第二回  ジャズのスタイルの変遷

ジャズは20世紀初頭にアメリカの黒人たちの間でヨーロッパの伝統音楽(いわゆるクラシック音楽やヨーロッパ各地の民俗音楽)とアフリカの音楽(旋律やリズムのとりかた)の融合から始まり、ルイ・アームストロングという天才によって「スウィング(躍動するリズム)を伴う即興性の強い音楽」という形で発展していきました。現代では「ニューオーリンズ・ジャズ」「スイング・ジャズ」「ビ・バップ」「クール・ジャズ」「ウエスト・コースト・ジャズ」「ハード・バップ」「モード・ジャズ」「フリー」「フュージョン」などというカテゴリーに分類することもあります(厳密に分けることは不可能ですが、便宜上)。
  演奏を聴きながら簡単に解説していきたいと思います。
 
 「ニューオーリンズ・ジャズ」(デキシーランド・ジャズもほぼ同じ意味)は、1920年代に最盛期を迎えた集団即興演奏を中心とするスタイルです。トランペット、クラリネット、トロンボーンが主役となりアンサンブルをリードします。
 
 「スイング・ジャズ」 は1930年代に大編成のビッグ・バンドで大いに流行しました。アンサンブルと各楽器のソロが交互に現れます。ここまでは前回に聴きました。
 
 「ビ・バップ」 とは、1940年代に始まる、アルト・サックスのチャーリー・パーカー、トランペットのディジー・ガレスピー、ピアノのバド・パウエルに代表される、即興演奏に非常に複雑なリズム・旋律をもった音楽です。ドラムの演奏法もケニー・クラークによって大きく変わりました。おおざっぱにこれ以降のジャズを「モダン・ジャズ」と言うことが多いです。
 
 「クール・ジャズ」 「ウエスト・コースト・ジャズ」40年代終わりから50年代はじめにかけて「ビ・バップ」の反動のようにソフトな音色・アンサンブルを特徴とするジャズが白人ミュージシャン中心に演奏されました。厳密には「クール」「ウエスト・コースト」は違うらしいですが、現在では混同されることも多いです。要するに「ビ・バップ」までの成果に白人らしいウイットと現代音楽からの音楽的要素を加えたものと言えるでしょう。
 
 「ハード・バップ」 1950年代中頃からニューヨークを中心として、トランペットのマイルス・デイビス、テナー・サックスのソニー・ロリンズ、ピアノのセロニアス・モンクというような圧倒的な即興演奏の天才たちが次々と素晴らしい作品を送り出しました。音楽的にはグループとしてまとまったアンサンブルとソリストの十分に長いアドリブという要素が特徴です。
 
 「モード・ジャズ」 1960年代になると、それまでの和音を細分化する即興演奏はやり尽くされ、マンネリ化していると感じた最先端のミュージシャンは新たな即興のやり方を模索し、マイルス、テナーサックスのジョン・コルトレーン、ピアノのビル・エバンスたちは和音(コード)ではなく旋法(モード)によるアドリブを探求しました。
 
 「フリー・ジャズ」 同じく1960年代には即興演奏の制約をできる限り少なくするという手法を探求するミュージシャンも現れてきました。アルト・サックスのオーネット・コールマン、ピアノのセシル・テイラー、テナー・サックスのアルバート・アイラーたちです。1970年代以降は、現代音楽の影響が強いヨーロッパのミュージシャンたちがそれまでアメリカ中心だったジャズに対して世界各国で独自のジャズができることを証明しました(日本もです!)。
 
 「フュージョン」 1970年代になると、ロックやクラシックという音楽とジャズとの融合(フュージョン)の試みが多く行われました。最も成功したのはロック・リズムを取り入れた「リターン・トゥ・フォーエバー」と「ウエザー・レポート」というバンドでしょう。その始まりはまたしてもマイルス・デイビスですが。
 
ジャズの演奏法(その2)
  前回の説明で、「決まった小節数・和音進行」がよくわからないというご意見がありました。初めて会ったミュージシャンたちが、少人数のバンド(コンボ)で何か演奏しようというときどうするか説明しましょう。たとえば"All The Things You Are"というスタンダード曲をやろうということになった場合、全員がよく知っているといえばそのまま、せーの!で始まりますが、ベース奏者が「よく覚えてない」といったらどうするか。ベース奏者にこんなメモが渡されます。
 
| Fm7 | Bm7 | Em7 | AM7 | DM7 | G7 | CM7 | CM7 | Cm7 | Fm7 | B7 | EM7 |
| AM7 | D7 | GM7 | GM7 | Am7 | D7 | GM7 | GM7 | Fm7 | B7 | EM7 | C7+ | Fm7 | Bm7 | | Em7 | AM7 | DM7 | Dm7 | Cm7 | B | Bm7 | Em7 | AM7 | Gm7♭5/C7 |
 
 これがこの曲の「決まった小節数・和音進行」です。アルファベットの記号は和音を表していて(コード)、ジャズ・ミュージシャンはこのコードを見て演奏に必要な情報(転調のある変イ長調で36小節でワン・コーラスだ!とか)を得、即興時に使用する音を選びます。 そして、「イントロは例のヤツ8小節ね」とか「エンディングはイントロと同じ。(または循環コードになって合図で終わろう)」などと決めて演奏を始めることができます。
  もちろん大編成のバンドや厳密に編曲したアンサンブルのパートはクラシック音楽と同様にすべて五線譜に書いてあるのが普通です。しかし、即興演奏(アドリブ)のパートは上記のようにコードと小節数のみ指定されます。


本日のレコード

2回目の今日は、前回時間切れでかけられなかった同じ曲をいろいろな演奏家がやっているものを聴いてから、1940年代の「ビ・バップ」「クール」「ウエストコースト」「ハード・バップ」の名演を聴いていきたいと思います。


1. "Someday My Prince Will Come" Miles Davis "Someday My Prince Will Come"1961
2. "Someday My Prince Will Come" Dave Brubeck "Dave Digs Disney"1957
3. "Someday My Prince Will Come" Bill Evans "Portrait in Jazz"1959

  ジャズでは同じ曲でも演奏者によって大きく変わります。
アドリブ(即興演奏)が違うのは当然ですが、テンポや構成、前奏など気をつけて聴かないと別の曲かと思うほど異なります。
俗に言う「ジャズに名曲なし、名演あるのみ」なんて格言?まであるくらいです。
 トランペットのマイルス・ディビスのクインテット(5人のバンド)にジョン・コルトレーン(テナーサックス)が加わった演奏、デイブ・ブルーベック(ピアノ)のカルテット(アルトのポール・デスモンドが最高)、そしてピアノのビル・エバンスのトリオで、ディズニーのアニメ「白雪姫」から「いつか王子様が」を聞きくらべてください。


4. "All The Things You Are" Charlie Parker "on Dial"1946
5. "All The Things You Are" Ben Webster-Art Tatum "Tatum-Webster"1956
6. "All The Things You Are" Pat Metheny "Question and Answer"1989

  もう一曲、長年にわたって多くのジャズメンに取り上げられている「オール・ザ・シングス・ユー・アー」を、アルト・サックスのチャーリー・パーカーのコンボ(トランペットは若き日のマイルス・デイビス)、テナー・サックスのベン・ウェブスターとスイング時代を代表するピアニストであるアート・テイタムのカルテット、そして現在一番有名といっても良いジャズ・ギタリストのパット・メセニーのトリオによる演奏を聴いてください。



7.8. "Royal Garden Blues" "Benny's Bugle" Benny Goodman sextet 1940
                "Charlie Christian memorial album"

さて、1940年代にはいるとスイング時代の演奏法に飽き足らなくなった最先端のミュージシャンたちが新しい演奏スタイルを模索し始めました。まずアンプを通して管楽器と同じ音量を得たギターで素晴らしい即興演奏を行い、以降の演奏家に大きな影響を与えたチャーリー・クリスチャンから聴きましょう。クリスチャンはベニー・グッドマンのバンドで活躍しましたが惜しくも25歳で結核のためこの世を去りました。
なんとも早すぎる死ですが、彼はテナーのレスター・ヤングの演奏をもとに自分のスタイルを作り上げ、モダン・ジャズの父の一人と言っても過言ではない大きな影響を後世に残しました。 



9.10.11. "Yardbird Suite" "Embraceable You" "Ko Ko" Charlie Parker
                           "On Dial" "On Savoy"1946-7

  レスター・ヤングのレコードから学び、その後のジャズに決定的な影響を与えたのがチャーリー・パーカーです。
彼の和音進行に基づく即興演奏のやり方は、現在もジャズ演奏の最高の教科書であり模範となっています。
"Ko Ko"のトランペットはディジー・ガレスピー。「ビ・バップ」と呼ばれた彼等の音楽の特徴は、跳躍する音程、複雑に細分化された和音など、即興演奏の可能性を広げました。



12. "Groovin' High" Dizzy Gilespie "Groovin' High"1945

   もう一曲パーカーとガレスピーの競演を聴きましょう。バックのミュージシャンはスイング時代のベテランです。



13. . "Moritat" Sonny Rollins "Saxophone Colossus"1956

 ソニー・ロリンズは1950年代のジャズを代表する一人です(まだ現役で活躍していますが)。彼もまたヤングとパーカーから多くを学んで自分のスタイルを作り上げました。
このアルバム「サキソフォン・コロッサス」は、「ジャズ」が生み出した歴史に残る大傑作の筆頭にあげられる素晴らしいものだと思います。テナー、ピアノ、ベース、ドラム、の四人で生み出されたこの演奏は何度聞いても飽きない不思議な魅力を持っています。
ロリンズの豪放磊落にしてユーモアのある即興演奏は、レスター・ヤングの立ち止まったり、なめらかなフレーズの連続、などの緊急自在なフレーズの究極の発展型だと僕は思います。 



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