第5章 在宅人工呼吸療法(HMV)の実際

 1.呼吸について
 ここでは呼吸の仕組み,仕組みが乱れた時の状態(これを呼吸不全と呼ぶのですが)の症状などについて説明します.
 私たちは,主として横隔膜と肋間筋を働かせて胸郭(俗に言う胸)を膨らませたり,縮めたりしています.胸郭を膨らませる横隔膜外肋間筋を吸気筋,縮める内肋間筋呼気筋,合わせて呼吸筋といいます(次ページの図を参照して下さい).筋ジストロフィーでは,いずれの呼吸筋も障害されます.頸部筋も呼吸運動に関係しています.呼吸不全が顕著になり始めた頃,患者さんの中には,頭を前後に振るようなしぐさ,いわゆる「舟漕ぎ運動」をする方がいますが,これは後頸部の筋が呼吸の補助をしている姿なのです.
 呼吸筋力が正常であれば,胸郭を十分に膨らませることができます.胸郭を十分に膨らむ結果,心臓や肺などを納める胸腔容積が増え,胸腔内の圧力が下降し(1気圧以下になり),1気圧の大気が鼻孔や口から,低い気圧の胸腔(すなわち肺胞)へと流れていきます.大気中の酸素を取り入れ,身体各所で産生された炭酸ガス(PaCO2)を大気中に排出する,このしくみを肺胞換気と呼びます.肺胞換気が正常にでなされていますと,動脈血酸素分圧(PaO2)85Torr以上,炭酸ガス分圧は45Torr以下に調節されます.ところが,筋ジストロフィーの患者さんでは四肢や体幹の筋と同じように,呼吸筋の力が低下しますので胸郭を膨らませたり,縮めたりできなくなり,肺胞への大気の流れが減少し,肺胞低換気の状態になります.動脈血のガス分析をしますと,PaCO2が上昇し,PaO2が下降しています.そして日常生活をする上で不都合な,いろいろな症状を自覚するようになります.このような状態を換気不全,あるいはU型呼吸不全と呼びます.
 呼吸筋力が低下していなくても,肺炎など肺に何らかの疾患を併発しますと,酸素分圧が下降し,呼吸苦を訴えることがあります.この状態は低酸素血症,あるいはT型呼吸不全とよびます.患者さんが呼吸困難や呼吸苦を訴えた時,いろいろな検査をしてT型呼吸不全かU型呼吸不全のいずれであるかを鑑別し,適切な対応をすることが肝要です.治療については次項以下に詳しく説明しますが,T型呼吸不全では,低酸素血症の原因治療酸素投与,U型呼吸不全では人工換気(人工呼吸療法)が正しい治療になります.

 


(姜 進)

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