正岡子規 竹乃里歌全集
齋藤茂吉、古泉千樫 編
(アルス 1923.3.1)
※ 歌に通し番号を施した。〔原注〕、(*入力者注)
目次
明治30年
明治31年
明治32年
明治33年
明治34年
明治35年
竹の里歌全集目次
目次 終
(*歌に通し番号を施した。各句の間を1字空けてある。)
明治三十年
001
愚庵和尚より其庭になりたる柹なりとて十五ばかりおくられけるに
みほとけに そなへし柹の のこれるを 我にぞたびし 十まりいつつ
002
籠にもりて 柹おくり來ぬ ふるさとの 高尾の楓 色づきにけん
003
柹の實の あまきもありぬ 柹の實の しぶきもありぬ しぶきぞうまき
004
世の人は さかしらをすと 酒のみぬ あれは柹くひて 猿にかも似る
005
おろかちふ 庵のあるじの あれにたびし 柹のうまさの わすらえなくに
006
あまりうまさに 文書くことぞ 忘れつる 心あるごと な思ひ吾師
明治三十一年
百中十首 其一 (白露選)
007
およそ百ばかりの歌の中より十を選べと乞ひて同人の選びたる者この百中十首なり。歌の惡きは選者の罪にあらず善き歌無ければなり。見ん人必ず選者をな咎めたまひそ。
山ざとに 蠶飼ふなる 五畝の宅 麥はつくらず 桑を多く植う
008
垣の外に 猫の妻を呼ぶ 夜は更けて 上野の森に 月おぼろなり
009
十ばかり 椿のはなを つらぬきし 竹の小枝を 持ちてあそびつ
010
とばり垂れて 君いまだ覺めず くれなゐの 牡丹の花に 朝日さすなり
011
縁先に 玉卷く芭蕉 玉解けて 五尺のみどり 手水鉢を掩ふ
012
後夜の鐘 三笠の山に 月出でて 南大門前 雄鹿群れて行く
013
ゐのししは つひにかくれし 裾山の 尾花が上に 野分荒れに荒る
014
霜防ぐ 菜畑の葉竹 はや立てぬ 筑波嶺おろし 雁を吹く頃
015
紫の ゆるしの總を ほだしにて 老い行く鷹の 羽ばたきもせず
016
わが船は 大海原に 入りにけり へさきに近く いるか群れて飛ぶ
百中十首 その二 (徒然坊選)
017
月更くる しのぶが岡に 犬吠えて 櫻の影を 踏む人もなし
018
中垣の 境の桃は 散りにけり となりの娘 きのふとつぎぬ
019
飼ひおきし 籠の雀を 放ちやれば 連翹散りて 日落ちんとす
020
大原の 野を燒くをとこ 野を燒くと 雉子な燒きそ 野を燒く男
021
兒だちよ な取りそ檐の 雀の巣 雀子をおもふ 母は汝を思ふ
022
人も來ず 春行く庭の 水の上に こぼれてたまる やまぶきの花
023
とのゐ人 呼べど答へず 長き夜の ともし火ゆらぐ 物襲ふめり
024
夜一夜 荒れし野分の 朝凪ぎて 妹が引き起す 朝顔の垣
025
伊豫の國の 石槌の山の あら鷹も 君が御鳥屋に 老いにけるかな
026
金槐和歌集を讀む
こころみに 君の御歌を 吟ずれば 堪へずや鬼の 泣く聲聞ゆ
百中十首 其三 (某選)
027
里川の 流れにかけし 水ぐるま 汲みてはこぼす やまぶきの花
028
梅咲きぬ 鮎も上りぬ 早く來と 文書きておこす 多摩の里人
029
永き日を たゞ一すぢに つばくらめ 鎌倉までや 行き返るらん
030
冴えかへる 舟のかがり火 さ夜ふけて 大川尻に 白魚取るらん (*原文「白魚」ルビ「し〔1字欠〕うを」)
031
みやこ邊は 埃立ちさわぐ 橘の はな散る里に いざ行きて寢む
032
みやこべは 氷賣るなり 越路なる 白嶺の雪の 今か解くらし
033
うたきこえ 太鼓とどろく 薄月夜 となりの村は はや踊るらん
034
放ちやる 白斑の鷹は 見えなくに 鶴の毛まじり 散る吹雪かな
035
弘法を うづめし山に 風は吹けど とこしへに照らす 法のともし火
036
金州城外所見
もののふの 屍をさむる 人もなし すみれ花咲く 春の山陰
百中十首 其四 (碧梧桐選)
037
洛陽の 市に花賣る 翁にぞ むかしの春は 問ふべかりける
038
衣干す 庭にぞ來つる うぐひすの 紅梅に鳴かず 竹竿に鳴く
039
紅梅の 咲けども鎻す 片折戸 狂女住む宿と 聞くはまことか
040
古庭の 萩もすすきも 芽をふきぬ 病癒ゆべき 時は來にけり
041
みやこ人は いざとく歸れ 山櫻 木のくれしげに 盜人や出ん
042
あて人は 御喪にこもるか 先を追ふ 花見車を 見ることもなし
043
おも舵の 船は南に すすむらん 月は左に なりにけるかな
044
舵を絶えて 沖にただよふ 船の人の 死ぬとぞ思ふ 念佛高くいふ
045
嘴と足と 赤きといひし 業平の むかし思ほゆる 都鳥かな
046
乞食の子 汝にもの問はん 汝が父も 乞食か父の 父も乞食か
百中十首 其五 (虚子選)
047
榛の木に 鴉芽を嚙む 頃なれや 雲山を出でて 人畑を打つ
048
もののけの 出るてふ町の 古館 蝙蝠飛んで 人住まずけり
049
ほととぎす 鳴きて谷中や 過ぎぬらし 根岸の里に むら雨ぞふる
050
小鮒取る わらはべ去りて 門川の 河骨のはなに 目高群れつつ
051
峰越えて 樛多きがけの 岨道に 山別れする 鷹を見るかな
052
商人の 往きかふ市の 朝嵐 鷹手に据ゑて 過ぐるもののふ
053
夜をまもる 砦の篝 かげ冴えて 荒野の月に 胡人胡笳を吹く
054
狼の 來るといふ夜を とざしたる 山本村は 旅籠屋もなし
055
金州
城中の 千戸の杏 はな咲きて 關帝廟下 人市をなす
056
病中
我庭の 小草萠えいでぬ かぎりなき 天地いまや 緑するらし
百中十首 其六 (鳴雪選)
057
手習の 草紙干すなる 寺子屋の 庭の紅梅 花咲きにけり
058
をりをりは 不盡の嶺おろし 雪を吹きて 春まだ寒し 武藏野の原
059
高殿の 御簾たれこめて 春寒み 飛び來る蝶を 打つ人もなし
060
下野の 二荒の山は 紅葉して ところどころに 瀧ぞかかれる
061
枯芝に 霜置く庭の 薄月夜 音ばかりして 降るあられかな
062
賤が家の 小衾うすく 夢さめて 檐端の山に おほかみの啼く
063
豐葦原の 瑞穗の國と 天の神が のりたまひたる 國は此國
064
牛かひに いざこと問はん 此ほとりに 世をのがれたる 翁ありやと
065
病中
菅の根の 永き春日を 端居して 花無き庭を ながめくらしつ
066
露國に行く人に
おろしやの 鷲の巣多き 山越えて いづくに君は 行かんとすらん
百中十首 其七 (墨水選)
067
紅梅の 咲く門とこそ 聞きて來し 根岸の里に 人尋ねわびつ
068
縁日の 市に買ひ得し 早咲きの 鉢うゑ櫻 散りぬ歌無し
069
大臣の さくらの宴や はてつらん 霞が關を 馬車歸るなり
070
丁と打てば 丁と打つ槌 音冴えて 鍛冶屋の梅の 眞白に散る
071
頭痛する 春のゆふべの 醉ひ心 そぞろありきして 傾城を見る
072
紅粉を流し おしろいを注ぐ 三千の 面影もあらず 只麥の月
073
亡き親の 來るとばかりを 庭の石に ひとりひざまづき 麻のからを焚く
074
蒲殿が はてにしあとを 弔へば 秋かぜ強し 修善寺の村 (*原文ルビ「しきぜんじ」。「蒲殿」〔かばどの、か。〕は蒲冠者源範頼。)
075
百年の 命にかふる ねぎごとを あはれきこしめせ 八百萬の神
076
金州戰後
官人の 驢馬に鞭うつ かげもなし 金州城外 柳々
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