第2章 在宅療養の現状と今後のありかた



1.医療・看護の面から

(1)在宅患者の実態
 厚生省筋ジス研究第4班では、過去10年にわたり在宅筋ジス患者の療養・看護に関する研究を続けてきました.特にこの3年間は,在宅患者の実態調査,施設ケアと在宅ケアのシステム化,在宅筋ジス患者の呼吸管理,ショートステイの4課題を共同の研究テーマとして議論を深めてきました.ここでは医療・看護に関する研究のまとめを説明します.
 患者・家族の間に在宅療養志向がいっそう強まっていることが各地の国立療養所の調査で明らかになりました.運動障害や内臓障害という身体的問題を有する筋ジス患者さんにみられる,社会において健常者とともに生きたいという意識の高揚と,種々の面における支援者の理解の深まりが相まって,在宅療養(在宅ケア)に移行する患者さんが増加してきたと思われます.国立療養所に所属する職員も,国立療養所が筋ジストロフィーの唯一の専門医療機関であるとの認識の下に,在宅患者を医療,看護,生活指導の面から援助してきました.
 在宅患者に対する実態調査は各地で実施されています.地域差がありますが,在宅患者をめぐる医療環境は入院患者のそれに較べて決して良好とは言えません.むしろ現時点ではまだ劣悪な状況にあると言わざるを得ません.特に郡部の成人患者は,諦めや通院援助者不足のため,医療機関に受診して専門医による病状評価を受ける機会が乏しく、急変時対応に不安を感じているようです.各地の国立療養所には,呼吸不全や心不全を含め,種々の医療的・看護的問題に対処するノウハウが蓄積されていますが,その国立療養所に到る前に死亡する患者は,今もなお存在するようです.この10年間に医療環境は除々に整備されてきていますが,まだまだ十分ではありません.病状が悪化したら,あるいは悪化しそうと感じたら,速やかに国立療養所か,筋ジスの診療経験がある総合病院に受診することを勧めます.第5章,第6章に合併症の治療や看護に関することが詳しく述べられていますので,合併症が現われた時には簡単に考えずに主治医に相談して下さい.ちなみに,在宅療養を続けている約半数の患者は,病状が悪化すれば国立療養所への入院を希望するという調査結果もあります.
 また,合併症がみられない時期でも定期的に筋ジス専門医療機関を受診し,いろいろな検査を受けて下さい.刀根山病院ではデュシェンヌ型患者には,歩行できている時期には6ヵ月に1度,歩行不能になってからは3ヵ月に1度,内臓機能障害が現われてからは1ヵ月に1度,受診するように指示しています.他の病型の場合は3ヵ月に1度の受診が望ましいと思います.患者の中には,病院に行っても病状が良くなるわけでもないから行きたくない,と思っている患者さんもいるでしょう.筋ジスではちょっとしたことから一気に病状が進行したり,他の合併症を併発したりします.このような時に医師が適切な処置を講じることができるよう,ふだんの患者さんの状態を知っておくことは極めて重要なのです.
 多くの国立療養所ではショートステイに前向きに取り組んでいます.両親,兄弟・姉妹,他の肉親など介護する方がが身体不調になり,患者さんを介護できなくなった時には,国立療養所へのショートステイを考慮して下さい.ショートステイの時に,病状の把握,諸検査の実施,運動機能訓練の指導,栄養指導,生活指導や看護指導を企画している国立療養所が増えています.
 筋ジス医療・看護に関する,国立療養所のノウハウが在宅患者に生かされた好例は,呼吸不全に陥った患者に対する人工呼吸器による管理です.10年前の日本では夢であった在宅人工呼吸療法が可能となり,平成8年1月1日の時点で国立療養所18施設でなんと94名の筋ジスおよび類縁疾患患者に実施されています.呼吸不全になり病院に入院したら,絶対自宅に戻れないと思っている患者さんが多いようですが,ここ数年,刀根山病院に緊急入院した大半の患者さんは在宅人工呼吸療法に移行しています.携帯用人工呼吸器のレンタル制度の整備,消耗品費の個人負担,居住地近傍の医療機関との連携,緊急時対応など,解決すべき問題が山積していますが,在宅人工呼吸療法の件数は今後,さらに着実に増加していくことが予想されます.すでに実施している国立療養所は在宅人工呼吸療法のマニュアルや呼吸管理チェックリストを作成しています. 


(2)在宅療養のありかた
 医療関係者の立場から,今後,在宅療養はどうあるべきかについて簡単にまとめておきます.

(姜  進)

   

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