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▼なかにし礼「兄弟」(文春文庫)
この自信家で破滅型で虚言癖の強い兄は、実は著者と同じようにフィクションの天才だったのだろう、というのは仮説にしてはあんまりか。
終章で兄が死んでから、兄を知る人によって、兄の虚言が至る所に浸透していることを著者は知る。兄の虚言のために、著者自身も著者の近親も「絶縁しなければこちら側も破滅する」と自覚していた。そして兄の死から十六年前に、実際に義絶(この言葉もこの小説で初めて知りましたなあ)を行った。
そこまでに至るプロセスと、結局のところ、兄がどうしてそこまで人間性を欠いたところにまで堕落していったのか、そこに著者はいろいろな仮説とイメージを連鎖させている。
この小説にはいろいろとフィクションを織り交ぜている部分もあるだろう。著者が最初に交わった女性との顛末とかさ。関係ないが「31歳の絶頂期に18歳の新人歌手志望の女の子を、辞めさせて自分の二度目の妻にした」って下りは、著者は兄に負けず劣らず豪放な人間ではないのかね、って気がするが。それでも最終的には、戦争で死に損ねた兄が実際の死に至るまでを読みとると、この現世において、嘘をつくということ、そして嘘をついてしまうことの哀しみが、ひとりの人間を通して浮かび上がってくる。その嘘は、著者の一連の創作活動による嘘とは別の、はかない嘘として。
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