第8章  在宅筋ジストロフィー患者と国療筋ジストロフィー病棟


(1)筋ジストロフィー病棟の歴史
 現在,全国27カ所の国立療養所に筋ジス病棟(筋萎縮症病棟)が設置されています.そこでまず筋ジス病棟の成り立ちを,歴史的に少し振り返ってみたいと思います.昭和39年3月16日に,「全国進行性筋萎縮症児親の会」が厚生大臣に陳情を行ったのに端を発しています.厚生省は同年5月6日に「進行性筋萎縮症対策要綱」を発表していますが,主な内容はリハビリテーションを中心とする治療と学齢期にある者に対し教育の機会を与えること,研究を積極的に推進すること,親の会とは連絡を蜜にしてこれを育成することなどが主旨となっています.そして同年5月には西多賀療養所(当時)と下志津病院の病棟整備が始まり,その後次第に増えて昭和54年までに27施設2,500床が整備され現在に至っています.この間,昭和44年からは成人患者にも措置費が出されるようになり,成人用の病室も設置されるようになりました.さらに昭和50年からは作業療法棟が,昭和55年からは成人化対策病棟整備が開始されています.また昭和51年からは在宅患者の支援を目的としてデイケア棟の整備も行われています.


(2)筋ジストロフィー病棟の現状

  1. 患者数の減少
     病棟の整備とともに入院患者数は増加していたわけですが,ここ数年は横ばいかむしろ減少する傾向がみられています.平成6年度の患者調査1)では,全国筋ジス病棟の入院患者総数は2056人でこのうち筋ジス患者数は1578人(デュシェンヌ型は938人)となっています.
     減少の原因としては次のような要因が考えられます.

    1. 少子化傾向や遺伝子診断が可能になったりして出生数が減少してきたこと

    2. 多くの普通学校が筋ジス児童をひろく受け入れるようになったことより,在宅を選択する例が増えたことなどが挙げられます.
       ただ病院としては運営上,空床ベッドをそのまま放置できないこともあって,広義の筋萎縮症患者や成人患者の割合が高くなっているのも事実ですが,過渡期の対策としてやむを得ない選択と考えています.
  2. 重症化
     昭和60年頃よりデュシェンヌ型筋ジス患者さんに人工呼吸器が付けられるようになり,現在では全国の筋ジス病棟で400人を超える患者さんが何らかの呼吸器を使用しています.その結果,大幅な生命の延長がなされていますが,限られた病院スタッフの中で患者,家族の希望に沿いながらいかにして有意義な生活(QOL)を保障していくかは難しい問題となっています.独歩可能な学童は少なくなり,車椅子や電動車椅子,あるいはベッド上で呼吸器を付けながら生活している患者さんが圧倒的に増えているのが現状で,要介助者が全体の94%を占め,その内の約60%の患者さんが常時あるいは断続的に観察の必要な重症患者であるとの調査報告もあります.

  3. 成人化
      病院により多少状況は異なりますが,比較的進行の緩徐な成人型の筋ジス,例えば筋強直性ジストロフィーの割合が増えています.入院している筋ジスの平均年齢は30.5歳で,デュシェンヌ型の938人(60%)に続いて筋緊張型218人(14%),肢帯型185人(12%)などとなっています.


(3)在宅筋ジストロフィー患者の現状
 在宅の患者さんの場合,学童期で普通学校や養護学校に通学している人と成人で何らかの仕事に従事したりあるいは療養に専念している人に大別できると思います.何れの場合でも医療や住宅,介護などで多くの悩みを抱えている例も多く,病院に対する要望としては次のようなことが挙げられています2)。まず外来での診療内容の充実を希望され,「ようやく受診しても,医師との顔見せ程度では足が遠のいてしまう」と.また訓練への期待が大きく,「落ちていく機能で何かやりたい,何ができるか指導して欲しい」こと.「普通の人と同じように生きがいを持って暮らせる」生活の場として筋ジス病棟をとらえて欲しいことなどです.今後できるだけご希望にそえるように努力したいと思います.


(4)筋ジストロフィー病棟で可能な在宅筋ジス患者への援助

  1. 定期的な外来での医療面のチェック,デイケア
     筋ジスの患者さんは少なくとも年に数回は定期的に医学的な診察や検査を受けることをお勧めします.特に心機能や呼吸機能の検査は重要です.機能訓練等を目的にデイケア棟が全国の筋ジス病棟に設置されていますが,交通手段などが整備されていないため本来の目的で利用されている病院は少ないようです.

  2. 緊急時の対応,緊急ベッドの確保
    在宅の患者さんにとって最も心配なことは急変時に診察してくれたり,入院できるベッドがあるかどうかということです.特に筋ジスの場合は一般の開業医では対応してくれないところも多いためなおさらです.筋ジス病棟でもできるだけ希望にそえるように努力していますが,制度的には緊急ベッドの確保は困難な状況です.

  3. 短期入院(ショートステイ)
     疾患への理解や機能訓練の習得,心肺機能の検査などの目的のため短期入院の制度を試みている筋ジス病棟が増えています.都合のいい時期を選んで利用してみてはいかがでしょうか.

  4. 在宅医療,訪問看護の実施
     高齢社会の中で在宅医療,訪問看護など在宅ケアシステムは次第に整備されてきています.筋ジス患者さんの場合,難病対策の一環として在宅患者訪問診察料,訪問看護・指導料が健康保険で認められています3)。内容は「在宅で療養を行っている患者で,通院が困難な者に計画的な医学管理の下に定期的に訪問して診察を行った場合,また訪問看護計画によって,看護または療養上必要な指導を行った場合」となっています.
    また今後,行政による福祉制度の活用や障害者住宅整備資金の貸付,日常生活用具の給付など担当者に相談しましょう.

 


文献

  1. 渋谷統寿ほか:政策医療としての筋ジストロフィー医療の在り方 国立療養所中央管理  研究報告書 1994
  2. 近藤浩,藤田富子,善積恵子ら:筋ジス成人患者の入退院に関する意識調査 筋ジストロフィーの療養と看護に関する臨床的,社会学的研究 平成5年度研究成果報告書 p 112-114
  3. 福永秀敏:難病患者と家族のためのー生活ガイドQ&Aー 厚生省特定疾患「難病のケア・システム」調査研究班,平成7年度版,p10

(福永秀敏)

   

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