「スローアート考」
− The world of slow arts −


漆工芸はスローアートなり

 趣味の漆工房に付けた名前「研悠」の”悠”はスローの意味を込めたもので、昨今のスローライフやスローフードの動きを先取りした感がある、と自負するところである。日本を代表する漆器・漆工芸こそスロー、そして”スローアート:悠芸”の代表ではないだろうかと考える次第である。私のように、趣味でやってこそ一層スローライフが楽しめるのかも知れない。

 自然で本物の材料を使った漆器、木地は欅、栃、桜、桂、朴...等々、下地に付ける地の粉は珪藻土などで混ぜる糊は上新粉を煮たもの、上に塗るのは漆の木から採れる樹液を精製した”うるし”。
 うるわしから来たとも言われるうるし(漆)の食器はまこと麗しいもので、肌触り・舌触りともにスローな地域の食の味をそのままに伝えるモノ、そして食をゆたかにしてくれるモノといえる。漆器そのものも地域文化を背負っており、漆の魅力スローアートの世界にゆっくりと関わって行きたいと考えている。

スロークラフトの世界

 最近力を入れていることに、イギリスのウェールズで学んだ木彫りの「ラブスプーン」がある。あちらでも手仕事の世界である。スローの世界で言えば”スロークラフト:悠工”といっても良い。民芸の世界もお土産物になるとスローとは言えない機械作りのものが幅をきかせ、安価に仕上げれらているものが多い。一方で、創作クラフトに注力する人も増えている。
 自分が関わっている漆の世界は、どちらかと言えば伝統工芸よりはクラフト的な要素が多い。漆教室では、輪島塗という伝統工芸の世界を中心に漆工を習っているが、自作の食器類は実用の世界であり、柳宗悦の言う「用の美」を目指すところとなる。

 スロークラフトの世界は、作品の後ろに作者の顔が見えるべきである。職人芸から発展したクラフトには作者の銘が入っていないものが殆どである。作者の銘が入ったクラフトの世界があっても良いのではと思い、ラブスプーン工房「HIRO」を立ち上げ、上記「研悠」と連携させている。スロークラフトと関わったスローライフの世界を目指し、我が家の食器類は、漆器は私がつくり、陶器を妻が作っている。アートを”手の技”と考えると、両者を厳密に分けることの必要性は薄いが、一般常識との関係を考えると、一応分けて議論する方が賢明かもしれない。

スローフードにはスロークラフト/スローアートが似合う

 スローフードを紙やプラスティックの器で食すのだろうか。是非食器として漆器或いは陶器を使って欲しいものである。当然、箸や匙も漆器が似合っている。また、調理済み、料理済みの食材のトレーに装飾やプリントが施されているモノが増えている。そのまま食卓に出す傾向を物語っている。我が家では厳禁である。本物の食器を使うこともアートの世界かもしれない。アートの日常化或いはW.モーリスが言った生活の芸術化を考えると、食器のスローウェア化を目指すとも言えようか。

 子供達を育てる地産地消のスローフード給食にも、漆器を使うような流れも出てきたのは嬉しいことである。地産地商の世界が始まっている。お酒の器はどうか。片口やぐい呑みなど結構漆器の物が出てきた。明治以降出てきたぐい呑みはまだ骨董品にはなっていないが、作家も努力をしている。本物の漆器は温度が保てるので、熱燗でも冷酒でもいける、いける。


スローライフを演出するデザイン

 和風が賑やかである。風も良いが、和室に漆塗りの座卓か囲炉裏卓を据える。故郷から取り寄せた肴を炙りながら漆器のぐい呑みで冷酒を飲る。古い民家を買ったり住んだりなどは、その上をいくスロー(贅沢ともいう)である。スローはXX風ではなく、まさに実行であり生き方;ライフスタイル、つまり新しい”和”の創造でもある。

 アートや物(モノ)は人との関わりにおいて変化する。スローの世界では、作家や職人の顔を見て注文したり買ったりする。客の顔を見てデザインを考え、材料の特性を活かしてデザインをする。プレゼントするときはテーマを持って贈る。物にも人のこころにまつわる物語があり、人の記憶が関わってくる。
 人・アート・モノは本物だけが持つスローな関係性デザインの中にこそ存在するのであろうか。それを担保するのが、クラフトやアートも混然一体となっての伝統技術であり地域文化であると思うものである。風土に合った食物を育てるノウハウや調理法、その土地で培われた食生活、食を楽しむ祭りや行事などの風物詩など大切に出来る時代が再びやって来たと思える昨今である。

食にまつわるスローアート

 器とスローフードだけでなく、スローフードに纏わるアート(手の技、術、知恵)の世界は奥が深い。食文化の形、それはアートの世界である。料亭が料理を盛る器に拘るのも頷ける。スローフードは、料亭の庶民化かもしれない。
   ・創意のあるメニュー、お薦め料理、心にくい注文
   ・旬の食材を選ぶ
   ・食器のいろとかたちへの拘りと選択に基づいて盛りつけにも細心の注意を払う心配り
   ・料理を出す順序に拘る
   ・BGMとセッティングを活かす手作りの小道具
   ・利き酒をする
   ・テーブルマナー
   ・料理に合う酒を選ぶ
   ・食通への道
   ・料理道具に拘る、包丁一本を大切に使う。...などなど

Homeに戻る