第6章 筋ジストロフィー患者の家庭看護


1.呼吸不全の看護

 はじめに
 筋ジス(主としてデュシェンヌ型)の呼吸不全は慢性に経過していくためにその発見が難しい.自覚症状もその進行の程度も個人差があり,又動脈血のデーターと自覚症状が一致しないこともあり,日頃の状態観察が大切です.呼吸不全の状態を適確に把握し,医療機関へ受診して治療開始の時期を逃がさないようにすること,その中で,呼吸訓練法や日常生活上の注意事項等を習得していけば,たとえ,呼吸不全の状態でも在宅で過ごせます.現在,在宅においても人工呼吸器の導入が積極的になされています.今後,呼吸不全の状態で在宅で生活される方が増えていくと重います.ここでは,呼吸不全の観察のポイントと日常生活の援助について述べます.


(1)呼吸不全の観察のポイント
 石原分類による呼吸不全中期に入るまでは,患者さんの多くは自覚症状を訴えません.しかし,個人差はあるが中期に入った頃より疲れやすくなり,いままで続けていた運動やサークル活動も長時間できなくなリます.又,食欲がなくなり特に朝食が食べられなくなる,寝起きが悪いなどの症状が出てきます.入院患者は,この頃より,毎月1回の動脈血の検査をおこない,看護婦も意識的に観察しています.呼吸不全の末期に何時入るかが観察のポイントとなります.末期に入ると呼吸器の導入が必要となりますので,定期的に医療機関へ受診してください.呼吸不全の進行には,個人差がありますし,他の合併症も出現する事もあります.呼吸不全末期は,多彩な症状が出現し,他の合併症との判別も難しくなります.この様な状態になると,不安や焦燥感もかさなり患者の訴えも複雑となります.


 自覚症状

  1. 息切れ,易疲労感
     食事も息切れのため休みながら摂取し,車椅子乗車も長時間できなくなる.声も小さくなり,長く会話をすると疲れる.

  2. 起床時の覚醒の悪さ,眠気,頭痛,頭重感 
     夜間良眠できず,体位変換が頻回となり朝が起きれない.日中特に午前中ぼんやりしたり,頭痛や頭重感を訴える.

  3. 胃部不快,吐き気,腹痛,体重減少
     個人差はあるが,胃部不快,吐き気を訴え食事を摂取できない.又胃部や腹部の膨満感を訴え,体重減少も認める.又排便のコントロールも難しくなり,自力での排泄が困難になる.これらの消化器症状は,長く続くこともあるが人工呼吸器を導入し,呼吸不全の状態が改善され体調が整えられると改善することが多い.

 他覚症状

  1. 意識障害
     意識障害も軽度では昼間の傾眠程度であるが,さらに意識障害がすすむと意識がぼんやりしたり興奮状態となる.さらに重篤な状態では,意識消失し,生命予後に直結するため緊急に対処しなければならない.

  2. 頻脈,不整脈,呼吸状態の異常
     日頃より脈拍をはかる習慣をつけ通常の脈拍を知っておく.呼吸不全がすすむと1分間100以上となり,リズムも乱れる事もある.呼吸数は,覚醒時には増加するが夜間睡眠時には徐呼吸,無呼吸が出現することもある.車椅子上で,上半身を前後に動かす呼吸(船漕ぎ呼吸)が出現したら自覚症状がなくても呼吸不全末期の状態といえる.安静時に下顎呼吸や鼻翼呼吸が出現したら危険な徴候と考える.

  3. 多量の痰 
     感冒等にかかっていなくても,多量に痰を喀出する.細菌感染のないときは,無色又は白色であり,粘ちょう性の泡沫痰となる.感染を受けると黄色痰を混じるようになり,脱水になると粘ちょう性が高まり喀出困難となる.窒息の危険もあるため,十分な注意が必要である.

  4. 顔色
     顔面が紅潮してみえる事もあるが,炭酸ガスの蓄積でもこの様な症状となる.さらに進行してくると,顔面蒼白となり手足の末端,爪,が紫色(チアノーゼ)になる.

  5. 尿量の減少,浮腫  
     呼吸不全が進行すると,尿量の減少や浮腫がみられる.


(2)日常生活の援助

  1. 用手補助呼吸(用手胸郭圧迫法)
     患者を仰臥位とし,患者の前胸部に手をおき,患者の呼吸に合わせて,胸部を圧迫する方法です.詳細は肺理学療法を,参照してください.この方法は,患者が息苦しさを訴えた時,呼吸器をはずす間の呼吸調整時,入浴時等に使用すると有効です.しかし,長時間実施すると援助者が手首を痛める等の弊害もあります.日頃より,患者と援助者の信頼関係をつくり,患者が安心してこの方法を受けいられるようにしておいて下さい.

  2. 体位ドレナージ,その他
     痰の喀出が困難な場合,体位ドレナージを実施する.詳細は肺理学療法を参照してください.筋ジスの患者は,変形が著明なので,専門の医療機関で患者にあった方法を指導してもらい,実際に体得しておく事が大切だと思います.また日頃より実施し,患者も援助者者もなれておくと緊急事態に対応できます.痰がでやすいよう水分摂取を促し,吸引,吸入も在宅で実施できるよう医療機関で指導を受けておいてください.  

  3. 消化器症状に対する対応
     消化器症状にたいして,薬物療法が効果がない事があります.まず患者の食べられる物を優先し,噛む事や飲み込む事が困難になっている場合は,刻んだり,またペースト状にしてみて下さい.総じて,パサパサしたものよりとろみのついた物の方が食べやすく,高カロリー飲用なども使用し,栄養補給に努めます.腹満に対しては,胃部を押してげっぷを出したり,腹部のマッサージを行い,肛門より管をいれ排ガスを促す方法もあります.

  4. 褥創予防 
     褥創予防のためには,体位変換が最も有効です.その他,ナースパットやエアーマツト,腹帯,小枕,等の看護用品も効果があります.車椅子乗車も長くなると褥創になりやすいので無圧座布団,フローテーションパットなどを使用します.夜間の体位変換は,介護者の負担が大きいので,時間を決め交替でするなどの工夫も必要です.

  5. 緊急時の対応
     努力呼吸(下顎呼吸や鼻翼呼吸)やチアノーゼの出現,意識消失は緊急に対応しないと命に直結します.その際,患者も介護者もパニックにならないようにし用手補助呼吸をおこない,窒息が原因と考えられれば吸引等をおこない,連絡の上すみやかに病院へ運んででください.緊急時に対応してくれる病院と普段よりコンタクトをとっておいて下さい.


 おわりに
 呼吸不全があっても重篤でない限り普通の生活が望ましく,周囲の人々との交流を持ち目標をもって生活していけば,呼吸不全の状態でも充実した日々が過ごせると思います.
 


参考文献 
石原傳幸:デュシェンヌ型筋ジストロフィー症の健康管理.日本筋ジストロフィー協会,
東京 1988

(大畑みえ子)

   

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