7.種々の合併症と対策

 ここでは呼吸不全,心不全以外の合併症について述べることにします.

(1)かぜ症候群
 かぜ症候群(通常,感冒と呼ばれています)は,筋ジス患者だから特に罹りやすいわけではありません.しかし,痰を出す力が弱い筋ジス患者ではかぜ症候群をこじらせ肺炎になることが多いので油断は禁物です.
 かぜ症候群は,急激に発症する鼻炎,咽頭炎,喉頭炎,気管支炎のいずれか,あるいはそれらの組み合わせを言います.かぜ症候群は病原体が喉や鼻から侵入し引き起こされるのですが,病原体の90%はウィルスによるものです.インフルエンザ(流行性感冒)はインフルエンザウィルスによるかぜ症候群の一種です.病原体の他に寒冷やアレルギーが原因で起こることもあります.体力が弱っている時に罹りやすいようです.気道粘膜がウィルス感染により損傷されると,細菌感染を合併しやすくなります.
 かぜ症候群の症状は,くしゃみ,鼻水,鼻づまり,喉頭痛,頭痛,寒気,発熱,嘔気,嘔吐,下痢,全身倦怠感などです.インフルエンザでは脳症に進展することもあります.発熱の持続(3日以上),膿性痰,白血球増多(9000以上)と好中球増多,喀痰中に有意細菌の検出,の4項目中3つ以上あれば,かぜ症候群に細菌感染症が合併してきたと診断して差し支えありません.
 かぜ症候群の治療の第一は安静を保つことです.ショウガなどが入った温かいスープを飲むと,症状の軽減や水分補給に役立ちます.休学や休業もやむを得ません.
 喀痰のからみがひどく細菌感染症の合併が疑われる時は,早めに筋ジストロフィー専門医療機関や総合病院を受診することが肝要です.続発性の細菌感染症の起炎菌は,化膿性連鎖球菌,肺炎球菌,黄色ブドウ球菌やインフルエンザ菌であり,これらの細菌に有効な抗菌物質や抗生物質の投与が必要になります.痰がよくからむ時は,去痰剤,気管支拡張剤の併用も必要です.また蒸気吸入は気道を湿らせ,痰の排出を良好にします.また吸引器も適宜使用するのも良いでしょう.
 体位ドレナージは痰の排出に威力を発揮しますので,家族の人にはぜひとも体位ドレナージの意義,方法を会得してほしいものです.体位ドレナージは,丸めた布団を抱え込むようにして腹ばいになり,臀部を30゜前後に高くした姿勢をとり,家族に背中を下から上に向けて軽くたたいてもらって下さい.体位ドレナージは一日数回行うのが良いですが,嘔気や嘔吐を落とすこともあるので食ことの前後にしないで下さい.
 かぜ症候群では治療より予防が重要です.人混みの中へ出かけないこと,外出から帰ったら,うがい(できればイソジン含嗽剤でうがい)と石鹸で手洗いの励行,などは日頃からできる簡便な予防法です.筋ジストロフィー患者は健常者に比べて寒さに弱く敏感ですので,保温に十分な注意が必要です.室温は24〜25℃,湿度は60〜65℃(インフルエンザは湿度に弱いと言われています.冬季は加湿器などを用いて室内の湿度を保つ)に保ち,換気を適当に行うことです.夏季はクーラーや扇風機で体を冷えすぎないようすること,発汗したら,身体をよく拭いて,汗などで汚れた衣類やシーツを交換することも大切です.


(2)急性胃拡張
 急性胃拡張は,胃が急に大きくなる現象をいいます.たくさん食べてもいないのに胃が張ってきて,むかつき,少し吐いてはむかつきが止まるということを繰り返します.この状態が続くと,黄緑色の吐物(胃液と胆汁が混ざったもの)がみられるようになります.
 急性胃拡張がおこった時は,食物の摂取を直ちに止め,筋ジストロフィー専門医療機関や総合病院を受診を受診し,適切な処置を受けて下さい.急性胃拡張では,鼻から胃管を通し,胃の内容物を持続的に吸引すること,嘔吐や吸引で失われた水分や電解質を輸液で補うことが重要です.
 急性胃拡張の予防法は,ふだんから栄養バランスがとれた食物を摂取し体力をつけておくこと,一度にたくさん食べないで5〜6回に分けて食べること,食後は短時間座ったままで食物とともに飲み込んだ空気をゲップとして吐き出し,その後30分ぐらい右側臥位をとって休むこと,などです.また,急性胃拡張はやせ型で,背柱変形が強い患者に多いようですので,日頃の訓練をしっかり行うことも大切です.


(3)便秘
 多くの筋ジス患者は便秘に悩みます.腹筋力の低下,消化管運動の低下,適度運動の不足や水分不足が原因です.また外出,外泊など環境の変化による精神的ストレスも便秘を助長します.
 排便習慣をしっかりつけることが重要です.便意のあるなしにかかわらず朝食後に便器に座り,排便を試みることです.排便時の姿勢は患者によって様々ですので,患者に見合った安楽な体位や姿勢で排便できるように介助する家族は配慮する必要があります.
 熱い湯に浸し絞ったタオルを腹部に当てがい,そのタオルを他のバスタオルで覆い圧迫する温罨法や,腹部を臍の下から右腹部,上腹部,左腹部へと順々に「の」の字を書くように手で軽くマッサージする方法で便通がつくこともあります.
 繊維質の多い野菜や海藻類は腸を刺激して動きを良くしますので,できるだけ多く摂取して下さい.また,起床時にコップ1杯の冷水や牛乳を飲むことも便通をつける上で効果があります.疲労を感じない程度の適度の運動も腸の運動を高めますので,毎日欠かさず励行して下さい.
 4〜5日間も排便がない時は医師に相談して,緩下剤,消化剤や座剤の投与を受けたり,浣腸や摘便などの処置を受けて下さい.便秘が長期間にわたり続きますと,腹部が膨満したり,嘔吐したり,食欲不振が強くなったりして栄養状態が一層悪化しますので,便秘だからといって軽く考えないで医師から適切な指示を受けて下さい.


(4)下痢
 下痢は食中毒(食あたり)で起こるだけでなく,暴飲暴食,腹部の冷え,精神的ストレス,牛乳の飲みすぎ,緩下剤の飲みすぎなどでも起こります.
 下痢が起こったら,まず腹部を保温し,安静にします.消化の悪い食物を避け,全粥にする方が良いでしょう.下痢が続くと脱水状態になりますので,皮膚がふだんより乾いていたり,尿量が減少してきたら筋ジス専門医療機関や総合病院を受診し,輸液を受けて下さい.下痢止め薬はもちろん有効なのですが,飲みすぎは便秘を引き起こしますので,服用量や服用方法は医師の指示にしたがって下さい.
 下痢のため肛門部やその付近が汚れ,皮膚が湿潤し褥瘡の原因にもなりますので,毎日清拭することを励行して下さい.


(5)その他の消化器症状
 口内炎は胃腸の調子が悪い時や口腔内が不潔になっている時によく現われます.うがいなどで口腔を清潔に保つこと,規則正しい食習慣を守ること,刺激物の摂取をさけることが大切です.口内炎の治療には軟膏や口腔用貼付剤が有効です.嚥下困難は咽頭の嚥下筋障害によっておこります.特に巨舌の筋ジストロフィー患者では,誤嚥による窒息に注意を要します.嚥下困難を訴えた時は,まず調理方法を工夫してみて下さい.米飯の炊き具合を軟らかめにしたり,粥にしたり,副食をきざみだり,つぶしたり,おろしたり,ミキサーにかけたりして食べ易くします.また汁物でむせる場合は,かたくり粉でとろみをつけると飲み易くなります.食後にうがいをしたり,水を飲んだりして口腔内に食物を残さないようにすることも誤嚥をさけるためには必要です.
 胃部不快や腹部不快は,暴飲暴食,呑気(空気を飲み込むこと),便秘で起こることが多いようです.また外出外泊後の精神的ストレスや脊椎変形,ベルトやテーブルによる腹部圧迫が原因になることもあります.食べ過ぎが原因になっている場合は,食こと量を減じ,食こと内容を変更することが必要になります.呑気のため不快感が生じた時は,食後しばらくの間座位をとらせゲップを出させることです.また脊椎変形が強い患者では,サイドピロー(小枕)などの補装具を上手に用いて良好な姿勢をとらせ,ベルトや他ーブルが腹部に食い込まないように工夫します.
 腹部膨満は呑気,便秘,鼓腸(ガスで腹部が膨満する)などでおこります.したがって,食ことの際は空気を飲み込まないように指導することや腹部温湿布(温罨法),浣腸で便通をつけることが症状の軽減をもたらします.鼓腸で腹部膨満が著しい場合は,肛門からネラトンカテーテルを挿入し排ガスを行うと楽になります.
 腹痛は便秘,下痢,食べ過ぎ,鼓腸などいろいろな原因でおこります.腹痛が生じたら安静にし安楽な姿勢をとります.温罨法を行うと腹痛が軽減することもあります.便秘や鼓腸が原因と考えられる場合は,浣腸や排ガスを行うと痛みはとれます.
 以上の消化器症状が短期間(2〜3日)で解消しない時は,主治医に相談して下さい.


(6)皮膚疾患
 歩行ができなくなったり,車椅子に座ったままの生活が長くなると,皮膚疾患特に陰部の湿疹や真菌感染症(カビによる皮膚病)がよく起こるようになります.
 陰部湿疹の症状は,痒み,発疹,びらん,亀裂などです.通気をよくすることが予防につながります.下着類は身体にぴったり密着しないような材質のもので,吸湿性のあるものを選びます.また,ボタンよりもマジックバンドを使用して容易に着脱できるような,外観よりも機能的な下着を用意します.車椅子に座っている時や,ベッド上で臥床している時などは,通気を良くするために開排位(股を開くような姿勢)をとります.下着が汚れたら皮膚を乾燥した後,速やかに新しい下着と交換します.
 皮膚の真菌感染症(白癬症とも言います)にはいろいろなものがあります.陰部白癬症は,俗にいんきんたむしと言いますが,股間部に生じるかゆみを伴う皮疹です.足白癬症は,俗にみずむしと呼んでいますが,足趾(時には指)の間に発赤,びらんを来す趾間型と,足のうらの土踏まずや足の外側,踵に小さな水泡形成をみる小水泡型があります.爪白癬症では爪は白濁肥厚し,変形して脆くなります.この他に頭部白癬症(俗にしらくも),体部白癬症(俗にたむし)などがあります.
 真菌感染症の治療は,病巣部の清潔が第一で,心機能や呼吸機能の状態を考慮しながら入浴回数を増やします(1週間2回程度).真菌は乾燥に弱いので,入浴後は病巣部をヘアードライヤーで十分に乾燥させることが大切です.医師から処方された真菌に有効な軟膏や溶液を塗布します.また,湿疹の場合も同様ですが,決して病巣部を手指で掻かないで下さい.
 脂漏性皮膚炎はかさぶたが生じる,主として頭髪発生部位にみられる湿疹です.洗顔,洗髪を定期的に行い,皮膚を清潔に保つこと,毛孔(毛穴)を塞ぐようなクリームやポマードをつけないこと,直射日光を避けることが注意こと項です.
 臀部のタコは長期間にわたりいざりの生活をしている患者や,一日中車椅子に乗っている患者にみられます.時にタコの部分に細菌感染が起こり化膿することがあります.放置しますと,蜂窩織炎という強い炎症に進むことがありますので主治医に相談して下さい.


(7)褥創(床ずれ)
 褥創は骨突出部の皮膚および皮下組織がたえず圧迫を受け,そのために血行障害が起こり,組織の壊死がもたらされる状態を言います.通常は仙骨部に多いのですが,筋ジス患者では背柱の変形は著明ですので,いろいろな部位,たとえば脛骨稜,膝蓋骨部,踵骨部,肘の突出部などに起こります.生じたじょく創に対しては,消毒した後,組織損傷改善促進作用を有する軟膏を塗布します.
 じょく創は治療よりも予防が大切であることは言うまでもありません.予防策として,皮膚の圧迫を軽くするため体位の交換を頻回に行うこと,吸湿性のある材料で作られたドーナツ型円坐やフローテーションパットを臀部にあてがうこと,じょく創予防用の特殊ベッドを用いること,糞尿による汚染を防ぎ局所を清潔に保つこと,高蛋白・高カロリー食を摂取して栄養状態を良好に保つこと,などが挙げられます.


(8)凍傷(しもやけ)
 筋ジス患者では,ふだんから手足が冷たく,末梢循環障害の存在が疑われますが,冬期になると,いっそう冷たく凍傷に罹りやすくなります.凍傷対策としては,保温に注意すること,温浴,厚手の靴下着用,車椅子のフットレストに毛糸の足カバーをつけること,などが挙げられます.主治医から処方された末梢循環改善剤を服用するのも良いでしょう.


(9)痙攣
 筋ジス患者の中でも特に,先天性筋ジスの患者では痙攣を合併することが多いようです.痙攣が起こっている時は舌を噛まないように布を巻つけたスプーンなどを口角から挿入し,顔を横に向け,衣服をゆるめ呼吸を楽にさせるようにします.そして速やかに医療機関を受診し痙攣の対応を依頼します.発作があ治まってから脳波や脳のコンピュータ断層撮影(CT)などの検査を受け,痙攣の原因を調べて貰って下さい.
 痙攣発作が反復して重積状態にならないように,過労や睡眠不足を避け,規則正しい生活を心掛けて下さい.


(10)転倒
 デュシェンヌ型筋ジス患者では,3〜5歳頃から尖足や下肢脱力のために転倒し易くなります.患者は急に膝が折れしゃがみこむように倒れます.膝折れ転倒が頻回になってきたら,移動手段として車椅子の使用を考慮する必要があります.自力歩行が困難になり長下肢装具を着用したり歩行器を使用して起立や歩行の練習をする場合には,頭部保護帽を着けること,障害物がなく平坦な場所を選ぶこと,歩行器に砂嚢などをくくり付けスピードが出すぎないようにすること,などの注意を守って下さい.
 もし転倒した時は,家族は受傷部位を確認し,外傷の程度や意識の状態を観察します.弱い捻力(捻る力)でも骨膜剥離骨折(骨膜に亀裂が入る)が生じ,激痛を引き起こすことがあります.転倒して局所の痛みが2〜3日,持続するような場合や,家族がおかしいと思った場合は,主治医に連絡し指示を受けることを勧めます.


(11)肥満とるいそう
 車椅子乗車移行期に体重が増加する筋ジス患者では,それは過食と運動不足によるものです.過度の肥満は,心臓の負担を重くしますし,日常生活面における動作を困難にします.高度の肥満患者は医師や栄養士の指導を受け,バランスのとれた食こと内容と適正なカロリーを摂取して体重の調整を図って下さい.
 病気が進行し,呼吸不全や心不全が現われると,るいそうが目立ちます.るいそうが強くなると,呼吸不全がさらに悪化し,悪循環を形成することになります.またるいそうが著明になると,抵抗力が落ち,いろいろな感染症に罹り易くなります.るいそうが著明な患者では栄養治療が必要ですので,医師や栄養士の指導を受けて下さい.
 肥満やるいそうに関しては,第7章で詳しく説明されています.

(姜  進)

   

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