増訂　十八史略講義　上　３

字解聘訪問なり。禮の曲禮に、�ｩ侯大夫をして�ｩ侯を問はしむるを聘と曰ふとあり。是れ聘の本義にして、殷の湯王の伊尹を聘せし條に、幣帛を以て、隱逸の賢者を召し出すをいふ、とあるは、第二義なり。混ずべからず。●上國上方（かみがた）といはんが如し。邊土より中土を指していふなり。

講義呉は姫姓の國にして、周の文王の�ｩ父（をぢ）太伯、虞仲の封ぜられし所なり。虞仲は一に仲雍と曰へり。それより十九世を歴て、壽夢に至り、春秋のなかばに於て、始めて周に通じ、王號を僭稱せり。壽夢四人の男子あり。長を�ｩ樊、次を餘祭、次を餘昧、次を季札と曰ふ。季札賢明なりしかば、壽夢三子をして、順々に相續せしめ、終に季札に傳へんと欲せしに、季札義を守りて、之れを聽かず。�ｩ樊立ちて後、延陵の地に分封せられて、延陵の季子と號しけり。季子嘗て中土の國々に歴聘して、徐の國を過ぎし時、其の君季子が佩べる所の寳劍を見て、甚だ之れを珍惜せしを、季子推察して、心の中に贈らんことを許したり。既にして使命もそれ／^ޑ＼果てければ、歸途に再び徐を過ぎて、之れを贈らんと欲せしに、徐の君已に歿せしかば、嗣君に就きて之れを致しけるに、先君命なし、孤（せっしゃ）敢て受けずとて辭退せり。されど季子は一旦心に誓ひしことの已み難く、遂に其の劍を解きて、徐の君の墓の樹に懸けて、歸國せしとぞ。

字解字（あざな）漢土にては、實名の外に、字といふ者ありて、君父の前には、名を稱し、他人には、字を稱す。是れ其の名を敬する意なりと云ふ。我が國にても、儒者の道行はれてより、往々字を用ゐる人あり。

講義壽夢より後、�ｩ樊、餘祭、餘昧、僚の四代を歴て、闔廬（かふ、ろ）に至り、伍員といへる謀臣を擧げて、國の政事を商議せしむ。員字は子胥（しょ）といひて、楚の人伍奢の子なり。奢楚の平王に殺されしかば、員呉に奔り、遂に呉の兵を以て、楚の�ｷなる郢（えい）に攻め入りぬ。其の後闔廬越を伐ち、身に創傷を被りて死す。其の子夫差繼ぎて立つに及び、子胥復た之れに事へけるが、夫差父の爲めに讎を報いんことを心掛け、自ら其の身を苦めて、薪柴の中に起臥し、外に出で内に入るごとに、人をして己れを呼ばしめて曰はく、夫差よ、汝は越人の汝が父を殺せしことを忘れたるかと。常に此の如くして、其の志氣を激勵し、周の敬王の二十六年、遂に越の兵を呉の夫椒（ふ、せう）に敗りたり。越王句踐散卒を收めて、會稽山に楯籠り（＊ママ）、人をして呉に請はしめて曰はく、今より貴國の臣下と爲りて、妻を後宮に獻ぜんと。子胥之れを不可なりとし、越を滅すは、今日に在り、時失ふべからずと主張せしかど、太宰の職に在る伯嚭（ひ）といふ者、私に越の賄賂を受けて、之れを沮み、夫差に説き勸めて、句踐を赦させたり。

字解譖（せん）讒なり。言を構へて、人に罪を負はするをいふ。●檟（か）木の名なり。説文に、楸（きさゝげ）なりとあり。●自剄（じけい）自ら其の頭を斷つなり。●鴟夷（しい）酒器の名なり。馬の革を以て、之れを造る。

講義越王句踐會稽山の虎口を脱れて、本國に反り、報復の念盛んなり。居間に獸の膽を懸け、行住坐臥に、仰ぎて之れをなめ、其の味のにがきを忍びて、自ら心を勵まして曰はく、汝は會稽山の恥を忘れたるかと。内國の政務を擧げて、大夫の種（しょう）に專屬し、己れは范蠡（はん、れい）といふ智者と、武を講じ兵を治めて、呉を破る計策をのみ事とせり。然るに呉の方にては、少しも之れが用心をせず。あまつさへ奸臣伯嚭事を執りて、伍子胥（＊原文「呉子胥」）を讒謗し、彼れは句踐を殺さんとせし謀議の用ゐられざるを恥ぢて、常々君を怨望せりと、申し立てければ、夫差大に怒りて、銘を屬鏤（しょく、る）といへる利劍を子胥に賜ひて、自殺せよと命じたり。子胥之れを領承して、將さに死なんとするとき、家内の者に告げて曰はく、吾れ死なば、必ず吾が墓の側に、檟の木を樹（う）ゑよ。檟は早く育ちて、棺材と爲るべし。君の命數將さに盡きんとす。時に及びて、君の遺骸を收むる用に供すべし。且つ又吾が目の玉を抉（くじ）り出して、城の東の門に懸けよ。遠からず越兵の押し寄せ來りて、呉を滅すを見物せんと、言ひ終りて、自ら首をはねてけり。夫差之れを聞きて、�u^ޑ怒り、其の死骸を取りて、馬の革の嚢に盛り、之れを江水に投げ込ませければ、呉の國の人々其の非命を憐みて、水上に祠堂を建立し、胥山と名けて、其の寃魂を弔ひたり。

字解成（たひらぎ）平なり。和解なり。●幎冒（べき、ばう）頭巾の如くにして、顔面を掩ふものなり。

講義句踐夫椒の敗に、士卒傷亡し、府庫も空虚となりしかば、其の後十年の間、人民を生養し、財貨を聚蓄し、國富み兵壯なるを得て、又十年の間、教育訓練し、合せて二十年の星霜を經て、周の元王の四年に至り、大擧して、呉を伐ちぬ。夫差久しく越の來らざるを以て、之れが防禦をせざりければ、三度合戰して、三度とも敗北し、遂に姑蘇山に上りて、彼れの會稽山の時の如く、我れも亦和睦を請へり。句踐之れを憐みて、圍を解かんと思ひしに、范蠡更に動く色なく、若し之れを赦さんには、臍を噬むとも及び難からんといひければ、句踐げにもと心づきて、其の請求を拒絶せり。是に於て、夫差如何ともする能はず、自ら悔いて曰はく、今となりては、子胥に對する面目なしと。面衣（かほづゝみ）を被りて自殺せり。

字解長頸（ちゃうけい）烏喙（うかい）（＊原文「をかい」）長頸は、長きくびすぢなり。烏喙は、からすの口ばしの如く、口さきのとがりたるをいふ。●珠玉海中より出づるたまを珠といひ、山中より出づるたまを玉といふ。●江湖江は大江なり。湖は太湖なり。太湖に五道あり。故に五湖といふ。

講義 句踐既に呉を滅して後、范蠡越を去りぬ。去るに臨みて、書簡を大夫の種に遺（おく）りて曰はく、越王の人と爲りは、くびすぢ長くして、口ばし烏の如し。此の相貌の人は、患難辛苦を共にすべくして、安逸快樂を共にすべからず。呉平ぎ事成りし今日、子は何故に去らざるかと。種はそれより疾と稱して、引き籠りたり。或る人之れを讒言すらく、種は近頃、謀叛の萠ありと。句踐之れを妄信して、種に劍を賜ひて、自殺せしめたり。さて范蠡は種に忠告し、其の身は手早く支度を整へ、所持の輕寶珠玉の類を荷造して、家來眷屬と與に、大江五湖の間より、小舟に乘りて、海上に浮び、齊の國に出でゝ、住處を定め、姓名を變へて、自ら鴟夷子皮と謂ひ、父子産業を經營して、數千萬金の富を致せり。其の鴟夷子皮と號せしは、夫差が伍子胥（＊原文「呉子胥」）を鴟夷即ち馬の革の嚢に盛りて、水に投ぜしにより、己れも長居せば、此のやうなる憂き目に遇ふべからんとてなり。

字解喟（き）然喟は太息なり。然は形容のことばなり。すべて何然、何乎、何爾、何如などゝいふは、皆其の態（さま）を形容する辭なり。●布衣布は枲織（あさおり）なり。枲織の衣服を着るは、微賤の人なり。故に布衣といへば、即ち賤民の事になるなり。●相^ノ印宰相の持つ官印なり。印は役目の高下によりて、金銀銅等の別あり。●鉅萬鉅は巨大の義にて、千百萬の多きをいふ。

講義 齊國の人范蠡の賢邁なるを聞き傳へて、推して之れを宰相と爲しぬ。蠡喟然として、太息して曰はく、家に居りては、千金の富を致し、官に居りては、卿相の貴きを致す。此れ布衣を着る賤民の極地なり。又何の願かあらん。いつまでも尊榮の名義を受くるは、身の爲めに宜しからずと。乃ち宰相の印章を國君に歸し、其の財産を盡く散じて、親戚故舊に分ち與へ、最も貴重なる寶貨ばかりを懷中し、人知れず間道を通り拔けて、陶の地に移り住み、自ら陶朱公とぞ呼びにける。此の人理財に長ぜしを以て、又程もなく鉅萬の貲（たから）を積み累ねければ、魯國の人猗頓（い、とん）といふ者、わざ／＼蠡のもとに至りて、致富の術を尋ねしに、何のむづかしき事もなく、只^ޑ五頭の牸牛（めうし）を畜へよと教へられければ、頓國に歸りて、多く牛羊を畜ひつけしに、十年の間に夥しく蕃息し、其の身代は王公貴人に比擬すべき程になりぬ。故に當時天下の金持の話をするものは、第一に指を陶朱猗頓の二氏に屈せしとなり。

字解蔡（はな）^ツ_二蔡叔^ヲ於郭鄰^ニ_一上の蔡は、音「サツ」にて、放つといふ義なり。下の蔡は、音「サイ」にて、國の名なり。上は活字、下は死字にて、動詞名詞の別あり。●率（したが）^フ循ひ因るなり。

講義蔡は姫姓の國にして、周の文王の孫の蔡仲の封ぜられし所なり。初め成王の時、周公旦其の弟の蔡叔度を郭鄰に蔡（はな）ちけるが、其の子の蔡仲名は胡といふ者、能く祖父文王の�ｺ義に循ひて、父叔度の惡行を改めければ、再び蔡に封ぜられぬ。其の子孫春秋の末貞定王の二十二年に至りて、楚の惠王に滅されぬ。

講義曹は姫姓の國にして、周の武王の弟の叔振鐸（たく）の封ぜられし所なり。其の子孫春秋の中程敬王の三十三年に至りて、宋の景公に滅されぬ。

講義宋は子姓の國にして、殷の紂王の庶兄の微子啓の封ぜられし所なり。其の子孫春秋の時に至りて、襄公名は茲父といふ者あり。名を仁義に借りて、�ｩ侯の長と爲らんと欲し、周の襄王の十四年、楚と戰ふに當り、公子の目夷といふ者、敵の未だ陣立を成さゞるに乘じて、之れを撃たんと請ひけるに、襄公の曰はく、有�ｺの君子は、人を窮阨に困めぬ者なれば、宜しく彼れの列を整へたるを待ちて、戰ふべしと。遂に楚に敗られて、身に重傷を被りぬ。故に世の人笑ひて宋襄の仁と呼びなせり。

字解守^ル其の位置に居るをいふ。●分野歴算を以て、列宿の位置を、漢土の土地に分配したるをいふ。野は平原にして、猶ほ土地といはんが如し。●股肱股は髀（＊腿）なり。肱は臂（＊腕、肘）なり。共に身體の要處なり。故に人君輔佐の臣を股肱耳目といふ。●一度度は周天（てんのめぐり）の度數なり。

講義 其の後景公といふ者あり。或る時熒惑（けい、わく）（＊「けいこく」＝火星をいう。光度の変化や逆行現象が注目された。）といふ凶星が、其の當然に宿るべき時節に、二十八宿の一なる心星（＊心宿。蠍座の主星に近い位置という。熒惑守心は不吉の前兆というのはこの故事によるか。）の位置に居りしことあり。此の二十八宿の星を、漢土の各州に配當するときは、心星は宋の領内に當れり。是を以て、景公其の身に災害あらんことを憂へければ、司星（てんもんがた）の官に在る子韋といふ者、公に謂ひて曰はく、此の不祥を除かんとならば、宰相の人を祷りて、災を移さんには如かじと。公の曰はく、宰相は、吾が股となり肱となるべき樞要の人なりと。子韋の曰はく、然らば之れを國民に移さんには如かじと。公の曰はく、人君は國民を待ちて、而して後に寧し。國民なくば、人君いかでか獨り立たんと。子韋の曰はく、然らば之れを歳に移さんには如かじと。公の曰はく、歳に移さば、歳必ず凶荒ならん。歳凶荒ならば、人民必ず困窮せん。吾れ誰れが爲めに君となることを得ん。此の三つの者は皆災を移すべからずと。子韋の曰はく、天は高しと雖へども、能く卑き世界の事を聽かるゝ者なり。今や我が君、人民の君主たるべき三つの善言あり。天之れを聽かば、必ず君の爲めに福を降さるゝならんと。乃ち天文を測候せしに、果して其の言の如く、熒惑心星の位置を遠ざかること、一度の距離に及びたりと云ふ。學理の未だ開けざる時代には、とかくかやうの心配をするものなり。一度を、史記には、三度に作れり。

字解〓（せん）（＊鳥＋旃）鸇（せん）（＊隼）なり。鷂（＊ハイタカ）の屬にして、和名を「すゞめたか」といふ。●與（あづ）^カル其の事によりてといふことなり。

講義 景公より、數世を歴て、康王名は偃に至る。時に城上に一羽の雀ありて、〓を生みければ、偃其の吉凶を史官に占はしめしに、是れ必ず�ｩ侯の長と爲りぬべき祥瑞なりと、易の表に見れたる旨を對へければ、偃大に喜びて、其の志頓に驕り、齊、楚、魏の三國を伐ちて、之れを敗る。三國是れによりて、皆宋の敵國と爲りぬ。偃の淫亂暴虐なること古の桀の如くなるを以て、世の人、之れを惡みて、桀宋と號しぬ。其の後周の赧王の二十九年、齊の湣王楚、魏兩國と兵を聯ねて、宋を伐ち、之れを滅して、其の地を三分せり。之れを愼靚王の時と爲すは誤れり。

講義魯は姫姓の國にして、周公旦の子の伯禽の封ぜられし所なり。周公武王の遺命を受けて、常に成王を教誨し、王過失あるときは、ことさらに我が子の伯禽を撻（むちう）ちて、王を改悛せしめたり。其の後伯禽魯に赴任せんとする時、周公之れを戒めて曰はく、我れは文王の子、武王の弟にして、今の君主の叔父なり。天下誰れか我れを侮る者あらん。然れども、我れ一たび沐（かみあらひ）するに當りて、三たび頭髪を握り、一たび��するに當りて、三たび口中の食物を吐き、我れに面謁を乞ふ者あれば、洗沐喫��の間と雖へども、これを忽にせず、直ちに起ちて、士人に接待せり。此の如くにしてすら、猶ほ天下の賢人善士の望を失はんことを恐れたり。子魯に行かば、愼みて一國の君主なりとて、人に對して、驕り高ぶることなかれと。かく懇に心添して遣はしぬ。

字解北面漢土に於ける君臣朝見の禮は、君は北に立ちて、南に面し、臣は南に居りて、北に面す。故に北面といふは臣の君に見ゆる事なり。是れ衆星の北極に向ふに象りて、かくは定めしなりと云ふ。

講義 太公望呂尚、齊に報ぜられて、國に就き、僅に五箇月目に入朝して、其の政績を申報しければ、周公問ひて曰はく、如何にしてかく早速に事を擧げられしかと。太公答へて曰はく、吾れ齊に行きて、其の君臣の懸隔を簡易にし、禮儀作法は、其の故俗に從ひたれば、さまで手數を勞せざりきと。伯禽魯に至りて後、三年を經て入朝し、亦其の政績を申報しければ、周公問ひて曰はく、何故にかく遲かりしかと。伯禽答へて曰はく、兒（わたくし）魯に往きて、其の故俗を變更し、其の禮節を改革し、父母の喪は、三箇年にて除くことまで實行せしめたれば、大にひまどり候ひぬと。周公之を聽きて曰はく、魯は後の世に至りて、齊に北面臣事するならん。政事平易ならざれば、人民親近すること能はず。平易にして人民を親近すれば、人民必ず歸服する者なり。太公は能く其の俗に從ひ、子は之れに反せり。是を以て後來の成行を知りぬと語りけるとぞ。

講義周公或る時太公に問ひて曰はく、公は如何なる主義を以て、齊の國を治めらるゝかと。太公答へて曰はく、僕は賢才を尊び、有功を尚び、此の二つの者を以て、經國の根本とせりと。周公の曰はく、賢才を尊ぶは可なり。有功を尚ぶは、從ひ難し。有功の者尚ばるゝときは、後の世に至りて、公の國には必ず位を簒ひ主を弑する者出で來らんと。太公も亦周公に問ひて曰はく、然らば公は如何なる主義を以て、魯の國を治めらるゝかと。周公答へて曰はく、僕は賢才を尊び、親戚を親み、此の二つの者を以て、經國の根本とせりと。太公の曰はく、賢才を尊ぶは、素より僕も同意なり。親戚を親むは、從ひ難し。親戚の人親まるゝときは、後の世に至りて、公の國は漸く微弱なるべしと。互に其の得失を非難せしが、兩國の末、各^ޑ其の言に違はずなりぬ。

講義 伯禽より十三世を歴て、隱公に至る。孔子春秋を修めて、其の元年を始と爲しぬ。隱公の弟を、桓公と曰ひ、桓公の子を、莊公と曰ふ。莊公に三人の庶弟（わきばらのおとうと）あり慶節、叔牙、季友と曰ふ。慶節の子孫を、孟孫氏と爲し、叔牙の子孫を、叔孫氏と爲し、季友の子孫を、季孫氏と爲し、並に桓公の連枝なるを以て、是れを三桓と稱し、代々魯國の命令を執り行ひて、威權を專にせり。子班、閔、僖、文、宣、成（＊原文「威」）、襄の六代（＊七代か）を歴て、昭公に至り、季孫氏を伐つ。孟孫、叔孫の二氏、季孫を助けて、公を伐つ。公敗れて、晉の乾侯（かんこう）といふ所に奔りて、卒しぬ。

講義 昭公の弟の定公立ち、孔子を以て、中�ｷの邑宰と爲しけるが、一年を經て、四方遠近の�ｩ侯皆其の行政を見習ひたり。それより進みて司空となり、又進みて、大司寇と爲りぬ。司空は民政を掌り、司寇は法禁を掌る。職制の權衡、我が今日と同じからずと雖へども、司空は内務大臣の如く、司寇は司法大臣の如き者なり。孔子大司寇の職に在りて、定公を輔佐し、魯の夾谷に於て、齊侯と修好の會を爲しぬ。時に齊國の氣焔甚だ盛んなりければ、魯人懼を抱きしに、孔子少しも畏るゝことなく、定公に謂ひて曰はく、文事ある者は、必ず武備あり。今日の會は、文事なれども、武備なかるべからず。臣請ふ、左右の司馬を具へて、以て陪從せんと。左右の司馬は親衛の武官なり。

字解有司役人といふことなり。各^ޑ司る所あるを以て、有司といふ。●奏^ス_二四方之樂^ヲ_一樂の一たび端を更（あらた）むるを奏といふ。人臣の事を申すを奏といふとは、同じからず。四方の樂は、蠻夷戎狄の樂にして、中土の正樂にあらず。●旗旄（ばう）劍戟旗は、熊虎を畫きたるはた、旄は、牛の尾をつけたるはた、劍は、もろはのつるぎ、戟は、ふたまたのほこなり。●鼓譟（こさう）鼓は鳴なり。凡そ撃搏するを、鼓といふ。鼓の字とは別なり。（＊旁が攴と思われるが、該当の字無し。）譟は、羣呼なり。多人數にて、さわぎ立つるなり。●趨^ル疾行（はや、あし）を趨といふ。漢土にては、長上の前には疾行するを禮とす。●麾（さしまね）^ク手を以て指揮するをいふ。●侏儒（しゅじゅ）短人なり。宮中の樂は、婦女子を喜ばしむ。故に此の類異形の者を用ゐる。●匹夫匹は、匹偶にて、二人配合の義なり。庶人は貴人の如く、數妾を畜ふること能はず。故に匹夫匹婦といへば、賤民の稱となるなり。●熒惑（けいわく）人をくらましまどはすことなり。（＊前出「熒惑」との関係は不明。）●君子盛�ｺの人を、君子と曰ひ、又高位の人を君子と曰ひ、又�ｺあり位ある人を君子と曰ふ。其の用處によりて、味ふべし。

講義 既にして、定公夾谷に會す。齊の役人二公の前にて、遠方四裔の音樂を奏せんことを請ふ。是に於て、旗旄劍戟を陳ね、鉦鼓を鳴し、どよめきわたりて、出で來る。孔子之れを見て、足早に進み出でゝ曰はく、吾が兩國の君上の隣交の好（よしみ）を修めらるゝ盛會に、東夷北狄などの鄙しき樂を奏するは、ふさはしからぬことにて候ふと。景公赧然として赤面し、直ちに之れを手招して、退かしめたり。齊の役人又宮中の音樂を奏せんことを請ふ。是に於て、俳優倡妓短人異形の輩、相戲れて出で來る。孔子之れを見て、又足早に進み出でて曰はく、匹夫賤民�ｩ侯の視聽を眩亂する者は、死刑に處して、然るべし。請ふ役人に申し付けて、相當の罰を加へ候はんと。即座に掛りの役人に引き渡して、其の者どもの身體を、兩斷せしめ、首と足との置處を異にせり。齊侯悚然として恐懼し、國に歸りて、其の臣下に語りて曰はく、魯は君子の大道を以て、其の國君を輔けしに、汝は獨り夷狄の小道を以て、寡人に�ﾍへたり。吾れ夾谷の會に於て、此の上もなき恥辱を取りぬ。魯豈侮るべけんやとて、さきに侵奪せし、鄆（ゐん）、汶陽（ぶん、やう）、龜陰の三邑を魯に歸して、無禮の罪をうちわびたり。

字解三�ｷ天子の宮する所を�ｷと曰ひ、又�ｩ侯の子弟の封邑を�ｷと曰ひ、又卿大夫の食采の邑（＊采邑）を�ｷと曰ふ。三�ｷは孟、叔、季三卿の采邑なる成、郈（こう）、費なり。●不_レ肯（がへん）^ゼうけがはぬにて、承諾せぬことなり。

講義 魯の隱公庶弟（めかけばらのおとうと）三人を分封せしより、三家代々政權を執り、其の私邑魯の首府よりも彊盛にして、將さに國害を爲さんとする勢ありければ、孔子定公に其の不可なることを上言して、三�ｷを墮（こぼ）ち公室を強くせんと謀りしに、叔孫氏は速に旨を領して、其の邑郈を破却し、季孫氏も亦其の邑費を破却せしが、孟孫氏の家臣處父といふ者、其の邑成を破却することを承諾せずして、君命に抗しければ、定公乃ち兵を出して、之れを取り圍ましめたれど、遂に克つこと能はざりき。

字解郊城外の地を郊と曰ふ。冬至には、天を南郊に祀り、夏至には、地を北郊に祀る。故に天地を祀ることを郊すといふ。是の時は定公の十三年の冬なれば、即ち天を祀りしなり。●膰爼（はんそ）祭肉の生（なま）なるものを脤と曰ひ、火熟したるものを膰と曰ふ。爼は祭享の器にして、其の肉を盛るものなり。祭事畢りて後、其の餘肉を國の大夫に差し贈るを禮とす。是れ重職の士を鄭重に遇する意なり。

講義 孔子大司寇より、宰相の事務を兼攝執行すること、僅に七日にして、國政を亂せる大夫の少正卯といふ者を誅罰せり。少正は姓にして、卯は名なり。一説に、少正は大夫の官名なりともいへり。其の後孔子職に居ること三月にして、魯大に治りぬ。齊人之れを聞きて曰はく、孔子政を爲さば、魯必ず覇たらん。魯覇たらば、吾が地先づ并呑せられん。是れ甚だ懼るべきことなりと。遂に犂鉏といふ者の奸計を用ゐて、國中の舞妓八十人を選び、皆彩衣（うつくしきころも）を穿たしめ、添ふるに文馬（かざりうま）三十匹を以てして、之れを魯君に贈りたり。季桓子之れを受けて、計の伏する所を知らず、定公に勸めて、終日遊觀せしめたれば、三日の間朝政を聽かず。會^ޑ天を祀る事ありて、祭肉の餘を國の大夫に致すべき恒例なるに、女樂一たび魯に入りてより、是等の典禮をも打ち忘れて、君臣上下遊興にのみ耽りたり。孔子其の賢を簡にし、禮を棄つるを見て、與に爲すあるに足らざるを知り、遂に職を辭して、魯を去り、衛に適きぬ。

講義 定公卒して、其の子の哀公立つ。公室愈^ޑ衰へて、三桓�u^ޑ強し。哀公自ら之れを制すること能はず、兵を越に借りて、之れを伐たんと欲して克たず。」それより悼、元二公を歴て、繆公に至り、孔子の孫の子思の賢なるを聞きて、之れを尊敬することを知りたれど、遂に用ゐること能はず。」それより共、康二公を歴て、平公に至り、嘗て孟子を延見せんと思ひたれども、亦遂に果さず。」それより文公を歴て、頃公に至り、楚の考烈王に滅されぬ。魯は周公より頃公に至るまで、三十五世を歴たり。但し伯禽より數ふるときは、三十四世として可なり。

字解孔子子は前にも述べたる如く、男子の通稱なれど、それより轉じて、人を推尊する稱となる。故に孔子といひ、孟子といふは、猶ほ孔先生孟先生といはんがごとし。論語に子曰とあるは、先生の仰せらるゝにはといふことなり。●銘禮の祭統の註に、銘とは、之れを書き、之れを刻みて、以て事を識（しる）す者をいふなりとあり。又禮の大學の註に、銘は其の器に銘して、以て自ら警むる言葉なりとあり。●滋�u（ます／＼）二字重ねたるは、語勢を強めたるなり。●僂（る）、傴（う）、俯（ふ）頭を低れ、腰を屈めて、人に下るをいふ。而して傴は僂よりも甚しく、俯は傴よりも甚し。故に滋�u恭しとあり。●饘粥（せんじく）かゆのこきものを饘といひ、うすきものを粥といふ。粥は「ジク」「イク」の二音ありて、かゆの義なるときは、音「ジク」なり。陳殷の音釋に、音育とあるは誤れり。●餬（のり）^ス口をぬらすことなり。

講義 孔子の事は、あらまし前に見えたれども、猶ほ其の經歴を詳にせんとて、こゝに其の略傳を擧げ、附するに老子の事を以てせり。孔子は、名を丘、字を仲尼といふ。其の先祖は宋の人なり。殷の微子啓宋に封ぜられて後、襄公熈に至りて、弗父何（ふっ、ぷ、か）を生む。弗父何より以後、世^ޑ宋の卿相と爲り、正考父に至る。考父三たび君命を拜して、士より大夫と爲り、大夫より卿と爲り、國君を輔佐して、恭謙滋�u（ます／＼）深かりき。其の食を調する鼎の銘に云はく、初めて拜命して士と爲るや、其の容僂す。再び拜命して大夫と爲るや、其の容傴す。三たび拜命して卿と爲るや、其の容俯す。其の外に出づるや、敢て街頭を濶歩せず。小心翼々として、垣根のもとによりそひて走る。其れ此の如く謙遜に過ぐと雖へども、亦余れを輕んじ侮る者なし。飮膳は極めて淡素にして、只^ޑ是の鼎の中に饘粥（かゆ）を烹て、予が口を餬（のり）するのみと。是れ一は以て朝夕自ら省み、一は以て永く子孫を戒めしなり。

字解爼豆（そとう）牲肉を盛るを爼と曰ひ、葅（ひたしもの）醢（ひしほ）を盛るを豆と曰ふ。並に祭享の器なり。●司樴（しょく）吏樴は牛を繋ぐ杙（くひ）なり。故に飼牧の官を司樴吏といふ。●畜（きく）馬、牛、羊、雞、犬、豕、之れを六畜といふ。

講義 正考父、孔父嘉を生む。是れより孔を以て氏とす。其の後防叔に至り、國亂を避けて、魯に奔る。是に於て、孔氏宋に滅ぶ。防叔の孫の叔梁紇（こつ）、魯の昌平�ｸの陬（すう）といふ邑に居り。九女ありて男子なし。其の妾孟皮を生む。足疾あり。因りて更に婚を顔氏に求む。顔氏に三女あり。幼を徴在と曰ふ。其の父三女に問ひて曰はく、陬の大夫は、其の先聖王の裔なり。身の長十尺、武力絶倫、年長ぜりと雖へども、性嚴なり。疑を爲すに足らず。三子孰れか能く之れが妻と爲らんと。徴在進みて曰はく、父上の取り極めたまふ所に從はんと。父の曰はく即ち爾ぢ能くせんと。遂に叔梁紇に妻せぬ。徴在夫の年の長ぜるを以て、男子なからんことを懼れて、ひそかに尼丘山に祷りて、子を求む。而して孔子生れたり。故に名は丘字は仲尼といふといへり。孔子幼少の時より、長者の風あり。常のなぐさみごとにも、牲肉を盛る器、葅醢を盛る器などを並べ立てゝ、祭典の禮儀作法を行ひけり。成長の後、三卿の一なる季氏の委吏（くらやく）と爲りしが、出納嚴明にして、料量（ますめ）公平なりき。嘗て司樴吏と爲りしが、牧畜の方法宜しきを得て、牛羊の屬蕃滋生息せり。其の後周に適きて、先王の禮法を老子に質問せしが、魯に反りて後、門に�ﾍを乞ふ者次第に増進せり。其の後齊に適きけるに、齊の景公魯の上卿季氏と下卿孟氏との中間の資格を以て、孔子を優待せんとして果さず。孔子魯に反りぬ。定公之れを用ゐて、長く任ずること能はざりき。それより去りて衛に適き、將さに陳に適かんとして、匡の地を過ぎぬ。匡、宋の邑なり。魯人陽虎といふ者、嘗て凶暴の所爲を匡人に加へしが、孔子の顔貌之れに似たるを以て、匡人陽虎かと疑ひ、之れを圍みて、五日の間引き止めたり。

字解醜（みにく）^シトス惡むなり。羞づるなり。●項頭後なり。枕を受くる處。●要（えう）腰と通ず。●纍纍（るゐ／＼）然つかれはてたる貌。

講義 孔子匡人の圍みに遇ひて、絃歌してやまざりければ、匡人來り謝して曰はく、我が徒初め先生を以て陽虎と爲しぬ。故に之れを圍みたり。今其の非なることを知りぬ。豈敢へて之れを拘せんやと。かくうちわびて其の衆を退けしかば、孔子危難を免れて、衛に反りぬ。既にして、衛の靈公、夫人南子と車を同じくし、孔子を次乘（あとのり）たらしめて、市を過ぎしかば、孔子其の色に溺れて、�ｺを失へるを惡み、去りて曹を過ぎて、宋に適き、門弟子と與に、進退周旋の禮を一大樹下に講習せしに、宋の司馬の桓魋（たい）其の樹を伐り、其の根を拔きて、孔子を壓し殺さんとせしかば、天�ｺを予れに生ぜり。桓魋其れ予れを如何せんといひ、其の地を去りて鄭に適きぬ。鄭人の曰はく、國の東門に異人あり。其の顙（ひたひ）は堯に似、其の項（えり）（＊うなじ）は皐陶に類し、其の眉は子産に類し、腰より以下は、禹よりも三寸ほど短し。其の纍纍然として低垂せるありさまは、不幸のありたる家の飼狗の、主人哀荒して飮食を與へざるに逢へるが如し。是れ如何なる人物ぞやと、評し合へり。それより陳に適き、又衛に適き、西の方趙簡子に見えんとして、河水のほとりまで至りしが、竇鳴犢（とう、めい、とく）、舜華といへる二人の殺害せられたる由を聞きて、河水に臨みて歎息して曰はく、あゝ、美なるかな水や。洋々乎として實に盛んなり。今日丘が渡らざるは、是れ天命なり。簡子與に謀るに足らずと。それより衛に反り、陳に適き、蔡に適き、葉（せふ）に如き、又蔡に反りぬ。竇鳴犢、舜華は、晉の賢大夫なり。趙簡子の未だ志を得ざりし時、此の二人を須ちて、政に從ひけるが、志を得るに及びて、之れを殺したり。故に孔子其の不義を惡みて、簡子に見えざりき。

字解兕（じ）説文に、兕は状野牛の如くにして��し。爾雅に、兕は牛に似たり。註に、一角��色、重さ千斤。疏に、其の皮堅厚にして、甲に制すべしとあり。●夫子夫も亦男子の通稱なり。夫子の稱、或は將士を謂ひ、或は先生長者を謂ひ、或は妻より夫を指していふ。こゝにいふ夫子は、其の第二義なり。●病（うれ）^フ憂慮するなり。●師人衆を師といふ。必ずしも一師二千五百人の古制に拘るべからず。●書社^ノ地七百里古制、二十五家を里と爲し、里ごとに社を立つ。社は土地の神を祭る處なり。其の社の人名を戸籍に書きたるを以て、之れを書社の地といふ。即ち一万七千五百家の土地人民を以て孔子を封ぜんとせしなり。路程の七百里にはあらず。●删（けづ）^ル削除するなり。取捨するなり。●篇詩の關雎の疏に、篇は徧なり。情を出し、事を鋪きて、明にして徧（あまね）きなりとありて、詩にもあれ文にもあれ、理義を一括して、首尾の全き者を篇といふ。●述^ブ前人の言を修めて、之れを明にするをいふ。

講義 時に呉の兵陳を伐つ。楚の昭王之れを救ひて、城父に軍す。をりから孔子の陳蔡兩國の間に在るを聞きて、人をして幣帛を齎して、之れを迎へしむ。兩國の大夫相謀りて曰はく、孔子は賢者なり。其の議刺する所、皆�ｩ侯の疾に中れり。今久しく陳蔡の間に留りて、�ｩ大夫の設行する所、皆其の意にあらず。孔子楚に用ゐられなば、陳蔡の事を用ゐる大夫は危からんと。相與に徒役を發して、孔子を野に圍み、糧を絶ちて、行くことを得ざらしめたり。孔子の曰はく、詩に云へることあり、兕にもあらず、虎にもあらずして、彼の曠漠たる原野に率（したが）ひ行くは何者ぞと。吾が今日の境遇は何ぞ是れに異ならん。こは吾が平生説く所の道の、天理に背ける所あるが爲めか。然らずば何故に、かく彷徨して歸する所なきぞと嘆じたり。詩は小雅何草不黄の篇なり。孔子の門人、姓は顏、名は回、字は子淵といふ者と、姓は端木、名は賜、字は子貢といふ者との二人側に在りけるが、子貢たちどころに辯解して曰はく、吾が先生の道、至極廣大なるを以て、滿天下の人、之れを容受する者なきに由れりと。顏回更に辯解して曰はく、先生の天下に容れられざるは、何ぞ憂ふるに足らん。畢竟容れられざればこそ、君子の君子たる所以を見るべけれ。若し今の世に容れられなば、是れ即ち小人のみと。交^ޑ憤慨したりけり。かくて楚の昭公孔子の阨せらるゝを聞きて、大衆を發して、之れを迎へしめ、人口一万七千五百戸の土地を以て、之れを封ぜんとせしに、令尹（さい、しゃう）の子西といふ者之れを沮みて曰はく、周の武王は、百里の地を以て、天下に王たり。今孔丘土壤に據ることを得て、賢弟子之れが輔佐と爲らば、楚の福にあらじと。昭王之れを然りとして、事止みぬ。其の年昭王卒しければ、孔子乃ち衛に反り、程なく魯の季康子の迎によりて魯に歸りぬ。哀公民を服する道を問ひ、季康子も亦屡^ޑ事を質したれど、遂に之れを用ゐること能はざりき。此の時孔子年已に六十七にして、到る處に志を得ざりければ、是れより意を仕進に絶ちて、專ら古の典籍を修めたり。時に周室衰微して、禮樂廢れ、詩書缺けたりければ、三代の禮を追迹し、書傳を次序し、上は堯舜二典より、下は秦誓に至るまで、整然として見るべく、古詩三千の繁蕪を删りて、三百五篇の雅正を取り、皆之れを絃彈歌誦して、韶武雅頌の音に合するやうにしなされたり。是れより先王の詩書禮樂、明になりて、之れを講述することを得るに至れり。但し樂の一事は、後世に傳はらず。

字解韋編なめしがはにてあみたるを、韋編といふ。昔し漢土に紙のあらざる間は、竹簡（たけ、ふだ）に漆を以て文字を書き、之れを韋（なめしがは）にて編み連ねしなり。故に之れを讀まぬ時は、今の竹簾（すだれ）の如く、卷き置きたれば、後世書籍を卷（まき）の一二といふ。紙葉の混雜するを錯簡といふも、亦竹簡の製より出でし稱なり。紙は後漢の蔡倫といふ人始めて樹皮、敝布、魚網の類を擣き碎きて漉き出せり。今西洋紙の故布襤褸などを用ゐるも、其の製既に久しき者といふべし。●六藝禮儀、音樂、射術、馬術、習字、算數をいふ。昔し漢土に於て此の六藝を講ぜしは、今の學校科目の如し。

講義 孔子晩年に及びて、深く易を喜（この）み、彖、象、繋辭、説卦、文言を序述せり。彖は文王の繋（＊か）けたる辭にして、一卦の吉凶を斷ずる者なり。象は周公の繋けたる辭にして、一卦一爻の義を解する者なり。並に孔子從ひて之れを釋せり。繋辭は天地の閫奧（おくぎ）、人事の終始を統言する所以、説卦は八卦の�ｺ業を陳説する所以、文言は乾坤の妙理を釋論する所以にして、皆孔子の序述せし所なり。其の易を讀むこと、反覆して置かず。簡册（たけふだ）の韋編（とぢかは）爲めに三たびまで絶ち斷れたりとぞ。又魯國の史官の記録に因りて、春秋を作り、隱、桓、莊、閔、僖、文、宣、成、襄、昭、定、哀の十二公の間に就きて、時事の當否を斷定し、哀公の十四年、西の狩に麟を得たりといふ所にて筆を止めたり。其の間、事の筆録すべき者は、之れを筆録し、削除すべき者は、之れを削除して、王者の大道を明にせり。其の門弟中十哲の一人と呼ばれたる、姓は卜名は商字は子夏の輩と雖へども、一字一句を贊助すること能はざりき。是れ其の文法の嚴正にして、毫も喙を容るべき所なきを以てなり。及門の概數三千人。而して一身能く禮、樂、射、御、書、數の六藝を兼備する者七十二人ありき。但し孔子家語に據るときは、顏回より顏相に至るまで、實に七十六人なりと云ふ。年七十三にして卒しぬ。

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