星の王子さま
原作:『星の王子さま』 サン=テクジュペリ 作 池澤夏樹 訳 発行:集英社 音楽:『ずっと・・・』 押尾コータローのインディーズCD 『LOVE STRINGS』より |
U 渡り鳥に引っぱられて宇宙を飛ぶ王子さま N「そうやって王子さまは、これからすべきことを見つけたり、見聞を広めたりするために、宇宙を放浪する旅に出た。気がつくと、彼は小さな惑星がつらなる近隣にいた。それでこれらの星を一つづつ訪ねてみることにした」 年をとった王様の星 N「最初の星には一人の王様が住んでいた。王様は高貴な紫と白テンの衣装をまとって、簡素ながら堂々とした玉座に坐っていた」 王子さま「こんにちわ、あのう・・」 王様「おお、臣民がきたな!」 王子さま「(おどろいて)すみません!でもあの、臣民ってなに?」 王様「この国の民のことじゃ!」 王子さま「・・今まで会ったことがないのに、どうしてぼくが臣民なの?」 王様「近う来るがよい。おまえがよく見えるように」 王子さま「ずいぶん尊大な王様だな・・」 と思わずあくびが出る。 王様「王の前であくびをするのは礼儀に反する。あくびは禁止する」 王子さま「(両手で口をおさえ)ごめんなさい、がんまんできなかったのです。長い旅をしてきて、あまり眠ってなかったものですから」 王様「では、あくびをすることを命ずる。余は人のあくびをもう何年も見ていない。あくびは興味深いものだ。もう一度あくびせよ。これは命令である」 王子さま「もう出ません」 王様「そうか・・。ならある時はあくびを、ある時はあくびを我慢せよ。それはそちの都合にまかせる」 王子さま「ようするに、したいときにすればいいってこと?」 王様「余の命令において、その通りじゃ」 王子さま「なんだ、恐い王様かと思ったら、そうじゃないんだ」 王様「これこれ、余の衣装を踏むでない」 王子さま、王様の白テンのマントを踏んでいる。 王子さま「あ、ごめんなさい」 王様「余は絶対君主の王じゃ。だが無茶な命令を出すようなことはせん」 王子さま「それはわかりました。あなたはいい王様なんですね」 王様「さよう。余が臣民にむかって海の鳥に変身せよと命じて、臣民がそれに応じなかったとしても、臣民が悪いわけではない。それは余の過ちである」 王子さま「なら、王様、座ってもよろしいでしょうか?」 王様「座ることを命ずる」 王子さま「あの、王様。一つ質問をしてもよろしいでしょうか」 王様「質問することを命ずる」 王子さま「王様は、どこを統治していらっしゃるのですか?」 王様「すべてじゃ」 王子さま「(おどろいて)すべて?でもすべてって?」 王様「この星、そしてあの星も。あの星も。ここから目に写るものすべてじゃ」 王子さま「星は、服従しますか?」 王様「もちろん。星たちは余に服従する。余は反抗を認めない」 王子さま「・・。では、ぼくはいまとても夕日が見たい気分なんです。お願いです、ぼくのためにあの太陽にむかって、沈め!と命令していただけませんか?」 王様、咳払いをコホンと一つして、 王様「余が臣民に蝶のように花から花へ飛び回れとか、岩山に変身せよとか命令したとして、臣民がその命令を実行できなかったら、悪いのは余か臣民か?どちらかな?」 王子さま「王様です」 王様「そうじゃ。余は臣民のそれぞれに、出来ることを求めなくてはならない」 王子さま「・・はい」 王様「権威というものは、まずもって理性に基づいているべきものなのじゃ。臣民たちに、海に向かって身投げせよと命令したら、彼らは革命を起こすだろう。理性に沿った命令だからこそ、余は服従を期待できる」 王子さま「・・あの、それで、夕日は?ぼくは今、とても夕日が見たいのです」 王様「夕日は見せてやる。余が太陽に命ずる。しかし余の統治の方針が定めた条件が整うまで、待ってもらわねばならない」 王子さま「いつまでですか?」 王様「そうじゃな」 と、分厚い本を懐の中からとりだしてペラペラとめくり、 王様「今日の日没は7時40分じゃ。その時になれば余の定めた条件によって太陽に夕日を命ずる」 王子さま「・・・」 王様「それまで、待つが良い」 王子さま「あの、王様」 王様「なんじゃ?」 王子さま「ぼくはもう、この星ですることがなくなったように思います。ぼくはそろそろ出発します」 王様「行ってはいけない」 王子さま「なぜですか?」 王様「おまえをこの星の大臣に任命するからじゃ」 王子さま「何の大臣です?」 王様「法務大臣じゃ」 王子さま「でも、ここには法律で裁く相手なんかいません。この星には、王様一人しかいないじゃないですか?」 王様「待て待て。この星にはあと、あの穴倉のなかに(と指差して)年取ったねずみが一匹おる。おまえはそのねずみをさばけばよい」 王子さま「(穴倉を見て)あの、王様、ぼくにはもっと知りたいことがたくさんあるんです」 王様「・・もしかしたら、ねずみはもう死んでしまっておるかもしれん。何十年も顔をださんからな」 王子さま「王様、やっぱりぼくは行きます」 王様「だめじゃ!」 王子さま「・・・」 王様「(少し淋しそうに)そうしたら、この星にはまた余一人しかいなくなる・・」 王子さま「・・。なら、ぼくに王様の理屈にあった条件の命令を下していただけませんか?」 王様「・・・」 王子さま「ぼくが、今ここを飛び立ってもいいような」 王様「ならば、そちを余の大使に任ずる。(威厳を持って)これは余の命令じゃ!」 旅立つ王子さま。 N「王様というのはいろいろ大変な大人だな。そう考えながら王子さまは次の星に向かった」 うぬぼれ男の星に近づく王子さま N「二番目の星にはうぬぼれ男が住んでいた。「ああ、俺の崇拝者が来た」と、彼は王子さまが遠くからやってくるのを見て叫んだ」 うぬぼれ男の星 王子さま「こんにちわ」 ピカピカの服に派手で大きな帽子をかぶったうぬぼれ男。 王子さま「すごい帽子をかぶっていますね」 うぬぼれ男「これはお辞儀のための帽子さ」 王子さま「どういうこと?」 うぬぼれ男「拍手してみなさい」 王子さま、パチパチと言われたとおり拍手する。 うぬぼれ男「俺は人がほめてくれたときにこうやってお辞儀をする」 帽子を持ち上げ虚栄心いっぱいにお辞儀をするうぬぼれ男。 うぬぼれ男「(お辞儀をしたまま)ただ残念なことに、このあたりはなかなか人が来ないんだ」 王子さま「・・そうなんですか。それは残念ですね」 身を起こすうぬぼれ男。 王子さま、またパチパチと拍手する。 また、お辞儀をするうぬぼれ男。 N「これは面白い大人だな、と王子さまは思った」 王子さま「でもその帽子、大きすぎて不釣合いじゃありませんか?」 うぬぼれ男、遠くの方を見つめたまま、 うぬぼれ男「・・・」 王子さま「大きくて、不釣合いだと・・」 うぬぼれ男の目が見る見る充血してくる。 王子さま「(おどろき)あ、やっぱりすごく似合ってます」 うぬぼれ男「このスタイルは一部の隙もない。もっとも洗練されたものだという評価が高いんだ」 王子さま「だれが決めたんですか?」 うぬぼれ男「もっとも洗練された、評価の高い人たち。そしてわたしを崇拝している人たちさ」 王子さま「なんですか、崇拝って」 うぬぼれ男「崇拝というのは、この星でわたしがいちばんカッコよくて、いちばんいい服を着ていて、いちばん金持ちで、いちばん頭がいいと思うことさ。決まっているだろう?」 王子さま「でもこの星にはあなたしかいないじゃないですか?」 ぬぼれ男、また目が血走ってくる。 うぬぼれ男「もし君がここにいたいんなら、わたしをほめ続けること」 王子さま「ぼくはあなたを崇拝します」 うぬぼれ男「いいよ、もっといって」 王子さま、拍手する。 お辞儀をするうぬぼれ男。 王子さま「ごめんなさい、ぼくはもうここにいたくなくなりました」 そのまま固まってしまううぬぼれ男。 N「大人ってまったく変わってる。そう考えながら王子さまは旅を続けた」 酒飲み男の星に近づく王子さま N「次の星には酒飲み男がいた」 酒飲み男の星 王子さま「こんにちわ。ここで何をしているの?」 酒飲み男、たくさんの空のビンと酒の入ったビンを前に酔っ払って座っている。 酒飲み男「(暗い声で)酒を飲んで酔っ払っているんだ」 王子さま「なぜ酔っ払っているの?」 酒飲み男「忘れるため・・」 王子さま「何を忘れるため?」 酒飲み男「・・・」 王子さま「あの、顔色がすごく悪いよ」 酒飲み男「俺は・・恥ずかしいことを忘れたいんだ」 王子さま「何が恥ずかしいの?」 酒飲み男「・・・」 王子さま「ねえ、何が恥ずかしいの?」 酒飲み男「こうして酒を、飲んで、酔っ払うことが!」 酒飲み男、急にコップの酒をグビッと一気に飲み干しまた下を向く。 王子さま「・・・」 N「大人というのは、確かにとても変わった人たちだ、という思いをますます深めながら、王子さまは旅を続けた」 ビジネスマンの星に近づく王子さま N「4つ目の星にはビジネスマンがいた」 ビジネスマンの星 王子さま「こんにちわ」 ビジネスマン、忙しそうに上を見たり机に向かったりしている。 王子さま「あの、タバコの火、消えてますけど・・」 ビジネスマン「3と2で5、5と7で12、12と3で15。こんにちわ、15と7で22、火をつける暇もないんだ。やれやれ!これでようやく5億162万2731になった」 王子さま「5億って何が?」 ビジネスマン「え?まだそこにいたのか。5億・・・知らんよ、ともかく仕事が山積みなんだ。わたしは重要人物だからな。くだらぬことに関わっている暇はないんだ」 王子さま「ねえ、5億って何が?」 ビジネスマン、むっと顔をあげ、 ビジネスマン「この惑星にわたしが住むようになってから54年になるが、仕事の邪魔をされたのはたった3回だった。1度目は22年前、コガネムシが空からわたしの顔に落っこちてきた。おかげで足し算を4回も間違えた。2度目は11年前にリューマチがひどくなった時だ。わたしは何しろ重要人物でいつも時間がないから運動不足だったんだ。そして3度目はいまだ!と、どこまでいったかな、5億・・」 王子さま「ねえ、何の5億?」 ビジネスマン「(顔を上げたり下げたりしながら)空を見ればあるものだ」 王子さま「ハチ?」 ビジネスマン「ちがう!もっと、キラキラと、金色の」 王子さま「ハエ?」 ビジネスマン「(机をドンと叩き)ちがうっ!どうしてハエが金色に光るんだ!」 王子さま「ああ、星のこと」 ビジネスマン「3と1で4・・」 王子さま「星とその5億の足し算とどう関係があるの?」 ビジネスマン「無数にあるからこうやって数えながら計算して増やしているんだ。何しろわたしは重要人物だから計算は足し算で厳密にしなくてはならない」 王子さま「じゃ、その5億の星をどうするの?」 ビジネスマン「所有するのだ」 王子さま「え、星はあなたのものなの?」 ビジネスマン「そうだ」 王子さま「でも前に会った王様が・・」 ビジネスマン「王様は所有しない。君臨するだけだ。それは意味がぜんぜんちがう」 王子さま「なら、何のために星を所有するの?」 ビジネスマン「金持ちになれる。星は金色に輝いているだろう?怠け者は金色のモノを見ていろいろと勝手な夢を見るだけだが、わたしは何しろ重要人物だからな!夢なんか見ている暇はない」 王子さま「何のためにお金持ちになるの?」 ビジネスマン「お金があればもっと星を買える。それでもっと星を所有できる」 王子さま「・・じゃ、どうすれば星を所有することができるの?」 ビジネスマン、顔をむくっと上げ、 ビジネスマン「星は誰のものだ?」 王子さま「さあ、知らない。誰のものでもない」 ビジネスマン「ならばわたしのものだ。最初にそれを考えついたのはわたしだからな」 王子さま「それだけで?」 ビジネスマン「そうだ。誰のものでもないダイアモンドを見つけたら、それは見つけた者のものだ。島も、真珠も。新しいアイデアを見つけたらそれは特許をとってきみのものになる。星がわたしのものなのは、これまで誰も、それを所有しようという考えに至らなかったからだ」 王子さま「・・でも、たとえばもしぼくがスカーフをもっていたら首に巻いて持ち歩けますよね。もし花を持っていたら、摘み取って持ち歩けますよね。でも星は持ち歩けない」 ビジネスマン「だが、銀行に預けておけるさ」 王子さま「それで?」 ビジネスマン「それだけで充分。わたしが必要なのは、自分の持っている星の数を書いた、この紙だけだ。あとは運用をしていけばいい」 王子さま「運用?運用って何?」 ビジネスマン「星の数を、どんどん増やしていくこと」 王子さま「・・。なんだかとっても大変でお忙しい仕事ですね」 ビジネスマン「何しろ、わたしは重要人物だからな」 王子さま「でもぼくは、花を一輪持っていて、毎日水をやることの方が重要です」 ビジネスマン「・・・」 王子さま「あと火山を持っていて、週に1回はすすを払います。ぼくはそれで花や火山の役にたっている。あなたのしていることは、何かの役にたっているの?」 ビジネスマン「・・・」 王子さま「あの、ぼくには役にたっていないことのように思えるけど、それがどうして重要なの?」 ビジネスマン「・・・」 N「大人というのは、やっぱり奇妙だ、と王子さまは旅の途中でつぶやいた」 点灯夫の星に近づく王子さま N「5つ目の星はなかなか面白そうなところだった。そこはどの星よりも小さく、街灯を一本立てて、点灯夫を1人置くだけの広さしかなかった。どうして他に住んでいる人が誰もいないのに、街灯があって、点灯夫がいるのか、王子さまには見当もつかなかった。でも、街灯をつけることは、星を1つ生み出すことだ。この仕事には意味がある。街灯を消すことは、星を休ませること。これは素敵な仕事だ、と王子さまは思った」 点灯夫の星 王子さま「おはようございます」 点灯夫、街灯を消して、 点灯夫「おはよう」 王子さま「今、どうして街灯を消したの?」 点灯夫「規則なんだよ」 王子さま「どんな規則?」 点灯夫「朝になったら、街灯を消すという規則」 そういって点灯夫、街灯をつける。 王子さま「今どうして街灯をつけたの?」 点灯夫「夜になったら街灯をつけるという規則だから」 王子さま「ふーん」 点灯夫「大変な仕事だよ。むかしはもっとまともだった。街灯をつけたあとは眠ることが出来たし、街灯を消したあとは休むことが出来た」 王子さま「大変なのは、そのあと規則が変わったの?」 点灯夫「規則は変わっていない。でもそこが悲劇なのさ。星が年ごとに速く回るようになって、今は1分間に1回転するんだ。わたしが休む暇はもう1秒もない。1分ごとにつけたり消したりしなくちゃならないのさ」 王子さま「それ笑っちゃうね。1日が1分なんて」 点灯夫「笑いごとじゃないんだよう!」 点灯夫、街灯をつけるとまた消して、 点灯夫「こんばんわ」 王子さま「あのね、いつでも好きな時に休める方法をぼくは知っているんだ」 点灯夫「そりゃあ有り難い。ぜひ教えてくれないか?」 王子さま「この星はとても小さいから、3歩で一周できちゃうでしょ。ゆっくりと歩くだけで、ずっと光の中にいられるよ。休みたいと思ったら歩けばいいの」 点灯夫「それじゃあダメだよ」 王子さま「どうして?」 点灯夫「わたしが休みたいというのは、眠ることなんだから!」 王子さま。 王子さま「うーん、それはどうしようもないね。ぼくにもわからないや」 点灯夫、街灯を消す。 N「この点灯夫は、みんなに馬鹿にされるかも知れない。でも、王子さまには、この点灯夫は、滑稽でないように思えた」 点灯夫の星を離れる王子さま N「たぶんそれは、点灯夫だけが、自分以外のもののために、一生懸命に仕事をしているから。あの点灯夫の大人となら、友だちになりたいと王子さまは思った」 老地理学者の星 広い砂漠のような上を歩いている王子さま。 N「6番目の星は、今までのなかで一番大きく、そこには分厚い本を何冊も書いた老地理学者が住んでいた」 老地理学者「おやおや探検家のご到来か!」 机に向かって読んでいた本をとじ、 老地理学者「どこから来たのかね?」 王子さま「こんにちわ。ずっと遠くの星から・・」 王子さま、そういうとフウと息をついて腰を下ろし、 王子さま「あなたはここで何をしているの?その大きな本は何?」 老地理学者「わしは地理学者じゃ。これはその本でわたしが書いたんだ」 王子さま「地理学者って?」 老地理学者「海や川や町、それに山や砂漠がどこにあるかを知っている学者のことじゃ」 王子さま「へえ、それは面白そうですね」 まわりを見回すと豪華な本棚や装飾品がずらりとある。 王子さま「本当にきれいな星ですね。ここには大きな海はありますか?」 老地理学者「知らない」 王子さま「じゃあ、山や町は?」 老地理学者「それも知らない」 王子さま「でも地理学者なんでしょ?」 老地理学者「そのとおり。しかしわたしは探検家ではない。この星には探検家が徹底的に不足しておるのだ。町や河や山や海を探すのは地理学者ではない。地理学者はもっと偉くて大事な仕事をしているから、あちこち歩き回る暇などない。書斎を離れず、逆に探検家を書斎に迎えるのだ。質問をして、探険家が思い出すことをノートにとる。面白い話がみつかれば、今度はその探検家の道義心を調べる」 王子さま「道義心?」 老地理学者「探検家が嘘つきでないか調べるということじゃ」 王子さま「どうして?」 老地理学者「探検家が嘘つきなら、地理の本もでたらめになってしまうだろう?あと、酒飲みの探検家もだめだ」 王子さま「なぜ?」 老地理学者「酔っ払いはモノが二重に見えるからな。本当は1つしかない山が2つあることになってしまう」 王子さま「ぼくは探検家失格って感じの人を1人知ってます」 老地理学者「まあそんなのもおる。嘘つきでも酒飲みでもないことがわかって、はじめて調査がはじまる」 王子さま「じゃあ今度はあなたが出かけていくの?」 老地理学者「いやいや、もっと詳しく探検家の話をきくだけじゃ。なにしろ、これで信用できることがわかったわけだから」 王子さま「(がっかりして)へえ・・」 老地理学者「そうじゃ、きみも遠くの星から来たんだから立派な探険家じゃ。きみの星のことを話してくれないか」 王子さま「ぼくのところはとっても小さいし、面白い話はありません」 老地理学者「それでも何かあるじゃろう」 王子さま「火山があって、噴火しないように週に一度、すすを払います」 老地理学者「なるほど。それは賢明な対策じゃ」 王子さま「あと、花が一輪あります」 老地理学者「(がっくりして)花?」 王子さま「はい、とても寒がりの花なんです」 老地理学者「花はいらんのだよ。花は本に書くことはできん」 王子さま、大きく驚いて、 王子さま「どうして?とってもきれいな花なのに・・」 老地理学者「どうしてって、花ははかないからじゃ」 王子さま「はかない?はかないって?」 老地理学者「いいかい、地理学の本はすべての本の中でも最も重要なものだ。決して時代遅れになることはない。山がその場を移すということも、海が干上がるということもほとんどない。我々は永遠につづくことだけを書く」 王子さま「でも、花はちゃんと毎日生きています」 老地理学者「それでもはかない」 王子さま「どうして!」 老地理学者「・・(不思議そうに王子さまを見る)」 王子さま「死火山が、いつか噴火することもありますよ!ねえ、はかないってどういう意味?」 老地理学者「たとえ死火山でも、噴火しても、山はいつも形として残っておる。大事なのは、その形が失われないこと」 王子さま「じゃあ、はかないって?」 老地理学者「それは、時がたてばいずれ無くなってしまう、ということだ」 王子さま「なら、ぼくの花は、ぼくがいない間にいつか無くなってしまうの?」 老地理学者「そのとおり。いつか消えてしまう」 王子さま「!」 老地理学者「どうした?」 王子さま「ぼくの花は、身を守るためにたった4本のトゲしかもっていないのに、ぼくはそれをひとりぼっちにして置いてきた!」 老地理学者「うーん、それは大変じゃ」 王子さま「・・でも、ぼくにはまだまだ学ばなくっちゃいけないことがたくさんあるんです!でないと、またいざこざを起こしてしまう!」 老地理学者、少し考えて、 老地理学者「なら、地球に行ってみるといい」 王子さま「地球?」 老地理学者「ここよりもはるかに広い星じゃ。いろいろな本もたくさんある。なかなか評判のいい星じゃ」 王子さま「・・・」 N「こうして王子さまは、大好きな花のことを考えながら、地球に向けて旅立って行った」 地球に近づく王子さま N「7番目の星、地球・・」 地球に落っこちていく王子さま N「が!」 ごみごみした星、地球 N「そこには111人の王様がいて、7000人の地理学者がいて、90万人のビジネスマンがいて、750万人の酔っ払い、3億1000万人のうぬぼれ・・、つまり、およそ20億人の大人、つまりおかしな人たちが住んでた!」 地球に立つ46万2511人の点灯夫 N「地球の大きさをつかみたかったら、電気が発明される前には、6つの大陸を合わせて46万2511人という、ほとんど軍隊みたいな点灯夫がいただろうことを想像してみるといい。それはバレエの舞台のように壮麗な光景だ!まずニュージーランドとオーストラリアの点灯夫が登場する。次に中国とシベリアの点灯夫が踊りながら出てきて、その次はロシアとインドの点灯夫。それからアメリカとヨーロッパの点灯夫。そして南アメリカの点灯夫。次は北アメリカの点灯夫。南極と北極の点灯夫は1人ずつでいい。彼らが働くのは、年に2度だけだから・・」 20マイルの孤島にひしめく20億人 N「ただし、気のきいたことをいおうとするとちょっと嘘をつくことになる。点灯夫の話はすっかり正直なものではないので念のため。何しろ、大人たちはバオバブのように自分が大事で、自分のことしか考えていないから、数字で説明すると単純に安心して喜ぶのだ。地球に住む20億人は、ちょっと窮屈を我慢すれば20マイルの孤島に収まってしまう!といっても、自分で実験してみようなんて大人はまずいないから大丈夫・・」 夜の砂漠に立つ王子さま 人はだれもいない。 王子さま「・・・」 その時、砂の上で黄色のヘビが動く。 王子さま「こんばんわ」 ヘビ「(無表情に)こんばんは」 王子さま「ぼくが落ちてきたこの星はどこ?」 ヘビ「地球だよ。ここはアフリカ」 王子さま「そうか、やっぱり地球でよかったんだね!ねえ、地球には人はいないの?」 ヘビ「ここは砂漠だからさ。砂漠には人はいないよ。地球は大きいんだ」 王子さま「へえ・・」 王子さま、岩の上に腰をおろし、 王子さま「ねえ、ぼくの話を聞いてくれる?」 ヘビ「なんだい」 王子さま「ぼくはたった今、別の星からやってきたんだけど」 ヘビ「へえ」 王子さま「星が光っているのはさ、いつか人がそれぞれ自分の星を見つけるためじゃないのかな?ほら、ぼくの星を見て!ちょうどぼくたちの真上にある」 ヘビ「きれいな星だね」 王子さま「でもなんて遠いんだろう・・」 ヘビ「どうしてここへ来たの?」 王子さま「ある花との仲が、こじれちゃってね」 ヘビ「そうか」 砂漠にヒューと風が吹く。 王子さま「ねえ、人間はどこにいるの?ここはちょっと淋しい場所だから」 ヘビ「人間たちの間にいたって淋しいさ」 そのヘビを見る王子さま。 ヘビ、表情ひとつ変えていない。 王子さま「きみっておかしな動物だね。指みたいに細くて」 ヘビ「だがわたしは王様の指よりも強い」 王子さま、にっこり笑って、 王子さま「きみは強くないよ。足だってないじゃないか。それじゃ旅も出来ない」 ヘビ「わたしは船よりも遠くへきみを連れて行ける」 ヘビ、王子さまの足首にくるりと金のブレスレットのように巻きつく。 ヘビ「わたしが触れば、誰でも自分が出て来た場所に送り返される」 王子さま「・・(そのヘビを見る)」 ヘビ「だがきみは純粋だし、遠い星からやって来た」 王子さま「・・・」 ヘビ「きみがとても可哀そうな気がする。こんな岩ばかりのごみごみした地球で、とても弱く見える。いつか、きみが自分の星への思いがあまりに募ったら、きみを助けてあげる。きみを・・。約束しよう」 王子さま「ありがとう。でも何できみはいつも謎みたいに話すの?」 ヘビ「その謎を、解くため」 一輪の地味な花と王子さま N「砂漠を縦断して行くうちに、王子さまが出会ったのは、一輪の花だった」 王子さま「こんにちわ」 地味な花「こんにちは」 王子さま「人間はどこにいますか?」 地味な花「人間?6人か7人はいるはずよ。何年か前にここを通ったのを見たことがあるわ。だけど、どこにいるかは今は知らないの。だって風に飛ばされて移動してしまうんだもの。大変よね。根がなくて生きるのって」 王子さま「ありがとう。さようなら」 地味な花「さようなら。あなたも気をつけてね」 ゴツゴツした高い岩山の頂に立つ王子さま N「今度は王子さまは高い岩山に登ってみた。こんなに高い山なんだから上から見れば、地球全部が見えるだろうと。でもそこに人間の姿は何も見えなかった」 向こうに見える、針のように鋭くとがった岩山。 王子さま、その岩山にむかって、 王子さま「おはようー!」 こだま「おはようー、おはようー、おはようー・・」 王子さま「きみはだれー?」 こだま「きみはだれー?きみはだれー?きみはだれー?・・」 王子さま「友だちになってー、ぼくは一人だからー」 こだま「友だちになってー、ぼくは一人だからー、友だちになってー、ぼくは一人だからー友だちになってー、ぼくは一人だからー・・」 王子さま「・・・」 N「なんておかしな星なんだ!と王子さまは思った。からからに乾いて、やたらとんがって、ざらざらの塩みたい。ここの人間たちはいわれたことを繰り返すだけで想像力がまるでない。ぼくの星にはあの花がいた。いつも自分からいろいろと話しかけてきた、あのきれいな一輪の花が・・」 バラが咲き乱れる庭園にたどり着く道を歩く王子さま N「それでも王子さまは砂や岩や雪の中をずいぶん歩いて、やっと1本の道にたどりついた。そこはバラが咲き乱れる庭園があった」 バラが咲き乱れる庭園 王子さま「こんにちわ・・」 バラたち「こんにちは」 王子さま、びっくりしている。 王子さま「きみたちは誰?」 バラたち「わたしたちはバラよ」 王子さま「・・・」 バラたち「どうしたの?」 大きな悲しみに襲われて、 王子さま「ああ!」 王子さま、両手で頭をかかえる。 バラたち「どうしたの、あなた?」 王子さま「ぼくの星の花は、自分はこの宇宙にたった1本しかない花だといっていた。なのに、ここの庭には同じ花が5000本は咲いている!」 バラたち「(心配して)それがどうしたの?あなた!」 王子さま「(頭をかかえながら)これを見たら彼女は本当に困ってしまうだろう。笑われまいとして、ものすごく咳をして、それから死にそうなふりをするだろう。そこでぼくがあわてて彼女を生き返らせるふりをしなければ、彼女はぼくにもっと辛い思いをさせようとして、もっと咳き込んで、本当に死んでしまうかもしれない」 バラたち「(心配そうに)・・」 王子さま「特別な花を1本持っているから自分は豊かだと信じていたけど、ぼくがもっていたのは普通の花だった・・」 バラたち「・・・」 王子さま「ぼくが持っているのは膝までの高さの火山が3つ。その1つはたぶんこれからも死火山のままだ。これじゃぼくは立派な王子とはいえない・・」 王子さま、倒れて泣いている。 バラたち「あなた、その花のことを愛しているね!」 別のバラたちも「しっかりして!」 王子さま、立ち上がり、 王子さま「ありがとう・・。ぼくは、もう少し、旅を続けてみるよ」 N「王子さまはそういって、その先に続く草原へと向かっていった・・」 夜の草原 立っている王子さま。 キツネの声「こんばんは」 王子さま、ふと振りかえって、 王子さま「こんばんわ」 王子さま、あたりを見回すが誰もいない。 キツネの声「ここだよ。リンゴの木の下」 見るとリンゴの木の下にキツネがいる。 王子さま「きみは誰?」 キツネ「おれ、キツネ」 王子さま「そっちに行って話をしてもいい?」 キツネ「それは駄目だ。おれはきみとはまだ遊べないんだ。おれを飼い慣らしていないから」 とキツネ、ぷいと横をむく。 王子さま「あ、ごめん」 キツネ「(横をむいたまま)・・」 王子さま「でも、飼い慣らすってどういう意味?」 キツネ「きみはよそからここに来たんだろ?何か探しているのかい?」 王子さま「人間を。ねえ、飼い慣らすって?」 キツネ「人間か・・。人間は銃を持っているし狩りをする。それが困ったところでね。でもニワトリを飼っている。こっちの方はありがたい。ニワトリを探しているのか?」 王子さま「ちがうったら!探しているのは友だちだよ。飼い慣らす、ってどういう意味?」 キツネ「ここではみんなが忘れていることだけど、それは、絆を作る、ってことさ」 王子さま「絆?絆を作る、って?」 キツネ、しばらく黙ったあと、王子さまの近くに来て座り、 キツネ「いいかい、きみはまだおれにとっては10万人のよく似た少年たちのうちの1人でしかない。きみがいなくたって別にかまわない。同じように、きみだっておれがいなくてもかまわない。きみにとっておれは10万匹のよく似たキツネのうちの1匹でしかない。でも、きみがおれを飼い慣らしたら、おれときみは互いになくてはならない仲になる。きみはおれにとって世界でたった1人の人になるんだ。おれもきみにとって世界でたった1匹の・・」 王子さま「ああ、わかってきたみたい。一輪の花がいてね、それで彼女はぼくを飼い慣らしたんだけど・・」 キツネ「・・。そういうこともあるさ。この地球の上にはなんだってあるんだから」 王子さま「これは地球の上の話じゃないんだ」 キツネ、不思議そうな顔をして、 キツネ「ってことは、別の星?」 王子さま「そう」 キツネ「そこに狩りをする奴はいるのか?」 王子さま「いないよ」 キツネ「それはいいね。ならニワトリは?」 王子さま「いない」 キツネ「うまくいかないもんだ」 キツネ、ため息をつく。 キツネ「おれの毎日は単調だよ。おれはニワトリを狩る。それで人間がおれを狩る。ニワトリはみんなよく似ている。人間もみんなよく似ている。だからおれはちょっと退屈しているんだ。わかるかい?」 王子さま「うん」 キツネ「でももしきみがおれを飼い慣らしてくれたら、おれの暮らしに日が当たるわけさ。おれは他の誰とも違う足音を覚える。知らない人間の足音が聞こえたら急いで地面の下に潜る。でもきみの足音は、きっと音楽みたいにおれを穴から誘い出すだろう」 朝日が昇る 一面の小麦畑がむこうに広がる。 キツネ「ほら、あそこを見なよ。あれは小麦畑だろ?おれはパンを食べない。小麦なんかおれには無用だ。小麦の畑はおれに何も訴えない。でもきみは金色の髪をしている。きみがおれを飼い慣らしたらどんなに素晴らしいだろう!小麦は金色だから、おれは小麦を見るときみを思い出すようになる。小麦畑を渡る風を聞くのが好きになる・・」 キツネ、しばらく黙って下を向いているが、 キツネ「お願いだ、おれを飼い慣らしてくれ!」 王子さま「そうしたいと思うんだけど・・。友だちをたくさん見つけて、いろいろ学ばないといけないから・・」 キツネ「人間にはものを学ぶ時間なんかないよ。人間はただ出来上がったものを店で買うだけだ。でも、友だちを売っている店なんてどこにもないから、人間には友だちはいないのさ。友だちが欲しかったら、おれを飼い慣らしてくれ!」 王子さま「何をすればいいの?」 キツネ、そういわれると嬉しくなってちょっとテレて、 キツネ「何よりも忍耐がいるね」 と向こうに歩き出す。 王子さま「・・・」 キツネ「最初は草の中で、こんな風に、お互いちょっと離れて座る。おれはきみを目の隅で見るようにして、きみの方も何もいわない。言葉は誤解のもとだからね」 空に高く昇る太陽 「でも毎日少しずつ近くに座るようにしていけば・・」 その下の草原 王子さま、やってきてキツネの近くに座る。 キツネ「同じ時間に戻ってきた方がいいな」 王子さま「そうなの?」 キツネ「ああ。例えばさ、午後の4時にきみが来たとすると、午後の3時にはおれはもう嬉しくなる。時間が経つにつれて、おれはいよいよ嬉しくなる。4時になったら、もう気もそぞろだよ!幸福っていうのがどんなことかわかる!でもきみの来る時間がわかっていないと、何時に心の準備をすればいいかわからない。習慣にするってことが大切なのさ」 王子さま「習慣って何?」 キツネ「それは、ある1日を他の毎日と区別して、ある時間を他の時間と区別して何かをすることさ。例えば、おれを狩る猟師たちには1つの習慣がある。木曜日に村の娘たちとダンスをするのさ。だから、木曜日はおれにとってはすばらしい日だ!ずっとブドウ畑のあたりまででも散歩に行ける。でも、もし猟師たちのダンスの日が決まっていなかったら、毎日はみんな同じになってしまって、おれは休日気分を味わえない」 別の日の曇りの草原 王子さま、やってきてキツネのすぐ隣に座る。 王子さま「もうすぐぼくは出発しなくちゃいけないけど・・」 キツネ「(目にいっぱい涙をためて)ああっ!そうしたらおれはきっと泣くよ!」 王子さま「でもそれはきみのせいだよ。ぼくはきみが困るようなことはしたくなかったのに、きみが飼い慣らしてっていったから・・」 キツネ「・・そうだ」 王子さま「でもやっぱりきみは泣くんだ」 キツネ「・・(うなづき)その通り」 王子さま「じゃあ、きみは損をしたんじゃない」 キツネ「いいや。おれは小麦色の畑の分だけ得をしたさ。きみの髪と同じ、金色をした畑のね」 王子さま「・・・」 キツネ「小麦色の畑の分だけ、おれは幸せをもらったんだ」 王子さま「・・・」 キツネ「もう一度、きみがやってきたあの庭園のバラたちを見てみなよ。きみのバラは、世界に1つしかないってことがわかるから。そしたらおれにさよならをいってくれ。お別れに1つ、秘密を教えてあげる」 王子さま「・・・」 バラの咲き乱れる庭園 やってくる王子さま。 その様子を見つめるバラたち。 王子さま「・・きみたちはきれいだね。でもぼくのバラとはぜんぜん似ていない」 バラたち「・・・」 王子さま「きみたちはきれいだよ。でも、ぼくはきみたちを飼い慣らしていないし、きみたちだって、ぼくを飼い慣らしていない。きみたちは、出会ったばかりのキツネに似ている。前は10万匹のキツネたちのどれとも違わない、ただのキツネだった。でもぼくたちは友だちになったし、今では世界でただ一匹のキツネになった」 バラたち「・・・」 王子さま「もちろん、ぼくの大切なバラを見ても、ただの通りすがりの人たちは、何も感じないだろう。でもぼくにとっては、そのバラは、きみたちをぜんぶ合わせたよりも、はるかに大事なんだ。なぜって、ぼくが水をやったのはあの花だから。ぼくがガラスの鉢をかぶせてやったのは、あの花だから。ついたてを立ててやったのは、あの花だから。愚痴をいったり、自慢したり、黙っちゃったりするのを聞いてやったのは、他ならぬあの花だから。あれが、ぼくの花だから」 バラたち、涙をうかべながら、 バラたち「さようなら。でもわたしたちのことも覚えていてね」 王子さま「うん、覚えてるよ。ありがとう。さようなら」 草原 王子さま、キツネのところにやってくる。 王子さま「さようなら。もうお別れだよ」 キツネ「(下を向き)・・さようなら」 王子さま「・・・」 キツネ「じゃあ、秘密を教えるよ。簡単なことさ、ものは心で見る。肝心なことは目では見えない」 王子さま「・・肝心なことは、目では見えない?」 キツネ「きみがバラのために費やした時間の分だけ、バラはきみにとって大事なんだ」 王子さま「・・・」 キツネ「今の人間たちは、こういう真理を忘れている」 王子さま「・・・」 キツネ「でもきみは忘れちゃいけない。飼い慣らしたものには、いつだって、きみは責任がある。きみは、きみのバラに、責任があるんだ」 王子さま「ぼくは、ぼくのバラに、責任がある・・」 キツネ「・・(下を向いて、淋しそうにしている)」 駅・転轍手の小屋 王子さま「こんにちわ」 転轍手「こんにちは」 王子さま「ここで何をしているの?」 転轍手「旅行者を1000人ずつまとめて、仕分けしているのさ。ここにやってくる汽車を、こっちは右の方へ、こっちは左の方へと振り分けて送り出す」 明るい窓の急行列車が雷のような音をたてて左に走りすぎる。 転轍手の小屋がブルンと揺れる。 王子さま「すごく急いでいるみたいだ。何を探しているんだろう?」 転轍手「機関車の運転士だって知らないよ」 今度は右に急行列車が走り過ぎ、またブルンと小屋が揺れる。 王子さま「もう帰ってきたの?」 転轍手「別のだよ。すれ違ったんだ」 王子さま「どうして移動するんだろう?みんな自分のいる場所に満足できないの?」 転轍手「(王子さまをチラリと見て)ここにいる人間は、誰も自分のいる場所に満足できないのさ」 また左に急行列車が走り過ぎる。 王子さま「いちばん最初の旅行者を追いかけているのかな?」 転轍手「何も追いかけていないよ。寝台車の中で眠っているか、あくびをしているか。子供だけが、ガラス窓に鼻を押しつけている」 王子さま「・・・」 転轍手「子供だけが、自分が何を探しているのか知っているんだ。ずーっと一緒に遊んでいた人形がなくなると、子供は泣くだろう?」 王子さま「・・・」 街・露天の商人 王子さま「こんにちわ」 商人「こんにちは」 王子さま、陳列した薬を差して、 王子さま「これは何?」 商人「喉の渇きを抑える薬さ。週に1回これを飲めば、あとは水を飲まなくて済む。効果は完璧だよ」 王子さま「どうしてそれが売れるの?」 商人「ものすごい時間の節約になる。専門家が計算したら、一週間に53分の時間が節約できるそうだ。どうだ、欲しくなったろう?」 王子さま「その53分を何に使うの?」 商人「・・。何でも。好きなように」 王子さま「・・・」 炎天下の太陽 N「その時、自分ならその53分を、泉の方にゆっくりぶらぶら歩いていくのに使うだろう、と王子さまは思った・・」 >>NEXT T U V |