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―ぼくが、わたしが、みんなが読んだ―

南洋一郎
「怪盗ルパン全集」
の部屋
―第1室―

少々長い<はじめに>

 日本における「怪盗ルパン」のスタンダード、といえばこれ――と言っても過言ではないでしょう。「子ども時代にルパンを夢中で読んだ」という日本人の多くが、南洋一郎による『怪盗ルパン全集』(ポプラ社刊)でルパンに触れています。とくにこの全集、小学校や公立の図書館の児童書コーナーではほぼ確実に全巻セットで揃えられており、同社の「少年探偵団」シリーズとともにミステリ入門期の少年たちの心をわしづかみにし、シリーズ読破をうながしていたものです。巻末のシリーズリストに勝手に○や×の「読破」マークがつけられているのを見た覚えのある方も多いはず(良い子はマネしちゃいけません(笑))

 本来日本における「ルパン」は大正〜昭和前期にかけて保篠龍緒訳が定番だったのですが、1950年代に翻訳権が改めて設定され、各種の訳本が出るようになりました。その中で児童向け部門をになったのがこの南洋一郎版です。1958年から1961年にかけていったん全15巻で刊行された南版全集は少年読者の熱烈な支持を受け、1971年から1980年にかけてシリーズ全てを網羅(ボワロ=ナルスジャック作の新シリーズも含む)した全30巻が刊行されました。1999年に内容を再編集した「シリーズ怪盗ルパン」に引き継ぐまで、およそ40年にわたる大ロングセラーとなった南版「怪盗ルパン全集」は、大人向けもふくめて他の訳本の存在をまったく知らない人も出るほど「ルパン」のスタンダードの地位を獲得したのです。
 2005年にアルセーヌ・ルパン誕生百年を記念して映画が公開されたり、ドラマシリーズのDVDが出たりといろいろ動きがありましたが、関連商品として全面に押し出されたのはやっぱり南版でした。朝日新聞の名物コラム「天声人語」がルパン百年と日本人のルパン愛をテーマにした際、その功労者として南洋一郎のことしか書かなかったことも象徴的です。ネット上で映画「ルパン」について「南洋一郎の原作どおりやってほしい」と不満を述べた感想文を目撃したこともありました。

 南洋一郎(本名:池田宜政、1893-1980)は、もともと児童向けの感動実話や偉人伝、秘境冒険ものなどを得意とした作家です。その彼の手になる「怪盗ルパン全集」を、「南洋一郎の訳」と思っている人が多いのですが、よく見れば表紙には常原作ルブラン 南洋一郎」と名前だけが大きく表記されており「訳」とはどこにも書いてないのです(現在刊行の新版では「南洋一郎 文」となってます)。巻末の全巻リストの上にも「少年少女のために新しく書きあらためた決定版です」とあり、これが「翻訳」ではなく「児童向けリライト」であることは明記されています。

 南版「怪盗ルパン全集」の特徴を挙げると、以下のようになります。

 ●原文で枝葉と思えるところはどんどんカットし、展開をスピーディーにする。
 ●会話だけでストーリーが展開する部分が多い。
 ●子どもの読者に配慮して話の展開を途中で登場人物に整理して語らせる。
 ●毎度のようにあるルパンの恋愛話はほぼ全てカット。
 ●ルパンの盗みの動機が「悪いやつから盗んで貧しい人に寄付する」ことになっている。
 ●子どもには残酷と思える部分は極力改変。
 ●多くの作品の題名がオリジナルで、表紙絵も含めてちょっと「こわい」(笑)。
 ●会話にフランス語をときどき混ぜる一方で「スーパーマン」という英語が頻出する(笑)。
 ●原作すら存在しないオリジナルの話が一部混じっている。

 …こう列挙すると、ビックリする人が結構いるんですよね。そんなに変えちゃっていたのか、と。忠実な全訳を読んでみて南版で抱いたルパンのイメージがまるっきり変わってしまった、という人も少なくありません。そのため原典重視派のルパンファンの中には「ルパンの誤ったイメージを広めた元凶」「ルパンを子供向けのものと認識させた犯人」として南版全集を毛嫌いする向きもあります。まぁ僕もその一人であるわけですが…(笑)。
 それでも南洋一郎の「全集」が、およそ半世紀にわたって多くの少年少女を「ルパン」の世界にいざない、大いに熱狂させた事実は否定しようがありません。僕だってこうしてこんなサイトやってる原因はやっぱり南版全集を読んだからでもありますし、こちらにおいでになる方の多くが「怪盗ルパン」というキーワードで検索してることからも南版を読んでる方が圧倒的でしょう。それならば、ということでひとつ南版全集だけを扱ったコーナーを作っちゃえ、と思ったわけです。

 現在刊行されている南版「シリーズ怪盗ルパン」(単行本と文庫本あり)はかつての「全集」30巻から、南洋一郎個人の創作物と思えるものやボワロ=ナルスジャック原作のもの、さらにはルパンが登場しない作品は全て除外し、偕成社版同様に原作の発表順に並べ替え、一部の問題とされる表現に改変をほどこしています。
 そしてなんといっても表紙絵が変更されました。あれはあれでカッコいいのですけど、ポプラ社の「怪盗ルパン全集」といえば、あのちょっと怖い感じの表紙絵(1〜15巻を牧秀人氏、16〜30巻を岩井泰三氏、28巻は上山ひろ志氏が担当)が強烈でした。今となってはお目にかかれなくなってきたあの表紙絵も並べたくて、あえて以前の全30巻版を取り扱うことにしました。昔読んだ人には懐かしんでいただき、今読んでる人には「ちゃんと全訳も読んでみてね」という趣旨のコーナーなのであります。以上、長々とすいません(^^;)。

<2010年の追記>
 2009年の12月、ポプラ社から「ポプラ文庫クラシック」として南洋一郎の「怪盗ルパン」シリーズが、かつての表紙絵と共に復活刊行されました。昭和30年代に出たもっとも古いバージョン(全15巻段階)を内容も挿絵もほぼそのまま復活させたもので、明らかに「子供時代に夢中になったかつての愛読者」である大人向け商品です(巻末解説は新規に加えられたものですが、明らかに大人向けです)。現行の南版「シリーズ怪盗ルパン」が刊行されているにも関わらずそこそこ大きな話題となりましたから、やはりこの表紙絵の印象がかなり強烈だったということではないかと。
 当サイトに寄せられた情報によりますと、2010年7月までに「魔女とルパン」までの全14巻までの刊行が決まっているそうです(さすがに「ピラミッドの秘密」は回避する模様。その後については未定だそうですが、ルブラン原作ぶんまでは発行してくれる可能性が高いかと。めったに読めなくなったボワロ=ナルスジャック原作版まで復活してくれると嬉しいのですが…

1「奇巌城」

<内容>
ルブランの「中空の針(エギーユ・クルーズ)」が原作…というよりは日本では「奇岩城」「奇巌城」以外の訳題が事実上存在しませんね。

<原作との比較>

それほど大きな改変はありません。ラストの悲劇もちゃんと描くため、レーモンドとの恋愛要素もちゃんと入っています。変更点としてはルパンとボートルレの対決会見が「わたし」(作者)の家ではなくルパンの知人の家になってます。またボートルレがマシバンに対してピストルをぶっ放しません。

<表紙絵>
後ろに「針の岩」がある定番の構図ですが、実在のものに比べると異様に大きくなってます(笑)。手前のルパンの姿はまさに定番ですね。右図はもちろんボートルレ君ですが、えらくりりしいお姿です。
2「怪盗紳士」

<内容>
「怪盗紳士ルパン」から「大ニュース!ルパンとらわる」(ルパン逮捕される)
「悪魔男爵の盗難事件」(獄中のルパン)「ルパンの脱走」(ルパンの脱獄)「ハートの7」「大探偵ホームズとルパン」(遅かりしシャーロック・ホームズ)を収録。

<原作との比較>
「大ニュース!ルパンとらわる」がルパン自身が語る一人称叙述から客観叙述に変更されています。「ハートの7」も伝記作者「わたし」が「ルブラン」と明記され一人称から三人称に変更、さらにアンデルマット夫人の手紙の内容が「愛の手紙ではない」ことを明確にしています。

<表紙絵>
右にいるのはカメラを持ってるのでネリーさんと思われますが、どう見ても小学生以下です(笑)。後ろに描かれてるのは護送車「サラダかご」なんでしょうね

3「8・1・3の謎」

<内容>
「813」「続813」を一冊に圧縮。

<原作との比較>
本来はかなりの長編なので、あらすじを大急ぎで追いかけてる感じ。それでも名場面はちゃんと全部入ってることに逆に感心してしまいますが…。変更が顕著なのはやはり終盤の展開で、ルパンが犯人を殺すのではなくあくまで自殺、ルパンの通報が間に合ってマルライヒは処刑をまぬがれ、秘密文書がルパンの手によって焼き捨てられるラストシーンになってます。ルパンがドロレスに恋し、激しく嫉妬する展開は全部カットされてます。

<表紙絵>
ルパン、古城、L・M…と必要なものは全部そろった見事な構図。現行シリーズの表紙はネタバレ危険ですからなぁ…

4「古塔の地下牢」

<内容>
「水晶の栓」。題名は中盤にドーブレックが監禁され拷問を受ける場所に由来しますが、作品全体のタイトルにするのはかなり無理があります。恐らく子ども向けに「ちょっと怖い感じ」を出そうとしたのだと思われます。

<原作との比較>
ルパンが死刑阻止のためにボーシュレーを射殺するシーンは「負傷」に変えられ、物語の最後にボーシュレーが死刑になったことが語られます。ルパンがクラリスに告白する展開は当然削除。

<表紙絵>
古塔、水晶の栓をもつルパン、そしてジルベール。ジルベールがルパンより大きく描かれまるで主役です(笑)。「奇巌城」のボートルレと同一人物にしか見えませんし(笑)。

5「八つの犯罪」

<内容>
「八点鐘」が原作。
「古塔の白骨」(塔のてっぺんで)「ガラスびんの秘密」(水びん)「海水浴場の密室殺人」(テレーズとジェルメーヌ)「映画スターの脱走」(映画の啓示)「実の母が二人ある男」(ジャン=ルイの場合)「殺人魔女」(斧を持つ貴婦人)「雪の上の靴跡」(雪の上の足跡)「マーキュリー像の秘密」
(マーキュリー骨董店)と全部の話が入ってますが、「犯罪」などとロマンチックのかけらも残ってないタイトルが残念。だいたい犯罪でもなんでもない話も混じってますが。
(追記)昭和30年代に出た全15巻の最初のシリーズでは、「映画スターの脱走」と「実の母が二人ある男」がなく、代わりに他の短編集から「ぼくの少年時代」(女王の首飾り)「さまよう死神」(うろつく死神)が収録され、ルパンがオルタンスに自分の正体を明かした上で少年時代の思い出を語ってしまう構成になっていたそうです。

<原作との比較>
レニーヌとオルタンスの恋の駆け引きの要素は全面的に削除され、あくまで美少女とそれを助けるカッコいいオジサン、という組み合わせになってます。オルタンスが望まぬ結婚をしているという設定も当然変更。最終話ではレニーヌがルパンの正体を明かし、さっさと立ち去ってしまいます。

<表紙絵>
背景は第一話のイメージ、オルタンスが年齢相応の美女に描かれています。

6「黄金三角」

<内容>
「金三角」。ほぼ原題どおりではありますが、意地でちょこっと変えたようにも見えます(笑)。

<原作との比較>
原作はルパンが後半のみ登場で実質脇役、主役のパトリスとコラリーは要するに不倫関係の恋愛を展開、顔が完全に破壊された死体が出てくる、と「南コード」(笑)にひっかかりそうな内容が多いですが、意外にほぼ原作どおり。ラストでルイ=プレンナの正体がルパンであることがバラングレーに明かされるのは南版だけのつけたしです。

<表紙絵>
手前にルパン、背景は中盤クライマックスのシーン。パトリスとコラリーがどうしても子どもにしか見えません(笑)。児童向けということでわざとやってるんだとは思いますが…昔のホラー洋画を思わせるデザインですね。



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