第7章 筋ジストロフィーと栄養


1.栄養所要量

 はじめに
 世界の多くの国においてその国民が健康を保持し健康に毎日の生活を営めるようにするために,どのような栄養素をどの位取ったらよいかという摂取量の標準を示し,それを栄養所要量と定めています.栄養必要量というのは人間が生きていくのに必要な最低限の栄養量を云い,栄養所要量というのは必要量にある程度のゆとりをもたした量を言います.


(1)各栄養素について
 まず最初に食品には図1の如く六つの基礎食品というものがあります.これらは体の中に入り,それぞれ異なった大切な役割があります.一群のたん白質,脂肪は血や肉になり,二群のカルシウム等の無機質は,骨や歯を作り,三群四群のビタミン類は,体の調子を整える働きがあり,五群の糖質,六群の脂肪などには,働く力になるものなどの役割があり,大きく六つの食品群に分かれています.それぞれが特徴のある働きがあり,これらが相互に働きあって調整し身体全体を動かして,病気を治し,活力もつけ,ひいては長寿にもつなげているのです.それ故に,これらの基礎食品は,良く考えて過不足なく体に食物として取り入れ,有効に利用するためには「六つの基礎食品」をバランスを保って摂取することが基本となります.


 言うは易く行うは難しで,こんな複雑な表を見て食べていたら,せっかくのおいしい
料理も味気なくなり,荷が重くて頭が痛くなり,腹が立つのが常道です.そこで簡便法としては,この「六つの基礎食品」の中から毎日一品以上は必ず取り,一日合計三十種類の食品を取ることを心掛けると,ほぼ満足されると云われています.偏食,加工食品,インスタント食品などを取っていては用意に三十品目の摂取は不可能なのです.

(2)筋ジストロフィーの栄養所要量
 毎日生活が健康に営めるようにするには,どのような栄養素をどれ位とったらよいかという摂取標準量を示したものが栄養所要量です.筋ジスの患者さんは,筋肉の弱っていく身体に,どんな栄養素をどれだけの量を何時,摂取すれば良いのか不安でしょう.そこで最近順次明らかになってきた筋ジスの栄養所要量についてに紹介します.

1. エネルギー所要量
 エネルギー所要量とは栄養所要量の基本であります.表1は普通事務など軽作業者の年齢別の一日のエネルギー所要量を示しています.表2は患者さんの平地歩行が可能な最後段階の障害度・の病型別,男女別のエネルギー所要量を示します.表1.2を比較すると筋ジスの患者は熟年の軽作業に従事している女性の必要エネルギー量約1700カロリーに近いことがわかります.したがって筋ジスの患者さんでは,一日の総エネルギー所要量は健康人よりはずっと少なくて良いのです.その原因は運動量が少ないのと,体重が健康人に比べてかなり軽いからです.しかし,体重1kg当たりの安静時代謝量は健康人よりもかえって大きいことが筋ジス患者さんの特徴の一つです.体重が軽いので全体のエネルギー使用量は少なくてよいのです.筋ジスの個々の患者さんのエネルギー所要量は,専門病院の栄養士に相談して下さい.

 

表1 生活活動強度1(軽い)におけるエネルギー所要量
年齢
体重
kg
所要量
Kcal/日
体重
kg
所要量
Kcal/日

8〜
9〜
10〜
11〜
12〜
13〜
14〜
15〜
16〜
17〜
18〜
19〜
20〜29
30〜39
40〜49
50〜59
60〜64
65〜69

27.42
30.69
34.34
38.73
44.31
50.39
55.69
59.62
61.93
63.15
63.53
63.53
64.69
66.62
66.19
63.66
61.12
59.28

1900
1950
2050
2200
2350
2550
2650
2400
2400
2400
2400
2350
2250
2200
2150
2050
1900
1800

26.60
29.95
34.23
39.28
43.92
47.60
50.38
52.08
52.92
52.95
52.53
51.93
51.31
54.02
55.49
53.95
51.28
49.53
1750
1850
1950
2100
2250
2300
2300
2000
1950
1900
1850
1850
1800
1750
1700
1650
1550
1500

(第5次改定日本人の栄養所要量より)
表2 障害度Wにおける筋ジストロフィーのエネルギーの所要量
  年齢
体重
kg
所要量
Kcal/日
年齢
体重
kg
所要量
Kcal/日
デュシェンヌ型 8〜10
11〜13
14〜16
17〜20
21〜25
26〜35
27.81
35.38
36.16
33.38
33.38
35.21
1400
1600
1600
1500
1400
1400
16〜19
20〜39
35.26
37.93
1600
1400
先天性 8〜10
11〜13
14〜16
17〜20
21〜25
26〜35
16.03
21.70
19.12
32.24
32.04
30.03
1200
1500
1300
1700
1500
1400
11〜13
14〜16
17〜20
21〜25
26〜35
33.07
27.94
32.42
33.79
32.00
1700
1400
1500
1400
1400
肢帯型 17〜29
30〜39
40〜49
50〜59
60〜69
34.94
44.21
48.26
47.92
48.39
1500
1600
1700
1600
1400
17〜29
30〜39
40〜49
50〜59
60〜69
43.40
41.70
42.62
45.58
35.80
1600
1400
1400
1400
1000
顔面肩甲上腕型 20〜39
40〜59
60〜69
39.85
52.76
39.25
1500
1800
1300
20〜39
40〜59
60〜69
37.50
42.23
44.03
1300
1300
1400
ベッカー型 14〜19
20〜29
30−39
40〜4
42.42
35.03
42.45
53.44
1700
1400
1500
1600
     
筋強直性 14〜16
30〜39
40〜49
50〜59
60−69
44.07
55.03
54.83
53.12
47.74
1800
1800
1800
1600
1500
20〜39
40〜49
50〜59
60〜69
53.10
51.12
45.06
47.46
1700
1500
1300
1300

(木村 恒:平成6年度筋ジス4班報告書より)

2.たん白質所要量
 筋ジスという外国語のもとの意味は,異栄養という意味であったことからもわかるように,昔病気を発見した当時は筋肉が異常栄養によって衰え細くなり力がなくなっていくと,考えていたようです.このやせ細って,弱くなる筋肉は,主に蛋白質からできており,六つの基礎食品の分類では,一群の血や肉になる,魚類,肉類,卵,豆類といった食品に多く含まれています.従って一般的に,筋ジス全般の疾患について言えることは,この血や肉になる六群を不足することなく過分になるように,食事として摂取することは,病気の経過をよい方向に向かわせる可能性が考えられます.しかし,六群だけを多く取ったら充分で他は不要かというと,身体の調子,身体の働く力になるような他の群もなくなると,身体は効率よく働きません.あくまで栄養のバランスはよくした上で,蛋白質の多い六群をやや過剰に摂取して血や肉になる素を充分に身体に補給してや
る事が,好ましい献立というわけです.そこで,蛋白質をどの程度普通より多めにするかが問題となります.
 軽作業者の年齢別たん白所要量を表3に,筋ジス患者障害度・のたん白質所要量は表4に示します.筋ジトロフィー患者の,単位体重当たりのたん白質所要量はデュシェンヌ型,先天性で健常者の68%増となっています.肢帯型,顔面肩甲上腕型,ベッカー型,筋強直性ジストロフィー患者のたん白質所要量は,健常者の12%増しということがわかっています.
 また,これら蛋白質は食事として摂取した後は,消化吸収という経過を経て細かく分解され次にその人にあったような蛋白質に再び合成されます.そのために肉や血になり易い成分の食品が良質蛋白質といわれています.従って,同じ蛋白量を食べるにしても良質な食品を多くとることが,患者さんの負担を軽くして早く回復させるといえます.また,蛋白質と同居する脂肪についても魚の脂肪に含まれるエイコサペンタエン酸やドコサヘキサエン酸などは,動脈硬化や,心筋梗塞,脳梗塞の予防効果があるといわれており,これら脂肪酸をたくさん含んだ,日本近海でとれる新鮮なイワシ,サンマ,サバなどは安価で調理し易いので上手に調理して食べさせましょう.ただし,魚の脂肪は変性して酸敗すると有害となりますので新鮮なものを食べるようと心がけましょう.


3.無機質所要量とビタミン所要量について
 筋ジス患者における単位体重当たりの無機質所要量とビタミン所要量は,通常同年令の一割増しと考えると良いでしょう.骨や歯をつくる無機質の代表であるカルシウムのような二群の食品は牛乳,海草,骨ごと食べる鰯などに多く含まれています.また身体の調子を整える三群,四群の緑黄野菜は,ビタミンや無機質,食物繊維などを豊富に含み,筋ジス患者にしばしばみられる便秘やガンを予防する効果もあり,一日300gを目安として食べるように心がけましょう.

表3 生活活動強度1(軽い)におけるたんぱく質所要量
年齢
体重
kg
所要量
Kcal/日
体重
kg
所要量
Kcal/日

8〜
9〜
10〜
11〜
12〜
13〜
14〜
15〜
16〜
17〜
18〜
19〜
20〜29
30〜39
40〜49
50〜59
60〜64
65〜69

27.42
30.69
34.34
38.73
44.31
50.39
55.69
59.62
61.93
63.15
63.53
63.53
64.69
66.62
66.19
63.66
61.12
59.28

65
70
75
80
85
90
90
90
80
75
75
70
70
70
70
70
70
70

26.60
29.95
34.23
39.28
43.92
47.60
50.38
52.08
52.92
52.95
52.53
51.93
51.31
54.02
55.49
53.95
51.28
49.53
60
65
70
75
75
75
75
70
60
65
60
60
60
60
60
60
60
60

(第5次改定日本人の栄養所要量より)
表4 障害度Wにおける筋ジストロフィーのたんぱく質所要量
  年齢
体重
kg
所要量
Kcal/日
年齢
体重
kg
所要量
Kcal/日
デュシェンヌ型 8〜10
11〜13
14〜16
17〜20
21〜25
26〜35
27.81
35.38
36.16
33.38
33.38
35.21
50.1
63.7
65.1
60.1
61.0
63.4
16〜19
20〜39
35.26
37.93
63.5
67.0
先天性 8〜10
11〜13
14〜16
17〜20
21〜25
26〜35
16.03
21.70
19.12
32.24
32.04
30.03
28.9
39.1
34.4
58.0
57.7
54.1
11〜13
14〜16
17〜20
21〜25
26〜35
33.07
27.94
32.42
33.79
32.00
59.5
50.3
58.4
60.8
57.6
肢帯型 17〜29
30〜39
40〜49
50〜59
60〜69
34.94
44.21
48.26
47.92
48.39
41.9
53.1
57.9
57.5
58.1
17〜29
30〜39
40〜49
50〜59
60〜69
43.40
41.70
42.62
45.58
35.80
52.1
50.0
51.1
54.7
43.0
顔面肩甲上腕型 20〜39
40〜59
60〜69
39.85
52.76
39.25
47.8
63.3
47.1
20〜39
40〜59
60〜69
37.50
42.23
44.03
45.0
50.7
52.8
ベッカー型 14〜19
20〜29
30−39
40〜4
42.42
35.03
42.45
53.44
50.9
42.0
50.9
64.1
     
筋強直性 14〜16
30〜39
40〜49
50〜59
60−69
44.07
55.03
54.83
53.12
47.74
52.9
66.0
65.8
63.7
57.3
20〜39
40〜49
50〜59
60〜69
53.10
51.12
45.06
47.46
63.7
61.3
54.1
57.0

(木村 恒:平成6年度筋ジス4班報告書より)

 

(三谷美智子)

   

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