2.なぜ人工呼吸療法が必要なのか

 前項では筋ジストロフィーの患者さんになぜ,呼吸困難や呼吸苦が現れるかについて説明しました.
 換気不全では身体各所に必要量の酸素を供給できませんので,組織の代謝(すなわち組織の働き)を障害しますし,生命の危機さえひき起こします.PaCO2が60Torrを超えた時点で人工呼吸器による管理を実施しない場合,デュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者さんでは半数の方が半年以内に死の転帰をとることが経験的にわかっています.患者さんの生命を維持するためにどうしても人工呼吸療法が必要なのです.
 通常,筋ジストロフィーの呼吸不全は徐々に進行しますので,その存在に気づかれないことがあります.何となく朝の目覚めが悪い,身体がだるい,食欲が落ちて体重が減ってきたなど,呼吸不全が疑われる徴候が現れましたら,担当医に動脈血ガス分析をして貰って下さい.このように筋ジストロフィーの呼吸不全は慢性に進行しますので,対策を立てる時間的余裕があります.
 しかし肺炎など気道感染症を併発しますと,PaO2が著明に下降するなど急速に呼吸状態が悪化し,それにより意識障害が現われ,適切かつ迅速な呼吸管理が必要になります.
 また脊椎や胸郭の著しい変形や栄養状態の悪化は呼吸不全の増悪因子になりますので,これらの対策を立てることも重要です.
 呼吸不全の症状
 呼吸不全の症状として,まず,朝の覚醒が悪い,早朝時の頭重感,頭痛,全身倦怠感や顔色不良などの症状が現れます.朝に症状が現われるのは,睡眠中は呼吸が浅かったり,無呼吸のことがあったりして換気が日中に比べて悪いからです.さらに呼吸状態が悪化しますと,早朝のみならず日中でも口唇や爪のチアノーゼ,舟漕ぎ呼吸(頭を前後に振りながら呼吸する),鼻翼呼吸や下顎呼吸が観察されます.もちろん,冷汗,頻脈,よだれ,食欲不振,胃部不快感,急性胃拡張,排尿・排便困難など多彩な症状もみられます.
 呼吸不全治療をいつ実施するのが良いのでしょうか.患者さんや家族の方からしばしば尋ねられる質問です.筋ジストロフィーの呼吸不全では下降するPaO2 と上昇するPaCO2 の値が等しくなるのは65Torr前後なのです.石原の分類ではPaCO2 45〜50Torrの時期を呼吸不全初期,PaCO2 が50〜60Torrの時期を呼吸不全中期,PaCO2 が60Torr以上に上昇した時点から呼吸不全末期と呼んでいます.
 日中PaCO2 が60Torr以上に上昇した時に人工呼吸器に管理を始める施設が多いようです.睡眠中の呼吸情報を考慮して早めに呼吸管理を開始する施設もありますが,まだ一般的ではありません.
 使用される人工呼吸器には陽圧式人工呼吸器(閉鎖式人工呼吸器)と陰圧式人工呼吸器(体外式人工呼吸器)があります.繁用されるのは前者で,鼻マスクや口マスク,気管切開カニュ−レを介して患者さんと連結され,患者さんに一定の圧で医療ガスを送ったり(従圧式),あるいは一定量の医療ガスを送ったりします(従量式).後者は半世紀前,アメリカにおいてポリオ後遺症の患者さんの呼吸障害に対する機器として開発され,患者さんへの精神的打撃が少なく導入しやすいという理由で,約10年前から本邦の筋ジストロフィー患者さんにも用いられていますが,換気効率が劣っており延命効果は不十分であると言われています.しかし,中には装着後10年以上生存している患者さんもいますので捨てがたい人工呼吸器と言えます.
 繰り返しますが,人工呼吸器装着の開始基準や使用する人工呼吸器は,各施設で異なっていますので,詳細は担当医にお尋ねして下さい.
 ここでは刀根山病院の治療方針を述べます.日中PaCO2 が60Torr以上に上昇した時,まず鼻マスクによる間歇性陽圧換気(Nose mask intermittent positive pressure ventilation,NIPPV)を行います.気道感染症による痰増量や誤嚥などでNIPPVの効果が充分でない時は,気管内挿管を施行しNIPPVよりも換気効率の良いTIPPV(Tracheal intermittent positive pressure ventilation)に変更します.TIPPVで呼吸状態が改善したら抜管してNIPPVに戻すことにしています.NIPPVに戻して再び状態が悪化するようであれば,最終手段として気管切開を考慮します.NIPPVに対する理解が得られない患者さんでは,気管内挿管ついで気管切開へと進めていくこともあります.
 体外式人工呼吸器,気管切開・閉鎖式人工呼吸器による管理,NIPPVによる管理については,次項以降に詳しく説明されますので,大いに参考にして下さい.
       (姜 進)

前頁
目次
次頁