2.教育の面から


 はじめに
 昭和50年後半より在宅療養患者が増加し,国立療養所においても入院患者中心のケアから在宅患者のケアへと広がり,在宅療養における様々な問題に対応してきました.中でも在宅療養の増加に伴い,在宅患者の普通学校への就学が増え,医療と学校が連携を深めて対応してきました.しかし,疾患の進行にともない介助面,学習面での問題が生じ,普通学校での継続が困難となり,養護学校に入学するために併設の病院に入院するケースもみられました.昭和60年代には普通学校就学に関して,家族と学校が頻繁に話し合いを行い,親の介助を条件に就学が継続されるケース等があり,障害児の普通学校就学においてはまだ困難な面がみられました.
 平成に入って普通学校においては登校拒否,いじめ等が全国的に問題化され,学校教師だけの対応が難しくなり,最近ではスクールカウンセラー(臨床心理士,精神科医,大学教授)等の他職種の援助が導入されることになりました.学校の対応も今までの集団指導から個人指導へと変わり心のケアへと力を注いでいるようです.筋ジスにおいても家族・医療・マスメディアの働きかけ等により開かれた教育の場と変化してきています.普通学校就学においては主に設備面での配慮,介助者の導入等,学校側の援助もみられてきています.今後,筋ジスの子供たちによりよい教育の場が提供できるよう家庭,学校,医療の連携がより必要となってきています.以下に紹介することを筋ジスの学校教育を考えていく上での参考にして下さい.


(1)学校教育とは
 学校教育にはいくつかの教育目標があります.小学校では社会生活の経験に基づき人間相互の関係,自主性及び自律を養うこと.日常生活に必要な国語,数量的な関係を正しく理解し,処理する能力を養うこと.また,健康,安全で幸福なために必要な習慣を身につけ,心身の調和的発達を図ること等.そして中学においてはこれらを基礎として心身の発達に応じて職業への知識と技能,将来の進路を選択する能力,社会的活動への促進等が学校教育法で挙げられています.これらの課題を地域の子供たちと共有しながら成長し,将来の社会生活を営む上で必要な能力や地域の人たちとのコミニュケーションへとつなげる場として学校が重要な位置を占めていると思われます.


(2)就学について
 小学校入学時は,運動面において健常児とのギャップに不安を抱いているようですが地域の普通小学校を選択される方が多いようです.入学前にはご両親そろって,学校を訪問し,校長先生に病気の説明・子供や家族の希望・教育への期待・環境整備等を伝え,障害に対する学校の理解と援助について話し合われているようです.このような学校との話し合いのもとで,子供と家族の希望に沿った就学が進められているケースが増えてきています.中には入学時に手摺り・スロープ・洋式トイレ等の設備を整える学校もみられてきています.
 また,普通小学校への入学を決めかねている家族の方,子供にあった学校をと考えている方は次に紹介する教育相談機関に相談してはいかがでしょうか.

 教育相談:市町村・県の教育委員会,児童相談所
 巡回就学相談:特殊教育センターが主催で年に1回,場所と日時を設定
 就学相談:市町村・県の教育委員会
 福祉事務所・保健所
 心身障害児の為の学校 
 子供の状態に適していると思われる養護学校に連絡をとりますと,授業参観・体験入学ができます.
(これらの資料は千葉県の盲・聾・養護学校就学事務手続き等を参考にしました.)
以上の相談機関のほかに子供に関わっている医療関係者(医師・心理療法士・児童指導員・OT・PT)にも相談し,子供に適した学校を選びたいものです.


(3)病気についての正しい知識をもつことの大切さ
 教師の方に筋ジス疾患及び心理的反応を理解してもらうことは大切なことです.この疾患は運動機能の状態が変化し,それに伴って行動範囲の制限や課題への対応が変わってきます.詳しくは他の項を参照して下さい.子供たちは,この間まで出来たことが出来なくなっていく体験をしていきます.同級生が旺盛な探求心をもって行動範囲や社会的空間を広げている時期に,逆に行動範囲を狭めていかざるを得ません.「なぜなんだろう」,皆と同じように出来ないことへの戸惑いや怒り,心細さを感じている子供たちの心理的状態を理解することは大切です.低学年においては自分の置かれている状況を理解することは難しいでしょう.このような状態にいる子供に理解ある励ましと安定した対応をもってクラスの一員としての存在感が得られるような指導が大切です.


(4)筋ジスの知能について
 一般的な知能検査であるWISCーRの結果から低いIQ・高いIQ・普通のIQと様々な段階の子供がいました.全体的には健常児に比べて低い傾向を占める割合が多くみられました.動作を必要とする積み木やパズル等の課題の成績は比較的良く,一方,言語表現の成績は低く,不得意な傾向がみられました.このような知的状況を理解し,読み・書き・数的処理等の基礎学力をしっかり身につけることが大切です.知的活動を広げ,将来の生活設計を考える上で役に立ちます.


(5)言語表現力について
 就学前の子供たちは十分,社会生活を処理していける能力を家庭の中で育てられてきているはずですが,筋ジス児は家族が疾患の不安から過保護となり経験の幅が狭められがちです.そのため健常児に比べて自主性に乏しく,消極的な傾向がみられます.言語面でも言葉数が少なく,言語表現力に乏しく,緘黙になりがちな子供もいます.会話は質問に答える傾向が多く,自主的な話題の提供が少ないようです.知能検査でも単語数の少なさ,表現力の乏しさがみられました.筋ジス児は進行に伴って周囲の人からの援助・介助の機会が多くなります.介助をどのようにしてほしいのか等を相手にわかりやすく伝えられることが大切です.また,人とのコミュニケーションを楽しむためにも言語表現を豊かにしたいものです.学校場面でクラスの役割,行事企画,発表の場等を積極的に与えるよう心掛けて下さい.家庭においても家族が日頃から過保護な態度に気をつけて,子供に自主的な会話を促すよう援助していきましょう.


(6)今後のありかた
 筋ジスの大部分の子供が小・中・高校の学齢期にあたるため,家族や子供にとって学校への関心は高く,在宅ケアの中でも大きな課題の一つです.私たちが医療の場で知り得た知識,訓練,心理的特徴,疾患への留意点・工夫等を学校関係者へ伝えるため,研修会,医療相談,学校訪問を行なっています.
 今後も家庭,学校,医療の連携を深め,お互いの専門的知識と対応をもって援助し,筋ジスの学校教育を深めていきたいものです.

 

参考文献

  1. 千葉県教育関係職員必携 平成6年度版
  2. 盲・聾・養護学校就学事務手続等資料:千葉県教育庁学校教育部義務教育科

(関谷 智子)

   

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