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辨内侍日記

群書類從 卷第323 日記部4
(第18輯 昭3.4.25 續群書類從完成会)

〔〕底本註、イ 異本、(*)入力者註
※ 仮名遣い・句読点・送り仮名を適宜改め、濁点を施した。
※ 日付に従って、通し番号をつけた。
※ 歌の作者など添書と思われるものも残した。
※ 以下のタグを参照のために加えている。
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 建長1(1249)  建長2(1250)  建長3(1251)  建長4(1252)

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94

今年(*建長1)五節は、この御所はせばくて、冷泉どのへ十二日行幸ありて、十八日よりはじまりし。月はくまなくていとおもしろし。兩貫首〔もとゝも・きんやす〕、ことなる人々なれば、きさいまちの亂舞などもことにはえありてぞみえ〔侍イ〕し。女院の御かたのゑんすい(*淵酔)寅日也。四條大納言〔隆親〕、女房達さそひて、御帳のうしろよりはつかにのぞきて侍りしこそ、いとおもしろかりしか。閑院大納言たちはさらなり。いときようありて侍りしに、内大臣殿〔二條殿御子〕〔實基〕いかにはやしたてまつれども、うるはしくもたち給はざりしに、右兵衞督〔ありすけ〕、「しらさぎこそしらばへのぞくなれ。」と、ひやうしをあげてはやしたりしかば、さしあふぎしてたち給ひたりし、御ことがらことによくみえ給ひしかば、辨内侍、

しら鷺はいかなる色のためしにて立ち舞ふ袖のかげなびくらん


95

卯日はわらは御覽なり。ことしはつねのとしにも似ず、御覽のわらはみなのぼり侍りし、いとめづらかに、辨内侍、

いにしへのならひは聞かず九重やあまたをとめの數をみる哉


96

權大納言、木のさき(*城崎)のゆへおはしたりしに、雪ふかくつもりたる頃、兵衞督のとのゝもとへ、「内侍たちにつたへよ。」とて、

九重にふりつもるらんしら雪を深きみやまに思ひこそやれ
返し、少將内侍、
こゝのへの雪の中にもたび人のふみゝる道を思ひこそやれ
辨内侍、
こゝのへになほかさねても思はずよふみゝる程の山の白雪


97

十二月十八日、月くまなきよ、頭の中將〔もとゝも〕、夜ばんにまゐりて、おにのまに候ふほどに、「しやうぞくのおとのする。たれならん。みてまゐれ。」とすけやすの中將におほせごとあれば、かへりまゐりて、中將、

おにのまに人おとのする誰ならん弓とるかたのとうの中將
「左の心もことにえんありて、とりなしたり。」など、按察三位殿もおほせられき。やがていでぬるよしきゝて、辨内侍、
やといひて引きやとめまし梓弓いるかたしらぬとうの中將


98

十九日、れいの佛名なり。「皇后宮〔宣化門〕御方もこよひなるべし。」と聞えしほどに、ことにいそがる。月はいとおもしろきに、いでゐの殿上人のをりまつするも、この御所にては、大ばん所もわたどのちかくて、たゞこゝもとにぞみゆる。定平・伊頼・伊長・基政などぞみえし。女主(*女嬬)がめづらしくはかまのすそみじかにきなして、をりまつするを、定平はやしあげたるもをかし。辨内侍、

いとせめてさゆる霜夜のなぐさめにしば折りくぶる雲の上人

ふけてのち、行香にたつ人々、四條大納言〔實任〕・宰相中將・皇后宮權大夫〔師繼〕・土御門宰相中將〔雅家〕・左大辨宰相〔顯朝〕。けそく、さだひら。


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99

これより建長二年正月三日、殿上のゑんすいなり。「このたびは、ぢもくに貫首もあがるべし。」と聞えしかば、四條大納言ことに忠つくすべきよし、奉行し給ふ。御所もこじとみより御覽ず。さねたか・つねたゞ・これもとなどこゑある人々、てをつくしてはやされしかば、兩貫首十度ばかりまひたりし、興ありてみえ侍りしかば、辨内侍、

みだれつゝうたふちくばの松の色に千代の影そふけふの盃

やがて、皇后宮御かたへまゐる。みち\/「おもひの津に舟のよれかし。」と、はやし\/まゐりし、こまにてみ侍りし、いとおもしろくて、辨内侍、

しばしまて立ちよる波にことゝはむ思ひの津にぞ舟よばふなる


100

二月五日、春日使にたちたりしに、上卿皇后宮權大夫〔もろつぐ〕、くれほどになしはらにつきたれば、夕づくよほのかにおもしろく侍りしほど、辨内侍、

梨原の其なは秋になりならす(*未詳)ねてやは夜半の月を見るべき

さくやといふざふしを具したりしを、くやく〔ためなは・さだむら〕、しやくとりてもてならして、「今は春べとさくやこのはな。」と、したひをとりてはやしたりし、「まことにおのがはるにあひたる心ちやすらむ。」と、をかしくて、辨内侍、

春をみる我身ひとつになにおひて咲くやと人にいはれぬる哉


101

佛法僧となくとり、太政大臣殿よりまゐりたるを、常の御所の御えんにおかれたりしが、雨などの降る日はことになく。げにぞなもさやかにきこゆ(*ママ)。すがたはひえどりのやうにて、いますこしおほきなり。辨内侍、

とにかくにかしこき君が御代なれば三のたからの鳥も鳴く也


102

局は二のたいのつまなれば、夜ふけてすべるをりは、かならず京極おもての大やなぎのこかげより、月のさやかにもりたるが、さしむかひて出でたるやうにみゆる、いとおもしろくて、少將内侍、

青柳のいとはよるとも見えぬかな木かげくもらぬ月の光に
おなじつぼねなれば、ともとに〔ともにイ〕すべり侍りしが、まことに月のかげおもしろかりしかば、辨内侍、
青柳の糸にはかげもみだれねば同じすぢにぞ月はさやけき


103

三月十六〔十一イ〕日、七瀬の御はらへなり。使々まつほど、大ばん所のかうらんのもとへたちいで、「閑院殿には、はなばかりやまさりたるらむ。」など、御さたありしかば、少將内侍、

櫻花やへに咲くともこゝのへと思ひなすにぞ色増さりける
又、辨内侍、
なにごともしのぶむかしの雲ゐには花こそ及ぶ匂ひ也けれ


104

三月廿九日、御まりなり。冷泉大納言〔公相〕・萬里小路大納言〔公基〕・權大納言〔實雄〕・左衞門督〔實藤〕・右衞門督〔通成〕・源宰相〔有資〕・頭中將〔爲氏〕・爲教・資平・公忠・時經〔稱イ〕。はなちりすぎ、こずゑなかなかおもしろきに、人々のよういことがら、とり\〃/にぞみえし。くれかゝるほど、院の御所より御隨身頼峯御使にて、御葉松のえだにぞ御鞠はつけられたる。頭中將とりてまゐらす。しろき薄樣むすびつけられたり。あけて御覽ぜらるれば、

吹くかぜもをさまりにける君が代の千歳の數は今日ぞ數ふる
御返し、辨内侍、
かぎりなきちよの餘りのあり數はけふ數ふとも盡きじとぞ思ふ

御鞠はてゝ、はなのかげにたちならび給へる、御名ごりどもなどさま\〃/申しいでゝ、少將内侍、

かず\〃/にあまりなる迄戀しきはいかに詠めし夕とかしる
返し、辨内侍、
風に匂ふあまりは花の色に出て數限りなき夕とぞみし

そのゝち「又、御まりあるべし。」とて、まづ萬里小路大納言殿へ申されて、やがて奉行せらるべきよし、おほせごとありしに、かぜの氣ところせくて、かなふまじきよし申されたりしほどに、常盤井にて、しのびてまりあそび侍るよしきかせおはしまして、「にくし。なにとまれ、いひやれ。」と、仰せごとありしかば、少將内侍、

春風のつらさをかこついつはりの身に餘りぬる程ぞしらるゝ
かへし、大納言殿、
春かぜのつらさをかこつ心より身の僞りになるがゝなしき
「なほいつはりならずときこゆるこそ。」など、御さたありしかば、辨内侍、
花のためあまりぞなほもつらからむ僞りにやは風の吹くべき


105

卯月の八日はくわん佛なりしに、むろまちの大納言〔さねふぢ〕たまはせたる布施に、くれなゐうちの色こゝに(*ことに?)花やかなるに、蔦かへで青葉なるをきて、うつの山の心し、さまことにうつくしうて、かねのうちえだにつけたり。人々のは、殿上へいだされてのち、おそくまゐらせたりしを、「大ばん所より職事にたばむに、その人のとて出ださるべき」よし、按察三位殿・兵衞督殿おほせられしこそ、「ことによういあるべくや。」とおぼえて、辨内侍〔奉行光國〕、

傳へきく蔦もかへでも若葉にてまだうつろはぬうつの山道


106

祭の女使に、中納言のすけどのたち給ひしに、なでしこのきぬ、すこし色うすく侍りしをおくるとて、辨内侍、

くらべみるこゝには色の薄ければ唐撫子にいかでそむべき


107

六月十一日は、じんこんじきのまつりなり。上卿土御門中納言〔通行〕・辨〔顯雅〕。内侍とうよりたちてのち、辨上卿ははやたゝせ給ふ。「内侍とく。」と申し侍りければ、少將内侍、

おそしとは誰をいふらん君をこそ待つらんと思ふ時も過ぎぬれ

歸りまゐりて侍りしに、少將内侍「かく。」とかたり侍りしかば、「上卿よりとくたちて、我こそまちしか。」などかたりて、辨内侍、

いつもさぞ我を待つとはいひしかどまたれし物をさよふくる迄


108

權大納言、くろとのばんなどもかきがちにて、まどほになり給ひしを、「こぞの七月ほしあひのほどに、參り給ひたりし。」など申しいでゝ、少將内侍、

雲ゐをばよそにのみしてあまの川遠き渡りにはや成りにけり
返し、辨内侍、
くもゐにてとほしとはみじ天の川人の心やわたりなるらん


109

七月十三日、閑院殿のことはじめの日、事のそう辨〔つねとし〕まゐられたり。なにとなく心もとなき心ちして、辨内侍、

百敷の大宮づくりけふよりやかねてその日と定めおくらん


110

八月十五夜、れいの御會也。雨ふりていとくちをし。ことゞもはてゝ、つまどあけさせ給ひて、御覽ぜられしかども、月のくもりざまいとくちをし。「なごりに阿彌陀佛連歌、たゞ三人せむ。」と仰せ事あり。「いひすてならんこそねんなけれ。少將おぼえよ。」とぞおほせごとありし。


なごりをばいかにせよとて歸るらむ  御所
もしやとまたむ秋の夜の月      少將
あかなくにめぐりあふよもありやとて 御所
みちうきほどにかへるをぐるま    辨
たぐひなきわが戀草をつみいれて   御所
つゝみあまるはそでのしら露     少將

夜もあけはなれにしかば、「のこりはまたの御連歌にしつがん。」とて、名殘おほくてぞかへりまゐりにし。此をり\/の御連歌を、大納言三位殿きかせ給ひて、「『この戀ぐさ』の御連歌思ひいでなるべし。そのよしのうたよみて、家の集などにかゝるべし。」と仰せられしかば、辨内侍、

思ひ出のことのはとなる草ならばなゝ車(*七車)にも我ぞつむべき


111

十六日はこむまひき也。上卿萬里小路大納言宰相〔まさ家〕、ひきわけの使もとまさ。ことゞもはてゝ、大納言殿、局のつまにかきて、公忠して、

君が代につかへて今宵みつるかなよそに聞きこし望月の駒
返し、少將内侍、
君が代につかへてし身は望月の駒も千とせのためしにや引く
ことのやう、ことにやさしくて、おなじく返し、辨内侍、
今もさぞよゝのおもかげかはらめや秋のこよひの望月の駒


112

今出川殿へ行幸ならんとて、夜雨ふりげに侍りしに、たうだいのくびを、七人していはせられ侍りしはてに、ゆふ人は「てれ\/日のごと」ゝ、まふことにてありしを、いつも少將内侍そのやくつとむる人にて侍りしが、さとへいでたりし代官に、まふべきよし人々おほせられしに、あまりにあるべくもおぼえで、つぼねにかくれゐて侍りしかば、「いよといふ人まひける。」とぞ。辨内侍、

楫をとるその舟人にあらぬみのあすのひよりをいかゞ祈る覽


113

御神事のほど、御人ずくなにて、いと御つれ\〃/なりしに、「おもてかたして、人々おどせ。」と仰せ事ありしかば、はかまをむねまできて、こきひとへをかづきて、大ばん所のくちにたちたれば、大番のものども、さはぎて弓などとりなほして、たちめぐり侍りしかば、かへりて、あまりにおそろしくて、やり水におちいりて侍りしを、「おめたる鬼かな。」とて、人々わらはせ給ふ。つぎの日、さとより「つゝしむべきことあり。」とて、ものいみをたびたりし。おやのまもり、あはれにて、辨内侍、

あづさ弓引きたがへたる命こそそへける親のまもりなりけれ


114

節會・臨時祭のしだいなど御覽ぜさせおはしまして、そのまねを女房たちにせさせて御覽ぜしを、太政大臣殿、「この御遊は、まことにおもしろく侍るらむ。」とて、けうぜさせ給ひて、しやくどもつくらせてまゐらせ給ふ。頭中將〔爲氏〕、節會の次第など書きて參らす。人數は大納言三位どの〔太政入道(大臣イ)のむすめ〕・按察のすけ殿〔たかひら卿のむすめ〕・大納言のすけ殿〔たかちかのむすめ〕・中納言のすけ殿〔實家卿女〕・宮内卿どの〔あき氏卿むすめ〕・少將いよの内侍。しやく共に、みな名を書きてもち侍りし。中納言のすけどの、權大納言になりて、節會の次内辨もよほされて、「したうづをえはかずさうらふ。」とてこしやう申して、つぼねにおはせしに、あしのはにかきつけて、つぼねのみすにさす、辨内侍、

津の國の蘆の下根のいかなれば波にしほれて亂れがちなる

大納言三位殿は、御しちらい〔失禮〕のたびに、「これはいへのやう\/。」とおほせらるゝを、中納言のすけ殿、「いつもかくきこゆれば、心にくきやうに侍りしか。まさしきいへのにき〔日記〕みざらむには、たのむまじき」よしきこゆるも、ことわりとおぼゆ。少將内侍は三條大納言になりて、つねにしちらいがちにて、小てうはい(*小朝拝)にも、しゃくををきて(*おきて)せうはいなどせられ侍しを、兵衞督殿、「ぬしにかたられて侍ければ、さしもしちらいもせぬと思ふに、たへがたきことかな。」といはれけるぞをかしき。伊よの内侍は、いつもりんじのまつりには人長になりて、みづからわをつくりてそれをもちてまは(いイ)る。「かほふるべし。あまりに此やくのつとめたくもなき。」とて、わびられしもまことにとおぼえてをかし。辨は行幸のとしにうそをふくやくをつとめ侍し。又これも人長にはおとらずおぼえ侍き。冷泉大納言殿夜番にまゐりて、此御遊にまじりて、うそふくやくつとめさせ給たりしこそ、いといとうれしかりしか。按察すけどのは、いかにもおの\/の中にては、いだしうたもらんぶ(*乱舞)も、てをつくし侍るべし。ことなる人々御參りあらむには、かなふまじきよし、かねてよくよく申させ給て、ことにみだれてつとめ給き。近習の人々御所へ御まゐりあるはみなまじはり給。萬里小路大納言などは、なげしのしもの一間より袖さし出して、かう\/など、よくまはせ給もをかし。又五節のまねに宮内卿のすけどの、いだしうたせらるべきにて侍しをりしも、左衞門督まゐり給たりしに、たゞいまはいかにもかなふまじげにて、おほかたこゑもいだし給はぬを、按察三位どの、「こればかりはことわりにこそ。」と申させ給しもげにをかし。あまりおそくなりて、そのざもすみて侍しに、左衞門督も、ちとはをかしげにおもひてぞたち給にし、いと\/をかしくてこゝろのうちに、辨内侍、

聞はやすしろうすやうの折からはいかゞいふべき卷上の筆


115

十月十三日、鳥羽殿へてうきん(*朝覲)の行幸にて(なりイ)、よひのほどはしぐれもやなど思ひ侍しに、あしたことに晴て、いとめでたくぞ侍し。鳥羽殿の御所のけいきのおもしろさ、ことわりにもすぎたり。いろ\/のもみぢも、をりをえたる心ちす。りょうどうげきす(*龍頭鷁首)うかべる池のみぎはの紅葉など、たとへんかたなし。かみあげの内侍、こう當の内侍、少將内侍なり。日ぐらしかみあげて、さま\〃/の内侍おもしろくめでたきことゞも見いだして、「おいのゝちのものがたりは、いくらも侍べし。」などいひて、少將内侍、

かたり出む行末迄の嬉しさはけふのみゆきのけしき成けり
これをきゝて、辨内侍、
よゝをへて語り傳へん言のはやけふ〔のみ〕庭の紅葉なる覽
還御のゝち、めでたかりしその日の事ども申いでゝぞ、めしたるまね、たれがしはなにいろいろと、少々はぎのとにてしるし侍しに、太政大臣殿のうらおもてしろき御したがさね、ことにいみじくおぼえて、辨内侍、
白妙のつるの毛衣なにとして染ぬをそむる色といふ覽


116

廿七日、皇后宮(仙花門)の御かたへいらせおはしまして、日の御座の御つぼのもみぢ、御覽ぜさせおはします。女房たちも、みぎはにちりつもりたるなどたちいでゝみる。「おもふことかなふといはゞ、あのちりたるもみぢのかずかぞへてんや。」と、人々おほせられしかば、少將内侍、

もみぢばの數をかぞへて流すとも思ふ心はえやはゆくべき
今も風にちりみだるゝ程、なほいとおもしろくて、「袖にうけん。」など、人々おほせられしに、こんらう(*軒廊)のみうら(*御占)の上卿にて、つちみかどの中納言〔みちゆき〕別當のさきこと\〃/しくきこえしに、おどろきてみなうちへ入侍し。なごりおほくて、辨内侍、
おとづれて聞ゆるさきの追風に散もみぢばをみすてゝぞ行


117

五節は十六日なり。あさがれひよのひろびさし・御とりやなど、露臺につくりなさむとて、かねて十二日、今出川殿へ行幸なり侍しに、御留守に候て、月くまなく侍しかば、辨内侍、

雲の上や豐のあかりのおなじ名をかねてあらはす月の影哉
おしいだしは、大ばん所(*台盤所)の二間かけてにしむきなり。てうきんの行幸のきくもみぢなど秋の色にて、つねの年よりも、世にしらずうつくしう見え侍しを、大納言三位殿、「ありし行幸のなごりとまりたる心ちする。いかに。」とおほせらるれば、辨内侍、
神無月ありし行幸のなごりとて紅葉の錦たえぬなりけり


118

十九日、節會。露臺の亂舞などはてゝ、御前のめしつねよりもいとおもしろく、ものいひてのよまひには、左頭中將〔爲氏〕、「六位や候。さしあぶらせよ。」右頭中將〔さねひら〕うちながめて、かほづゑつきて、「とよのあかりはくもらざりけり。」と、爲氏が方みやり\/ながめたりし、をかし。經忠はきぬかづきならびゐたるをみて、「ここのほどはしろ\/。」又そくたいの人々みやりて、「あしこのほどはくろ\〃/。」とはいひし。これもとは「ていつていはたがなぞ。」刑部卿ときこゆる、てんたつしやこは[欠損]正くはんより次第いひつゞけて十月は十せ[欠損]れうたにまひ給。「ましてむねのりがまはざらめやは\/。」とてをれこだれ、身をなきになしてまひたりし、ふしぎにをかしく興あり。つねさだ、「むばらこきのしたにいたち、ふえふく。さるかなづ。」ことにおもしろくきこえき。ものさね(*ものまね)に爲氏、實久、經定、伊長、爲教、經忠、伊基。みなむれたちて、「あらたにおふるとみくさ(*稲)の花。」おもしろくうたひて、たうゑのまねしたりし。なにゝもすぐれて、ことにおもしろく見え侍しかば、辨内侍、

君が代に靡かぬ人はあらじかし風になみよるをだい早苗は
ものみのきぬかづきのなかに、兩貫首をみて、「ちうのはんはしとぞみゆるりゃうくはむ首」といふ連歌をしたりけむ、いとをかし。少將内侍つくべきよしきこえければ、「めにたつものと人やみるらん」とつけたりける。


119

廿四日は、りんじのまつりなり。あはれなりし事は、にはかに久我大將(源通忠、三十五歳)はかなくなりぬと聞えし。この十二日の行幸に供奉せられたりしほどのちかさもいとはかなし。このはるのりむじの祭のかざしによりしこと、たゞ今の心ちして、いとあはれに思ひ出られ侍しかば、辨内侍、

藤浪のかざしによりし面影のなどてもはるに立わかるらん
かへし、少將内侍、
この春のかざしによりし面影の立わかれぬる心ちこそせね


120

十六日、ぢもくなり。冷泉大納言(公相)右大將、花山院大納言(定雅)左大將になり給。とり\〃/にゆゝしき大將たち、いと\/めでたし。其ぢもくの頃人々の申文こなたかなたより侍しに、ある人、いとしもなき先祖ひきたてゝ、申文にかきのせたりしをば、大納言三位殿、「いにしへみき公任は五代の太政大臣の子なりと、かきたりけむにはをとりたるにや。」と仰られしかば、辨内侍、

のぼりえぬ山をゝしと(ママ)思ふなよをのがさか行ときも有世に


121

十二月十六日、野さきの使のたつ日也。南殿の庭にまん引まはして、たいそうの御屏風などたてゝ、みくらやつかひなどか、雪はかきたれふるに、あらしをしのぎて、つかひ\/いそがしもよほすけしき、いとさむげなり。雪うちはらふもおもしろくて、辨内侍、

風まぜの雪うちはらふ袖さむしのさきのつかひ心しらなん


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122

建長三年正月十二日、法勝寺の修正の御幸、院の御方のいだしぐるまにまゐりたりしかば、月あかくていとおもしろきに、うしろどのさるがう、けう有てぞみえ侍し。すゞのすがた、すのこゑ、すごく聞ゆるも、をりからおもしろくて、辨内侍、

しらかはの三代の御寺の跡なれや昔むりせぬすゞのこゑ哉


123

十五日、頭中將〔爲氏〕、まゐりたりしを、かまへてたばかりてうつべきよし仰事ありしかば、殿上に候を少將内侍げざんせむといはすれど、心えて、大かたたひ\〃/になりて、こなたざまへまゐるおとす。人々つゑもちてよういするほど、なにとかしつらむ、みすをちとはたらかすやうにぞ見えし。かへりて少將内侍うたれぬ。ねたき事限りなし。十八日よりは、うちにはたゞ御所のやうとてうつべきよしおほせごとありしに、十六日にさぎ丁やかれしに、たれたれもまゐり〔し〕かども、頭中將ばかり、ながはしへものぼらで出にけり。いかにもかなはでやみぬべかりしに、十七日、雪いみじくふりたるあした、とばどのへ院の御幸なりて、此御所の女房まゐるべきよしありしかば、ひとつぐるまに、こうたう・少將・辨・いよ・侍從・四條大納言のりくして[欠損]し。せばさかぎりなし。きぬのそではか[欠損]も。たゞまへいたにこぼれのりたり。道すがらの雪いかにもふるめり。いとおもしろし。とばどのゝけいき、山のこずゑども、みぎはの雪いひつくすべからず。爲氏うちかねたることを、きかせおはしましたりけるにや、御所にはつゑを御ふところに入て、もちてわたらせおはしまし、「これにて爲氏けふうちかへせ、たゞ今つかひにやらむずるを、こゝにてまちまうけて、かまへてうて。」とおほせごと有。少將内侍よういしてまつ程、思ひもいれずとほるを、つゑのくた\/とおるゝほどうちたれば、御所をはじめまゐらせて、公卿殿上人とよみをなしてわらふ。「さもぞにくうちにせさせ給。」とて、にげのきしもをかし。そののち、北殿へ御船よせてめすほど、はれ\〃/しさかぎりなし。いりあひうちてのち還御なる。たゞかやうの御遊ばかりにてやみぬるもくちをしくて、御車にめすほど、御太刀のをに(まきゑにはきの露をかきたり。)むすびつけつゝ、少將内侍、

あらましの年をかさねて白雪のよにふる道はけふぞ嬉しき
還御のゝち、御よるにならんとて、御まくらに御たちおきたりけるをり、御らんじつけてその御返し侍し。しろきうすやうに、
あらましの年積りぬる雪なれど心とけてもけふぞおぼえぬ
かゆに、ことならむ御歌の返しは、ともに申つべしと、按察三位殿仰られしかば、たゞこゝろのうちばかりに、辨内侍、
年つもる雪とし聞ばけふぞへに心とけてもいかゞみゆべき
「此雪に内侍たち、さだめて面白うたどもあるらん。いよの内侍はてかきなれば、ゆきのうへにもかきちらすな。」としゅこうおほせ有けるもをかしくて、辨内侍、
かきつくる心はしらずふりつもる雪には鳥の跡をやはみん
「すけやすがもとに、『ゐき(圍碁)のふ(譜)のある、まゐらせよ。』といふ心、うたによみてやれ。」とおほ(せ)ごと有ければ、少將内侍おりくに、
苔のむすの山の奧の麓にてこれを[欠損]みをへてかへりけん
返し、中將、
ふるさとの花の盛をもろともに[欠損]みましむかしなりやと
「なほせめにやれ。」と仰ごと有しかば、辨内侍、
ふる里の花よりもけに思ひやれそれよりおくのしがの山越


124

やよひの十日ごろ[欠損]御かたの花いと盛なるに、こぞのはるは[欠損]さにて、花山院宰相中將日ごとにまゐられしに、なにとやらむしばしこもりゐられたりし所へ、一枝おりてつかはすとて、兵衞督殿にかはりて、辨(内侍)、

こぞの春なれけるみやの花のかも[欠損]おもひ出すや
返事、宰相中將、
宮人のなさへ遁るゝ此春ははなやか[欠損]てあだにみるらむ


125

三月十一日、月おぼろにて、おもしろかりしよ、四條大納言、萬里小路大納言など、女房たちあまたさそひて、鷲尾の花ざかりいとおもしろく侍しに、月のかたぶくまであそびて次日、少將内侍、

見ても猶あかぬ名殘ぞをしまるゝ朧月夜の花の下かげ
かへし、あるじの入道〔たかひらの大納言〕、
こゝのしなにかざる蓮の色を社みれどもあかぬ姿とはきけ
法門にとりなされたるも[欠損]、辨内侍、
あかずみる櫻もいへばおなじことこゝの品とは思ひへだてじ


126

三月卅日に、皇后宮院號かうぶらせおはしまして、まかりていでさせ給。御なごりおもひやりたてまつりて、辨内侍、

行春の名殘はことのかずならず[欠損]ぬけふのわかれに
返し、少將内侍、
またはよもあひも思はじ雲の上に霞(*かすめ)る月はよにめぐる共


127

五月五日、三條の中納言のもとより、れいのうつくしきくす玉[欠損]ころもみだれて、そさうなるよし申され[欠損]いとうつくし。むすびたるよもぎの露にふかき[欠損]みえしを、兵衞督殿、このこゝろいはゞやとありかば、辨内侍、

あやめ草そこしらぬまの長きねにふかきといふや蓬生の露
返し、中納言、
あやめ草そこしらぬまの長き根を深き心にいかゞくらべん
ひろ御所よりみやれば、かつらといふものゝ、あやしのすがたしたるが五六人、かたみといふものひぢにかけて參る。「あれもおほやけものぞかし。[欠損]」いとおもしろくて、辨内侍、
かつらより鮎つる少女ひきつれて[欠損]井のひなみしるらん
よるのおとゞは、つねの御所よりあさがれゐをへだてたれば、内侍も二三人ばかりそふしたる。夏はゝしあけたるに、月のさしいりて、まばゆきほどにぞみえし。夜ふけぬれば、柳のこずゑのおそろしきに、たてゝねなんとするおりしも、水鷄のたゝくおとのきこゆるを、こうたうのないしとの[欠損]きくやとあれば、少將内侍、
明てのみぬる夜がちなる月影にたがとを叩く水鷄なるらん
これをきゝて、辨内侍、
木末をぞ叩きもすらん月みむと[欠損]さゝぬよはの水鷄は


128

六月廿八日、閑院殿[欠損]しなり。女房廿四人こきものゝくゎらはしもの、物[欠損]みなしろきあこめどもなり。かみあげの内侍・こう當の内侍・少將内侍、攝政殿(兼經)をはじめたてまつりて、まゐらぬ上達部殿上人なし。三日がほどはさま\〃/の御遊どもありなどきこえしこそ、いにしへ九條右大臣の、てうろくうちたまひたりけむこと思ひ出られて、いまさらゆゆし。左大將〔さだまさ〕・右大將〔きんすけ〕たちならびて、ことに[欠損]給し、みめもことさらためしなく、とり\〃/にみ[欠損]「人々いづれかなほまさる。」とおほせられあひた[欠損]

色深き花やもみぢにわきかねて春秋そむる我こゝろ哉
常の御所には、きゃうようの丸いかけちに、ほらがひをすりたる御づし、御手ばこ二、御すゞり、御はんさうたらひ、はぎのとにはきりたけまき、かひすりたる御手ばこ、御すゞりかいく、うへにたかき御手ばこに、かね千へのたひか六けん、きたのたい八間、二のたい十五間、さほにしろきかさねのすわうのうはぎ、ふたあひのから衣[欠損]こきはかま、はんさうたらひ、とうたい、お[欠損]殿に、はんゑまきたる御づし、御手ばこ御硯[欠損]たい十五間、ものゝぐのおきやう、みなおなじ。ろだいあ[欠損]殿ところ\〃/つくりそへられたり。たまかゞみなどのやうにかゞやきたる心ちす。三日がほどは、こきものゝ具にて、よるなどのあつさたへがたし。あさがれひのみすうちかづきて、なげしによりかゝりてぞ、わかき人々うたゝねながら、あくるまでみなふしたる。三日すぎて、七月一日[欠損]いろのすぢかうし、ふたへあやなど、心をつく[欠損]かさねどもをそきかへ侍し。二日はまた[欠損]きぬふとんてうのうす物、すちかう[欠損]のなかにぬひ物し、いろ\/のゑのぐにて、[欠損]などをもかく。心もおよばぬほどなり。仁[欠損]さぶらはせ給。御所出御なりて、南殿のつゆ[欠損]せさせおはします。御ともに女房たち、みな露臺になみゐたり。女院の御かたみ[欠損]御らんじいだされたりし、いと\/すゞろ[欠損]殿、きんすけの大納言たち、御ともにて、女房[欠損](*ご)らむぜられしこそ、いとはればれしか(*りしことなれ。)[欠損]木丁びゃうぶなど、めん\/に心ことなり。月あ[欠損]殿よりとて、車二三兩ばかりにてあそばぬ。ことに[欠損]月あかきに、仁壽殿の露臺のしろきうすやうにかきて、おされたりけり。
よのつねの月も光や増るらん千とせの秋の露のうてなは
たれとはしらねど、[欠損]おもふにさこそあらんとて、御返しは、あの御所へ、少將内侍、
雲の上に千歳を廻る月なればよの常よりもげにぞさやけき
辨内侍、
この秋は露のうてなの數そひて[欠損]ちゞにさやけき
後にきゝしかばまた[欠損]中將して、院の御所よりおさせられけ[欠損]夜のことなり。十四日のよ、おなじく月[欠損]南殿釣殿などにてあそび侍しに、いつ[欠損]れては覺ゆるを、人々おほせられしかば、少將[欠損]の方ざま、みかは水のすゑ、弓庭殿[欠損]まつなどはうづもれて、月花門のはしら(*以下、〈**〉印まで前の段落と重複。錯簡か。)あくるまでみなふしたる。三日すぎて、七月一日、いろのすちかうし、ふたつあやなど、心をつく[欠損]かさねどもをそきかへ侍しに二日はま[欠損]ふせんてうのうす物、すぢからのなかに、ぬいもの[欠損]し、いろ\/のゑのぐなどをかく。心もおよばぬ[欠損]さぶらはせ給。御所出御な[欠損]せさせおはします。御とも[欠損]〈**〉まつなどはうづおれて[欠損]れひてたる。只今もとめいでたらんここちしおぼゆるに、月のさやかにやどりたる程、たとへむこそとて、少將内侍、
水の上は雲間の月の心ちして[欠損]影ぞさやけき
辨内侍は、「露臺のきは[欠損]もりたる月はなほめづらしく面白くこそ。」とて、[欠損]
雲のうへやいづくはあれど軒合の隙もる月の影ぞさやけき


129

八月十五夜、二間にこうたうの内侍との少將辨など、清凉殿の庭の月いとおもしろきをながめいだして侍しに、南殿のかたにふえびはの音きこゆ。「あなおもしろ。たれならん。いざたちきかむ。」とて、こなたよりめぐりて、月花門のかたざまにてきけば、びはゝ藏人〔のりとき〕、ふえは〔すけやす〕なり。又そりはし[欠損]ふえつけてふく人あり。誰といふすき[欠損]おぼつかなし。こうたうのつまにて、びは[欠損]「『こゝにてきこゆや。』ときけ。」とて、ひとりかへりてつけ給しこそ、いとおもしろかりし(*か)。すけやすが[欠損]井にとほりてきこえしかば、少將内侍、

名に高き今宵の空の月影に[欠損]そへて秋風ぞ吹
御びはならはせおはし[欠損]なれば、かやうの[欠損]くゎんけんもつねにせさせて、きか[欠損]します。


130

八月十七日、はぎのとにて、宮内卿すけどの琴、勾當の内侍どの、左衞門督殿(のぶなりの宰相中將の女)びは、宰相(さねきよの卿の(*女))[欠損]どの・侍從内侍殿(なりしげ卿の女)こと、ひろ御所にてときへん[欠損]ふえのねたゝこれもとうたうたはせなど[欠損]おはします。かやうの事よそにきゝ侍し[欠損]くて、少將内侍、

琴のねにかよはぬ物は心なりうらやましきは峯の松風
辨内侍、
などて我露のかごとをかけもせでなかばの月の影にもれけむ
宮内卿すけどの、院の御所の御講ことに參り給しか。このあきはびはひき給へしと[欠損]し、ひとかたならずいみじくおぼえて、辨〔内侍〕、
なさけ有ことは身にしむ松風[欠損]などか調べかへけん


131

九月十一日、[欠損]かひにたちて侍しに、なにとなく内裏のけいきは、いとおもしろし。すべりていそうの御屏風つ[欠損]はなれたるを、たてまはしてゐたり。うしろ[欠損]さきのこゑ、はなやかに聞ゆるを、たれならん[欠損]のあなよりのぞけば、上卿右大將殿〔きんすけ〕、中[欠損]て、わきのぢむとかやにつき給へり。御屏風のは[欠損]みれば、辨たかまさことゞも奉行す。にしき[欠損]りいだし侍らぬとて、つかひはしりちがひて、ほとことゞもさかりて、くれがたにも成[欠損]もうちしぐれ侍しかば、辨内侍、

夕時雨このはを染るときしもあれなどおりあへぬ錦なる覽


132

九月廿七日、[欠損]權大納言ひるはんなり。さきのはんつとめざりしかはりに、こよひはよもすがら候はんなどの給ひて、有明の月いづる程にぞいで給し。『二のたいのほどすぐるとて、「おもはぬかたにたなびきにけり」といふ歌をながめてすぎ給し、おりからおもしろく。』など人々きこえしを、さとに少將内侍に申遣したりしかば、少將内侍、

やがて我戀の煙にくらべばや[欠損]たははるかなりとも
返し、辨内侍、
はるかなる鹽やはよその烟に[欠損]思ひのけつかたぞなき


133

さとに侍し頃、[欠損]十六日、新大納言〔さねふぢ〕、夜番にまゐりて、れいの[欠損]にきり、おのづからなれども、ままいり給ぬればいとひさし[欠損]に、きりみす(*切簾)のほどにたたずみて、なのめ[欠損]しみかへりたるこゑにて、わざとならず、なにとな[欠損]にけり。みせよきほどにうたひすてゝ、いでた[欠損]を、「ありししほやのけぶりにもたちこえ、それをかはりにかたりかへすぞ。」と少將の[欠損]つかはして侍しかば、辨内侍、

聞ばやな倭にはあらぬからおぎのみにしむ風は秋ならず共
返し、少將内侍、
大和にはあらぬものから唐荻のかへす\〃/も猶ぞわすれぬ


134

五節は十二日〔六イ〕よりはじまる。月いとおもしろし。てうちやうとて[欠損]名高くきこゆるてんこつしや(*天骨者)も侍しかば、ことにけう有あり。さるからなどは、むねの[欠損]ほどのことはなし。たつの日、せちゑなどはてゝ、[欠損]亂舞に御所も[欠損]仁壽殿へいらせおはしますに、右大將殿、御とも兩貫首〔あきかた/ちかより〕、てをつく[欠損]をみにて、ひかげのいとを[欠損]ろだいのはしらにむすびつけて、ときかねて、引かなぐりてまゐりたりし、[欠損]ことにきやうありてみえ侍しか。はてぬれば御[欠損]しも、ことにおもしろく侍き。ものゝまね、さる[欠損]中將・頭辨〔親頼〕・つねさだ・つねたゞ・これもと・たゞすけ、「あきつしまへながれこ。」と、次第をとりてはやし侍しに、むねまさ、竹になりて、ふして次第にながれくるまねして侍し、[欠損]く見え侍き。又おなじ人々、我君の代に[欠損]せごとあるに、ほうらいの山つきいださんと、[欠損]「一たびゐるちりの」といふうたをうたひて、「い[欠損]のつもりてか山となるらむ。」といふに、むねまさの[欠損]なりて、次第々々にたちあがりくして、つきいだしてはやさせて、うるはしくたちて、ちやうせいふしのくすりといふ[欠損]〔此間四行蟲損〕


135

もりにかゞみをすかせて侍しを、ひまなくとりかはしてみ侍しかば、「いとむつかし。」とありしに、このま[欠損]りは、ひとり(*火取)をふせごにすかしたるを、「これもような(*欠?)。」とて、辨内侍、

たきものゝ匂ひを袖にうつし[欠損]ぬかゞみのかげな惜みそ


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136

十七日(*建長四年正月)、女[欠損]して侍しに、ろくをことしらぬといふ[欠損]たりしかど、さま\〃/いはひごとも申[欠損]くて、辨内侍、

立なるゝ霞の袖につゝみても[欠損]色やあまらん


137

二月十四日、までの[欠損]どのゝもとより、とみのこうぢどのゝむめさ[欠損]につけて、

なべて世の色とぞ今は[欠損]雲ゐの春の梅がゝ
返し、
梅花なれし雲ゐのちかけ[欠損]なべての色とやはみる


138

北山殿より、[欠損]こしといふ心、ふりう(*風流)にしたる[欠損]むめのはな[欠損]いらせさせ給て、「このこゝろ歌によめ。」とおほせごとありしかば、辨内侍、

鶯のことゝふ宿のむめの花むかしを今にうつしてぞ見る


139

顯方の宰相中將、あづまへくだるとて、いとま申にまゐりて侍。[欠損]貫首にてちかくなれしなごりもなにと[欠損]るべし。[欠損]十九日、鳥もちて參て[欠損]はせにまゐるべきよし申さる。井[欠損]經忠・[欠損]惟基など、めん\/に鳥どももちて[欠損]せられけるに、顯方の白鳥ことにゆゝし[欠損]どもみなまけにけり。ひろ御所の北むきの御[欠損]れてぞ侍し。「いま一どまゐらむ。」と申されしが、[欠損]まゝにてぞくだりにし、御鳥屋の事、少將内侍、

たのめこしゆふつけ鳥はよそに[欠損]れにね社(*こそ)なかるれ
かへし、宮内卿、
あふ坂の關ぢの鳥に思ひ出[欠損]りのわかれ有とは


140

四月廿一日、御[欠損]なり。右大將どのまゐらせ給ふ。けらむのめ[欠損]たはてざりけるに、「けいこにてもまゐらせで。」とて、[欠損]殿ざまにて御えいばかりなほしてまゐり給て、[欠損][欠損]しやうは、くらのかうたかゆき、もちてまゐる。右大將どのは、てうきんの行幸にまゐりたりし、御びはをひき給ふ。そのほどのことゞもいとめでたくて、辨内侍、

よつのをのしらべはけふを始にて[欠損]ためしを引や傳へん


141

御てさりの[欠損]ゑども、こなたかなたよりまゐりたりし、[欠損]むかしの花山院の御繪、又圓融院[欠損]侍しに、左大將〔朝光〕・右大將〔成時〕、御幸に[欠損]を人々みたまひて、「ゆゝしかりける[欠損]ならひて、ことにしたがひけむ。いかにい[欠損]」おほせられしかば、「いまの大將〔さだまさ。きむすけ〕な[欠損]」とて、辨内侍、

咲ならふ昔の花の色[欠損]枝に匂はざらめや


142

土御門の宰相、[欠損]つまへかたりてのちまで、くろどのばん[欠損]る名はかはらずのこりて侍けるをみ[欠損]

雲のうへになのりすてゝや郭公[欠損]には思ひ立けむ
返し、辨内侍、
郭公雲のいづくにすぎぬらんなの[欠損]てたる跡を殘して


143

事わざしげき御まつりごとのあまりにや、この御所中のくみいれのかずを、みなかぞふべきよしをうけ給はりて、伊與内侍・はりま〔教説が妹〕など、安福殿あけさせてかぞへ侍しに、「つりどのゝくみいれのことにおほくて、いとゞつもりたる。」といふことにて侍。辨内侍、

みるまゝにいとゞつもりて釣殿[欠損]かずは限りしられず


144

五月雨し[欠損]つれ\〃/なるに、大ばん所に女房たちなに[欠損]て、大ばん(*台盤)のかみに、御物だな・たぎのばん(*弾碁盤)あ[欠損]さしも此たびの内裏ゆゝしくつく[欠損]のたくみ(*匠)のつくりたる、棚のゆがみて[欠損]みゆれば、辨内侍、

ひだ匠そのてづくりにあらねば[欠損]のすぐにしもなき


145

五月五日に、つ[欠損]女房たちに、しやうぶかぶと(*菖蒲兜)せさせ、花ども[欠損]あやめのかづらかけば、けしきほどに、かさ[欠損]大臣殿、御ゆどのゝうへより、御まゐりありし、[欠損]侍從内侍などはぎのとよりとほりて、二間[欠損]にせられしに、辨はすこしさがりて侍しほど、[欠損]頭中將みえしかば、清凉殿よりはみとほして、ひろ御所のきたむきの御鳥の一間に、日ぐらしこもりゐ[欠損]て、「人にやみえむ。」と、いとおそろしくて、辨内侍、

黒髪のあやめはなきを額なるかぶとは[欠損]と人やみる覽


146

五月廿日より最勝講也。[欠損]しつらひて、いまだ事どもはじまらぬほど、まづ御覽ぜさせおはします次に「女房たちに。」とて、をりなはせられしこそいときやう有[欠損]には、二位殿三位殿ならせ給。あさくゆ[欠損]かはる。四條の大納言もまじりて論議す。[欠損]をかしきことゞもおしへ給。「本[欠損]かうの[欠損]論議はかなふまじ。」とて、いつも讀師の[欠損]ほど、はなごどももちてまゐるが、げにいとおもし[欠損]ちやく座の公卿になりしかさまの女房[欠損]ぞつとめ侍し。日たけて奉行の職[欠損]僧どもゝやう\/まゐりて、夕座はいそぎ[欠損]なはれ侍しもをかしくて、辨内侍、

いそげたゞあさゞ夕ざもうち續き[欠損]がねといはなん


147

廿六日、菅三位〔なりしげ〕まゐりて、むかひの[欠損]文あり。すけやす・きむひろ・時つねなど候。そのみち[欠損]たる侍從内侍〔三位のむすめ〕・大藏卿〔同じイ〕などまゐりて候しに、おなじくいるべきよし、おほせありしかば、辨内侍、

敷嶋や大和も唐もふみみねばその道しらでいかゞまじらん
御文はてゝ[欠損]つねの御所へいらせおはしまして、菅三位かたり申けるからのことなど御物語はべりしを、およばぬ心ちにもいとを[欠損]侍しなかに、それがしとかや、ことにまつ[欠損]「となりのともし火のかげをたのみて、中[欠損]ちんにて、がくもんをしける。」といふ事を、[欠損]ましことにあはれにいみじくおぼ[欠損]
たのみけんその燈火ぞ哀なる[欠損]かべのあなたおもてに


148

さぬきといふ[欠損]いそぎて參るべきことありて、あさがれゐ[欠損]しに、殿の御參りありて、大ばん所[欠損]かなはで、ひもくれほどになりしかば、「[欠損]ゐゆふかれゐにぞなりにける。」といふも、[欠損]

ことはりにあさまつりごとしけ[欠損]さ社(*こそ)なるらめ


149

みな月のころ、ふり[欠損]へもちてまゐるとて、うちおとしてわらふ聲[欠損]「いづれのめすぞ。」と御たづね侍しに、「これはたそ。なに[欠損]るめすこそ。」といふに、ことによしあるけもなきが、おもひいれず、「しほのこうぢと申候。」といひたりし、いみじくしものく(*下の句)にきこえし、いとをかし。大納言すけどのゝ、「たれといふぞ。」とおほせらるゝに、すけよしこそ、「えこそかなふまじけれとまねびたりしめすぞ。」など申て、わ[欠損]

なのらずは人や咎めむおとに聞木のまろ殿にあらぬ物から


150

あさがれゐまゐりてのち、[欠損]けのおちたるを、までの小路の大納言殿、[欠損]かきてなかにとりおかれたる、「このそは[欠損]つけよ。」と、大納言三位どのおほせられしかば、

子を思よるの鶴にもあらな[欠損]かこのうちになく


151

神泉池なるへし[欠損]繼とりてまゐりたりしを、「かさねよ。」とお[欠損]辨内侍、

蓮葉の露のかず\/かさね[欠損]まぬ色もみるべき


152

夏のよの月[欠損]りしに、三條中納言〔きんやす〕・宰相中[欠損]、あさがれゐの御覽に候しほど、御所もい[欠損]して月御らんず。中納言はゐのつきてん[欠損]子にはつみたるやうにて、「なつなれど月はひかり[欠損]みえ、日は又あたゝかにみゆる。」など申侍しを、大納言二位どの、「れいのよしありていふにこそ。いかゞきく。」と侍しかば、辨内侍、

久かたの照日にあへどいかなれば霜とみゆらん夏のよの月


153

五月十三日、院御所の御[欠損]しに、事どもはてゝ、夜ふけて人々けふ(*きやう)[欠損]しをりしも、郭公の聲きこえ侍[欠損]ろくて、少將内侍、

折をえてさぞなのるらん郭公[欠損]たははるかなれ共
返し、辨内侍、
夜もすがら月みるどちの心あ[欠損]なのるほとゝぎす哉


154

七月七日、[欠損]人々かねてより申ちぎりて、あかつ[欠損]すがたみえぬほどに、などあらまし侍[欠損]。たれもねすぎてあけにしかば、清凉殿[欠損]たつゆもふみ侍らず。常の御所のせ〔なイ〕[欠損]りあらそひふみ侍しもおもしろく、[欠損]

道遠く分る草葉の心ちして[欠損]き庭の朝露


155

廿六日、攝政殿まゐらせ[欠損]の御連歌、おもしろかりしことなり。おほせられいだ[欠損]れむ歌、「ひとをりかゝせむ。」とて、發句はせさせおはします。兵衞督殿ぞかき給し。辨・少將たゞ三人なれば、いとしまず。なにとなく日くらし候はせ給し程に、[欠損]御いでのゝち、御拜せさせおはしゝかば、ゆふひのかげ、仁壽殿のかうしにきら\/とうつり、[欠損]けのこずゑうちなびき(*た)るほど、月のひかり[欠損]らずおぼえて、辨内侍、

くれ竹の夜のまの月やわす[欠損]ふ夕日かげ哉


156

八月十五夜、月[欠損]時はゐ(*常盤井)どのより、太政大臣、

池水にこよひの月をうつし[欠損]みるかひもなし
御返し、少〔將内侍〕、
とふ人は我ぞまたるゝ夜[欠損]まさりかげしなければ
また、
とひとはずみぎはを過て[欠損]の月の影をやどして


157

までの[欠損]しばしこもりゐんずるよし、申さ[欠損]「いとほし。」と聞えわたらむはせ給(*ママ)[欠損]いふさた侍しに、「さらば『いとほし。』といふ事、[欠損]かきてさうもんにたべ。」と侍しに、少將内侍、「[欠損]さばや。」とありしかども、心ばかりに[欠損]

心してしばしふるまへ笹蟹(*蜘蛛)のいとほしとこそ思ひよりぬれ
辨内侍、
夏引のいとほしといふ一節[欠損]計ともかけてしらばや


158

重代な[欠損]心ばかりは、歌このむ人侍しか[欠損]、少將内侍[欠損]とてときどきよみ侍しに、[欠損]吹田殿の御[欠損]まりや侍けん、おぼつかなき事[欠損]とかに、太政大臣殿おほせられなす。と[欠損]

和歌の浦に人のかきおく藻汐草[欠損]かたにぬるゝ袖哉
かへし、
くやしくぞたゞよふ浪のもなかまで[欠損]袖濡しけり


159

[欠損]て太政大臣殿より、

もみちばのわきてしぐるゝ[欠損]れの方とみてもしなゝむ
[欠損]
しぐれだによきて染ける[欠損]同じ深山と思ひける哉
辨内侍、
もみちばのこきも薄きもゆふし[欠損]の色とこそみれ


160

「女院の御かたより、いろ\/[欠損]をまゐらせさせ給たりし御返事申せ。」と、おほせごとありしに、少將内侍、

染盡すやしほの色を九重にみよ[欠損]深き紅葉なるらん
御返しはなくて、[欠損]夜のつぼねのみすに、きくの枝につけてさゝれたり。
九重にかさねてもみよ君が代に[欠損]すも白菊の花
又御返し、
こゝのへに猶幾千世をかさぬら[欠損]ときくにつけても
辨内侍、
九重にかさねてもなほしら[欠損]かもあかぬ也けり


161

九月十[欠損]御連歌侍しに、あめふりていとゞ[欠損]月ことにくまなかりしに、いゑ[欠損]の地下なるして、兵衞督殿[欠損]かくながめさせられける、

今更にそのよの空のつゝ[欠損]月のかげをみるにも
御返事、
誰もげにそのよの空はつ[欠損]もはれける月ぞと思へば
辨内侍、
はるゝよもくもるも同じうら[欠損]しともみす秋のよの月


162

十月十三日、[欠損]かはらけ給ぬれども、なほ大殿とてまゐらせ給[欠損]くて、辨内侍、

さもこそはかはらぬ色のたれ[欠損]ふ松ぞ猶(*と)きはなり


163

[欠損]院の御所より、なべてならず[欠損]を人々にたまはすとて、なども[欠損]きつけられて侍りしに、その名の[欠損]きて御返事に、申すべきよし、[欠損]〔御文たかゆきの卿〕はからひおほせられしかば、少[欠損]

いざしらず誰に心を[欠損]をぐしはさすかひもなし
[欠損]に辨内侍、[欠損]いくとせもおきてや[欠損]のをぐしのみ、かくひかり[欠損]いらせ給し[欠損]出御なりて御え[欠損]侍しに、女房たちみな、供奉人な[欠損]つとめ侍しこそいとをかしか[欠損]。大納言もまじりて、さま\〃/[欠損]おしへ[欠損]内藏頭[欠損]侍しに、[欠損][欠損]これほど[欠損]


(奥書)

私云。
此集、後深草院辨内侍歌多見之。仍號2彼集1。此辨内侍者、閑院冬嗣公一男中納言長良卿之末葉中務大輔信實息女也。〔辨内侍日記下云々。〕

右辨内侍日記以二本校合之。傍注以草書者原本所附蓋當時之爲也。楷書則今之所加以便覽者云。

※ 群書類従本には、(今便宜傍注草書無記号楷書加※記号)とあるが、ここでは区別していない。(入力者注)

(辨内侍日記

 建長1(1249)  建長2(1250)  建長3(1251)  建長4(1252)

【本文の仮名遣いの例】 えむ(縁)、けう・けふ(興)、ざうし(雑仕)、はへ(映)、まどを(間遠)、をのが(己が)、をくる(贈る)、おさまる、くちおし(口惜し)、ことはり、しちらひ(しちらい)、をく(置く)、おかし(をかし)、らむぶ(乱舞)、おり(折)、をそし(遅し)、てうきむ(朝覲)、れうとうけきす(龍頭鷁首)、なを、こむらう(軒廊)、をとづる(訪る)、あさがれゐ(朝餉)、をしいたし(押出し)、かほつえ(顔杖)、たうへ(田植)、くはむ首(貫首)、まいる(参る)、をよぶ(及ぶ)、めむめむ(面々)、をのづから、かくもむ(学問)、御らむ(御覽)、いとをし、さうもむ(証文)、
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