1/2 [INDEX] [NEXT]

辨内侍日記

群書類從 卷第323 日記部4
(第18輯 昭3.4.25 續群書類從完成会)

〔〕底本註、イ 異本、(*)入力者註
※ 仮名遣い・句読点・送り仮名を適宜改め、濁点を施した。
※ 日付に従って、通し番号をつけた。
※ 以下のタグを参照のために加えている。
<div sn="" ymd=""> </div>
<year value=""> </year>

 寛元4(1246)  寛元5(1247)  宝治1(1247)  宝治2(1248)  宝治3(1249)  建長1(1249)

[TOP]

寛元四年正月廿九日、とみのこうぢどのにて御譲位〔後嵯峨〕なり。そのほどの事どもかず\〃/しるしがたし。いと\/めでたくて、辨内侍、

今日よりは我君の世と名づけつゝ月日し空にあふがざらめや


三月十一日、官廳にて御即位(*後深草天皇)。春の日もことにうらゝかなりしに、さま\〃/のぎしきども、いはむかたなくめでたし。人々のすがたどもめづらかにみえ侍しかば、辨内侍、

玉ゆらに錦をよそふ姿こそ千とせはけふといやめづらなれ


四月一日、平野のまつり也。上卿土御門大納言〔秋定〕・辨〔經俊〕・車〔すけつぐ〕・くやく〔ときつな〕・いだしぎぬ〔若かへで〕。「御てうづまゐらせよ。」といふをみれば、かみをぬらしてくしにはさみて、こと\〃/しげに車へさしいるゝもをかし。松の木かげ風すゞしく吹きて、けいきおもしろく侍りしかば、辨内侍、

萬代と君をぞいのる千早振るひらのゝ松の古きためしに

おなじ日、少將の内侍、松尾のつかひにたつ。上卿二位中納言〔良教〕・辨〔ちかより〕・くやく〔ためなは〕・車〔かねとも〕・いだしぎぬ〔しやうぶ〕。しげき木ずゑにほとゝぎすの初音をきゝて、少將内侍、

千早ぶる松のをやまの郭公神もはつねをけふやきく覽


四月十三日、りんじに内侍所へ使にたちて侍りしに、こんらう〔軒廊〕をとほりて、ぎやうでん〔宜陽殿〕のだんのうへなれば、夜ふけてめぐる月かげ、さやかに見えしかば、辨内侍、

増鏡くもらぬみよに仕へてぞさやけき月のかげもみるべき


五月五日、あさがれひに、かつみを參らせたるを、「歌をそへてとりてまゐらせよ。」と、仰せごとありしに、あやめと思ひて侍れば、ひきたがへたるもおもしろくて、辨内侍、

かつみおふる淺香の沼もまだしらで深くあやめと思ひける哉


五月の廿日あまり、在明の月くまなくて、ことにおもしろく侍りしに、御ちよくろにて御連歌ありしこそ、いとやさしく侍りし。かた家・ためつぐばかりにて、人數もすくなかりしかば、いどまさりし程に、「此ついでにこうたうの内侍のびはをきかばや。」と、仰せごとありしかども、月もいりがたちかくなりて、みなかへり侍りにし。名殘おほくて、つりどののかたにやすらひて、辨内侍、

月をみて思ひも出でばおのづから忍ばれぬべき有明のそら
かへし、少將内侍、
思ひ出む後とはいはじ今のまの名殘の(*欠字)有明の月


七月七日、きかうでんの夜、頭中將〔まさいへ〕、事ども奉行す。あさがれひにて、こう當の内侍、ことぢたてられて、ちとかきならしていだされしこそ、いとおもしろかりしか。「頭中將奉行がらにや、今宵の雨もしめやかにふる。」など、人々おほせらるれば、少將内侍、

しめ\〃/と今宵の雨のふるまひに奉行の人の氣色をぞしる
など申せば、大納言殿ことにけうじて、わらひ給ふもをかし。ことゞもよくなりて、うへの御つぼねより二間にてみれば、ともし火の影かすかなるもおもしろくて、少將内侍、
ともし火のかげもはづかし天河あめもよにとや渡りかぬ覽
返し、辨内侍、
星あひの光はみせよ雲ゐよりくもゐはちかしかさゝぎの橋


八月十六日、御せ所へ行幸ありしに、萬里の小路の大納言〔公基〕・左衞門督〔實藤〕・頭中將〔雅家〕・頭辨〔顯朝〕なんど參りて、御あそびども有り。御留主には、中納言のすけどの・宮内卿どの・辨内侍など、朝がれゐのひろびさしにたちいでたれば、かうらんにそへてたてたるむまがたの障子はづれより、ほのかにみゆる月影いとわりなきを、「いにしへ二條の后、後凉殿に候ひ給ひけむは、此一の對の程ぞかし。その世にもかくや心づくしなりけん。」など申し出て、辨内侍、

むかしよりくもらずといふ月影をさやかにみぬは心なりけむ
還御のゝち、これを聞て、少將内侍、
雲の上に猶澄ながら秋のよの月をさやかになどかみざらん


八月晦日、女く所へさだまるべき内侍、朱雀門へむかふべきにて侍けるに、少將内侍いたはることありて、代官にたて侍りしに、風いとすゞしく吹て、みかきがはらおもしろく侍りしかば、辨内侍、

おほうちや古きみかきに尋ねきてみよ改まるけふにも有るかな


10

九月八日、中宮〔大宮女院〕の御かたより、菊のきせわたまゐりたるが、ことにうつくしきを、朝がれゐの御つぼの菊にきせて、夜のまの露もいかゞとおぼえわたされて、おもしろく侍りしかば、辨内侍、

九重やけふこゝぬかのきくなれば心のまゝに咲かせてぞみる


11

十月一日、除目ときこえしが、十一日にのびて、土御門院の御忌日とて、ぢんに公事ありて、大宮大納言〔公相〕・萬里小路大納言〔公基〕など參らせ給へり。職事ども、つねとし〔經俊〕・むねまさ〔宗雅〕・光國などまゐり、御いのりのことさだめらる。十九日より金輪の法てんちざいへんなどはじまるべしときこえし。奉行藏人侍從むねまさ、をりしもあられはげしくさえたるけいき、いとおもしろくて、辨内侍、

やほよろづ祈るしるしもあらはれて霰玉ちる數もみえけり


12

十月廿四日、河原の御はらへなり。その日の事どもめでたしといふもおろかなり。しとみやより見わたしたれば、はるかにいさご地しろしろとみえて、河風さえたりしに、辨内侍、

けふし社清き河原のいさご地に千世へむ數もとり始むらめ


13

十一月十四日の夜、雪いとおもしろく、みちたえてつもりにけり。夜番にて、花山院宰相中將〔もろつぐ〕〔師繼〕・頭中將など候ひけるも、院の御所へ參りにければ、人々清凉殿へたちいでゝみれば、竹にさえたるかぜのおとまでも身にしみておもしろきに、月はなほ雪げにくもりたりしも、中々見所あり。大宮大納言〔きんすけ〕・萬里小路大納言〔きんもと〕などまゐらせたまひて南殿にてよもすがらながめ給ひけるが、曉がたことにさえたりければ、うへのをのこども、殿上のをりまつめしけれども、つきたるよし申ければ、ひろ御所のきたむきにて、かれたる萩の枝など、をり松にせられけるときゝし、いとやさしくて、辨内侍、

霜がれのふるえの萩のをり松はもえ出る春の爲とこそみれ
有明の月くまなかりしに、雪のひかりさえとほりて、おもしろくみえ侍りしかば、常の御所のかうらんのもとへたちいでたりしに、公忠の中將・大宮の大納言殿の、すゞりこはせ給ふとて、もちてまゐりしも、いづくの御文ならむとゆかしくて、辨内侍、
明けやらでまだ夜は深き雪のうちにふみゝる道は跡やなか覽

十四日のよ、少將内侍女く所へわたりゐて、心ちなほわびしくて侍りければ、なにごともしらずふしたるに、曉がた、はるかに雪ふかきをわけいるくつのおとのきこゆるにおどろきて、こゝちをためらひて、やをらおきあがりてきけば、「大宮大納言殿より。」といふこゑにつきて、つまどををしあけたれば、いまだ夜はあけぬものから、雪にしらみたるうちのゝけいき、いつのよにもわすれがたくおもしろしといへばなべてなり。御ふみをあけてみれば、

こゝのへのうちのゝ雪に跡つけて遥に千代の道をみるかな
その雪のあした、少將内侍のもとより、
九重にちよをかさねてみゆるかな大内山の今朝のしらゆき
返し、辨内侍、
道しあらんちよのみゆきを思ふには降る共のべの跡はみえなん


14

十七日、雪なほいとふかうつもりしに、吉田の使にたちて、かへさに、しゆき〔主基〕かたの女く所の事がらゆかしくて、「そなたざまやれ。」と申し侍りしかば、くやく〔ためもち・かねとも〕、六位のくるまのとものものなども、「夜ふけてはるかにめぐらむ事、かなふまじき」よし申し侍りしかども、せめてたづねまほしさに、「吉田のつかひのかへりには、かならず女く所へたちいるしぎにてあるぞ。」と申し侍りしかば、「まことにさる先例ならば。」とて、はるばるとたづねゆきたりしに、ゑじがもんおそくあけ侍りしに、「今にはじめたる事か。吉田使のかへさに、内侍のいらせ給ふに、ことあたらしくあけもまうけぬか。」と、あらゝかにいさめ申し侍りしも、「かやうの事や。先例にもなり侍らむ。」とをかしくて、辨内侍、

とはましや積れる雪の深きよに是もむかしの跡といはずは


15

十八日は、中のとりの日なり。攝政殿〔實經〕參らせ給ひて、御ぐしそがせおはしますに、ものゝぐにてまゐるべきよし仰せありしかば、をりしもをしいだしの衣、よそひなきよし申して、なえたらむも又いかゞとて、辨内侍、

しほれたる衣なきせそおほうみの蜑の袖かと人もこそみれ
ゆきがたの女く所は、こう當の内侍なり。この程の雪さえとほりたる夜もすがら、ことひきあかしたまふときゝしも、ことにいみじくおぼえて、辨内侍、
よもすがら野べの白雪ふるごとも千世松風のためしにやひく
少將内侍、女く所、左近ふ(*ゑ?)のついがきの中なれば、はる\〃/と見わたされたるに、月のさえたる雪のうへは、かぎりなく面白くて、少將内侍、
いつのよも忘れやはせむしら雪の古き御垣にすめる月影
衞士めふ〔*なイ〕るとか、夫ともどるとて、になひたるものどもうちをかせて、さま\〃/つかはるゝなかに、こにものいれてになひたるが、ことになげきて、さしたる所へまかるに、「かまへていとまたべ。」と、なくやうにいふも、いと\/をしくて、少將内侍、
身におへばさぞ思ふ覽たけのこのてをはなつよの心迷ひに
をかしげに、色々なるものども、ぬひかけたれば、ゆきどけにぬれぬべくて、衞士どもうへにのぼりて、雪かく音もおもしろく、みゝにとまるこゝちして、少將内侍、
あばらなる板屋の軒のしら雪のかくばかりなど降りつもる覽
ことにかぜふきさえて、おそろしき程なりしに、奉行辨ちかより、「うちのゝ風に吹きすゑらるゝ心ちして、たへがたくて、つや\/とものもいはれず。けさよりきやうじ所へのかぜにふかれて、何事もおぼえず。かゝるたへがたきことなし。」と、ふるひ\/いはるゝも、まことにことはりとをかしくおぼえしに、女官ども、「辨殿こそ、まゐらせ給ひたれ。」とて、ひしとならびいでぞめく。「さなにかさかりて、御ことかけはてなんず。」と、こゑ\〃/申し侍りしかば、「すべてふるはれて、ものもいはればこそ。」とありし、をかしくて、少將内侍、
言の葉も思ふにさこそながるらめ吹きとふくよの風の景色に


16

廿二日、官廳へ行幸ならんとて、かねて中宮の行啓也。
廿日、よひ月まちいづるほどに、ふけてぞいらせおはします。「藏人のすけ〔經俊〕、内侍たづぬ。」ときゝて、「奏事にやあらん。」とて、だいばん所のぬえの障子のもとにてまつ程、行啓の供奉の人々、こなたざまへくるおとして、中宮權大夫〔通成〕・花山院宰相中將〔師繼〕・頭中將〔雅家〕・通世の少將など、ゆづえのおとまでも、さえとほりておもしろきに、きりみすのほどに、藏人の侍從むねまさが聲にて、「ゆゝしき月の光かな。しろうすやうのころこそ、思ひやらるれ。」といふ。げにかぎりなくみゆれば、辨内侍、

かねて思ふ豐の明りのさむけさをましていかにとすめる月哉


17

廿二日の曉、官廳へ行幸あり。ことにさむくて雪さへこほりたるに、あからさまにしつらひたる御所なれば、大ぞうの御屏風のすきまの風に、雪のちりくるもいとおもしろし。大宮大納言殿まゐらせ給て、やぶれたる御かうしども參りわたし給ふ。御所はたかみくらむきなり。かはらのむねに雪しろくつもりたるに、只今も修理しきどものぼりて、をのゝおともただこゝもとにきこゆ。清凉殿は、つねの御所の御障子のあなた、二間をしつらひて、御拜の座とす。くるゝどよりしもは、おものやどり御づし所也。つぼね一まを四にへだてゝ、二三人づつあひゐたれば、せばきもわりなし。中宮の御かたへいらせおはします。御みちはつまどのひとまより、せいそだう見わたされて、いとおもしろし。かりそめにしつらひたれば、人々のあしおとまでもをかしうきこゆる。今宵は帳だいの心みなり。清凉殿にしつらひたる二間、殿上のくしがたあるまには徳大寺の大將〔さねもと〕をはじめて上達部のいだしづまのすがたども、めとまりてぞ見ゆる。常の御所の御障子のかたは、だいばん所なり。女房たち袖をつらねていなみたり。なかにたいそうの御屏風をたてたれども、ひき(*く?)くて、御所へ參る人々も、あなたの公卿どもに、めをみあはするもまばゆくて、むかし女房のやうに、いざりありきしもをかし。あらごものやうなるものをしきたれば、おりものゝきぬのすそは、みなちりにぞなりし。あらしはげしく吹きて、へだての屏風つゞきてたふれにしかば、わた殿までみわたされたる、はれ\〃/しさかぎりなくて、辨内侍、

へだてつる風のたよりもおしなべてさらにぞ豐の明り也ける
少將内侍、くろ木のやへむかひて侍りけるに、かみあげのぐをとりおとして、官廳のつぼねへこひにたびたりしに、是にもさしあふほどにて、かなはざりしかば、ことゞもよくなりて、とく\/とたび\〃/せめられしも、たへがたくて、少將内侍、
しばしまてうちたれ髪の差櫛をさし忘れたる時のまばかり
後にこれをきゝて、辨内侍、
さしぐしのさしあふほどの時の間はうち垂髪も我ぞ亂れし


18

とらの日は、みやの御方のえむすいなり。夜も更けにしかば、御所も御よるにならせおはしましたりしが、しろうすやうのこゑに、御めさまして、又出でさせおはします。おの\/たちてまひ給ふ。右大將〔實基〕、三ど。大宮大納言〔公相〕、五度。萬里小路大納言〔公基〕、四度。右兵衞督〔有資〕、いだしうたなり。左衞門督〔實藤〕ときこえしが、俄かにきやうぶくになり給ひし、いと\/ほいなし。又は花山院宰相中將〔師繼〕、中院三位中將などぞ見えし。その夜はちごのまつりの使にたちたりしに、顯朝の辨、院の推參ゑんすいなどはてゝ、まゐりたりしかば、あかつきになりて、宮のことがらも心すみて、物の音しらべたるも、をりからおもしろくて、辨内侍、

今宵しもいかなる神の誓ひにてものゝねならす跡となりけむ


19

藏人の侍從むねまさ、いそぎないらんすべしとて、「いそぎの節會より、しうぎにうつらむに、御隨身はなほしたがふべきにや。」と申し侍りしを、あまりにことしげくて、え申しとほさゞりしかば、しきりにいそぎ申すべきよし侍りしを、中納言のすけどのたゞなかにて、歌などにてはからへかしときこえしを、さしものことのまぎれに、ながめいだしたらむ心づきなさと、をかしくて、心にはかくぞおぼえし。辨内侍、

さしも身にしたがふ夜半の月なれば移る方にぞ影は廻らめ


20

卯の日は、せいそだうのみかぐらなり。中宮の御方へまゐるみちにて、人々きかばやとありしかども、攝政殿候はせ給ひて、いとくちをし。清凉殿のかたへたちいでたれば、職事どもたちならびたり。又きぬかづきかさなりて、さらに道なし。つねの御所の御帳のもとに、人々のろくどもにたきものなどして、ほのかにききしかば、大宮大納言びは、花山院大納言ふえ、兵衞督ひやうし。面白しともいへば中々なり。辨内侍、

雲ゐより猶はるかにやきこゆらんむかしにかへす朝倉の聲
ことゞもはてゝ、大宮大納言殿、常の御所へまゐり給ひて、勾當内侍どのに、ぼくば〔牧馬〕のねはいかが侍りつるとありしかば、かの大こくでんのびはのねとかやのやうに、いづくまでもくもりなくこそと申し給ふも、げにかぎりなくて、辨内侍、
いにしへの雲井にひゞくびはの音に引くらべても猶限りなし


21

辰の日は節會也。たかみくらへいらせおはします。たかきいしばしに、はかまのふみどころたどられて、扇もさゝれず。いとわりなし。其夜のことゞものめでたさ、いひつくすべからず。辨内侍、

雲のうへと思ふも高き古への道をぞあふぐけふのみゆきは
節會はてぬれば、わらはのぼり・露臺の亂舞・御ぜむのめしなどはて、せいそだうの月のあり明のかげ、あかず身にしみて、おもしろきを、人々ながめて、辨内侍、
九重によをかさねつる雪のうへの有明の月をいつか忘れむ
かくて閑院殿へいらせおはしまして、大内裏の事おもひいでゝ、辨内侍、
雲ゐにて有りし雲井の戀しきは古きを忍ぶ心なりけり


22

臨時祭は十二月一日ときこえしが、のびて十二日也。日來ふる雪さえとほりたるに、いしばひの間にかへりたち、つく\〃/とまちゐたりし、ひえざまもいとたへがたし。少納言内侍少將はいぜんのいくさあらそひして、しかれしもをかし。攝政殿、公卿には花山院宰相中將ばかりぞみえし。職事光國、庭火のかげに月のひかりさえて見えしも、おもしろくて、辨内侍、

あか星のこゑもさこそはすみぬらめ庭火に月の影ぞ移ろふ


23

内侍所の御神樂は、十二月十五日なり。すけ〔按察のすけどの〕・内侍〔少納言〕、月いとおもしろくて、人々いざなひてきゝにおはせしが、中院三位中將・雅忠の中將など、こんらう(*軒廊)のかたにみえしかば、むなしくてたちかへりたりしを、大納言殿、「このせきもりの心つたなき、いかゞおもふ。」とおほせられしかば、辨内侍、

うちもねぬその關守のこゝちしてとほさぬ道に立ちかへる哉


24

廿一〔二イ〕日、せちぶんの御方違の行幸、官廳へなりたりしに、ありしよの事思ひ出でられて、清凉殿にしつらひたりし所に、少納言内侍とよもすがら月をながめて、辨内侍、

あかざりし雲井の月のこひしきにまためぐりきぬ有明の影


25

廿四日、久我太政大臣のかたせち會なり。夜ふけて殿まゐらせ給ひたりしに、かみあげの内侍にて、少納言とふたり大ばん所に候ひしに、「夜はふけぬるか。うしのくびのほどか。」とゝはせ給ふを、たれも何とも申さゞりしを、少納言、「心のうちに、御返事さだめてありつらむ。いかゞ。」ときこゆれば、辨内侍、

轉寐にねや過ぎなましさよ中の丑のくびともさしてしらずば


26

やくしの御修法、十二月十八日よりはじまりて、廿四日けちぐわんときゝしが、のびて廿六日佛名の夜、けんしゝまもりたてまつるとて、つく\〃/と候ひしに、のりのこゑ\〃/いとたふとくて、辨内侍、

七日ぞと思へばあか〔らイ〕ぬ日をのべておこなふ法の聲ぞ聞ゆる


[TOP]
27

寛元五年、元日のはいらいのけいき、ことにめでたくて、辨内侍、

今日ぞとて袖をつらぬる諸人のむれたつ庭に春はきにけり


28

七日、白馬節會也。春の日かげもうらゝかなるに、内辨〔右大將殿・九條殿〕のよそほひゆゝしくみえしかば、辨内侍、

とねりめす春の七日の日のひかり幾萬代のかげかめぐらむ

その夜、はくばのわたるをみて、辨内侍、

ひきつれてうちもたゆまぬ駒の足はやく此よは更けやしぬ覽


29

十九日、攝政かはらせ給ふとて、せんぎせらる。上卿二位中納言〔良教〕・職事頭辨〔顯朝〕、そうたてまつるほど、をりしも月くもりがちにて、なにとなくものあはれなれば、辨内侍、

はるゝよの月とは誰かながむらんかたへ霞める春の空かな
奏したてまつるを、御ゆどのゝ上にて、少將内侍みてちやくたうせられたるかや。かみのさうじのつまをやりてかきつけたる、少將内侍、
色かはるをりも有りけりかすがやま松をときはと何思ひけむ
これをみて、〔返事イ〕辨内侍、
かすが山松はときはの色ながら風こそしたに吹きかはるらめ


30

日記の御雙子三帖、おほだいりの比、中納言のすけ殿にあづけさせ給ひたりしを、光國申しいでて、返しまゐらすべきよし申し侍りしに、なにとまれ申さばやといふことにてありしかども、御なげきのほど心ばかりはよういせられて、辨内侍、

濱千鳥あとをかたみの恨みだに波の上にはいかゞとゞめむ


31

廿三日、御拜の御ともに、大納言殿・中納言のすけどのなどまゐりて、二間のすのこのもとにたち出で給へるに、餘寒のかぜも猶さえたる、くれ竹に日はてりながら、雪のふりかゝりたるを、中納言のすけどの、文屋のやすひでがいとひけむこそ、おもひよそへらるれ。「さすがさほどのとしにはあらじとや。」などきこゆれば、辨内侍、

たが身にかわきていとはん春の日の光にあたる花のしら雪


[TOP]
32

二月廿八日、年號かはりて寶冶(*寶治)といふ。ぢんのさだめの人々、大藏卿八條大納言〔みちたゞ〕〔通忠〕、土御門大納言〔顯定〕、のこりの人々は、きゝしかどわすれにけり。攝政殿〔をかのやどの兼經〕まゐらせ給ひて、「いにしへの陣の定に、四納言たち、いかにゆゝしかりけむ。さてこそ、てる少將・ひかる少將などは、つかさくらゐたかくのぼらむとおもふは、身のはぢをしらぬなりけりとおもひとりて、世をのがれけめ。」など、ふることかたり出でさせ給も、げに思ひやられて、辨内侍、

いにしへに定め置きけることのはを今もかさねて思ひやる哉


33

三月一日、ごとうの御神事に、きやうぶくにて仁壽殿のつまの局にわたりゐたりしに、左衞門の陣むきなれば、東三條の木ずゑも、ちかくみえわたされて、いとおもしろし。けふは陣に公事ありて、經光の宰相・頭中將・頭辨もまゐり、たきぐちどもしたがひてみゆるもをかし。宗雅・光國なども參る。花もさかりにいとおもしろきに、をりしも大宮大納言參り給ふ。なほしすがた常よりも心ことに、にほひ深くみえたまひしかば、辨内侍〔あをかりぎぬきたる人ぞ御ともにはありし。〕、

花の色にくらべて今ぞ思ひしる櫻に増る匂ひ有りとは


34

三月九日、左衞門督〔實藤〕、夜番にまゐり給ひて、こよひは宿をとほすべきよしありしに、衞門督〔通成〕もまゐりたるよし、きかせおはしまして、「なにごとにても、おもしろからむ事なくてはほいなし。」とて、「殿上にたれ\〃/かさぶらふ。せう\/めしてまゐるべき」よし、有資卿うけ給はりて、公忠・公保・通世・隆經やうの人々まゐりて、五節のまね亂舞などはてゝ、左衞門督りやう山・みやまの五よう松、右衞門督・兵衞督つけうた、おもしろしともおろかなり。今夜のなごりをとめばやと、人々ありければ、辨内侍、

いつはりのことしもいかゞ忘るべき豐のあかりは時ぞともなし


35

中宮の行啓はやよひの頃なれば、其程に人々いざなひて、「いづくの花も雲井よりとてたづねむに、さかぬ櫻はあらじな。」と、萬里小路大納言殿のたまひしかども、なにとなくてやみにし、くちをしくて、辨内侍、

花みむと頼めしことやいかなれば尋ぬばかりのなだに留らぬ
返し、少將内侍、
華咲かぬ花やあだなに立ちぬらん空だのめにも成りにける哉


36

三月廿一日、御いのりどもあるべしときこゆ。藏人の侍從奉行す。金輪法は太政大臣殿、佛眼法は殿の御さたとぞきこえし。さきの座主仁壽殿に候はせ給ふべき御しつらひに、なにとなくよもふけぬと思ふに、もんしやくのこゑきこゆ。「たゞいまゝではなど申さゞりけるにか。」とたづぬれば、「こよひはくわんさうとて、陣に公事ありて。」といふもことはり也。なにとなくおもしろくて、辨内侍、

我ならぬ人もさこそは聞きつらめ曉がたのたきぐちのこゑ


37

廿三日は季の御讀經也。大宮大納言・萬里小路大納言・左衞門督まゐりて、皆御所へ御まゐり有り。殿より、かへでのえだに手まりを付けてまゐらせさせ給ひたるを、中納言のすけどの見たまひて、こぞさきのとのより、ふねにまりを十つけられて、まゐりたりしこそ、おもひ出でらるれとて、なにとなく、「ふねのとまりは猶ぞ戀しき」と、くちずさみ給へば、辨内侍、「みなと川なみのかゝりのせとあれて」とつけたりしを、「是を一首になして、返す人のあれかし。」ときこゆれば、辨内侍、

いかにしてかけたる波の跡やそのうきたる舟のとまり成る覽


38

花山院宰相中將、西園寺のはなみの御幸の御供にまゐりたりけるまに、はゝのうせにけるを、ことになげかるゝよしきゝしも、いと哀れにて、少將内侍さとなりしに申しつかはし侍りし、辨内侍、

かなしさのさらぬ別れをしらずしてちよとも花の陰や頼めし
返し、少將内侍、
春ごとの花は又ともたのみなむさらぬ別れよいつを待つらん


39

三月廿八日、洞院攝政殿〔教實〕の十三年に、せんにん門院〔御とし十九〕、御ぐしおろさせ給ふときゝしをりしも、雨降りていと哀れなりしかば、少將内侍のもとへ、辨内侍、

たちなれぬ衣のうらや春雨にはじめてあまの袖ぬらす覽
かへし、少將内侍、
津の國の難波もしらぬ世の中にいかでかあまの袖ぬらすらん


40

權大納言ひるばんに參りて、常の御所のかうらんのもとにて、なにとなき御あそびあり。公忠・公保・資保なども候ふ。みかはみづに山ぶきの花のながるゝをみて、大納言「新吉野川と見ゆるものかな。」と聞ゆるを、「御殿の(ゆどのゝ)うへには、人々もいとおもしろくこそ。なにとまれ申さばや。」などありしかば、心のうちに、辨内侍、

山ぶきの花の陰みる水なればうつすよしのゝ河といふ也


41

卯月十日のころは、太政大臣殿北山におはしますほど、女房たち、ほとゝぎすのはつ音たづねにおはしましたりけるに、甲斐々々しくまゐりたりしが、「我心のうち、うたによめ。」と有りしかば、辨内侍、

いとはしよ何方よりも尋ねとへあかぬ名殘にきなば返さじ


42

最勝講は十八日よりなれば、結願廿二日也。行香にたつ人々、左大臣殿〔近衞殿〕・花山院大納言〔さだまさ〕・權大納言〔さねを〕などぞ、御あかしのひかりにほのみしりたりし。さならぬ人々はいとみわかず。殿はおにの間に候はせ給ふ。きゝもしらぬ論議のこゑも、結願なにとなく名殘おほくて、辨内侍、

くらべみる御法のちゑの花ならばけふやはつかに蕾開けん


43

花山院宰相中將〔もろつぐ〕、いろにてこもりゐられたりしに、南殿のたち花さかりなりしを、一枝をりてつかはすとて、兵衞督どのにかはりて、辨内侍、

あらざらむ袖の色にも忘るなよ花たちばなのなれし匂ひを
返し、宰相中將色のうすやうにかきて、しきみの枝につけたり。
いにしへに馴れし匂ひを思ひ出で我袖ふればはなやゝつれむ


44

五壇の御修法は、十七日よりはじまりて、七日なれば、廿三日けちぐわんなり。こよひはいとなごりおほくて、曉の御時に、かならずちやう聞せむなどいひて、月のかたぶくまで、常の御所の御えんのかうらんにおしかゝりて、兵衞督殿・勾たうどの・少將辨など、なにとなきそぞろ事どもいひかはして、とのゐすがたもつゝましきに、「唯いま人のまゐりたらんに。」などいへば、「これほどふけたるに、たれかはこゝにものせん。」などいふ程に、按察使殿まゐらせ給ひてのち、「御ゆどのへとほりのたてじとみに、かぶりのさきのみえつる心ちのする。人のおともしつるにや。」などいひ出して、「あなたざまにたれか候ふ。いざとはん。」とて、女主〔嬬〕たかつんし(*女嬬の名)ゝてたづぬれば、「三條の中納言殿〔公親〕こそおはすれ。」といふ。「あなあさまし。たてじとみのうへよりも、よく\/見えぬらん。」と、心うかりなげくほどに、あかつきの御時のかねのこゑきこゆれば、ちやうもんして、たゞいまふかくなげきつるつみもうかぶらむとおぼえて、いとたふとくて、辨内侍、

何となき心のつみも消えぬらん月もあり明けのかねのひゞきに


45

六月一日、つちみかどの中納言〔あきちか〕の夜ばんなり。その日は院の・御所のも、よばんなりけるにや、いととくひるほどにまゐりて、「かく。」とこうたうの内侍どのにきこえさすれば、「めづらしくこそ。」とて、あひしらひ給ふを、きりみすのもとにてのぞけば、なほしの色はなやかに、ことにひきつくろひて、にほひふかくみゆ。「今の世にはこれ程なる人も有りがたし。」など、人々もきこゆ。番にもけたいなくまゐり、さらぬ奉公もおこたるまじきよしなど、こまやかに聞えてたちぬるなごりも、なにとなくとまるこゝ地す。「たきのくちよりいでむを、ひろ御所にてやみるべき。」などいふほど、殿上にひさしくたゝずみて、にきうの御ふだ、ちやくたうなど見て、とのもんづかさにものいひ、着到つけてもなほいでやらず。なりいたのほどにたちて、なにゝもめとまるけしきなるを、「いかなることにか。さき\〃/は院の御所に心のひまなき人々にて、おぼろけには、番にもまゐらぬに。あやしくこそ。」などいふほどに、つぎのひきけば、はや此あかつき、りやうぜんにて世をそむきぬときくも、むかしものがたりをきく心ちして、あはれさかぎりなくおぼえて、辨内侍、

そむきえて心もかぜも凉しさの岩のかけぢを思ひこそやれ

八日、けふはひるのばんにまゐらましものを、くまのゝみちのほどにてやあるらむと、あはれにて、大納言殿に、辨内侍、

たび衣たちて幾日に成りぬらんあらましかばとけふぞ悲しき

時繼の辨まゐりて、だいばん所にてじんこんじきの御神事のこと申し侍りしついでに、土御門中納言のことあはれさ、こゝろ有る人のめでぬはなし。「うき世をしらぬ人は、ちくしやうに人のかはをきせたるとこそきゝ侍れ。」といふも、げにかなしくて、辨内侍、

かく聞くは流石身の毛もたつものをとりに劣らぬ心なれども


46

七月十五日、月いとおもしろきに、清凉殿いかならんとおほせごとありて、只今は御前にまゐるほどなれば、御かうしもすべらず、御丁のもとにて、御覽ぜさせおはします。ことにくまなくみゆれ。はいぜん〔陪膳〕爲氏なり。

今宵又はじめの秋のなかばとてかず\〃/月の影ぞみちぬる


47

十六日、除目なり。殿まゐらせ給ふ。つねとし・みつくになどまゐりて、だいばん所に、内侍もてそうまつべきよし、つねとし申し侍りしかば、内侍たち月ながめて、「何事も物をまつはひさしきやうにおぼゆる。夜もすがらもながめあかしてのみこそあれども、これまでも公事とおもへばこゝろもとなき。」などいひて、辨内侍、

是も又待つとしなれば秋のよのふけぬさきにと月をみる哉

御ゆどのゝうへに、少將内侍候ひしに、女主(*女嬬)してきこえたれば、かへし、少將内侍、

心にもあらで今宵の月をみて更けぬさきにと誰を待つらん


48

八月一日、中宮の御方よりまゐりたりし御たきもの、よのつねならず匂ひうつくしう侍りしかば、辨内侍、

けふはまた空焚物の名をかへてたのめば深き匂ひとぞなる

院の御所の辨内侍、こうたうの内侍のもとへ、「はぎのとの萩はさきたりや。」とたづねられたるに、一枝をりてつかはすとて、こうたうの内侍にかはりて、辨内侍、

秋をへて馴れこしにはの萩のえにとめし心の色をみせばや
かへし、
思ひやる萩のふるえにおく霜はもとみし人の涙なりけり


49

十一日はしやくてんなり。あさがれひにて、「ありつぐそうず・ゆゝしきみちの人々、詩つくりてあそぶらんこそゆかしけれ。などこの殿上などにてなかるらむ。さもあらば、たちきゝてむ。」など、人々おほせられしかば、辨内侍、

道しあらば尋ねてぞ聞かん敷嶋や倭にはあらぬ唐のことのは


50

八月十五夜、常盤井どのにて、院の御會侍りしに、大宮大納言・萬里小路大納言・藤大納言〔爲家〕・權大納言〔實雄〕・右衞門督〔通成〕・吉田中納言〔爲經〕・ためうぢ・ためのりなど、さらぬ殿上人も侍りしかども、これこそとほりにみえし。花山院の大納言〔定雅〕はすこしさがりて、歌講ぜられしほどにぞまゐられたりし。月はくもりがちにて、いとくちをし。このあかつき、みくしげどのうせさせ給ひぬときこえしほどなれば、よろづもの哀れなり。御連歌などもありき。「またみるかげのなかるらん」といふふるごとの御くちすさびにきこえしもいとあはれにて、辨内侍、

秋のよのうき雲はるゝ月はあれどまたみぬ影を誰忍ぶらん


51

十六日は、こまひきなり。〔上卿園中納言すけすゑ〕こよひは月ことにはれて、いとおもしろく、あきともの辨、「十五夜にはおそれをいだき、すましたる月かな。内侍たちこれにか。」とて、夜べの月のくもりたりしも、身のとがのやうにうれへありくもをかしくて、辨内侍、

澄みまさる今宵の月のいかなれば半よりけにさやけかるらん

〔みくしげどの〕ひきわけのつかひは、公保の中將ときこえしが、にはかにきやうぶくに成りてまゐらぬよし、きかせおはしまして、「たれならむ。」と〔公忠の中將とぞ〕御たづねありしに、辨内侍、

雲井よりこなたかなたへひきわけの使は誰ぞきりはらの駒


52

月のあかゝりしよ、清凉殿のまごびさしに人々あまたあそぶ中へ、中宮大夫〔隆親〕、あふぎのつまをゝりたるにかきつけて、

よろづよもすむべき月の影ぞとはいかにか今宵契りおくらん
少將内侍、
契ありてすむべき月のかげ迄も空にぞしるき秋のよろづよ
辨内侍、
萬代とちぎりおきてもあまり有り月にともなふ雲のうへ人


53

權大納言は夜番にまゐりて、はぎのとにて御あそび侍りしに、「たゞいまはなにの時ぞ。」と御尋ねあれば、「おきてゐの時」と申し給へど、よるのおとどには、内侍もねなんとせしかば、ゐよりはふけぬらんとて、辨内侍、

たゞいまはおきてゐぞとはいふめれど衣片敷き誰もねなゝん


54

中宮の御方へ御使にまゐるとて、はぎの戸のすいがいよりみれば、花もさかりにおもしろきに、きりたちわたり侍りしかば、辨内侍、

よゝに咲くふるえの萩のもとなればきり立ち渡り鴈ぞなくなり〔るイ〕


55

こうたうの内侍のつまのつぼねにて、よもすがらびは引きあかし給ひしを、「按察三位殿の心のうち思ひやられて、いとこそおもしろけれ。」とおほせられしかば、辨内侍、

あまそゝぎ袖にや露のかゝるらんなかばの月の影ぞ更け行く


56

九月十四日、殿の上表也。ことゞもはてゝ、夜ふくるほどにまゐらせ給ひて、「あまりに月のおもしろきに、女房たちさそひて、月み侍らむ。」とて、南殿・つりどのなどの月御覽ず。「かやうの月のよは、むらかみ一條院〔六十二〕の御ときは、わかきかんだちめ・殿上人など、いまやううたひ、ど經あらそひなど侍りけるに、まゐりてあそぶ人のなき、いとこそくちをしけれ。こよひのばんの人はたれか候ひつる。」ととはせ給へば、「萬里小路大納言たゞいまゝで候ひつるものを。いましばし。」など申しいでゝくちをし。すけよしといふ六位めし出て、月みるべきやうなどをしへさせ給ふも、いとをかし。あかつきがたにもなりにしかば、御ちよくろへいらせ給ひしに、兵衞督どの、「御なごり申さばや。」とあらまして、辨内侍、

いざといひてさそはざりせば久方の雲ゐの月を誰か詠めむ


57

おなじ月の比、萬里小路大納言、按察のすけどの・中納言のすけ殿などさそひて、かはよりあなたまで、夜もすがらあそびてかへり參りたりしに、按察三位殿きかせ給ひて、「いとおもしろかりけることかな。かはをへだてたる戀といふ題にて歌よめ。」とおほせられしかば、辨内侍、

袖ぬらすかはよりをちにすむ月のかげにも人を戀や渡らん


58

秋のよながくていとつれ\〃/なるに、御よるのゝち、大納言どの・按察すけどの・中納言のすけどの・少將辨、歌をつぎてあそび侍りしに、こうたうの内侍どのはまじらじとて、つまのつぼねにてことひかるときゝて、「按察のすけどのうらみやらばや。」と侍りしかば、辨内侍、

和歌の浦にうらむる波も有るものを松のあらしよ心してふけ


59

中宮大夫、「たかつんしといふ女主(*女嬬)に、かくいはばやとおもふ。いかゞ。」とて、

思ひそむる心の色ぞまたみせぬよそめ計りに年はへぬれど
女主にかはりて、辨内侍、
人しれぬよそめ計りはかひもなしみえぬ心の色をしらばや


60

つねの御所の御つぼに、秋のくさどもうゑられたるなかに、かしらけづらすといふ木の、ちひさくていたいけしたるを、いはのはざまにうゑられたるを、權大納言見給ひて、「かしらけづらすとこそ。あかくさ〔垢臭〕げなれ。」ときこえしを、「いとをかし。」と人々おほせられしかば、辨内侍、

亂れたるそのなばかりの黒髪につげの小櫛もいかゞとるべき


61

月あかきよ、おなじ御つぼねの菊、いとおもしろきを、左衞門督〔實藤〕、をりてまゐらせられたる枝の殘り、「またをりてまゐらせよ。」と、おほせごとありしかば、辨内侍、

月かげに折りけん人の名殘とて結びなとめそ菊のした〔らイ〕露

おなじ比、大宮大納言・萬里小路の大納言・左衞門督、なべてならずうつくしう見ゆるきくどもをまゐらせて、御つぼにうゑられたるを、「いづれにてもことに見えむ一枝、をりてまゐれ。」とおほせごとあれば、辨内侍、

いづれとか分けてをらむ色々の人の心もしらぎくの花


62

五節は十六日よりはじまる。月ことにさえておもしろし。丁だいのこゝろみ、ふたまよりやをらみやりしかば、攝政殿〔兼經〕〔あつゞまやなぎ〕・内大臣殿〔實基〕〔こうばい〕・おほみやの大納言殿〔公相〕〔まつかさね〕、のこりの人々はいともみえわかず。
とらの日、月いとあかきに、五節所へ行幸なりしに、攝政殿まゐらせ給ふ。左大臣殿〔近衞殿〕御供にまゐらせたまひたりしが、御ぶんとていだされたりしくしを、御ふところへいるゝよしにて、さながら御袖のしたよりおとさせ給ひし御ことがら、いひしらず見え給ひしかば、辨内侍、

霜こほる露の玉にもあらなくに袖にたまらぬ夜半のさし櫛

御覽は、殿いたさせ給ふ。わらはもなべてならずみえ侍りき。ひとりはふるきはしたもの、ふくらかにうつくし。いま一人はいづくのきみとかや、ほそらかに思ひいれたるけしき、とりどりなり。人々ことにもてなして、かざみの袖などつくろひ侍るもめとまりて、辨内侍、

あかずみるをとめの袖の月影に心やとまる雲のうへ人

節會は十八日なれば、月いとあかゝりしに、めしにすゝみて侍りし、御階の月わすれがたきよし、中納言のすけどのに申しいでゝ、辨内侍のかみあげのきぬ、ゆきのしたのこうばい、

雪のした梅のにほひも袖さえてすゝむみはしに月をみし哉

權中納言、五節いださるゝときゝて、くしこひたてまつるとて、辨内侍、

思ひやれ誰かはみせんこゝのへや豐の明りのよはのおきぐし
返し、大納言、
たれこめて豐の明りもしらざりき君こそみせめよはのさし櫛
いたはることおはしけるともしらで、申したりけるも、げにこゝろづきなくて、辨内侍、
たれこめし比ともしらぬおこたりに豐の明りの月は更けにき


63

臨時のまつりの御うま御らんのよ、大宮大納言まゐらせ給ひて、御所におかれたる風流に、九十くも(*くじうくも)といふこゝろしたるたなをみたまひて、「あれをかくしだいに人のうたよみたりける、『なにはうくしうくもえせじ』とかや。」などいひてわらひ給ふ。「いざをりくに歌よまむ。」ときこえさすれば、程なくものにかきて、御丁のもとにさしおきたれば、「いとこそはやけれ。『かへるはなにから』とかやうのやうに、かゝるこはきことこそなけれ。」とて、大納言殿、

くるゝよはしのゝは草のうはゞまで碎くる露のもる時雨哉
少將内侍、
雲の上やしるきみ垣の内にのみくるゝよすがらもるや殿守
辨内侍、
呉竹の霜おく夜半のうは風にくもらぬ月のもるをみる哉


64

叙位に、たきぐちのすぐるをきけば、「ごゐと思ふとて」など、さま\〃/なごりをしむときくほどに、たちかへり、「うれしやみつ。」とはやす。いつしかいかにとおもへば、「なかやす一臈になりたるよろこびや。」ときくも、うつりかはるほどなさをかしくて、辨内侍、

しぼりつる袖の名殘を引きかへてつゝむあまりになる瀧の水


65

廿四日、記録所の行幸なり。萬里小路大納言・左衞門督〔さねふぢ〕・右衞門督〔みちなり〕・右兵衞督〔ありすけ〕・頭中將〔まさ家〕・頭辨〔あきとも〕などまゐりて、れいのさま\〃/おもしろき御遊ども侍りしに、「いづれかことにおもしろくおぼゆる。」と、人々おほせられしに、少將内侍、「左衞門督のことのね、なほすぐれてきこゆる」よし申して、

柏木のはもりといへる神もきけそのことの音に心ひかずば
「五せちのまねのいだしうたは、なほまさりてこそ。」とて、辨内侍、
ことの音に心はひかず柏木のはにふく風のこゑぞ身にしむ


66

權大納言はおそく參り給ひて、御よるになりてのち、御かうしのとにたゝずみて、「さすやをかべのまつのはの」と、返々ながめたまふも、みゝにとまりて、きく人もやあらむとおぼえて、辨内侍、

夕月夜さしてしるべきかたぞなきつれなき松にそむる心を


67

「後夜にうつるかねのこゑ\〃/きこゆ。」とてくわむきよなりぬ。人々みな出で給ふに、「ちかき火あり。」とて、少々はさぶらひ給ふ。權大納言、女房たちなどともなひて、南殿のかたざまにてあそび侍りしに、左衞門のぢんのはしに、霜のしろくさえたりし、さむくつめたさかぎりなかりしもおもしろくて、辨内侍、

おき迷ふ霜もさながらさゆる夜に誰けちかぬるほのほ成る覽


[TOP]
68

寶治二年、母のいみにてさとに侍りしに、いはし水のりんじの祭り廿日おもひやりて、辨内侍、

日影さす春のかざしの色々もをりしらぬ身の程ぞかなしき


69

おなじ比、夏のひとへをたまはせたれば、辨内侍、

かゝる身は時しもわかぬ衣手にけふ社(*こそ?)夏のたつとしりぬれ


70

十二月十九日、佛名のよまゐりたりしに、月いとさえて面白し。職事ども、例の鬼の間にて、ふむはい、左右の頭中將〔もとゝも・きむやす〕まゐらす。つねとし・むねまさ・みつくになど、せちかゝりしたびにしるす。ちんこ(*ん)のまつりはむねまさなどぞきこえし。「むかしは小袖あはせといふこと、こよひ有りける。」などかたる。上卿皇后宮權大夫〔もろつぐ〕、きゝもしらぬ佛の御名、ともになのりつゞくるこゑ\〃/、まことに滅罪のやくもあるらむとおぼえて、辨内侍、

まことには誰も佛のかずなれやなのりつゞくる雲の上人


[TOP]
71

寶治三年正月一日、寅時四方拜也。清凉殿へ出でさせ給ふ。御ともに按察三位殿・中納言佐殿・勾當内侍殿。奉行宗雅、春のはじめの事がらまことに目出度くて、辨内侍、

今日になるときをば春のはじめとて祈りなれたる方も畏し


72

正月十五日、月いとおもしろきに、中納言のすけどの人々さそひて、南殿の月見におはします。月華門より出て、なにとなくあくがれてあそぶ程に、あぶらのこう地おもての門のかたへ、なほしすがたなる人のまゐる。「いとふけにたるに、たれならむ。皇后宮大夫の參るにや。」などいひてつまへいりてみれば、權大納言殿也。いとめづらしくて、兵衞督どの、だいばん所にてあひしらひ給ふほどに、「まことやけふは人うつひぞかし。いかゞしてたばかるべき。」などいひて、「出で給はむみちにていかにもうつべし。いづかたよりかいで給はんをしらねば、あしここゝに人をたゝせむ。」とてましみつるいつるひる(*不明)。こめいぢ〔昆明池〕のしやうじのもと、御ゆどのゝなげしのしもの一間に、勾當内侍どの、みのと(*癸か)のきりみすのもとに、中納言のすけ・兵衞督どの、年中行事のしやうじのかくれに、少將辨などうかゞひしかども、あかつきまで出で給はず。いとつれなくおぼえて、すけやすの少將して、なにとなきやうにてみすれば、「殿上のこ庭の月ながめて、たち給へる。」といふ。兵衞督殿、日の御ざの火どもけちて、くしがたよりのぞけば、殿上のかべにうしろよういしてゐたまへり。「かくしてしけむもねたし。なにとまれ、つゑにかきつけて、くしがたよりさしいださばや。」など、さま\〃/あらますほどに、夜もあけがたに成りぬ。いかにもかなはず、つひに「あぶらのこうぢの門のかたよりいで給ひぬ。」と聞くも、かぎりなくねたくて、しろきうすやうにかきて、つゑさきにはさみて、おひつきてつかはしける、少將内侍、

うちわびぬ心くらべのつゑなれば月みて明かす名こそ惜しけれ
返事、權大納言、
うちわぶる心もしらで有明の月のたよりに出でにける哉

かくてつきの日の暮ほどに、かれよりうはがきには、御あしつめたの御かたへとぞかゝれたる。御てうづのまにて、兵衞督殿・勾當内侍殿などあけてみれば、

うちわびてねにける夜半の鐘の音に驚かされて月や詠めし
待ちかねし身は夏虫のともしけちいたづらごとに物思ひけん
御はぎのふときほそきもたちそひて月に忘れぬ夜半の面影
返事、辨内侍、
うちはへてぬるとは何ぞ有明の月を見すてし心ならずば
いさしらずたれ夏虫のともしけち竹のは風や吹きもしつらん
忘れずよ月の面かげ立ちそひてその御はぎもくるしかりけむ


73

さとに、春のはじめとて、「とくさく紅梅あり。」ときかせおはしまして、「をらせてまゐらせよ。」とおほせごとありしに、尋ねにつかはしたれば、さかりなる枝にむすびつけて、寂西、

雲井までいともかしこく匂ふかな垣ね隱れの宿のむめが枝

その花の枝をかめにさして、はぎの戸におかれて、めん\/にかへされたるを、やがてぬし\/のかきてむすびつけける、太政大臣〔實氏〕、

雲ゐまで匂ひきぬれば梅の花かきねがくれも名のみなり鳧
四條大納言〔たかちか〕〔隆親〕、
垣ねよりくもゐに匂ふうれしさを色に出ても花ぞみせける
冷泉大納言〔きんすけ〕〔公相〕、
咲きそむるかきね隱れの梅の花君がやちよのかざしにぞをる
萬里小路大納言〔きんもと〕〔公基〕、
君が代に垣ねがくれもあらはれてあまねく匂ふ梅の初花
權大納言〔さねを〕〔實雄〕、
くもゐまでかきねの梅は匂ひけりいともかしこき春の光に
このかずにかへすべきよし、おほせごとあれば、辨内侍、
雲ゐにてみれば色こそ増りけれうゑし垣ねの宿の梅がえ


74

大納言二位殿〔こがの大臣のむすめ〕よりまゐりたりけるうすやうのこさうしを、權大納言たまはりて、おもしろき戀のうたどもを、なべてならずかきてまゐらせられたるをみて、少將内侍、

戀すてふ名をながしたる水莖の跡をみつゝも袖ぬらせとや
辨内侍、
なほながすその水莖の跡にしも戀てふことをみぬぞ悲しき


75

〔建長元〕(*改元は3月)二月一日、よふくるほど、大ばん所より參りて鬼の間のぬのしやうじかけんと思ひしかども、ともしびのかげかすかにて、つねよりはいかにやらむおぼえて、朝がれひより常御所へまゐりたれば、宮内卿佐どの・兵衞督殿・こうたうの内侍どのなど候はせ給ふ。御所も、いまだ御夜にもならせおはしまさず。御手習などありて、「おもしろく思はむ詩かきてまゐらせよ。」と仰せごとあれば、「蘆葭洲裏孤舟夢」とかきてそばに、辨内侍、

身ひとつのうれへや波に沈むらん蘆の下ねの夢もはかなし
などかきて「秋の詩はいづれもおもしろくてこそ。」と、さま\〃/申すほど候はむに、公忠の中將候ふが、まことにさはぎたるけしきにて、「ぜうじの候ふ。皇后宮の御かたに火の」といふ。あさましともおろかなり。あまりうつゝともなくて、やなぎのうすぎぬ・うら山吹のからぎぬきたりしをぬぎて、はかまばかりにてつぼねへすべりて、あらゝかにたゝきて、いそぎさをなるむめがさねのきぬに、ゑびぞめのからぎぬかさねてまゐりたれば、勾當内侍どのやがてよるのおとゞへいりて、けんじ(*剣璽)とりいだしまゐらす。あぶらの小路の門のかたへゆく。御所〔後深草〕も、二位どのいだきまゐらせて、中納言少將の内侍はおほはらのゝ使にたちて、心ちわびしくてつぼねにふしたりけるが、あらくたゝくおとにおどろきて、火ときゝて、いそぎ御所へ參りたりければ、人もおはしまさず、けぶりはみちたり。「いづかたへ行幸もなりつらん。」と、あさましくてまよひありく程に、「よるのおとゞの一間にや。」といふ人有り。「ばけものにや。」と、おそろしながらゆきてみれば、なにやらむのみ御ぞに、うす御ぞかさねて、さしものさはぎの中にも、さまよくもてかくして、御ぐしのかゝり、御ひたひのかみ、御たけまでかゝりたり。せんじどの御たちもちて、「これはいづくへか具しまゐらすべき。按察三位どのに申せ。」とおほせらるれども、いづくともこれもしり候はぬとて、あぶらのこうぢおもてのつまどの方へいでたれば、ひしと人々おはします。「かく」と申せば、兵衞督殿、みちびきまゐらせむ。」とておはしましぬ。一ばんに權大納言殿のくるま參りたるに、御所・皇后宮・中納言のすけ殿・宮内卿のすけ殿のらせ給ふ。門のとにてぞ御輿にはめしうつりける。皇后宮、冷泉大納言どのゝかたをふまへて、めしうつるべきよし侍りけれども、なにとなきさまにて、やす\/とぞめしうつりける。權大納言・萬里小路・冷泉大納言など、そのまぎれにもゆゝしげに、いそめきあはれけるに、中納言のすけどのよく御かいしやくして、したすだれにてとかくまぎらはしてぞ、御こしにはめしける。「夜めにも、御ことがらたゞの人にはみえさせ給はざりし。」とぞ、のちにかたり給ひし。けんじは二位殿のめしたる御車に勾當・辨内侍もちまゐらせてのりたりしを、御輿にもおはしまさず。「とり出だしまゐらせたりけるにや。」と、なにのなかにも、さうどうにてありけるに、「もちていでたまひつる人おはしましつ。」といひけるとて、「たれかみつる。」といはれけるに、「兵衞督殿・一定勾當辨とりゐてまゐらせつる。」とありければ、「勾當辨めしたる御車はいづれぞ\/。」と、馬をはやめて、はしりちがひ\/たづねられし。「なに事ならむ。」と思へば、「『けんじはおはしますか\/。』とぞ、あつたきて、聲のかはるほど、たづねおはします。」といふに、「なほ一定にや。」とゝはれし、げにもことはりなりけん。しやうはのりときぞ、とり出しまゐらせける。大納言殿たちうつしうまにのりながら、あるはゆみもち、やおひなどして、かどにたゝれし、夢のこゝちしていと淺まし。さりながら、「延喜・天暦のかしこき御代にも、あまたゝび侍りける。」など、おほせらるゝ人々もありしかば、辨内侍、
やけぬともまたこそたてめ宮ばしらよしや烟の跡も歎かじ


76

とみのこうぢどの内裏になりて、ひろ御所のつまの紅梅さかりなりし比、月のおぼろなる夜〔二月十六日〕、たれとはなくて、しろきうすやうにかきてむすびつけられたりし、

色もかもかさねて匂へ梅の花こゝのへになる宿のしるしに
この御返事は、院の御所へ申すべしとおほせられしかば、辨内侍、
いろも香もさこそ重ねて匂ふらめ九重になるやどの梅がえ

こうたうの内侍どのゝつぼねは、女院の御所なりけるほど、宰相どのと申す人のつぼねにてありける。その人のもとより、「むめやさかりなるらん。」とたづねたる返事に、勾當内侍にかはりて、辨内侍、

色もかもなれし人をやしのぶ覽みせばや梅の花の盛りを
返事、宰相殿にかはりて、權大納言、
ながめはやなれこし梅の花のかも今九重に色はそふ覽
このうたども、「太政大臣殿〔實氏〕きかせ給ひて、『さしもゆゝしき「色もかも」の御秀歌にかよひて、「いろもかも」とあるわろし。又御返事も、「こゝのへになる」といみじくつゞけられたるに、「いまこゝのへ」とよみたる、たゞしかるべからず。ともにおつなり。』とおほせらるゝ。」ときゝしめんぼくなさ、をかしくて、辨内侍、
匂ひなき色を重ねて梅のはなつらくも人にとがめられぬる


77

廿七日は、七社のほうへいなり。やがてその日は七らいの御はらへなれば、内侍たち大ばん所にて、きせぎぬのさたして、花もさかりにをかしきを、つく\〃/とながめゐたり。御所にもなりて御覽ぜさせおはします。冷泉大納言御しやうぞくにまゐらせたるも、やがて御ともに候ひて、ことしは御まりあるべきよし申したまふ。からはしの中納言〔まさちか〕、上卿にまゐられたる。もゝとせに一とせたらぬほどにやとみえて、雪と霜とをいたゞけるかみ、げにくろきすぢなきもいといとほし。花のこかげにたゝれたるをみて、辨内侍、

君が代に花をしみけるしるしには頭の雪もいとはざりけり


78

「三日の御鳥あはせに、ことしは女房のもあはせらるべし。」ときゝしかば、わかき女房たち、心つくしてよきとりども尋ねられしに、宮内卿のすけどのは、「爲教の中將がはりまといふ鳥をいださん。」などぞありし。萬里小路大納言のまゐらせられたるあかとりの、いしとさかあるがけいろもうつくしきをたまはりて、あきつぼねにほこらかし(*はふらかし?)ておきたるを、もりありといふ六位が、「そのとりきとまゐらせよ。」といふ。かまへてとりなどにあはせらるまじきよし、よく\/いひてまゐらせつ。とばかりありて、かためはつぶれ、とさかよりちたり、をぬけなどして、見わするほどになりてかへりたり。おほかた思ふばかりなし。「今はゆゝしき鳥ありとも、なにゝかはせん。たまはりの鳥なれば、きくもいみしらむ(*いみじかるらむ?)とこそ思ひしに。」など、かへす\〃/こゝろうくて、辨内侍、

われぞ先ねにたつばかりおぼえけるゆふ付け鳥のなれる姿に

三日、御鳥合なり。御所もひろ御所へいでさせおはします。冷泉大納言・萬里の小路大納言・左衞門督・三條中納言〔公親〕・頭中將〔公保〕・伊與中將〔公忠〕・すけやすの中將、藏人はのこりなし。はつゆきなるあか〔みイ〕こくろなどいふ鳥ども、かねてよりふせごにつきて、おの\/あづかりて、丁子・じやかうすりつけ、たきものなどして、「いづれかにほひうつくしき。」とぞあらそひし。みすのうちより出だされしかば、萬里小路の大納言たまはりて、あはせられし。ゆゝしかりし君なり。ひよ\/より御所に御手ならさせおはしまして、かひたてられしいみじさばかりにてこそ侍れ。御とりがらはあやしげなれば、「かたせん。」とて、それよりおとりたる鳥どもにあはせられしもをかし。公忠・公保がとりあはせしをり、「伊與中將がとり、そらおとりする。」とて人々わらひしに、冷泉大納言、「ひさかたのそらおとりこそをかしけれ。」とのたまへば、公忠「さこそ。」といひたりし、をかしくて、辨内侍、

雲ゐとはなれさへしるや久かたの空おとりする鳥にも有る哉


79

廿日は、りんじのまつりの御馬御覽なり。さき\〃/はたゞめぶがひきわたしたるばかりにて有りしに、御隨身かねみねに、あけさせて御覽ぜし、いとおもしろし。公卿はまでのこうぢの大納言ぞ候ひ給ひし。けづけ、中將すゑざね。庭の月かげいとおもしろくて、辨内侍、

なにしおふ月げの駒のかげまでも雲ゐはさぞとみえ渡る哉


80

はなざかり、ことにおもしろかりしに、ためうぢの中將奉行にて御まりあり。花山院大納言・冷泉大納言・萬里小路大納言・左衞門督・右衞門督・すけひら・きんたゞ・ためうぢ・ためのり・たかゆき。日くれかゝるほど、ことにおもしろく侍りしかば、辨内侍、

花の上にしばしとまるとみゆれどもこづたふ枝に散る櫻かな
少將内侍、
思ひあまり心にかゝる夕ぐれの花の名殘も有りとこそきけ

かずもあがりて、木ずゑのあなたへまはるほど、左衞門督のあしもはやくみえ侍りしを、兵衞督どの、「まりはいしいものかな。あれほど左衞門督をはし(*ら)することよ。」とありしを、大納言、「我もさみつるを、いみじくもめいくを聞えさする物かな。めのとにてあるに、この返りごとあらばや。」と侍りしかば、辨内侍、

散るはなをあまりや風の吹きつらん春のこゝろはのどかなれ共


[TOP]
81

三月廿八日、改元也。〔建長〕公卿八人、上卿花山院大納言〔さだまさ〕・經光の宰相などぞきこえし。奏まつほど、ふくるまで大ばん所に、内侍たちなにとなきものがたりして、「往古の延暦・延喜は廿年にもあまりけるに、かくほどなくかはる。なごりをしきやうにこそ。」などいひて、辨内侍、

ほどもなくかはるもつらし古ははたとせあまる年も有る世に


82

四月七日、松尾の使にたつ。上卿吉田中納言〔爲經〕・辨〔經俊〕。かつら川をわたりしに、みなかみのかたに、やなといふものに、水のたぎりておつるおとのきこえ侍りしかば、辨内侍、

川のせにやなうちわたすみづなみのあまりも音の碎け行く哉


83

十七日、御方違の行幸なり。今出川殿へなる。女院もやがてわたらせおはしますほどなり。左衞門督まうけの御所に候ひ給ふ。御けんのすけまさいへの宰相の中將、兩貫首も還御まで候ふ。月ことにおもしろく、たれも夜もすがらねてぞながめし。冷泉大納言・萬里小路大納言・左衞門督と、「かゝる月こそなけれ。」とてことにめで給ふ。幣にうつりたる有明がたのかげ、たとへむかたなくおもしろきに、をりしもほとゝぎすのなき侍りしかば、辨内侍、

歸るさのかねまつ程の有明につれなからしと鳴くほとゝぎす


84

祭は廿日なれば、けいごのめしおほせ十八日なり。上卿權中納言〔冬忠〕、賀茂よりあふひどもまゐりしを、大ばん所にて、人々さうじにおさんとて、こあふひえりて候ふよしほど、左頭中將〔もとゝも〕、ことに色はなやかなるなほし、けいごのすがたいとうつくしうてまゐりたり。おなじく右頭中將〔きんやす〕もまゐりたり。これもはなやかに、あらぬすぢにほこりたるけしき、とり\〃/にみゆ。公忠もほそだちゆるさるとぞきゝし。けいごのすがたどもおもしろくて、辨内侍、

千早ぶるまつりのころに成りぬれば近きまもりも心してけり


85

攝政殿まゐらせ給ひて、廿一日の夜の月いと心もとなくまたせ給ふほど、人々に「いでたるや。」ととはせ給へば、さま\〃/にやうをかへて申すに、「やまのこなたへはいでながら、ひかりのいまだあらはれぬ。」と申す人侍りしを、この申すやう念ありて、「さもあり。」など人々もおほせられしかば、辨内侍、

山のはにせめても月の遲きよは此方と思ふも猶ぞまたるゝ


86

さいしよう講は、廿二日よりはじまりて、廿六日結願也。この御所にては、これがはじめなれば、めづらかに、行香のほどおもしろし。鬼の間をかみにて、御てうづの間・大ばん所はうしろに(*一字欠)、堀川内大臣ともみ・冷泉大納言・權大納言・新大納言・左衞門督・三條中納言、ふぞくさだひら・きんたゞ。ことゞもおそくはじまりて、有明の月出づるほどに、人々出で給ひし。そのころ〔廿三日〕聖護院僧正、正觀音法おこなはる。ひろ御所、廿七日結願なるべきを、そのよ行幸にて侍りしかば、あかつきの御ときをひきあげて、夕暮れにおこなはれし。れいのこゑもことさら心すみてたふとかりしかば、辨内侍、

曉のかねよりもなほ夕ぐれのれいじにれいの聲もすみけり


87

卅日。大ばん所のごいし(*倚子)のまゐりたるを、御らんぜさせおはしまして、「せちゑのにつくりたるわろし。あかつきにてこそつくるべけれ。」とてかへさる。「『天上のごいしは、いにしへ寛平法皇と業平朝臣と御すまひありけるにあたりて、をれたりけるを先例にて、いつもそのをれたるすがたにつくられ侍り。』と、つたへさへきくもいとおもしろく。」など申しいでゝ、辨内侍、

ふりにける昔の跡をそのまゝに變らずみるや名殘なるらん


88

六月廿八日より、ことなる御いのりども侍りしに、醍醐の座主〔實賢〕、普賢延命法、皇后宮御かたの日、御座をしつらひておこなはる。冷泉大納言殿御沙汰。七佛藥師ひろ御所、太政大臣御沙汰。

秋になりて、風いとすゞしくふきて、皇后宮の御かたの御つぼねに、やう\/むしのこゑほのきこえて、おもしろく侍りしかば、辨内侍、

君がへむ千とせをいのる法の聲こなたかなたに松蟲のなく


89

神なりていとおそろしかりしに、御所はあさがれひにわたらせおはします。六位のつるうちめすほどに、たきぐちのくやくがゆみめして、冷泉大納言とのつるうちし給ふ。かみのなるおとに、いみじくてうしのあひてきこゆる。「たゞいまは壹越調ならむ。」と、すけやすにふえふきならさせてきかせ給へば、「まことにそのてうしなりけり。」とて、こうたうの内侍どのもけうじ給ふ。いとおもしろくて、辨内侍、

ものゝ音をひきも鳴らさで梓弓おして調べをいかでしるらん


90

八月十五夜、院の御所にて御連歌ありしに、夜ふけゆくまゝに身にしみかへりて、おもしろき句ども有りしをりしも、かねのおと、こゝもとにきこえしかば、「御いのりはじまりたるにや。」ときくほど、權大納言みすのもとにさしよりて、「後夜のときこそはじまれ。とく\/つけよ。」とおほせられしこそをかしかりしか。かねのおとも心すみて聞えしかば、連歌をばさしおきて、少將内侍、

秋のよの月に冴えたる鐘の音にやがてもときのうつりぬる哉
辨内侍、
時うつる鐘のおとぞと聞くからに月もなかばのかげや更けぬる


91

九月八日、までの小路大納言、ひろ御所に夜ばむ〔旡イ〕にしにゆくおとして、さぶらひ給ひしに、きくにつけて、少將内侍、

菊のうへにおきゐる露も有るものをたれ徒らにねであかす覽
返事、大納言、
九重の雲のうへふし袖さえてまどろむ程の時のまもなし
「雲のうへふし」いとやさしくて、辨の内侍、
まどろまぬ程をきくにぞ思ひしる露をかたしく雲のうへ人


92

大納言殿、三位せさせ給ひたりしよろこび申すとて、少將内侍、

秋風の身にしむばかりうれしきやなほ人しれぬ心成るらん
辨内侍、
かひ有りて今こそみつのくらゐ山まよはぬ道は猶ぞうれしき
御返し、大納言三位殿、
身にしみてうれしき物と今ぞしるたゞ大方のあきのはつ風


93

この御所より常盤井殿はちかければ、月のころは夜をへて、までのこうぢの大納言どの、女房たちさそひて、よもすがら遊び侍りしに、水にうつりたる月いとおもしろく見えしかば、少將内侍、

やがて我が心ぞ移るときは井の水にやどれる月ならね共
これを聞きて、辨内侍、
をりふしを空にしりける月なれば猶常盤ゐの影ぞさやけき

かやうに遊び行き侍りし程に、女院の御方の女房たち、内裏の月見にとて、あまた參られたりけるが、たづねあはせ給ひけれども、「いさいづくへやらん。」ときこえければ、「まゐりて侍りつれども、ほいなくてこそ侍れ。」といひおかれたりけるを、かへりまゐりて、「かく」ときゝて、女院の御かたのひせんどのといふ人のもとへ、少將内侍、

あくがるゝ心くらべもある物をなほ尋ねみよ秋のよの月
返事、
またもみむのどけき御代の秋の月近き雲ゐに心へだつな
此御返事、いとおもしろくて、辨内侍、
尋ねみむ心のへだてくまもあらじちかき雲井の秋のよの月


(辨内侍日記

 寛元4(1246)  寛元5(1247)  宝治1(1247)  宝治2(1248)  宝治3(1249)  建長1(1249)

【本文の仮名遣いの例】 お(尾)、おり(折)、おの(斧)、をのをの(各々)、をと(音)、つえ(杖)、ちやうだひ(帳台)、いしばい(石灰)、なをし(直衣)、あさがれゐ、ほゐ(本意)、やをよろづ、さいせう講、えんすい(淵酔)、りむじ(臨時)、だむ(壇)、ぢむ(陣)、せちぶむ(節分)、まいる、うえ(植え)、をく(置く)、をこなふ、をふ(追ふ)、おしふ、おしむ、おる(折る)、とをる(通る)、たをる(倒る)、いとをし、おかし、をそし、くちおし、たうとし、ちいさし(小さし)、めむぼく(面目)なし、をろかなり、をのづから、なを(猶)、他
[INDEX][NEXT]