3.非侵襲的換気療法−鼻マスク間歇的陽圧換気,体外式人工換気

 非侵襲的換気療法とは,身体に侵襲を与えないで行う(あるいは侵襲が軽微な)換気療法です.マスクを用いての間歇的陽圧換気や体外式呼吸器を用いての陰圧換気などがこれにあたります.現在,筋ジストロフィーの患者さんに呼吸管理を始める際,大多数の施設では非侵襲的換気療法を選択しています.
(1)鼻マスクによる間歇的陽圧換気(Nose Mask Intermittent Positive Pressure Ventilation,NIPPV)
 この換気療法は,1987年頃から海外で実施されるようになりました.日本では1988年に岩木病院の大竹医師によりデュシェンヌ型筋ジストロフィーの患者さんに導入され,1990年には刀根山病院でも開始されるようになりました.今やNIPPVは非侵襲的換気療法の代表格であり,多くの筋ジストロフィー病棟をもつ国立療養所が呼吸管理法の第一選択として採用しています.
 NIPPVに必要な器具,装置などを説明します.
 @鼻マスク
 複数の会社から販売されています.マスクの大きさにもいろいろありますので患者さんに応じたものを選択します.鼻マスクの最大の問題は,鼻マスクで鼻周囲(特に鼻根部)の皮膚が傷むこと(圧迫壊死や褥創と呼ばれます)です.鼻マスク周囲は襞状になっていますので,人工呼吸器から送気した時,この柔らかい襞に圧がかかり,鼻マスクは顔に密着する構造になっています.したがって,鼻マスクの装着する際には鼻マスクと顔の密着のみに心掛け強い圧力で押しつけないことが,圧迫壊死防止のポイントです.また多くの国立療養所筋ジストロフィー病棟で工夫,作製されている,各人の鼻の形状に適合したマスク台も圧迫壊死の予防には威力を発揮します.しかし,顔の筋肉や皮下脂肪の量が変わり,鼻周囲の形状が変化するため,鼻周囲と鼻マスクの間の密閉性が維持できなくなり,呼吸器から送気の一部が鼻マスクから漏れ(リーク),換気効率が低下し呼吸状態が悪化します.その都度,鼻マスク台を作製しても良いのですが,作製時間に余裕がない重症の患者さんもおられ,医療関係者の苦慮するところです.
 A人工呼吸器
 従来,呼吸管理といえば,閉鎖された(NIPPVの患者さんであれば,鼻マスクと鼻周囲の密閉性が維持された状況)空間におけるガス交換を指していました.人工呼吸器も従圧式や従量式呼吸器が繁用されていました.最近,マスクからの(広く気道からの)リーク量をキャッチし,リーク量を補正して送気する呼吸管理法が注目されるようになりました.Bilevel Positive Airway Pressure(頭文字をとりBIPAPと省略して呼ばれます)がこれに該当します.このBIPAPを導入した呼吸器も数種類,登場しました.これらの呼吸器を使用することにより,鼻マスクからのリークに関する悩みがかなり解消できたように思います.PIPAP呼吸器については,呼吸器の項で詳細に説明されていますので,参照して下さい. (姜 進)

 さて,NIPPVの実際を説明します.
 在宅でNIPPVを始めるときは,数日から1週間程度の練習のための入院が必要です.マスクはレスピロニックス社製鼻マスクシステムを用います(図1).マスクの大きさは5種類ありますが,岩木病院では全例Sサイズを用いています.気流の漏れを気にしてストラップを強く締めすぎると鼻根部の褥創の原因となります.さらに蛇管の位置によっても密着度が変わるため気流のもれる方向に蛇管を位置させると,もれを減らすことができます.


図1 鼻マスクシステム(レスピロニクス社製)

 スペーサーは1991年から使用できるようになったもので,鼻根部の圧迫を減らす目的で使用され,サイズが4種類用意されており症例に合わせて使用します.
 ヘッドギアは3本ありますが,首の後ろに1本まわすだけでマスクを密着できる時もあります. 人工呼吸器はどんな種類の機種でも使用することができます.岩木病院ではNIPPV 導入時には従圧式を用い,NIPPVに慣れたら従量式の人工呼吸器を用いています.導入は全例ベネット社製マウスピースによる間歇的陽圧呼吸(いわゆるIPPV)を練習した後 NIPPVを開始します.
 眠ると口から空気がもれますが,口の内にガーゼををつめたりマウススクリーン(ボクシングのときに使うマウスガードと同じもの)を使用し,舌が前方に出るのを防ぎ,口を閉じるようにすると十分酸素を体の中に送り込むことができるようになります.
 デュシェンヌ型をはじめその他の筋ジストロフィーの患者さんに用いることができます.コミュニケーションがある程度可能であれば知的障害があっても可能です.先天性筋ジストロフィーの患者については,IPPVは行っていますが,NIPPVはまだ行っていません.噛み合わせや舌の状態によっては可能かもしれません.筋萎縮性側索硬化症ほか神経疾患にも海外では用いられています.何らかの原因によって意識がなくなった人では,マウススクリーンを使っても口からの空気の漏れが多くなり十分酸素を送り込むことができなくなり気管切開が必要になります.
                       (大竹 進)

(2)体外式陰圧人工換気
 体外式陰圧人工呼吸器の開発の歴史は19世紀フランスまで遡りますが,実用的な陰圧人工呼吸器は1929年にアメリカのドリンカーらにより発明された「鉄の肺」が最初になります.彼らはポリオの呼吸不全を治療するためにこの器械を発明したのです.「鉄の肺」は盛んに使われましたが,器械の中に頭部を除いて全部入れてしまうために,ケアがしにくいなどの欠点が指摘されました.日本でもポリオが流行した頃に輸入され使われましたが,現在ほとんど無いようです.アメリカでは家が広いためだろうと思いますが,現在でも使われています.その後1930年代の終わりにポリオの大流行があり,呼吸不全患者が多数発生したため,「鉄の肺」の小型版である現在の胸腹部を覆う体外式陰圧人工呼吸器(以下,CRと略)が作られたのです.その後CRはポリオ呼吸不全の治療には継続して使われてきましたが,筋ジスなどの神経筋疾患の呼吸不全に使われるようになったのは1970年代後半でした.気管切開が必要でなく,外せば普通の患者と変わりなく行動でき,また旅行や外泊なども可能であることから日本でも1980年代中頃よりたくさん使われてきました.今では鼻マスクによる陽圧人工呼吸が主流となりCR時代遅れの感があります.しかし,まだCRで治療中の患者さんもおられますし,鼻マスクでの人工呼吸が習得困難な患者さんもおられますので,将来もCRがなくなるということはないと思います.CRの原理や使用法などについて述べます.
 @体外式陰圧人工呼吸器の原理とその種類
 体外式陰圧人工呼吸器の原理は気密室の中に身体を入れ,この気密室に陰圧をかけて胸を膨らませることにより肺に空気を到達させようとするものです.「鉄の肺」では頭部を除く体全体を器械の中に入れました.CRでは胸と腹をポンチョで包みここに陰圧をかけます.気密室ができなければ,呼吸器としての機能は果たせません.したがってポンチョの着用の上手下手で呼吸器の能率が変わってきます.エアーリークがないようにポンチョを着用することにはかなりの慣れが必要です.
 「鉄の肺」以外の機種としては,アメリカのエマーソン社製のCRが最も普及しています.日本製ではアコマや木村社製CRが売り出されていますが,エマーソン社製CRが70万程度であるのに対し,日本製は150万程度と価格面で大きな開きがあります.携帯性についてはエマーソン社製CRが最も優れていますが,器械の使用法の容易さは日本性に軍配を上げたいと思います.器械の他にCRでは身体にコルセット,またはグリッドとポンチョを着用することが必要になります.ポンチョ型が優れているので現在ではコルセットを作成し装着することはほとんど無くなりました.コルセットにしてもポンチョにしても着用が難しく,時間がかかり慣れが必要なことは既に述べたとおりです.
 A体外式陰圧人工呼吸の開始時期
 体外式陰圧人工呼吸の開始時期についてはいろいろな意見があります.東埼玉病院では日中のPaCO2が60Torrを越えた時期と定めています.正常のPaCO2は45Torr以下です.筋ジストロフィーでは肺組織自体は正常ですから(後に反復肺感染症により肺組織に異常を来すこともありますが),肺胞までに十分量の空気が到達できればガス交換が可能なのです.したがって肺疾患の呼吸不全のように気管切開により高濃度の酸素を送り込む必要がないので,初期においては低効率の体外式陰圧人工呼吸や鼻マスクによるIPPVでも対処が可能なのです.

 B体外式陰圧人工呼吸の効果
 体外式陰圧人工呼吸器の導入時は,ポンチョを装着した上で陰圧を10cmH2O程度から開始します.体の力を抜きリラックスした状態で開始するのが良いのです.吸気時間(胸が拡げられる時間)は1秒程度,呼気時間(息をはく時間)は2秒程度に設定します.この設定は難しくて,ストップウオッチを用いながらでないと設定できません.開始当日は徐々に陰圧を上昇させ,20までとしておきます.最初の日は30分から1時間装着し,以降次第に長くして夜間装着に移行していきます.
 開始して数週間後には呼吸器を外しても動脈血炭酸ガス分圧値は50Torr台に下降し,呼吸状態の回復傾向を示します.これは呼吸筋疲労がとれたためであると考えられます.動脈血酸素分圧も動脈血炭酸ガス分圧も10Torr以内しか改善しません.気管切開と陽圧式人工呼吸器の組み合わせの治療(TIPPV)では動脈血ガス値は完全に正常化しますし,NIPPV患者さんでも動脈血ガス値が完全に正常化することがあります.したがって体外式陰圧人工呼吸器による治療法は不完全な方法であると結論できます.しかし,NIPPVが習得できない患者さんでは体外式陰圧人工呼吸器を使わざるを得ない場合もありますので,全くナンセンスな治療法というわけではありません.
 体外式陰圧人工呼吸器で治療を始める頃には呼吸困難,疲れやすく根気が続かず新聞も読めない,寝覚めが悪く午前中はボーツとしているなどの自覚症状があります.呼吸器治療を始めると(治療は夜間睡眠時間のみですが),これらのの症状は消失して元気に生活できるようになります.東埼玉病院では1984年1月からCR治療が始まりましたが,1984年7月から治療を始めた患者さんが現在も(1995年5月時点)CRを装着して生活中です.CRは人工呼吸器としての能率は劣るのですが,症例によっては大変有効な場合もあるのです.
 平均して約3年程度でCRでは治療が不十分になりますので,この時点でNIPPVや気管切開を考えるというのが通常の対処法となります.

 C体外式陰圧人工呼吸の注意点
 体外式陰圧人工呼吸療法はまず身体(特に胸部)を何らかの方法で覆い,気密室を作らなければなりません.この気密室を作るためにコルセットを着けたり,グリッドをつけてポンチョを着用したりしなければならないのです.気密室をつくるということは,エアーリークがない状態を作るということです.ポンチョを装着する場合,まず頚部には小さなタオルを巻き,その上からポンチョの頚部のストラップを締めます.あまり強く締めすぎると呼吸ができませんのでほどほどに締めることが必要です.腕は肘より上部でマジックテープで締めます.腹でポンチョ下部を閉じようとすると,どうしてもエアーリークが生じますので,ポンチョを大腿部で閉じるのです.ポンチョの下の端を大腿部に巻きつけ上からマジックテープで巻きます.両方の足に巻き付けると中心部が余ります.この余った部分は前面(腹側)と後面(背中側)を重ねて陰部に向かって巻いていきます.あまりきつくないところまで巻きましたら,これを数個の大きな洗濯ばさみ,または書類ばさみで止めれば作業終了です.
 この器械は電圧によって微妙に動作タイミングが変化します.在宅患者では周囲が電力を使わなくなる夜中に急に陰圧が上昇することがあります.この場合は家の近くにトランスを電力会社に設置してもらうことで解決しています.器械の故障は稀にありますが,在宅の場合は夜間でも眠らないで起きていれば呼吸は大丈夫ですので,その間に病院に来てもらい故障していない器械を貸し出すようにしています.CRは作動音が大きく,夜間に問題が起きます.これは消音器で解決しますが,価格は10万円程度です.ただし,これでもNIPPVの一部の機種よりは作動音が大きいのです.CRの宿命として器械作動中のエアーリークによる体温低下が問題になることがあります.ベッドの下敷きや上がけに電気毛布を使用することで解決しています.CRを使ってみると,夏は涼しく良いのですが,冬は寒さを強く感じるようです.   
     (石原 傳幸)

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