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マイケル・ギルモア/村上春樹訳「心臓を貫かれて」
 仮出所中のゲイリー・ギルモアがユタ州プロヴォ近郊で二日間のうちにふたりの男を銃殺した。判決は死刑。彼はそれを受け入れた。死刑ってやつは簡単に行われているようでいて、人権やら宗教やらが複雑にからみあっていて、実際はなかなか執り行うのが難しくなってきているのです。そして実際に執行された。 本書は彼の弟にあたる音楽ライターで、ギルモア家の彼らの父母の代からの「呪われた家系」と「喧噪の日々」をこれでもかというくらいに語っている。本来なら世間にとって、このゲイリーの身の上だけでいいような気がするが、父親、母親、兄たち、そしてゲイリー自身の半分以上失われた人生(ほとんど刑務所で生を維持していた)まで、1章ごとにページを割いている。訳者村上春樹があとがきで述べているように著者本人のセラピーの意味があるのだろう。事件によってギルモア家が有名になってしまったとき、いや、有名になる前から離婚や婚約破棄を体験していたのだから。(「翻訳夜話」に、村上春樹はなるべく翻訳する書物の元本の著者に会うようにしているのだが、マイケルに会う気持ちにはなれなかった、とある)
 さて、この本に向き合うには、どうすればいいか。
 はっきり言ってしまうと、精神的にめげている人にこの本を読むことをお奨めしたくない。他人の話を聞くのが苦手な人にも奨めにくい。(とはいえヘヴィな話を逆療法として受け入れる購買層もあるのだろうな。最近売れる本を見てそう思う)もっと心が空っぽになりそうなときに何かを詰め込もうとして読むのがいい。ハッピーエンドじゃないからカタルシスは得られないし。
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