たはれぐさ 中
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一 塞翁が馬のたとへは、得るといへるうちに失ふ事あり、失ふといへるうちに得る事あれば、得るも喜びとするに足らず、失ふも憂へとするに足らざる事をいへり。善惡といへるも、それにひとしく、秦の長城を築けるは、惡政の第一なれど、萬世の防ぎとなるを見れば、惡しきうちに善き事あり。參耆(*人参と黄耆)ほどなる良藥はなけれど、補ふまじき疾を補ひ、人の命を誤るは、善きうちに惡しき事あるなり。忠といひ孝といへるほど尊き徳はなけれど、鬻拳が兵をもていさめ、郭巨が子をうづめんとせしは忠孝のうちに惡しき事あるなり。物事かくとしりてよく戒め愼むは聖の教、物事かくとしりて成次第にするは道家のをしへ〔老莊の道〕なるべし。
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一 世の亂れたる時は、勇猛なる人こそ寶なれとおぼゆ。私の怨をもて人を殺し、その處を立退きなどするは、まことに大なる罪人なれど、これは試みの人なりとて、何れの國にも、かくまひおかずといふ事なし。それがし幼き時までは、亂後の餘風除きやらず、かゝる事たまさかにはありし。
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一 「父母の讐には、ともに天下をともにせず。」といへるも、周の季世、世の中亂國となり、この國の號令、かの國に及ばず、凶を入れ叛を招くの風儀はやりたる時の事なるべし。今の時は、まことに八洲の外まで靡かぬ草木もなく、めでたき一統の御代なれば、人の親を殺せしものあらば、いかにもして尋ね出し、其罪を糺し給ふべきに、その子に任せおかれ、生殺の權を下にかし給ふはいかなるゆゑにや。
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一 主を殺せる奴あれば、咎なき親・兄まで、罪に行はるるはいたまし。
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一 年滿たずして死にたるは、一かど功ありし人の後もなくなり、其しもなるものの、父母妻子ひきつれ、泣きかなしみ、流浪するありさま、いたましといふべし。
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一 喧嘩兩成敗といふ事、昏墨賊はころすといへる、春秋傳のおもむきにて、當然なりといふ事、あきらかなるにや。
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一 公の寶物のあづかりて私するは、其罪盜人におなじ。■(貝偏+藏:::大漢和36990)吏〔不正なることをする官吏〕は棄市〔斬罪の屍を市にさらす刑〕すといへる、宋祖の法にかなへり。
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一 姦夫淫婦死刑に行はるるは、此國の法まされりといふべし。およそ亂國には重典をもちひ、治國には輕典を用ふといへる事もあれば、法をもちふる事は、時代と國の勢とをかんがへ、斟酌するをよしとす。
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一 此國に律の書おこなはれざるを闕典なりといへる人おほし。されどケ析〔春秋時代鄭國の人。子産も同國人。〕が刑書を鑄たるを、否なりといへるを見れば、律の書なきもまされるにや。此意は唐の刑法志にも論ぜり。
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