1、引き裂かれた学問 − 書店における政治学と政治思想史の分離分割 −


われわれが、いわゆる丸山政治学と言う場合、それは丸山真男が学問的にカバ−してきた政治学の領域を指す。その特徴を一言で言うなら、政治思想史を含む政治学、政治思想史の領域を包含しつつ発展してきた日本の政治学であると言えるだろう。

日本の政治学者は、通常、政治思想史(または政治史)の領域において特定の専門領域を持たなければならない。政治学原論の講義を受け持ちつつ、それ以外に専門分野として西洋または東洋の政治思想史をマスタ−フィ−ルドとして確保し、例えばマキアヴェリの専門家として、或いはア−レントの専門家として立ち振る舞わなくてはならないのである。この点、同じ社会科学でも、経済学者が特定の思想史なり経済史なりを二足のワラジで受け持つ必要がなく、経済学原理論のみで専門家として自己確立できるのと比べて大いに事情を異にする。政治思想史の専門家である政治思想史家が政治学の原論を講義する。これが日本の政治学の伝統的な学問様式であり、日本政治学における不文律であった。

ところが現在、こうした日本政治学の基本様式がどうやら完全に崩壊しつつある。Political TheoryとHistory of Thoughtの二者間での分業が行き着くところまで進展し、政治学と思想史の研究を一個の人格の中で統一できる職業研究者が激減し、この日本政治学の不文律が空洞化するところにまで立ち到ってしまった。政治学者は安んじて漢文や古文やラテン語から離れることができ、政治思想史家は歴史家として生々しい政治過程に首を突っ込む煩わしさから解放されることになったのである。学問の社会的分業が急速に進展し、学者各位に高度かつ最先端の専門的能力が要求される(と言われる)現在、この分業の自然承認は必然的であり合理的であるように見える。

そして、この「政治学の社会的分業」の態様は、遂にその学問性の根幹のところまで裂け果てて行き、今日、政治学は社会科学、政治思想史は人文科学という最終的で決定的な分割と帰属に落ち着きつつある。現代社会で直接具体的に役立ちそうな理論なり技術なりが社会科学であり、政治学は一応その中に含める。政治思想史は基本的に歴史を対象とした学問であり、現代社会に即役立つものではないので人文科学の中に入れてしまおう。両者はそもそも性格の違う学問であり、政治学として一つであったこと自体が異常だったのだ。このような感覚と論理をもって政治学の分離分割が正当化され、一方的に推進されているのである。

神田の三省堂本店では、政治学の書籍は三階、哲学思想関連の書籍は四階と別々にロケ−ションされている。暫くの間、政治学も四階で頑張っていたが、一年ほど前にとうとう三階に下ろされた。三省堂本店の中では三階だけが妙に俗っぽいフロアである。社会科学コ−ナ−と名づけられたそのフロアの大半を経済・流通・経営関連の紙屑ばかりが占め、そこらの田舎の本屋と何ら変わらない商業主義的で惰性的な品揃えとなっている。実用書や資格本と並んで丸山真男が並べられているのを見るのは心が痛むが、現在の政治学の実像がそこにある。

政治学の書棚が三階に降ろされると、これまで新参者で日陰者的な存在であった計量政治学やら政治過程論やらの有象無象が、逆に急に生き生きとしてくるから不思議である。「俺たちの方が本当の社会科学なんだよね」と、隣に並んでいるマ−ケティングやら経理やらの本棚と連帯して得意顔になっているのである。「社会科学」のイメ−ジも二○年前とはすっかり変貌を遂げてしまった。

神田三省堂に追随して、半年ほど前に八重洲ブックセンタ−でも同じようなフロアチェンジがあり、政治学は二階(社会科学)、政治思想史は四階(人文科学)へと分割された。面白いのは、八重洲ブックセンタ−では四階(人文)の方がボリュ−ムがプアであり、二階(社会)の方が寧ろ品揃えが充実しているということである。担当者の違いもあるのだろうが、神田と八重洲ではやはり来店する客層が違うのだ。とにかくこのようにして三省堂でも八重洲BCでも丸山真男はポッキリと二つに分割されることになった。藤田省三や石田雄、松本三之介らも丸山真男と運命を共にしたのだが、彼らはどちらかと言うと八重洲BCでは二階に、三省堂では四階にという具合に一個所に固め置かれて並べられている。

そして、この先の丸山真男の運命を予測するのは非常に易しい。三省堂や八重洲BCの経営にとって同じ著者の書籍を二つのフロアに分けて置くのは管理が煩雑だということになるだろう。やがて丸山真男は四階へ、すなわち人文歴史系フロアの隅っこへと完全に追いやられてしまうことになるに違いない。すなわち、そのとき丸山真男の学問は政治学でも社会科学でもなくなるのである。それは、この十年間に日本の書店においてマルクスと彼の経済学が辿ってきた道と同軌である。


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