ニュースな史点2020年11月19日
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※またまた各種事情で更新が滞り、一か月以上ぶりの「史点」になってしまいました。よって少々古いネタも交じってます。
◆今週の記事
◆大勲位は二度死ぬ
いささか間が開いてしまったが、 先日ショーン=コネリーが90歳で亡くなった。なんだかんだ言っても「初代007」がほぼ全ての訃報の見出しにされていたが、007降板後いばらくパッとしなかったが、適度に老けてヒゲ面にしたころから次々と良い役がついて「大御所」になっていった、というイメージだ。
スコットランド出身の彼はその地の訛りが強く、これが「007」原作の方にも反映されて「ボンドはスコットランド出身」が公式設定になった、という経緯もある。スコットランド独立運動家という側面もあり、スコットランド首相が彼を愛国者と称える追悼コメントを出していた。「独立したスコットランドになら帰る」という発言もしていて結局実現しなかったが、イギリスのEU離脱確定を受けてスコットランドの独立機運はまた高まってるんだよな。
ま、そんなわけで今回はコネリー追悼企画として全タイトルを「007」シリーズパロディで統一してみた。コネリー主演作品だけに統一するのはさすがに無理で…
今回のタイトルパロディ企画を思いついたのは、この「二度死ぬ」が中曽根康弘元首相葬儀ネタにひっかけられると思ったからだ。
中曽根康弘元首相が101歳という長命で亡くなったのは昨年の11月29日のことで、当「史点」でもずいぶん遅れて話題に取り上げている。その中曽根元首相の内閣・自民党合同葬が今年の10月17日になって催された。死去から一年近く経とうという時期の異例の「葬儀」だが、もちろんこれはもっと早く、今年の2月に行われる予定だったものが新型コロナ禍のために延び延びになったもの。
その死からあまりに間を置いた「葬儀」に、僕は古代日本で行われていた「殯(もがり)」を連想してしまった。古代において皇族や貴族など身分の高い人は死後に棺に納められたまま数か月から一年(中国の「隋書」では倭国では三年の殯をする、とも伝えている)安置してから埋葬するという習慣だ。もちろんその間に遺体は腐敗してゆくので視覚・嗅覚的に大変なことになってしまうのだが…こうした習慣とは別に、中国の春秋時代の名君・斉の桓公が死後しばらく放置されてそういうことになっちゃった、という例もあったな。
当然だが中曽根家ではとうの昔に葬儀を済ませているので遺体保存の心配は全然なかっただろうが、コロナ禍のためとはいえ、こんなに遅くに巨額の費用をかけて盛大な合同葬が行われるというのも変な感じではある。ま、しょせん葬式は死者のために見せかけて実は生者のために行われるもの。中曽根さんは長生きもしたし、総理在任中に今につながる「新自由主義」の流れを作ったこと、さらには憲法改正をライフワークとして最後まで執念を見せていたことでその息のかかった政治家が少なくなかったことなどがあり、当人が生きて果たせなかった改憲への勢いをつけたいという生者たちの意図もあるだろう。あるいは生きて宿願を果たせなかった中曽根さんが怨霊になっては困ると盛大に弔ってるという見方もあるかな(笑)。
さてそんな中曽根さんの内閣・自民党合同葬だが、この葬儀中に官公庁や裁判所、国公立大など教育機関に対して「弔意」や「黙祷」を求める通達が出されるという、正直気味の悪くなる「事件」があった。その通達の内容をネットで見たが、あくまで「要請」としながらも弔旗の掲げ方などえらく具体的に説明していて、受け取った方はほぼ「命令」ととりそうなものだった。特に問題とされたのは大学など教育機関にこのお達しが出されたことで、折からの学術会議任命拒否問題とあいまって「大学の自由、教育の不偏不党を侵すものでは」と疑問の声があがりもした。報道によると大阪府の教育委員会は明確に問題視して通知を止めたというが、国立大学の半数くらいは半旗を出すなど一応の弔意は示しつつ、黙祷までやったところはなかったらしい。この日は土曜日で学生たちは来ないのであくまで事務職員たちがどうするかという話になったのだが、これが平日だったらどういうことになっていただろう。
僕は体験してるのだが、総理大臣が現役もしくはそれと同等の状況で亡くなった場合、学校で生徒たちが黙祷をするという例はある。戦後の日本の首相で現役のまま亡くなったのは1980年に亡くなった大平正芳が唯一の例で、この時も内閣・自民党合同葬となり、学校で一斉黙祷をやらされた記憶がある。厳密には現役の死ではなかったがほとんどそう言ってもいい2000年の小渕恵三元首相の死の際も同様のことが行われたと聞いている。
こうした現役首相の死の場合とか、国葬の場合(吉田茂の例あり。大平も検討はされたらしい)ならそれもありかとは思うのだが、今回の中曽根さんのケースは現役首相だったのは30年以上前のこと、長寿で最後まで元気ではあったが国会議員としては十年以上も前に引退していた人なのだから、ここまでの扱いにするというのはかなり違和感はあった。
その葬儀の映像もちょこっと見たが、こういう時はそうするのが通例とはいえ、中曽根さんがもらったたくさんの勲章を祭壇にズラリと並べているのが、警察が報道向けに盗品を並べているみたいで、正直なところ滑稽にも感じてしまい…
実は「二度死ぬ」ネタでは他に「大阪都構想は二度死ぬ」という案もあったんだけどね(笑)。あれもそのうち「ネバ―セイ・ネバーアゲイン」(二度とないなんて言わないで)とか言って三度目の住民投票やったりしないだろうか。そもそも前回の結果の直後の関係者コメントからは再チャレンジがあるとは正直思ってなかったもんなぁ。
◆涙目の欧州
「北マケドニア」はかつてユーゴスラビア連邦の一国「マケドニア」だったものがユーゴ崩壊の流れで独立国となったものだが、南隣のギリシャが「マケドニアと名乗ることは許さん!」と言ってきて長らく国名問題でモメ、NATOやEU入りを妨害されてきた経緯がある。この件については最近になって国名を「北マケドニア」にすることで決着がついたのだが、今度は東隣のブルガリアが強硬に口をはさんできた。
なんと、「マケドニア語はブルガリア語の一方言と認めないとEU入りさせんぞ!」と主張しているのだ!
古代のアレクサンドロス大王のいたマケドニアはギリシャ系の民族だったが、現在のマケドニアにいるマケドニア人たちはスラブ系の民族だ。ブルガリアはその国名の由来はアジア系のブルガール人だが現在のブルガリア人はスラブ系の民族なので、そりゃ言葉が近いのは当然だろうと思うのだが、ブルガリアの主張はそういうレベルではなく、あくまでマケドニア語を「ブルガリア語の方言」とみなす、というものなのだ。
詳しいことは知らないが、同じスラブ語族の中にあってもマケドニア語とブルガリア語がかなりの近縁関係にあるのは確からしい。ただ、そのことをどう評価するかはマケドニアとブルガリアでだいぶ異なる。ブルガリアがマケドニア語に対してそう見なすようになったのはいつからなのか分からないが、どうも20世紀初頭には定着していたらしい。そしてそれはブルガリアのマケドニアに対する領土的野心と結びついていたと思しい。
バルカン半島の諸国は19世紀までオスマン帝国の支配下にあり、そこから民族主義が勃興して独立を達成していったが、今度は独立した国どうして領土的野心をぶつけあうようになる。第一次世界大戦の前哨戦とされる「第一次・第二次バルカン戦争」がそれで、このとき、特に第二次の際にブルガリアはマケドニアを一時占領したもののセルビアやギリシャに反撃され失った経緯がある。ちゃんと確認したわけではないが、この時点でブルガリアでは「マケドニアは本来ブルガリアの一部」という言語を根拠にした意識があったのだろう。
そして時は流れに流れ、ユーゴスラヴィア崩壊によりマケドニアが独立すると、まっさきにそれを承認したのがやはりブルガリアだった。ユーゴスラヴィアは事実上セルビアの後継国家なので、そこからマケドニアが独立したことはブルガリアにとっては「同胞の独立」みたいな気分だったのかもしれない。マケドニアとしては承認してくれることはありがたかったが、ブルガリアから一方的に「ブルガリア方言の国」と同胞扱いされるのは迷惑でもあったはず。
ギリシャが「マケドニア」の国名問題でもめていた背景にも、領土問題に飛び火する懸念を抱いていたから、という話も聞く。単に「マケドニア」と言っても現在の北マケドニアより広い範囲、ギリシャ領北部まで広がってしまうので、単純に「マケドニア」と名乗られるとそっちの方まで領土主張されかねない、という懸念だ。そしてそれはマケドニアに対する警戒だけでなく、ブルガリアに対する警戒も多分にあったんじゃないかと。
ギリシャとマケドニアが国名問題でもめているのと並行して、ブルガリアとマケドニアはこの「方言問題」をめぐって歴史学者らによる交渉が続けられていたという。しかし決着はつかず、一年以上会議は開かれないまま。そしてギリシャと話をつけた北マケドニアがNATO加盟を果たし、EU入りの交渉を開始すると、ここぞとばかりブルガリアが強硬姿勢に出てきたわけだ。こっちから見るとどうでもいい話にも思えてしまうが、ブルガリアとしては絶対に譲れない「歴史問題」ということなのだ。
僕はこのニュースを10月中に聞いたが、その報道ではEUと西バルカン諸国の会議が行われる11月10日までには両国で決着をつける予定、となっていたのだが、この記事を書いてる時点で調べた限りではまだ話はついておらず、ブルガリアはあくまで北マケドニアのEU入りを阻止する構えだという。とりあえずEUに入れてあげて、歴史問題はおいおいやれば、と思ってしまうのだが、どうもブルガリア国内でも強硬論が強く、ブルガリア政府としてもどうしても譲れない、ということのようだ。
日本の話で例えて言うなら、仮の話だが沖縄(琉球)が今も独立国で、その言葉は「日本語の一方言」とみなせるかみなせないか、というような話だろうか。沖縄語は確かに文法的には日本語の方言とみなすことはできるが、そのくらいの差異で別の民族や国家をつくってしまう例は世界で結構ある。文法のことを言ったら、戦前には朝鮮語をその文法の類似(習えば分かるが実際驚くほど似ている)から「日本語の一方言」とみなして植民地支配の根拠にする動きもあった。
そういう例も考えると、ブルガリアの「方言」主張はかなりアブない野心をひそませているようにしか見えないのだが…まだまだバルカンはヨーロッパの火薬庫なのか。
◆消されたナンセンス
邦題「消されたライセンス」のほうをパロったが、原題「Lisence to Kill(殺しのライセンス)」をパロッて「Nonsense to Kill(殺しのナンセンス)」とした方が内容的にはあってるんだよな。
「沈没する船から海に飛び込ませるにはどう呼びかけるか」という国民性ジョークがあり、イギリス人には「紳士なら飛び込め」、ドイツ人には「規則だから飛び込め」、アメリカ人には「英雄になりたければ飛び込め」、日本人には「皆さん飛び込んでますよ」と呼びかける、というやつで、フランス人には「飛び込まないでください」ということになっている。かくもフランス人というのはへそ曲がり、かつ上から命令されるのを嫌う傾向があると言われ、また深刻化してきた新型コロナ対策についても抵抗する人が少なくない、という話も聞く。
そして今、フランスは新型コロナと同時にイスラム教徒との対立問題も抱えている。これが以前にも騒ぎになった「風刺漫画」がきっかけになっていて、「やるな」と言われるとますますやってしまうフランス的な気分をそこに感じなくもない。
フランスの風刺画雑誌「シャルリエブド」がまたぞろイスラム預言者ムハンマドの風刺画を掲載した。またしてもイスラム教徒の大ヒンシュクを買い、騒ぎが大きくなっている。この問題、前の騒ぎの時も僕自身考えをまとめるのが難しいと感じたもので、「表現の自由」という原則も確かにそうだと思いつつ、その表現によって非常に気分を害する人が出て、その主張もまた理解はできる。といって「俺の気持ちを害するとはけしからん」と暴力的な行為もともなってその表現自体を潰しに来るのも正直問題だと思う。ことが一方の信仰に深くかかわるだけにそう簡単に解けない問題で、そうなることがわかっていてまたムハンマド風刺画をやってしまうシャルリエブにはわざわざ挑発的なことをせんでも…とも思う。こういうところもフランス的かなと。
先月、この風刺画を、ある歴史の教師が授業で生徒に見せ、それを理由にイスラム教徒に惨殺されるという事件が起きてフランス全土に衝撃を与えた。報道で知る限りではこの教師は別にムハンマドやイスラムをおとしめるような意図はなかったらしく、授業の前にイスラム教徒の生徒に「見たくなければ授業に出なくていい」と言い渡す配慮もしていたという。ただその「配慮」がかえってあだとなり、生徒経由で情報がイスラム過激派に伝わってしまった、ということのようだ。
この事件にはフランス全土で抗議デモが起こり、マクロン大統領もあくまで表現の自由を守ることを表明、たとえ神を冒涜するような表現でも守られるという法律を破棄したりはしない、と発言した。その発言自体はフランスの歴史をかえりみてもまっとうなものだとは思うのだが、これがイスラム諸国では「冒涜を擁護した」ととられてかえって反発に火をつけ、トルコのエルドアン大統領などは「マクロンは精神異常」と発言、フランス側が怒って大使を召喚するなんてことも起きた。まぁトルコとフランスはアルメニア問題をめぐっても対立している最中だったし。
さすがにマクロンさんも事態収拾をしなくちゃと考え、「風刺画が書き立てた感情は理解するし尊重する」といった発言でフォローにもかかっているが、フランスだけでなくオーストリアのウィーン、さらにはサウジアラビアでもこの件を理由としたテロが起こっているし、さすがにテロはいかんということでフランス製品の不買運動がイスラム諸国で広がったりはしている。
「史点」でも何度か書いてきたが、フランスはこれまでにもイスラム諸国から目の敵にされるケースが多かった。フランス人にだって宗教・人種・民族の差別意識はもちろんあって、それも原因になることはあるのだが、その一方で建前としてどの宗教も特別扱いしない、政教分離、といった原則から公共の場でのイスラム教徒の服装などに制限をかけてきた(これはキリスト教、ユダヤ教にも扱いは同じ)。しかしそのことがイスラム教徒たちからすると自分たちへの迫害ととられ、フランスに対するイメージはかなり悪くなっていた。
今回の事件が起こる前、9月の段階でマクロン政権は「反分離主義者法案」なるものを検討し始めていた。順調にいって来年成立とのことだが、ここでいう「分離主義者」とはフランス国内にあって「フランス的でない」ことをする連中、という意味合いで、実質的にイスラム過激派の取り締まりを目的としていると言われている。イスラム教に限らず、フランスの人権意識、信教の自由や男女平等などに反するような宗教団体には補助金を出さないとか、イスラム教徒やロマが女性の結婚に際して利用する「処女証明書」の発行禁止といった事項も含まれているそうで、今度の事件の前から議論は呼んでいた。
実際にテロが起きてしまうと、やっぱりこうした法律は必要だ、という話になってさらなる悪循環にならなきゃいいんだが…
近年、シリアや北アフリカからイスラム教徒の難民がヨーロッパに押し寄せているが、フランスはやはり敬遠されているっぽい。彼らの多くはイギリスへの入国を目指し、フランスはその通過点としか考えず、英仏海峡のフランス側に難民キャンプ状態になっているのがその表れ。近頃では仲介業者がいるらしくボートで海峡を越えてイギリス入りしようとする人が後を絶たず、これにはイギリスも閉口して海に「壁」を作ろうとか、不法入国者をナポレオンみたいにセントヘレナ島に収容するかとか、そんな話も出ているそうで。イギリスのEU離脱の原因のひとつとも見えるこの難民殺到だが、EU離脱が目前のことになってきてますます加速しそうな…
◆ダイトウリョーはバイデンに
元ネタは「ダイヤモンドは永遠に」だが、トランプ大統領が再選されていたら使えなかったな(笑)。
アメリカ大統領選の投票が行われたのは11月3日のこと。この文章を書いているのはそれから二週間ほど過ぎた段階で、一応すべての州の勝敗が確定、終わってみれば選挙人人数で大差をつけて民主党のバイデン候補(前副大統領)が次期大統領に決まった…ということなのだが、現時点でもトランプ現大統領は敗北宣言を出しておらず、形の上では大統領選挙はまだ終わっていない。トランプ大統領は「選挙に不正があった」と根拠もなく主張して各地で裁判を起こし、とことんまで負けを認めず抵抗するつもりのようだ。
だけど日本も含めて世界の主要国の多くがバイデン氏を「次期大統領」と認めて祝意を送ったり電話会談していて、既成事実はどんどん固められている。ここから話をひっくり返せるとは普通は思えないし、仮にもし「トランプ続投」のまさかが起きたら、アメリカの国際的信用、民主主義国家のリーダーとしての信用は地に墜ちてしまうだろう。
終わってみれば下馬評どおり…ではあるんだけど、やっぱり思いのほかトランプへの票は多かった。本人も言ってるように「現職大統領最多得票」なのは事実。もちろんバイデンさんに入った票はそれより数百万票多い史上最多得票なのだが。両方合わせてとんでもなく投票率の高い大統領選挙だったわけだ。
そこまで盛り上がってしまったのも、やはりトランプ大統領という、歴代でも異例づくめの大統領を再選するのか引きずりおろすのか、がアメリカにとって大問題になったからだ。特に今年は新型コロナの問題もあり(一日に十万人感染とかとんでもないことになってる)、はたまた「黒人の命も大事」運動の拡大もあり、盛り上がる要素に事欠かない状況にあった。そしてつまるところ、この選挙はトランプVSバイデンではなく、トランプVSそれ以外の選択イベントになってしまっていた。
思えば四年前の2016年、トランプの大統領当選はかなりの衝撃だった。「メキシコとの国境に壁を建設、その費用はメキシコに払わせる」などキワモノ公約で目を引いた、一見泡沫っぽいタレント候補であったトランプ氏(僕も含め日本ではなじみがなかったが、アメリカではTVや映画に顔を出す有名富豪だった)が、あれよあれよという間に共和党候補になってしまった。これだけでも当時は驚きで、あるジャーナリストが「トランプが候補になったら罰ゲームをしてやる」と公約してしまい、実行する羽目になったこともあった。候補になるだけでもビックリだったのに、知名度もキャリアもあるヒラリー=クリントン候補を破って大統領に当選したのには世界中がひっくり返った。まぁこの時も総得票ではヒラリーさんの方が多かったが、州ごとに勝敗を決めて選挙人の数を競うという「連邦国家」アメリカの独特のシステムのためにこトランプに勝利が転がり込んだ、というパターンだったのだが。
トランプなんてトンデモ候補が大統領になっちゃったら、いろいろヤバいことになるんじゃないか、という見方は結構あった。特に外交面で強硬に出る可能性ありとして「あんなのに核のボタンを持たせちゃ危険」という声もあった。また、トランプさんが主張する「米国一国主義」な経済政策が株価暴落とか不況をもたらすのでは、という警戒感もあった。
だが彼の当選を予測できなかったのと同様に、これらの懸念は思いのほか当たらなかった。経済に貸しては暴落が起きなかったどころか株価は基本的には好調だった。また外交面ではここ最近の大統領の中では軍事的強硬策はあまり見られず、あれだけ罵りあっていた北朝鮮とあっさり首脳会談したり、板門店の軍事境界線をヒョイと超えちゃったりと、これまた思いのほか「平和路線」だったと言える。誰だか評論家が言ってたが、トランプ政権で唯一ほめていい点かもしれない。
とはいえ、トランプ政権はやはり総じてメチャクチャだったと思う。移民規制やら関税大作戦やらで「アメリカをもう一度偉大な国に」と夢見たけど、結局関税高くしたことで相手に多少の打撃を与えたかもしれないが、今さらアメリカ産業構造がもとに戻れるはずもなく、製造業の状況をかえって悪化させた。移民の規制にしてもアメリカの繁栄がその移民に支えられてるのが実態なわけで、これだって元に戻せないどころかかえって世界のヒンシュクも買った。
外交面では地球温暖化防止のパリ協定やTPP、ユネスコやWHOといった国連機関、あるいはイラン核合意などオバマ政権時代に決めた国際的約束を次々とひっくり返し、アメリカという国の国際的信用を損ねた(まぁブッシュ政権時にもあったことですでに信用されてないが)。また歴代政権がさすがに踏み込まなかった、エルサレムをイスラエルの「首都」と公式に認めてイスラエルからは激賞され通りに名前がつけられた一方で、パレスチナ側の強烈な恨みも買った。イスラエルがらみでぇあ前回も触れたようにアラブ諸国との国交成立を仲介しているのだけど、それらも「選挙対策」な感が否めないところもあった。
トランプ大統領最大の特徴は、本人からの情報発信、それもかなり乱暴かつ品位を欠いたものであった、という点だろう。大統領自身のツイッター発信はオバマ前大統領から始まっていたが、トランプさんの場合は発信前にチェックする人がいなかったとしか思えない内容で、それは当人の本音には違いないが大統領がそれを言っちゃあ、とというレベルのもが目についた。そういうキャラだと大統領になる前から分かっていたことでもあり、それに眉をしかめる者もいればそれを「型破り」ととらえて支持する人も多かった。当人は高齢ながら、現代のネット時代らしい(どっちかといえば悪い意味で)大統領であったといえる。
自らの情報発信と同時に、既存のマスメディアとの対立も目立った。当選・就任の直後からCNNなどが流す自分には面白くない報道を「フェイクニュース」と根拠もなく批判し、記者会見で露骨に敵視したマスコミを排除したり、いろいろ異例のことをやった。右派メディアとして知られるFOXニュースは味方と思っていたらしいが、今度の選挙では「正確」な速報をしたため、激怒したトランプさん、「あれをなんとかしろ」と電話でわめいていたとの報道もある。もちろんトランプさんはこの手の話を「フェイク」と切り捨てるだろうが。
マスコミだけではない。歴代政権では例のないほどに閣僚や補佐官の更迭が多い政権で、「身内」の中でも意見が対立すると即座に切り捨てる、というパターンが繰り返された。しまいにはイエスマンだけになったと言われていたが、大統領選挙の勝敗が見えたころにエスパー国防長官を突然解任する、ということをまたやらかした。なんてことを書いていたら、さらに「選挙不正」を全否定したサイバーセキュリティ長官を解任なんてニュースも飛び込んできた。ほんとに「どくさいスイッチ」状態である。
一時官僚らによりトランプ失脚工作が図られたと言われているし、成立しなかったとはいえ議会から弾劾されかかった大統領でもあった。そもそも当選した際にロシアが介入したのでは、という疑惑は今もくすぶっていて、そのためなのかどうなのか、ロシアは現時点でも公式にはバイデンさんに祝意を示していない。
それにしても、就任から大してたたないうちに発表された、歴史家らによる歴代大統領評価ランキングでぶっちぎりのビリにランクされたトランプさん、これで終われば確実に「史上最低大統領」の地位を当分のあいだ確保することになりそう。敗北を認めず、とことんまで往生際の悪さをさらしたことでも歴史に残りそう。一時冗談のように言われていたが、トランプさん、ホントに次期大統領就任でもホワイトハウスに居座って軍隊なりなんなりに「エスコート」されることになるかもしれない。それはそれで見てみたい気はするが。
それでもこんなトランプさんに一部には熱狂的な支持者がいたというのも事実で、やはり多くの票を集めてしまったというのは、今後もこの手のビックリするような大統領が出てくる可能性はあるんだろう。ブッシュジュニア大統領のときに「こんなのが大統領」と驚いたものだが、その後「下には下がある」と思い知らされただけに、さらなる「下」が出てくる可能性はあると思っておいた方がいいか。
最後に、今度の大統領選での珍現象として、僕は日本国内での一部保守人士、あるいはネトウヨ業界の異常なまでのトランプ推しを挙げておきたい。それ以前からそんなにトランプ好きではなかったような気がする人たちが、選挙戦のヒートアップとともに熱狂化、ヤフーコメントやツイッターで「バイデン優勢と報じるメディアは誤り、トランプ必勝だ!」と燃え上がっていた。その言動を見てるといわゆる「既存メディア」への敵意が激しく感じられ、そのメディアが読み誤った前回の大統領選の夢を再び、という気分なのかな、と思えた。
そして開票が進み、一時トランプ優勢のような雰囲気(当時でも郵送票を開けばひっくりかえると予想してた人はそれなりにいた)になると彼らは「トランプ勝利」と大ハシャギ。某ジャーナリストなんざ「地球が救われた」とつぶやく始末(笑)。ところが一夜にして状況がひっくり返ってしまったことで彼らは暴走、バイデン勝利と見て祝意を送ったり電話会談したりした自国の総理大臣を「時期尚早!」「トランプが起こるぞ!」はては「中国の手先」呼ばわりまでする事態に。トランプ大統領が「不正投票」陰謀論をぶち上げるとそれを完全に真に受け、次々出てくるデマ情報を必死に拡散、あくまでトランプ勝利とする盲信書き込みを大量に行っていた。
僕はヤフコメでそれらを見て首をかしげていたのだが、自民党の甘利明議員がトランプさんに敗北宣言を勧めるつぶやきをした途端、数千もの批判レスがついて炎上状態になったのも目撃、アメリカ国民のトランプ信者なら分かるが、なぜ日本人でそこまでするのか実に理解に苦しむ光景だったのだが、僕は彼らの言動に、ブラジル日系移民が日本の対米戦勝利を盲信してしまった「勝ち組」の例を思い浮かべていた。ブラジル勝ち組の場合は情報が全然入らなかったためにそうなった、ということもあるんだけど、「トランプ勝ち組」の場合は不都合な報道は「フェイク」と断じ、好都合なデマはあっさり信じるという、ネット時代ならではの情報リテラシーっぷりがよく現れている。そしてそうした姿勢こそ、まさにトランプ大統領が自ら体現していた、あるいは利用していたわけだ。
この文を書き終える時点でちょっと調べたけど、さすがにこれら「トランプ勝ち組」たちもぼちぼち脱落組が出てきて勢いを失ってきている感じもある。アメリカでもトランプ信者が大行進やったりしてたようだけど、懸念されたような大暴走は起こさない感じもあって、どうもあちらでもさすがにあきらめて脱落してきた人が多いんじゃなかろうか。
トランプさん、あくまで自分が「正統の大統領」だと言い張るのなら、いっそ日本の後醍醐天皇の例にならってロッキーの山奥にでも「正統政府」を作るといいんじゃないですかね。案外ついてくる「国民」もそこそこいるかもしれない。日本から駆けつけても「移民」として排除されすだが(笑)。
2020/11/19の記事
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