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7月1日(日)晴れ 33度
角田光代「愛してるなんて言うわけないだろ」(中公文庫)/辻仁成「ワイルドフラワー」(集英社)/辻仁成「嫉妬の香り」(小学館)/「石垣りん詩集 略歴」(童話屋)/「この世界ぜんぶ」(詩 池澤夏樹 絵 早川良雄/中央公論新社)
▼池袋芳林堂書店で吉田修一「最後の息子」(文藝春秋)買ってきてしまいましたわ。99年7月発売だからじきに文庫になるんだろけど、装幀が好きだったし。
▼今月の真ん中にサイト開設四周年を迎えるということで、今まで言及を避けてきた「ネット関係」の話を率先して今月の日記の話題にしようと思っています。もちろんいつもの書評などもやりたければ随時書いていくつもりですが。
 Readme! Japanとサイト批評・日記系テキスト系・ネタ系妄想系エロ語り系・サイトの文章について・侍魂・ニッキモニ。・モテ系・リンク・掲示板……あともう少しいろいろとあるような気がしますが、思いつくところでこれだけ。

7月2日(月)晴れ
▼さっそく「Readme! Japanとサイト批評」というテーマで文章を書いてみたが、いざ載せようと思っても今までの自分のポリシーに反してくるような内容だと判断したのでお蔵入りにします。
▼ヤングサンデーの山崎まさよしインタビューは兵庫慎司だったのか。どういう繋がりなんでしょう。上司の中本浩二がヤングサンデーの体制を酷評しているというのに。
▼続けて雑誌からのネタ。ついさっきセブンイレブンに入荷したばかりの東京ウォーカー買う。藤本綾です。水着です。それよりもいつにも増して藤本の髪が黒いです。
 ひょっとしたら黒髪が密かなブームか。茶髪の上から染めてたりして。後藤真希も、他の同僚がこぞって金髪にしたのを見据えてあえて黒にしたように見えるし。
▼勘、というのは大事だと思えてくる。その上に「経験に裏打ちされた」という接頭辞がつくことのないやつ。

7月3日(火)晴れ
▼このサイトは97年7月から始まっているのであと数日ぐらいで五年目に入ります。大幅なリニューアルも何もなく無駄に年くってます。ところで、私がサイトを開設した時に「テキスト系」「日記系」という言葉はあったのでしょうか。97年7月当時Readme! Japanはあったのですが、私があれに参戦したのはそれから一年後でした。(特に見てもらう人を増やそうと思ったのではなく、故あって一日のアクセス数を調べたかっただけ)そのときから「テキスト系」「日記系」だったのでしょうかねえ。知ってる方は教えて下さい。
 初めて「テキスト系」「日記系」という言い方を聞いたときは「何じゃそりゃ」でした。おまけにこのサイトが「テキスト系」「日記系」リンクに含まれるのも、「テキスト系の旅人さん」と呼ばれ始めたときにも違和感がありました。実は今でもあります。
 だったら何系と呼ばれたいのか。「創作系」という言い方がありますが、小説や詩を発表されている一般の方々に比べてずっとずっと作品が少ない(それ以前に、このサイト開設時のコンセプトとして、自分の作品を発表するということを勘定に入れてなかった)のに「創作系」というのもおこがましい。作業としては「妄想系」「ネタ系」なのかもしれないけどやっぱりちがうよな。「下ネタ系」と呼ばれるほど毎日その手の話題もないし。「書評系」に含んでもらうにも書評が日記から独立してないし。「映画系」というには年間百本近く観ているような映画系の人々に遠く及ばない。面倒だから「サブカル系」と呼んでもらうにもそれほど濃い話題などてんでなし……。
 要するにひねくれ者だから、「何系」って呼ばれるのが嫌だっただけってことで。

7月4日(水)晴れ
辻仁成「ワイルドフラワー」(集英社)

 本論とあまり関係ないが、MOZUさんの情報によれば、辻は大沢たかお・井川遥主演で映画を撮っているとのこと。そして遥ファンは辻が手を出すかもしれないと怖れているとのこと……って、いつのまにそんなキャラに。菅野美穂のときもそんなこと言われてたし。

 ニューヨークの酒バー「酒友」にはホステスの香奈江を目当てに、自分がゲイであることを悩んでいる夢野、師匠に自分の奥さんを誘惑するようにそそのかされているカメラマン坊城、あらゆるしがらみや重荷になった妻子から逃げて暮らしている小説家久遠――彼らはあらゆる理由から香奈江を求めている。「酒友」の常連たちでありながら三人が仲むつまじく飲んでいることはない。この小説で三人が一同に介する場面は、香奈江を巡っての暴力が乱立するときぐらい。
 三人三様の性描写がこれでもかというくらい出てくるが、ちっとも嫌らしさを感じないのは、裸になっても心まで裸になれない、たとえ大好きな香奈江の目の前であってもさらけ出すことのできない自分にそれぞれが絶望しているからだと。
 もっと言うと、ひとりの人間が「香奈江だぁ〜いすき♪」と人格を三つに分裂させながら、必死でもがいて求めている図にも取れる。なぜこういうことを言うのかというと――最後まで読めばわかります。

7月5日(水)晴れ
▼本日の辻、とは言っても仁成ではなく、ののの方。
 この写真の辻がなんとなく怖いです。つうか太った?
▼会社を出て新宿へ。(28)
 ぼぶさんが日記のネタにしていた靖国通り向かいのドン・キホーテへ行って来ました。チャイナがあんなにあるなんて……。あの手のコスプレ衣装は付近のキャバクラや風俗で流用されているのでしょうか。
 通路が狭いこと狭いこと。スリップの女子と至近距離。いろいろな商品を眺めてみるとおもしろい。でもさすがにパソコンは秋葉原の方が安くて品揃えが豊富だと思うが。
 いちばんおもしろかったのは、ブランド品の格安バッグのガラスケース(返品不可、なんて書いてあるのでいかにも怪しい)の前で目を輝かせる女子の集団。その晴れやかな顔。

7月6日(金)曇りのち雨
▼うちの会社でも試行でカジュアルデーが導入されました。「他の会社がやっているからうちもやろう」って乗りです。でも客先に行く用事がありそうなので僕はスーツです。
 もっとも、持っている服(それも夏服)はずいぶん少ないのです。こないだ誕生日に写真を撮ったら、去年の誕生日と同じ服来てました。それくらい持ってない。
 どうせなのでパルコでシャツ一枚買ってきました。服を買う、ということが自分にとって重大ニュースに数えられる男。

7月7日(土)曇りのち晴れ
▼このサイトをリンクしてくださる方は紹介文に「日常を書いている」と加える方が多い。確かにその通りで、「誕生日にはモー娘。全員に囲まれて写真を撮った」だの「佐藤江梨子と小池栄子と二人を連れ立ってプールに行った」などという文は書いたことがない。しかし、テキストサイトの中でも「ネタ系」「妄想系」と区分されているサイトは、このような文章を平気で書いている。
 僕は眠って見る夢の中で芸能人が出てきたことがほとんどなくて、すべて周りの人間、もしくは過去にかかわってきた人間が出てくる。妄想系の人たちは芸能人が出てくるのだろうか。だとするとうらやましい限り。自分というのがいかに日常に埋没しているようなつまらない人間なのかこういうところで出てくるんじゃないかと思ってしまう。ちがうか?
 妄想系はさらに大ざっぱに言えば二極分化している。少女漫画のような甘酸っぱい路線とリアルなエロネタに。前者の方が多いのかな。
 書いている方々は楽しそうである。魂を解放している。イっちゃっている人も多数いるんだが。「ここまで書くか」というところまで書いていると逆にすがすがしい。もちろんネタにされた人にとってはたまったものじゃないんだろうが。確かネットに精通している眞鍋かをりだったと思うが、自分をネタにした家庭教師役の日記を読んで気色悪いと、インタビューで語っていた。この辺の違和感はアイコラみたいなもんだろう。
 なぜ僕がこういう文章を書かないというと、サイトを始めた頃にはすでに同じようにサイトをやっていた人が数人くらいいたからだと思う。よく知っている人が見たら呆れるんじゃないかと思うと、そうそう妄想はさらけだせない。妄想系の人たちだって家族や学校の友達や会社の人が読んだら死にたくなるだろうと思うが。
▼ところで、通常はサイトからその人のことを知って、オフ会などがあってサイトの管理人とじかに出会うというプロセスを取るが、大人数のオフ会などがあると逆に、オフ会でたまたま同席して、「初めまして。○○というサイトをやっている△△と申します」と名刺交換のひとつでもして(俺は名刺持ってないけど)、帰ってからサイトを確認する、というケースも多々ある。それがまたネタ全開だったりするとさっき見た本人とのギャップがあったりして。
 僕はたまに映画の舞台挨拶に行くが、さっきまでスクリーン上に出ていた、しかもコテコテの演技で動いていた俳優さんが、ぱりっとした出で立ちでマイクをもって喋っている、あのギャップが楽しいのだが、サイトの管理者とサイトの関係、特にネタ系妄想系の人の場合など、やっぱりギャップが楽しいよ。サイト管理者の実像と、サイトの日記内で演技している当人とのギャップが。
▼晩から新宿へ。(29) 7月7日に何か願うことなく現状維持。

7月8日(日)晴れ
▼昨日、中村一義の「太陽」「90'S」を買ったのですが、仲井戸麗市が参加しているという「あえてこそ」という曲を聴いて「もっと早めに聴いておけばよかった……」と後悔してしまいました。「チャボが憧れの人だったから」という中村のオファーで参加したと言うので、「ドラマにおける友情出演またはちょい役」ぐらいにしか考えていなかったんですけど。自分の思いこみが浅かった。ヴォーカルと生ギター・ベース・ドラムに中村、エレキギター仲井戸、アコーディオン細野魚(エレファントカシマシ・ヒートウェイブ・SION等でサポートキーボード)のこの優雅な調べをなぜ今まで知らなかったのか……。
 ところで例の「よんせんごひゃくえん」のCMも新バージョンが出てますな。三人の男子に交じってテニスギャルを見つめている姿は、とても既婚者に見えない。

7月9日(月)晴れ
この方のサイトのリンクを辿って、ストリートでナンパしている男性のサイトをいろいろと読んでみた。
 ネットで女性が管理しているサイトは、恋愛を人生の第一主義として掲げていることが多いが、その論理からすると、ネットナンパの一部始終を書き留めているサイトは、「恋愛至上主義」なのか?
▼上の言葉は半分冗談で、なおかつ半分くらい真実ではないかと思うのだ。今日のテーマは「エロ語りサイト」について。
 この方のサイトの討論掲示板(今はなくなったんですが大変おもしろく読めたので過去ログを希望したいところです)で、「女性のサイトが少ない」という本来の議題に始まって、女性とサイトの相関関係を巡って、いろいろな着眼点において女性サイトが考察されていた。その中のひとつ、
「男性より女性がなぜ率先してサイト上でエロ語りをするのか」
 これは私も不思議に思っていたところで、女子はかなりおおっぴらに、昨晩性行為に及んだ内容を事細かに書く。対して男子は、それこそエロ語りをひとつの売りにしているようなサイトでも、いざ彼女ができると、その彼女と繰り広げられるであろう行為については書かない。「恥ずかしい」「彼女に黙って書くのは裏切り行為だから嫌」などと男子管理者は言う。女子だっておそらく彼氏に黙って書いていることが多いだろうに。この差は何だ。
 どうせなので私がひとつの極論というかひとつの考えを提示しておく。
 男子はむらむらした時に性的な考えに捕らわれ、ごく少量の分泌液を放出することで日々のエネルギーを回転させている。対して女子は、月に一回大量の血液を排出することによって、嫌がおうでも自分が性的な存在であることを真っ正面から突きつけられている。機能面でも子どもを産むのは女子にゆだねられている分、その前提としての行為となる恋愛に対しての興味が高いし、子どもを産む行為の一環としての性行為には、海より深い母の大らかさで語る。それこそ対象の彼氏も含めて、自分の性語りというのは自分の聖域の中で行われている正当な発言であるという認識なのではないかと。まさに彼女たちにとって、サイトとは「Homepage」という存在だと思うのです。
 この辺「男子の方がスケベだ、いや女子の方がスケベ」という一般的に行われる不毛な議論の根本であって、元々の性語りの成り立ちが男性と女性で根底からちがっている気がして。「俺は三百六十五日女のことを考えている」と自称する男子は多数いるが、実はその夢想する女性像というものがいちいち性的なものにつながっているかと言えば、いちがいにそうだと言い切れないというのが私の考えです。(この辺は「極論」と言っているので反論があれば掲示板でもメールでもどうぞ)
▼私は女性のエロ語りは嫌いではありません。(決して共感を得たいと思って告白するわけではありませんが)エロ語りを耳で聞いて会話するより、文字で展開されているエロ語りの方が刺激は強いようです。(前に「恋ばなを語られる俺」というネタを書きましたが、それと関係あるのかもしれません)グラビアとポルノ小説のどちらが刺激的かと言えばどう考えても前者なのに。不思議だ。
▼本日の日記の冒頭の話に戻って、ストリートナンパを日記に書いている男性のサイトを読んで、うまくいったときは単に「ゲットした」だけで、どれだけ相手の女性の容姿がよくてどれだけ快楽を追求できたかあまり詳しく記されていないのに、「四十過ぎのババアにやらされた」「アポを取れたと思ったら援助交際希望だった」などのうまくいかなかったエピソードはかなり克明に表されている。それがまた文学性高く深みがあっていい。彼らも子種が枯れるまで、人生がままならないことを身をもって感じているのだろう。

7月10日(火)晴れ
山田太一「見なれた町に風が吹く」(中央公論社)
 香子は三十七歳、大手町の商社総務局広報室の室長代行独身……だけど七ヶ月前は営業部繊維第二課の主任だった。十二指腸潰瘍になって自主的に今のポストへ。まわりは派遣ばかりで午後五時退社の毎日に生活が早変わり。張り合いもないのでカルチャースクールの映画講座へ。そこで出会った映画プロデューサーの中川から、「映画のメイキングを作るライターをやってもらえないか」と話を持ちかけられる。かつてバイプレイヤーの俳優として(一応の)活躍をした小杉が、私財を投資して、映画監督関根の元へ映画を撮る話を持ちかける。そこでひと波乱あり、香子もその波にゆっくりと揉まれていく……。
 会話部分がやけに多い。まるで山田太一の脚本を読んでいるようだ、と思っていたら、この小説はもともと「婦人公論」の連載だった。婦人にとっつきやすいように会話を多くしたのでしょうかねえ。そのために会話があんなに多くても映像が浮かんできて、危うく既存の役者さんで配役まで考えそうな誘惑にかられる。……つうか、上に書いたあらすじだけで、いかにも三十代以上のご婦人の興味をそそりそうでしょ? ほんとにこの辺の匙加減が山田太一はうまいから。

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