4.筋ジストロフィーの運動機能障害の成り立ち,進行の様子

 筋ジスは全身の筋肉を冒す病気です.筋肉には手や足のように運動に関与するもの,主に体幹にあって姿勢を保持するためのもの,呼吸や心臓など生命活動を司るものなどがあります.筋ジスでは全ての筋肉が障害されますが,比較的早期から症状を呈するもの,末期になって症状を呈するものがあります.
 ここでは,患者さんの一生を歩行期,車椅子期,臥床期に分けて説明します.

(1)歩行期(学童期)
 最初に障害されるのは体幹に近い手足の筋肉(近位筋)です.これらは手や足を持ち上げたり,立ち上がるのに重要な筋肉です.従って最初に気づかれるのはジャンプが出来ない,階段を登るのに手すりを使う,立ち上がる時に膝に手を突く(登はん性起立)といった症状です.ふくらはぎが大きい(仮性肥大)ことも特徴です.下肢の筋力低下が進むと上体を左右に振って歩くようになり(動揺性歩行),つまずきや膝折れが多くなります.アキレス腱の短縮が生じると(尖足),踵が浮いて爪先歩行となります.体幹の筋力低下により立位でお腹を突き出した特有の姿勢を示すようになります.


[この時期の問題点と対処]

  1. 運動量:過剰な運動は筋肉を壊すためトレーニングは害になることがあります.患児が疲れを覚えない程度が青信号で,筋肉痛や翌日まで疲労が残るのは赤信号です.友達と一緒の時,好きな遊び(特に水遊び)では無理をしがちになるので注意する必要があります.

  2. 転倒・外傷:起立・歩行が不安定なため,転倒が多く骨折や頭部打撲の危険が高くなります.外傷を契機に歩行不能となることもあり大きな問題です.環境の整備,適切な介助が大切です.前者では通路に段差を無くし刃物など危険な物を置かない,頭部保護帽の着用などがあります.後者では患児のペースを乱さず,いつでも手を出せる状態で見守ることです.階段では患児の下にいて転落を予防します.不用意に患児に触れたり声をかけるとバランスを崩すことがあるので慎んで下さい.遊んでいる時にふざけて突き倒されることがあるので,病気であることを理解させると共に注意して見守る必要があります.

  3. 変形・拘縮:アキレス腱の短縮(尖足)がほぼ全例で見られ,膝の拘縮,脊椎側弯も見られることがあります.尖足により踵が地面に着かなくなると,バランスが取りにくく歩行困難となります.風呂上がりなど筋肉の柔らかい時に関節可動域訓練(詳細は別項)を施行しましょう.風邪や怪我で運動量の低下した時には特に重要です.拘縮が出現した場合には,歩行期間の延長・進行予防に装具が有効な時があるので医師と相談して下さい.側弯は一方の足に体重をかけるようになると出現しやすくなるので,起立時には重心が両足の中央に来るように気をつけ,荷物は左右のバランスを取ることが大切です.

  4. 呼吸訓練:呼吸筋の低下は深呼吸や咳嗽の力を弱くし痰の喀出が困難になるため,風邪を引きやすく治りにくくなります.早期から腹式呼吸の練習を行うことが望まれます(詳細は別項).訓練以外でも吹奏楽器(笛・ハーモニカ・ピアニカなど)の演奏やカラオケ・合唱など趣味の活動,大きな声で話すといったことも有効です.


(2)車椅子期(思春期)
 思春期早期に歩行が不可能となり車椅子生活になります.車椅子になると食事・入浴・着衣・排泄など日常生活の多くに介助が必要となり,生活内容は一変します.側弯や関節拘縮の進行が多くの患者さんで見られます.運動量の低下は肥満や床ずれ,循環障害を招きやすくなります.感染は急性の呼吸不全増悪の一因であり予防と早期治療が大切です.


[この時期の問題点と対処]

  1. 変形・拘縮:坐位生活では下肢の使用頻度が低下するため膝の屈曲拘縮や尖足が著明になります.上肢でも肘や手首・手指などに拘縮が見られるようになります.関節可動域訓練や起立訓練が拘縮予防に重要です.側弯は胸郭を狭くし呼吸機能の低下,痰の喀出困難を招くため注意する必要があります.左右のバランスのとれた正しい姿勢の保持,リクライニングの使用や適宜臥床時間を設け過労を防ぐことが大切です.いざりでも左右のバランスが大切で,片手・片膝で移動するのは避けます.側弯の程度によっては手術が適応となることもあります.また,成長期を過ぎればシーティングシステム(体型に合わせて採形するバスケットシート)も坐位時間を伸ばすのに効果がある場合があります.

  2. 感染症:痰が喀出困難になると細菌が肺に留まるため,感冒に罹りやすく重症化しやすくなります.感染症により急性に呼吸不全が増悪することもあります.うがいやマスクなどの一次予防が何より大切です.また腹式呼吸による自力喀出の訓練も重要です.体位ドレナージ,タッピング,バイブレーション,吸入,吸引など喀痰処置の指導も受けるとよいでしょう.感冒症状が出た場合速やかに医療機関を受診し処置を受けて下さい.

  3. 床ずれ(褥創):坐位では臀部に体重が集中してかかるため,骨の出ている所(仙骨部,坐骨結節部など)に床ずれが生じやすくなります.無圧マットなどクッションの工夫,リクライニングの利用・臥床など長時間同一姿勢にしないことが大切です.マッサージや外用薬の利用も有効です.床ずれが出来た場合は速やかに医療機関で治療を受けて下さい.

  4. 循環障害:運動量の減少に伴い手足の血流も減少し,冬季にはしもやけが生じやすくなります.保温の工夫,マッサージ・足浴などによる血行改善が大切です.

  5. 保清:自ら十分に体を洗ったり歯を磨いたり出来なくなります.坐位では特に陰部の通気性が悪いためいんきんやたむしに罹りやすく,水虫も多く見られます.入浴は全身の保清・血行改善に有効です.口腔については電動歯ブラシの使用や酵素入り歯磨きの使用も有効です.最近では地域によっては歯科の往診が受けられるので,自宅で検診や治療を受けることも可能になりました.

  6. 肥満:過度の体重増加はそれだけ心臓に負担をかけることとなります.運動量の減少にあわせ食事量を調整すること,バランスのとれた食事を摂ることが大切です.

 

(3)臥床期(青年期)
坐位保持が困難になると,日常生活の大部分をベッドで過ごすようになります.この頃には呼吸機能や心機能が低下し,呼吸管理や種々の投薬が必要な患者さんが増えてきます.日常の介護負担の増加に加え,医療的な知識・技術も要求されるようになります.医療技術特に呼吸管理の進歩は臥床期を著しく延長しました.生活範囲が狭くなり,体力的な制約が大きくなる中でどの様に意義ある生活を送るのか重要な問題です.家族だけで孤立するのでなく,医療機関や福祉などから適切なサポートを受けることが大切です.
[この時期の問題点と対処]

  1. 呼吸不全,心不全:別項で詳しく述べられます.

  2. 栄養障害:呼吸不全や心不全の前兆として現れることがあります.逆に栄養障害による体力低下がこれらを増悪させ,悪循環に陥ることがあります.規則正しい生活,バランスのとれた食生活が基本ですが,急に体重減少が生じた場合には医療機関を受診して呼吸機能,心機能の検査を受けたり,栄養剤の投与を受けたり,栄養指導を受けたりする必要があります.

  3. 床ずれ(褥創),循環障害:体動の減少,栄養障害が加わるため重度化しやすくなります.心不全を伴うと血栓ができやすくなり,脳梗塞や肺梗塞の原因となることがあります.投薬が必要な場合もあるため定期的に心エコーなどの検査を受けましょう.

  4. 生活の質(QOL):生活範囲が狭くなり,体力的な制約が大きくなる中でどの様に意義ある生活を送るのか重要な問題です.しかし,テクノロジーの進歩は昨日までの不可能を可能に変えています.パソコン通信や電子音楽機器,高性能のマニュピレーターなどこうしたハイテク製品も利用して患者さんの可能性を広げ,社会参加の機会を増やし自己意志の発現をはかることが大切です.

(松村 剛)

   

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