◆ 映画「タイタニック」遭難シ−ンの検証◆


”日本海事新聞 1998.4.13”



財団法人 海事産業研究所 客員研究員

長塚 誠治



綿密な調査と二百四十億円の巨費、
そしてコンピュ−タ−グラフィックを
駆使して完成した映画「タイタニック」は
アカデミ−賞に値する内容で、
海事関係者にとっても一見の価値があるものだった。

しかし、内容の一部に海事上の問題として
疑問のある点や興味のある事項があったので、
海難を調査・研究している関係者として一言述べ、
今後の参考に供する次第である。







<3つの疑問点>


■左舷へ回頭するのに「面舵(おもかじ)」とは?■

氷山に衝突する直前、航海士が”ハ−ド・ア・スタ−ボ−ド(面舵)”と命令し、
船を左舷に回頭したが避けきれず、右舷側面に損傷を受け浸水し、
沈没の原因となった。

現在の国際規則では「面舵」(スタ−ボ−ド)は右舷に回頭とすることで、
左舷に回答する場合は「取り舵」(ハ−ド・ポ−ト)と号令する。
したがって、左へ回頭するのに面舵とするのは、誤訳か、
あるいは発音が「ステア−・トゥ−・ポ−ト」と
言っているかなどの疑問を持った。

調査の結果、タイタニック号が遭難した1912年頃は、
面舵と取り舵の定義が現在と逆で、国により異なり混同しやすかった。
そこで1928年に国際的に統一され、「面舵」は「右舷へ回頭、スタ−ボ−ド」、
「取り舵」は「左舷へ回頭、ポ−トサイド」に変更され、
1931年6月から実姉された。
したがって、映画の字幕は正しかったのである。
「右舷・左舷」の定義については佐波宣平著「あっ、船が浮く」が
その語源を詳しく示している。



■新造船なのにネズミが居るのは?■

船内への浸水とともに、数匹のネズミが通路を乗客とともに逃げるが、
新造間もないタイタニック号に多く居るのはなぜか、という質問を受けた。

一般に運航している船の係留索には、陸からのネズミが
船内にロ−プを伝って進入しないようにブリキの円板がつけられている。
タイタニック号は進水後、引き渡しまでに約1年間もかかったので、
造船所に係留している時にネズミが進入して、
殖えた可能性は十分にあったと考える。



■浸水しているのに船内照明が明るくついているのは?■

映画では、十六区画のうち船首部から六区画まで浸水し、
船首楼が水面に没しても、船内の照明が沈没間際まで明るくついていた。
一般的に、機関室が浸水すれば、電源が損傷を受け暗黒になるので、
明るくしたのは撮影のためではないかという質問である。

照明については私自身、造船屋としても同様の疑問を持ったので、
発電機室の配置や照明について、英国のタイタニック査問会(1912年)の
記録などから調査をして確認した。

結論は、映画が正しく、本船が折れて沈没する数分前まで、
船内の照明がついていたのである。
その理由は、本船の発電機室が主機関室の船尾側の水密区画に
400キロワットの発電機室が設置され、
動力源としての蒸気は、最後まで浸水しなかった船尾寄りの
No.1、No.2、No.3ボイラ−室から受ける配管となっていた。

そして、船長は旅客に混乱を与えないよう、船内の照明を確保するためと、
救助用無線の電源を確保するために、
蒸気の供給をNo.1、No.2、No.3ボイラ−担当の機関部員に指示している。
そのため、最後まで火をたき続けた火夫ら32人が殉死した。

したがって、浸水した一部の区域を除き、
船の照明は断続的に消えたりはしたものの
船内を明るく照らし続け、
2:18AMに至り全く消え石油ランプだけとなった。

このように事実として、衝突後、沈没までの二時間三十五分の間、
居住区を照明し船客に暗黒の恐怖を持たせず、
救助信号を打ち続けることができたのである。
(本船は従来の”CQD”から世界で初めて”SOS”を発信した船となった)




<興味ある数値>


■不正確な乗船者数、異なる死亡者数■

英国政府のタイタニック査問会の報告によれば、
旅客と船員を含めた総乗船者数は二千二百一人である。
しかし遭難後、救命艇に隠れていた六人の中国人密航者は
氏名も分からないまま追い出され死亡したが、乗船者名簿には含まれていない。

したがって死亡者の数は、アメリカ政府は千五百十七人、
英国商務省は千五百三人、英国政府の調査は千四百三人、
ある筋では千六百三十五人と差があって、乗船者名簿の不備を示している。



■救助率が高かった女性と子ども■

旅客千三百十六人のうち女性は四百二人で、
救助されたのは二百九十六人であり、救助率は七十四%。
そして子どもは百九人のうち五十七人で、救助率五十二%だった。
しかし男性は、八百五人のうち百四十六人しか救助されなかったので、
救助率は十八%と非常に少なかった。

これは、船長の命令で救命艇への搭乗を、女性と子ども優先にしたためである。
その結果、夫婦が別れ、逆に妻が夫とともに残るとして搭乗しなかったり、
老夫婦が一緒に本船に残るなどの悲劇がもたらされた。
そして救命艇に搭乗できなかった約千五百人が、
零下二度の海上で凍死したのである。



■遭難時にも等級による差別化があった■

三等船客は主にE、F、G甲板にいたため、
最上層のボ−ト甲板へ出るまでに、老化や通路に設けられた、
一・二頭船客区域への出入り禁止のための
錠付き格子柵(さく)を破壊しなければならなかった。
そして、乗組員がピストルで威嚇し進入を防いだが、止めることはできなかった。
船舶における居住区の格差は致し方ないとしても、
遭難の緊急時にまで差別化が行われた。

このような貧富、すなわち、乗船料金が
一等のスイ−ト・ル−ムで八百七十ポンド、
三等三〜六ポンドによる格差が、
遭難時にも影響するとは、現代では考えられない。
しかし、一九一二年当時の英国の社会にあった
上流社会と下層大衆との格差や習慣を
十分認識していないと理解できない問題である。

私自身、八年前に英国のベルファストにあるタイタニック号を建造した
ハ−ランド・ウオルフ造船所を訪れ、
典型的な英国紳士としての社長と意見を交換したことがある。
そして、そのころでも、工場内の便所、食堂などは職員用と工員用とは全く別で、
差別化しているのに驚かされた。
現在の世界のクル−ジング船は、英国籍船を除いて
居住区や遊歩甲板などに一部の等級格差は残っているが、
タイタニック号ほどの差別化はない。





<忠実な再現>


今回の映画では、喫水線上の右舷側(左舷側はない)と
暴露甲板の原寸大の本船の模型が制作され、
六万四千トンの水をたたえたプ−ル内で、浸水や沈没時の撮影を行い、
高度なコンピュ−タ−・グラフィック技術で、全く実船のような映像を作っている。

監督ジェ−ムズ・キャメロンは特に凝り屋で、
船の速度によって変わる船の波もコンピュ−タ−処理し、
航行中の船体だけならず、船尾が浮上して折損する様子も、
コンピュ−タ−による画像処理をしている。

そして、映画「タイタニック」が観客に感銘を与え
興行的にも成功したのは、人間が経済性を追求しすぎ、
技術を過信し大型化を進めた結果の悲劇を、
再び起こさないことを訴えるために、
五年間にわたる調査と事実への忠実な表現をしたことが原因であると考える。
(世界の興業収入約千七百億円・九八年四月現在)





<タイタニック号救助率の内訳 (救助人員/乗客数)>


  内訳/等級一等船客二等船客三等船客   計甲板部・機関部・
旅客係・食堂など
    男性32.6% 8.3%16.2%18.1%  22.3%
    女性97.2%86.0%46.1%73.6%  87.0%
   子ども100.0%100.0%34.2%52.3%    −
     計62.5%41.4%25.2%37.9%  24.0%
  合計32.3%
(救助人員711人)
   乗船客数
   2,201人
 325人 285人 706人1,316人   885人









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