒場のピアノ弾きとして身を立てようとしてました。しかし、父親の知られ るところとなり、強制的に辞めさせられたそうです。当時、酒場のピアノ弾き は水商売以外の何物でもなく、また家では正統的なクラシック音楽以外は認め られていなかったのです。

そのあと伯父は、何もせずぶらぶらしていました。 一時、親戚の紹介で自動車部品工場の旋盤工として働きはじめましたが、 音楽を二十年近くやってきた人間が旋盤工の重労働に耐えられるはずがありません。 ある日、作業でミスを犯し大きなロスを生じさせてしまい、 結局そこも2ヶ月で辞めてしまいました(^_^;)。

一家の恥さらしとなった伯父を唯一人励ましていたのは、家で女中として雇わ れていた娘さんでした。女中の娘さんから見ると芸術家肌のお坊ちゃまは憧れ の対象だったようで、二人はほどなく恋仲になったそうです。今度は母親(私 のおばあちゃんですね)が黙っていませんでした。その女中さんを首にして強制的 に郷里に帰してしまったのです。

それからまもなくして伯父は、二十代半ばにして列車に身を投じて自ら 命を絶ってしまいました。

自殺の動機はよく分かっていません。作曲家としての才能に限界を感じたから とか、または女中の娘さんとの恋に敗れたからとも言われてます。父親の期待 に背いているという負い目もあったかも知れません。ただ、妹である母の話で も、本当の理由はいまだに謎なんだそうです。

私はこんな重い話をまるで他人事のように淡々と書いてますが、この事件は私 が生まれるかなり前、母がまだ女学生だった頃の話なので、聞き伝えでしか知 らず、現場にいたわけではありません。かなり昔の話ですね。

作曲家としての伯父はどんな風だったかというと、残念ながら今では確認する ことすら出来ません。というのは自殺する数日前に自作の曲の楽譜を含め、 生前に残した痕跡を跡形もなく焼却してしまったからです。もちろん、遺書もあ りません。徹底して自分という存在をこの世から消し去ってしまったのです。

私はこの話を子供の頃に聞かされたのですが、全てを捨て死へと旅立つ伯父 の孤独な心境を想像し、震えるほどの深い戦慄と感動を受けたことを今でも鮮 明に憶えています。また、音楽家として自分の才能だけを頼りに生活していく ことの恐ろしさを、私は子供心に理解してしまいました。

母は「楽譜さえ残っていたらねぇ」と言っています。数は少ないながらも結構、 綺麗なピアノ曲も作っていたそうです。一度、この手で弾いてみたかったなぁ。

実家の仏壇には今でも、私より若い伯父の遺影が掲げられています。いかにも ナイーブそうな青年。

たまにゃ、線香でもやるか。

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