古今和歌集 卷第一〜卷第六
(植松安 校註『八代集』上 校註國歌大系3 國民圖書株式會社 1927.12.10)
※ 歌に通し番号を施した。〔原注〕、(*入力者注)
古今和歌集序(紀淑望)
古今和歌集序(紀貫之)
巻1(春歌上)
巻2(春歌下)
巻3(夏歌)
巻4(秋歌上)
巻5(秋歌下)
巻6(冬歌)
巻7(賀歌)
巻8(離別歌)
巻9(羇旅歌)
巻10(物名)
巻11(恋歌一)
巻12(恋歌二)
巻13(恋歌三)
巻14(恋歌四)
巻15(恋歌五)
巻16(哀傷歌)
巻17(雑歌上)
巻18(雑歌下)
巻19(雑体)
巻20(大歌所御歌)
古今和歌集序
紀淑望
夫和歌者、託2其根於心地1、發2其花於詞林1也。人之在レ世不レ能2無爲1。思慮易レ遷哀樂相變。感(*原文「相變感。」句読点の位置を改めた。)生2於志1詠形2於言1。是以逸者其聲樂、怨者其吟悲。可2以述1レ懷可2以發1レ憤。動2天地1感2鬼神1、化2人倫1和2夫婦1、莫レ宜2於倭歌1。倭歌有2六義1。一曰風、二曰賦、三曰比、四曰興、五曰雅、六曰頌。若下夫春鶯之囀2花中1、秋蝉之吟中樹上上、雖レ無2曲折1各發2歌謠1。物皆有レ之自然之理也。然而神世七代、時質人淳、情欲無レ分。倭歌未レ作。逮3于素盞嗚尊到2出雲國1、始有2三十一字之詠1。今反歌之作也。其後雖2天神之孫海童之女1、莫乙不下以2倭歌1通上レ情者甲也。爰及2人代1、此風大興、長歌短歌旋頭混本之類、雜體非レ一。源流漸繁、譬猶下拂レ雲之樹生レ自2寸苗之煙1、浮レ天之波起中於一滴之露上。至レ如下難波津之什獻2天皇1、富緒川之篇(*「いかるがの富の小川の絶えばこそ我が大君の御名を忘れめ」〔日本霊異記〕)報中太子上、或事關2神異1、或興入2幽玄1。但見2上古歌1、多存2古質之語1、未レ爲2耳目之翫1、徒爲2教誡之端1。古
天子毎2良辰美景1、詔下侍臣預2宴筵1者上獻2倭歌1。君臣之情由レ斯可レ見、賢愚之性於レ是相分。所下以隨2民之欲1擇中士之才上也。自3大津皇子之初作2詩賦1、詞人才子慕レ風繼レ塵、移2彼漢家之字1化2我日域之俗1。民業一改倭歌漸衰。然猶有2先師柿本大夫者1。高振2神妙之思1獨2歩古今之間1。有2山邊赤人者1、竝倭歌仙也。其餘業2倭歌1者綿々不レ絶。及下彼時變2澆漓1人貴中奢淫上、浮詞雲興艷流泉涌。其實皆落其花孤榮。至レ有下好色之家以レ此爲2花鳥之使1、乞食之客以レ此爲中活計之媒上。故半爲2婦人之右1、難レ進2丈夫之前1。近代存2古風1者纔二三人而已。然長短不レ同論以可レ辨。花山僧正(*遍昭)尤得2歌體1。然其詞花而少レ實。如3圖畫好女徒動2人情1。在原中將之歌、其情有レ餘其詞不レ足、如下萎花雖レ少2彩色1而有中薫香上。文琳(*文屋康秀)巧詠レ物然其體近レ俗、如3賈人之著2鮮衣1。宇治山僧喜撰、其詞華麗而首尾停滯、如下望2秋月1遇中曉雲上。小野小町之歌、古衣通姫之流也。然艷而無2氣力1、如3病婦之著2花粉1。大友K主之歌、古猿丸大夫之姿也。頗有2逸興1而體甚鄙、如3田夫之息2花前1也。此外氏姓流聞者不レ可2勝計1。其大底皆以レ艷爲レ基、不レ知2歌之趣1也。俗人爭事2榮利1不レ用レ詠2倭歌1。悲哉悲哉。雖下貴兼2相將1富餘中金錢上、而骨未レ腐2於土中1名先滅2於世上1。適爲2後世1被レ知者唯倭歌之人而已。何者語近2人耳1義慣2神明1也。昔
平城天子詔2侍臣1令レ撰2萬葉集1。自レ爾以來時歴2十代1、數過2百年1。其後倭歌棄不レ被2採用1。雖下風流如2野宰相(*小野篁)、雅情如中在納言(*在原行平)上、而皆以2他才1聞、不下以2斯道1顯上。伏惟
陛下(*醍醐天皇)御宇于レ今九載、仁流2秋津洲之外1、惠茂2筑波山之陰1。淵變爲レ瀬之聲寂々閉レ口、砂長爲レ巖之頌洋々滿レ耳。思レ繼2既絶之風、欲レ興2久廢之道1。爰詔2大内記紀友則御書所預紀貫之前甲斐少目凡河内躬恆右衞門府生壬生忠岑等1、各獻2家集并古來舊歌1曰2續萬葉集1(*古今集を指す)。於レ是重有レ詔。部2類所レ奉之歌1勒爲2二十卷1、名曰2古今倭歌集(*原文「右今倭歌集」)1。臣等詞少2春花之艷1、名竊2秋夜之長1。況乎進恐2時俗之嘲1、退慙2才藝之拙1。適遇2倭歌之中興1、以樂2吾道之再昌1。嗟呼人麿既歿、倭歌不レ在レ斯哉。于レ時延喜五年歳次乙丑四月十八日、臣貫之等謹序。
古今和歌集序
やまと歌は人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。世の中にある人、事わざしげき物なれば、心に思ふ事を見る物きく物につけていひ出せるなり。花になく鶯、水にすむ蛙の聲をきけば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける。力をもいれずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ、男女の中をも和げ、猛き武士の心をも慰むるは歌なり。この歌天地の開け始まりける時より出できにけり。しかあれども世に傳はることは、久方のあめにしては、下照姫に始まり、あらがねのつちにしては、すさのをの尊よりぞおこりける。ちはやぶる神代には、歌の文字も定まらず、すなほにして、ことの心わきがたかりけらし。人の世となりて、すさのをの尊よりぞ、三十もじあまり一もじはよみける。かくてぞ、花をめで、鳥をうらやみ、霞をあはれび、露をかなしぶ心詞おほくさま\〃/になりにける。遠き所も出でたつ足もとより始まりて年月をわたり、高き山も麓の塵ひぢよりなりて、天雲たなびくまでおひのぼれるが如くに、この歌もかくの如くなるべし。難波津の歌(*「難波津に咲くやこの花冬ごもり今を春べと咲くやこの花」—仮名序古注に王仁が仁徳天皇に奉った歌と伝える。)は帝の御始めなり。淺香山の言葉(*「あさか山影さへ見ゆる山の井の浅き心をわがおもはなくに」〔万葉集〕)は、釆女のたはぶれよりよみて、このふた歌は、歌の父母のやうにてぞ、手習ふ人の始めにもしける。そも\/歌のさま六つなり。からの歌にもかくぞ有るべき。その六くさの一つにはそへ歌。おほさゞき(*原文「おほさゝぎ」)のみかど(*仁徳天皇)をそへたてまつれる歌、なにはづにさくやこの花冬籠り今ははるべと咲くやこの花といへるなるべし。二つにはかぞへ歌。咲く花に思ひつく身のあぢきなさ身にいたつきのいるも知らずてといへるなるべし。三つにはなずらへ歌。君にけさあしたの霜のおきていなば戀しきごとに消えやわたらむといへるなるべし。四つにはたとへ歌。わがこひはよむともつきじありそ海の濱の眞砂はよみつくすともといへるなるべし。五つにはたゞごと歌。僞りのなき世なりせばいかばかり人の言の葉うれしからましといへるなるべし。六つにはいはひ歌。この殿はむべもとみけりさき草のみつばよつばにとのづくりせりといへるなるべし。今の世の中、色につき、人の心花になりにけるより、あだなる歌、はかなきことのみ出でくれば、色ごのみの家に、埋木の人しれぬ事となりて、まめなる所には、花薄ほにいだすべき事にもあらずなりにたり。その始めを思へば、かかるべくなむあらぬ。いにしへの代々の帝、春の花のあした、秋の月の夜ごとに、さぶらふ人々をめして、ことにつけつゝ歌を奉らしめ給ふ。あるは花をこふ〔もてあそぶ イ〕とて、たよりなき所にまどひ、あるは月を思ふとて、しるべなき闇にたどれる心々を見たまひて、さかしおろかなりとしろしめしけむ。しかあるのみにあらず、さゞれ石にたとへ、筑波山にかけて君を願ひ、よろこび身にすぎ、たのしみ心にあまり、富士の煙によそへて人をこひ、松蟲のねに友をしのび、高砂住の江の松もあひおひのやうに覺え、男山の昔を思ひ出でて、女郎花の一時をくねるにも、歌をいひてぞなぐさめける。又春のあしたに花のちるを見、秋の夕暮に木の葉の落つるを聞き、あるは年ごとに鏡の影に見ゆる雪と波とを歎き、草の露、水の沫を見て、我が身をおどろき、あるは昨日は榮えおごりて、時を失ひ、世にわび、親しかりしも疎くなり、あるは松山の波をかけ、野中の水をくみ、秋萩の下葉をながめ、曉の鴫のはねがきをかぞへ、あるは呉竹のうきふしを人にいひ、吉野川をひきて世の中をうらみきつるに、今はふじの山も煙たたずなり、長柄の橋もつくるなりと聞く人は、歌にのみぞ心をなぐさめける。古よりかく傳はるうちにも、奈良の御時よりぞひろまりにける。かの御世や、歌の心をしろしめしたりけむ、かの御時におほきみつのくらゐ柿本の人麿なむ歌のひじりなりける。これは君も人も身を合はせたりといふなるべし。秋のゆふべ龍田川に流るゝ紅葉をば、みかどの御目には錦と見給ひ、春のあした吉野山の櫻は、人麿が心〔目 イ〕には雲かとのみなむ覺えける。又山邊赤人といふ人あり〔けり イ〕。歌にあやしくたへなりけり。人麿は赤人がかみにたたむ事かたく、
赤人は人麿がしもにたたむ事かたくなむありける。この人々をおきて、又すぐれたる人も、呉竹のよゝに聞え、片絲のより\/に絶えずぞ有りける。これよりさきの歌をあつめてなむ、萬葉集となづけられたりける。爰にいにしへの事をも歌の心をも知れる人、わづかにひとりふたりなりき。しかあれど、これかれ得たる所えぬ所、互になむある。かの御時よりこのかた、年は百年あまり、世はとつぎになむなりにける。古の事をも歌をも知れる人よむ人多からず。今この事をいふに、つかさ位高き人をば、たやすきやうなればいれず。その外に近き世にその名聞えたる人は、すなはち僧正遍昭は、歌のさまはえたれども、誠すくなし。たとへば繪にかける女を見て、徒に心を動かすが如し。在原業平はその心餘りて詞たらず。しぼめる花の色なくて、にほひ殘れるが如し。文屋康秀は、詞たくみにてそのさま身におはず。いはば商人のよききぬ著たらむが如し。宇治山の僧喜撰は、詞かすかにして始め終りたしかならず。いはば秋の月を見るに、曉の雲にあへるが如し。よめる歌おほく聞えねば、これかれかよはしてよく知らず。小野小町はいにしへの衣通姫の流なり。あはれなるやうにてつよからず。いはばよき女のなやめる所あるに似たり。つよからぬはをうなの歌なればなるべし。大伴K主はそのさまいやし。いはば薪を負へる山人の花の陰にやすめるが如し。このほかの人々、その名きこゆる、野邊におふるかづらのはひひろごり、林にしげき木の葉の如くに多かれど、歌とのみ思ひてそのさま知らぬなるべし。かかるに今すべらぎの天の下しろしめすこと、四つの時九のかへりになむなりぬる。あまねき御うつくしみの波、八島のほかまで流れ、廣き御惠みの陰、筑波山の麓よりも繁くおはしまして、よろづのまつりごとをきこしめすいとま、もろ\/の事を捨て給はぬあまりに、いにしへの事をも忘れじ、ふりにし事をもおこし給ふとて、今もみそなはし、後の世にも傳はれとて、延喜五年四月十八日に、大内記紀友則、御書の所のあづかり紀貫之、前の甲斐のさう官凡河内躬恆、右衞門の府生壬生忠岑らに仰せられて、萬葉集にいらぬふるき歌、みづからのをも奉らしめ給ひてなむ。それが中にも、梅をかざすよりはじめて、郭公を聞き、紅葉を折り、雪を見るにいたるまで、また鶴龜につけて君をおもひ、人をもいはひ、秋萩夏草を見て妻をこひ、逢坂山にいたりてたむけを祈り、あるは春夏秋冬にもいらぬくさ\〃/の歌をなむ、えらばせたまひける。すべて千歌二十卷、名づけて(*原文「名づて」)古今和歌集といふ。かくこのたびあつめえらばれて、山下水のたえず、濱の眞砂の數おほくつもりぬれば、今は飛鳥川の瀬になるうらみも聞えず、さゞれ石の巖となるよろこびのみぞあるべき。それまくら言葉は春の花にほひすくなくして、むなしき名のみ秋の夜の長きをかこてれば、かつは人のみゝにおそり、かつは歌の心にはぢ思へど、たなびく雲のたちゐ、なく鹿のおきふしは、貫之らがこの世におなじくうまれて、この事の時にあへるをなむよろこびぬる。人麿なくなりにたれど、歌のこととゞまれるかな。たとひ時うつり事さり、たのしびかなしびゆきかふとも、この歌の文字あるをや。青柳の絲たえず、松の葉の散りうせずして、まさきのかづら長くつたはり、鳥の跡ひさしくとゞまれらば、歌のさまをも知り、ことの心をも得たらむ人は、大空の月を見るがごとくに、いにしへをあふぎて、今を戀ひざらめかも。
卷第一 春歌上
0001
ふる年に春立ちける日よめる
在原元方
年の内に 春はきにけり 一年を 去年とやいはむ 今年とやいはむ
0002
春立ちける日よめる
紀貫之
袖ひぢて むすびし水の こほれるを 春立つけふの 風やとくらむ
0003
題しらず
讀人しらず
春霞 立てるやいづこ みよしのの 吉野の山に 雪は降りつゝ
0004
二條の后の春のはじめの御歌
雪のうちに 春は來にけり 鶯の 冰れる涙 いまやとくらむ
0005
題しらず
讀人しらず
梅が枝に きゐる鶯 はるかけて 鳴けどもいまだ 雪はふりつゝ
0006
雪の木に降りかゝれるをよめる
素性法師
春たてば 花とや見らむ しら雪の かゝれる枝に 鶯のなく
0007
題しらず
讀人しらず
心ざし 深くそめてし をりければ 消えあへぬ雪の 花と見ゆらむ
或人の曰くさきのおほきおほいまうち君(*藤原良房)の歌なり。
0008
二條の后の東宮の御息所と聞えける時正月三日御前に召して仰言ある間に日は照りながら雪の頭に降りかゝりけるをよませ給ひける
文室康秀
春の日の 光にあたる われなれど かしらの雪と なるぞわびしき
0009
雪の降りけるをよめる
紀貫之
かすみ立ち 木の芽も春の 雪ふれば 花なき里も 花ぞちりける
0010
春のはじめによめる
藤原言直
春やとき 花やおそきと 聞きわかむ 鶯だにも 鳴かずもあるかな
0011
春のはじめの歌
壬生忠岑
春來ぬと 人はいへども 鶯の 鳴かぬ限りは あらじとぞおもふ
0012
寛平の御時后宮の歌合の歌
源當純
谷風に とくる冰の ひまごとに うち出づる浪や 春のはつ花
0013
紀友則
花の香を 風のたよりに たぐへてぞ 鶯さそふ しるべにはやる
0014
大江千里
鶯の 谷よりいづる 聲なくば 春くることを たれか知らまし
0015
在原棟梁
春たてど 花もにほはぬ 山里は ものうかる音に 鶯のなく
0016
題しらず
讀人しらず
野邊ちかく 家居しをれば 鶯の なくなる聲は あさな\/聞く
0017
春日野は 今日はな燒きそ 若草の 妻も籠れり われも籠れり
0018
かすが野の 飛火の野守 いでて見よ 今幾日ありて 若菜摘みてむ
0019
み山には 松の雪だに きえなくに 都は野邊の 若菜摘みけり
0020
梓弓 おして春雨 今日降りぬ 明日さへふらば 若菜つみてむ
0021
仁和のみかど(*光孝天皇)皇子におまし\/ける時に人に若菜たまひける御歌
君がため 春の野にいでて 若菜摘む わが衣手に 雪は降りつゝ
0022
歌奉れと仰せられし時詠みて奉れる
貫之
春日野の 若菜つみにや しろたへの 袖ふりはへて 人の行くらむ
0023
題しらず
在原行平朝臣
春のきる かすみの衣 ぬきをうすみ 山風にこそ 亂るべらなれ
0024
寛平の御時后の宮の歌合に詠める
源宗于朝臣
ときはなる 松のみどりも 春くれば 今ひとしほの 色まさりけり
0025
歌奉れと仰せられし時詠みてたてまつれる
貫之
我がせこが 衣はる雨 ふるごとに 野邊の緑ぞ 色まさりける
0026
あをやぎの 絲よりかくる 春しもぞ 亂れて花の 綻びにける
0027
西大寺のほとりの柳をよめる
僧正遍昭
あさみどり 絲よりかけて 白露を 玉にもぬける 春のやなぎか
0028
題しらず
讀人しらず
百千鳥 さへづる春は 物ごとに あらたまれども 我ぞふりゆく
0029
をちこちの たづきも知らぬ 山中に おぼつかなくも 呼子鳥かな
0030
鴈の聲を聞きて越へまかりける人を思ひてよめる
凡河内躬恆
春くれば 鴈かへるなり 白雲の みち行きぶりに ことやつてまし
0031
歸る鴈をよめる
伊勢
春霞 たつを見捨てて ゆく鴈は 花なき里に 住みやならへる
0032
題しらず
讀人しらず
折りつれば 袖こそ匂へ 梅の花 ありとやこゝに 鶯の鳴く
0033
色よりも 香こそあはれと 思ほゆれ たが袖ふれし 宿の梅ぞも
0034
宿近く 梅の花うゑじ あぢきなく 待つ人の香に あやまたれけり
0035
梅の花 立ちよるばかり ありしより 人のとがむる 香にぞしみける
0036
梅の花を折りてよめる
東三條の左のおほいまうち君(*源常)
鶯の 笠にぬふてふ 梅の花 をりてかざさむ 老いかくるやと
0037
題しらず
素性法師
よそにのみ あはれとぞ見し 梅の花 あかぬ色香は 折りてなりけり
0038
梅の花を折りて人におくりける
友則
君ならで たれにか見せむ 梅のはな 色をも香をも 知る人ぞ知る
0039
くらぶ山にてよめる
貫之
梅の花 匂ふ春べは くらぶ山 闇に越ゆれど しるくぞありける
0040
月夜に梅の花を折りてと人のいひければをるとてよめる
躬恆
月夜には それとも見えず 梅の花 香を尋ねてぞ 知るべかりける
0041
春の夜梅の花をよめる
春の夜の 闇はあやなし 梅の花 色こそ見えね 香やはかくるゝ
0042
初瀬に詣づるごとに宿りける人の家に久しくやどらでほどへて後にいたれりければ彼の家のあるじかくさだかになむやどりはあるといひ出して侍りければそこにたてりける梅の花を折りてよめる
貫之
人はいさ 心もしらず ふるさとは 花ぞ昔の 香ににほひける
0043
水のほとりに梅の花の咲けりけるを詠める
伊勢
春ごとに 流るゝ川を 花と見て 折られぬ水に そでやぬれなむ
0044
年をへて 花の鏡と なる水は ちりかゝるをや くもるといふらむ
0045
家に有りける梅の花のちりけるをよめる
貫之
暮ると明くと めかれぬ物を 梅の花 いつの人まに 移ろひぬらむ
0046
寛平の御時后の宮の歌合の歌
讀人しらず
梅が香を 袖に移して とゞめてば 春は過ぐとも 形見ならまし
0047
素性法師
散ると見て あるべきものを 梅の花 うたて匂ひの 袖にとまれる
0048
題しらず
讀人しらず
散りぬとも 香をだに殘せ 梅の花 戀しきときの 思ひ出にせむ
0049
人の家にうゑたりける櫻の花咲きはじめたりけるを見てよめる
貫之
ことしより 春知りそむる 櫻花 ちるといふことは 習はざらなむ
0050
題しらず
讀人しらず
山高み 人もすさめぬ 櫻花 いたくなわびそ われ見はやさむ
又は里とほみ人もすさめぬ山櫻
0051
山櫻 わが見に來れば 春がすみ 嶺にも尾にも たちかくしつゝ
0052
染殿の后の御前に花瓶に櫻の花をささせ給へるを見てよめる
前のおほきおほいまうち君(*藤原良房)
年ふれば 齡は老いぬ しかはあれど 花をし見れば 物思ひもなし
0053
渚の院にて櫻を見てよめる
在原業平朝臣
世の中に たえて櫻の なかりせば 春の心は のどけからまし
0054
題しらず
讀人しらず
いはばしる 瀧なくもがな 櫻花 たをりてもこむ 見ぬ人のため
0055
山の櫻を見てよめる
素性法師
見てのみや 人にかたらむ 櫻花 手ごとに折りて いへづとにせむ
0056
花ざかりに京を見やりてよめる
見わたせば 柳さくらを こきまぜて 都ぞはるの 錦なりける
0057
櫻の花の下にて年の老いぬる事を歎きてよめる
紀友則
色も香も おなじ昔に 咲くらめど 年ふる人ぞ あらたまりける
0058
をれる櫻をよめる
貫之
たれしかも とめてをりつる 春霞 立ちかくすらむ 山の櫻を
0059
歌奉れと仰せられし時によみてたてまつれる
櫻花 咲きにけらしも あしびきの 山のかひより 見ゆる白雲
0060
寛平の御時后の宮の歌合の歌
友則
みよし野の 山邊にさける 櫻花 雪かとのみぞ あやまたれける
0061
やよひに閏月の有りける年よみける
伊勢
さくらばな 春くははれる 年だにも ひとの心に あかれやはせぬ
0062
櫻の花の盛りに久しくとはざりける人の來りける時によみける
讀人しらず
あだなりと 名にこそたてれ さくら花 としにまれなる 人も待ちけり
0063
かへし
業平朝臣
今日こずは(*原文「來ずば」) 明日は雪とぞ 降りなまし 消えずはありとも 花と見ましや
0064
題しらず
讀人しらず
ちりぬれば 戀ふれど驗 なきものを けふこそ櫻 折らば折りてめ
0065
折りとらば をしげにもあるか 櫻花 いざ宿かりて 散るまでは見む
0066
紀在友(*紀有朋)
さくら色に 衣は深く 染めてきむ 花のちりなむ 後のかたみに
0067
櫻の花のさけりけるを見にまうできたりける人によみておくりける
躬恆
我が宿の 花見がてらに くる人は 散りなむのちぞ 戀しかるべき
0068
亭子院歌合の時よめる
伊勢
見る人も なき山里の さくら花 ほかのちりなむ 後ぞ咲かまし
卷第二 春歌下
0069
題しらず
讀人しらず
春がすみ たなびく山の さくら花 うつろはむとや 色かはりゆく
0070
待てといふに 散らでしとまる ものならば 何を櫻に 思ひまさまし
0071
のこりなく 散るぞめでたき 櫻花 ありて世の中 はての憂ければ
0072
このさとに 旅寢しぬべし 櫻ばな ちりのまがひに 家路わすれて
0073
うつ蝉の 世にも似たるか 花櫻 さくと見しまに かつ散りにけり
0074
僧正遍昭によみておくりける
惟喬のみこ
櫻花 ちらば散らなむ 散らずとて ふるさと人の きても見なくに
0075
雲林院にて櫻の花のちりけるを見てよめる
そうく法師(*承均)
櫻散る はなのところは 春ながら 雪ぞふりつゝ きえがてにする
0076
櫻の花の散り侍りけるを見て詠みける
素性法師
花ちらす 風のやどりは たれかしる われに教へよ 行きて恨みむ
0077
雲林院にて櫻の花をよめる
そうく法師
いざ櫻 我もちりなむ ひとさかり ありなば人に うきめ見えなむ
0078
あひ知れりける人のまうできて歸りにける後によみて花にさしてつかはしける
貫之
ひとめ見し 君もやくると 櫻花 けふは待ちみて 散らばちらなむ
0079
山の櫻を見てよめる
春がすみ なにかくすらむ 櫻花 ちるまをだにも 見るべきものを
0080
心地そこなひてわづらひける時に風にあたらじとておろしこめてのみ侍りける間に折れる櫻の散りがたになれりけるを見てよめる
藤原よるかの朝臣(*藤原因香)
たれこめて 春のゆくへも 知らぬまに 待ちし櫻も 移ろひにけり
0081
東宮の雅院にて櫻の花の御溝水にちりて流れけるを見てよめる
菅野高世
枝よりも あだに散りにし 花なれば 落ちても水の 泡とこそなれ
0082
櫻の花のちりけるをよめる
貫之
ことならば 咲かずやはあらぬ 櫻花 みるわれさへに しづ心なし
0083
櫻のごと疾くちる物はなしと人のいひければよめる
さくら花 とく散りぬとも おもほえず 人の心ぞ 風もふきあへぬ
0084
さくらの花のちるをよめる
紀友則
久かたの ひかりのどけき はるの日に しづ心なく 花のちるらむ
0085
東宮の帶刀の陣にて櫻の花の散るをよめる
藤原好風
春風は はなのあたりを よきて吹け 心づからや うつろふとみむ
0086
櫻のちるをよめる
凡河内躬恆
ゆきとのみ 降るだにあるを 櫻花 いかにちれとか 風の吹くらむ
0087
ひえに登りて歸りまうできて詠める
貫之
山たかみ 見つゝわがこし 櫻花 風はこゝろに まかすべらなり
0088
題しらず
大伴K主
はるさめの 降るは涙か さくら花 ちるををしまぬ 人しなければ
0089
亭子院の歌合の歌
貫之
さくら花 ちりぬる風の なごりには 水なきそらに 波ぞ立ちける
0090
ならのみかどの御歌
故郷と なりにし奈良の みやこにも 色はかはらず 花は咲きけり
0091
春の歌とてよめる
良岑宗貞
花の色は かすみにこめて 見せずとも 香をだにぬすめ 春の山風
0092
寛平の御時后の宮の歌合の歌
素性法師
花の木も 今はほり植ゑじ 春たてば うつろふ色に 人ならひけり
0093
題しらず
讀人しらず
春の色の 到りいたらぬ 里はあらじ 咲けるさかざる 花の見ゆらむ
0094
春の歌とてよめる
貫之
三輪山を しかもかくすか 春がすみ 人にしられぬ 花やさくらむ
0095
雲林院の皇子(*常康親王。仁明天皇の皇子。)の許に花見に北山の邊にまかれりける時によめる
素性
いざけふは 春の山邊に まじりなむ 暮れなばなげの 花のかげかは
0096
春の歌とてよめる
いつまでか 野邊に心の あくがれむ 花し散らずは(*原文「散らずば」) 千代も經ぬべし
0097
題しらず
讀人しらず
春ごとに 花のさかりは ありなめど あひ見むことは 命なりけり
0098
花のごと 世の常ならば すぐしてし 昔はまたも かへり來なまし
0099
吹く風に あつらへつくる ものならば 此の一本は よきよ(*避きよ)といはまし
0100
待つひとも 來ぬものゆゑに 鶯の なきつる花を 折りてけるかな
0101
寛平の御時きさいの宮の歌合の歌
藤原興風
咲く花は ちぐさながらに あだなれど たれかは春を 恨みはてたる
0102
春がすみ 色のちぐさに 見えつるは たなびく山の 花のかげかも
0103
在原元方
かすみたつ 春の山邊は とほけれど 吹きくる風は 花の香ぞする
0104
うつろへる花を見てよめる
躬恆
花みれば 心さへにぞ うつりける 色には出でじ 人もこそ知れ
0105
題しらず
讀人しらず
鶯の なく野邊ごとに 來てみれば うつろふ花に かぜぞ吹きける
0106
吹くかぜを なきてうらみよ 鶯は われやは花に 手だにふれたる
0107
典侍洽子朝臣
散る花の なくにしとまる ものならば われ鶯に おとらましやは
0108
仁和の中將の御息所の家に歌合せむとてしける時によめる
藤原後蔭
花のちる ことやわびしき 春がすみ たつたの山の うぐひすの聲
0109
鶯の鳴くをよめる
素性
木傳へば おのが羽風に ちる花を 誰におほせて こゝら鳴くらむ
0110
鶯の花の木にて鳴くをよめる
躬恆
しるしなき 音をもなくかな 鶯の ことしのみちる 花ならなくに
0111
題しらず
讀人しらず
駒なめて いざ見にゆかむ 故郷は 雪とのみこそ 花は散るらめ
0112
散る花を 何か恨みむ 世の中に わが身もともに あらむものかは
0113
小野小町
花の色は 移りにけりな いたづらに 我が身世にふる ながめせしまに
0114
仁和の中將のみやすん所の家に歌合せむとてしける時によめる
素性
をしと思ふ 心は絲に よられなむ 散る花ごとに ぬきてとゞめむ
0115
志賀の山越にをんなの多くあへりけるによみて遣はしける
貫之
梓弓 はるのやまべを 越えくれば 道もさりあへず 花ぞ散りける
0116
寛平の御時きさいの宮の歌合の歌
春の野に 若菜つまむと こしものを 散りかふ花に 道はまどひぬ
0117
山寺にまうでたりけるによめる
やどりして 春の山邊に ねたる夜は 夢のうちにも 花ぞ散りける
0118
寛平の御時きさいの宮の歌合の歌
吹く風と 谷の水とし なかりせば み山がくれの 花を見ましや
0119
志賀より歸りける女どもの花山に入りて藤の花の下に立ちよりて歸りけるに詠みて送りける
僧正遍昭
よそに見て かへらむ人に 藤の花 はひまつはれよ 枝は折るとも
0120
家に藤の花さけりけるを人の立ちとまりて見けるをよめる
躬恆
我が宿に さける藤波 たちかへり 過ぎがてにのみ 人の見るらむ
0121
題しらず
讀人しらず
今もかも 咲きにほふらむ たちばなの こじまのさきの 山吹の花
0122
はるさめに にほへるいろも あかなくに 香さへなつかし 山吹の花
0123
山吹は あやなな咲きそ 花見むと うゑけむ君が こよひこなくに
0124
吉野川の邊に山吹の咲けりけるをよめる
貫之
吉野川 きしのやまぶき 吹く風に 底のかげさへ うつろひにけり
0125
題しらず
讀人しらず
かはづなく 井手の山吹 ちりにけり 花のさかりに あはましものを
此の歌は或人のいはく橘のきよともが歌なり
0126
春の歌とてよめる
素性
思ふどち 春の山邊に うちむれて そこともいはぬ 旅寢してしが
0127
春のとく過ぐるをよめる
躬恆
梓弓 春たちしより としつきの 射るがごとくも おもほゆるかな
0128
やよひに鶯の聲久しう聞えざりけるをよめる
貫之
鳴きとむる 花しなければ 鶯も はてはものうく なりぬべらなり
0129
やよひのつごもりがたに山を越えけるに山川より花の流れけるをよめる
深養父
花ちれる 水のまに\/ とめくれば 山には春も なくなりにけり
0130
春を惜しみてよめる
元方
をしめども とゞまらなくに 春霞 かへる道にし たちぬと思へば
0131
寛平の御時きさいの宮の歌合の歌
興風
聲たえず なけや鶯 ひととせに ふたたびとだに 來べき春かは
0132
やよひのつごもりの日花つみより歸りける女どもを見てよめる
躬恆
とゞむべき ものとはなしに はかなくも 散る花ごとに たぐふ心か
0133
やよひのつごもりの日雨の降りけるに藤の花を折りて人に遣はしける
業平朝臣
ぬれつゝぞ しひて折りつる 年の内に 春は幾日も あらじと思へば
0134
亭子院の歌合に春のはての歌
躬恆
今日のみと 春を思はぬ 時だにも たつことやすき 花のかげかは
卷第三 夏歌
0135
題しらず
讀人しらず
我がやどの 池の藤波 さきにけり 山ほとゝぎす いつか來なかむ
この歌ある人のいはく柿本人麿がなり
0136
卯月にさける櫻を見てよめる
紀としさだ(*紀利貞)
あはれてふ 事をあまたに やらじとや 春に遲れて ひとりさくらむ
0137
題しらず
讀人しらず
さつきまつ 山郭公 うち羽ぶき いまもなかなむ 去年のふるごゑ
0138
伊勢
五月こば なきもふりなむ 郭公 まだしきほどの こゑをきかばや
0139
讀人しらず
さつき待つ 花たちばなの 香をかげば 昔のひとの 袖の香ぞする
0140
いつのまに 五月きぬらむ あしびきの 山郭公 いまぞ鳴くなる
0141
けさきなき いまだ旅なる ほとゝぎす 花たちばなに 宿はからなむ
0142
音羽山を越えける時に郭公の鳴くをききてよめる
紀友則
音羽山 けさ越えくれば ほとゝぎす 梢はるかに 今ぞなくなる
0143
郭公の初めて鳴きけるを聞きてよめる
素性
ほとゝぎす 初聲きけば あぢきなく 主さだまらぬ 戀せらるはた
0144
奈良の石の上寺にて郭公の鳴くをよめる
いそのかみ ふるきみやこの 郭公 聲ばかりこそ むかしなりけれ
0145
題しらず
讀人しらず
夏山に なくほとゝぎす 心あらば 物おもふわれに 聲な聞かせそ
0146
ほとゝぎす なく聲きけば わかれにし 故郷さへぞ こひしかりける
0147
郭公 ながなく里の あまたあれば なほ疎まれぬ 思ふものから
0148
おもひいづる ときはの山の 郭公 からくれなゐの ふり出てぞ鳴く
0149
こゑはして 涙は見えぬ ほとゝぎす わが衣手の ひづをからなむ
0150
あしびきの 山郭公 をりはへて 誰かまさると 音をのみぞなく
0151
いまさらに 山へかへるな 郭公 こゑのかぎりは 我がやどに鳴け
0152
みくにのまち(*三国町)
やよやまて 山郭公 ことづてむ われ世のなかに すみわびぬとよ
0153
寛平の御時きさいの宮の歌合の歌
紀友則
さみだれに 物思ひをれ 郭公 夜ぶかく鳴きて いづち行くらむ
0154
夜やくらき 道やまどへる 郭公 わがやどをしも 過ぎがてに鳴く
0155
大江千里
やどりせし 花たちばなも 枯れなくに など郭公 こゑたえぬらむ
0156
紀貫之
夏の夜の ふすかとすれば 郭公 なくひと聲に 明くるしのゝめ
0157
壬生忠岑
暮るゝかと みれば明けぬる 夏の夜を あかずとや鳴く やま郭公
0158
紀秋岑
夏山に こひしき人や 入りにけむ 聲ふりたてて 鳴くほとゝぎす
0159
題しらず
讀人しらず
去年の夏 なきふるしてし 郭公 それかあらぬか こゑのかはらぬ
0160
郭公の鳴くを聞きてよめる
貫之
五月雨の そらもとゞろに 郭公 なにをうしとか 夜たゞ鳴くらむ
0161
さぶらひにてをのこどもの酒たうべけるに召して郭公まつ歌よめとありければよめる
躬恆
郭公 こゑもきこえず 山びこは ほかに鳴く音を こたへやはせぬ
0162
山に郭公の鳴きけるを聞きてよめる
貫之
郭公 ひとまつやまに 鳴くなれば われうちつけに 戀ひまさりけり
0163
早くすみける所にて郭公の鳴きけるを聞きてよめる
忠岑
むかしべや 今も戀しき ほとゝぎす 故郷にしも なきてきつらむ
0164
郭公の鳴きけるを聞きてよめる
躬恆
ほとゝぎす われとはなしに うの花の 憂きよの中に 鳴き渡るらむ
0165
蓮の露を見てよめる
僧正遍昭
はちす葉の にごりにしまぬ 心もて なにかは露を 玉とあざむく
0166
月の面白かりける夜あかつきがたによめる
深養父
夏の夜は まだよひながら あけぬるを 雲のいづこに 月宿るらむ
0167
鄰より常夏の花をこひにおこせたりければをしみてこの歌をよみて遣はしける
躬恆
塵をだに すゑじとぞ思ふ 咲きしより いもと我がぬる 常夏の花
0168
みな月のつごもりの日よめる
夏と秋と ゆきかふ空の かよひぢは かたへ涼しき 風や吹くらむ
卷第四 秋歌上
0169
秋立つ日よめる
藤原敏行朝臣
秋來ぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ 驚かれぬる
0170
秋立つ日うへのをのこども賀茂の川原に川逍遙しけるともにまかりてよめる
貫之
川風の 涼しくもあるか うちよする 波とともにや 秋は立つらむ
0171
題しらず
讀人しらず
我がせこが 衣の裾を 吹きかへし うら珍らしき 秋のはつ風
0172
昨日こそ さ苗とりしか いつのまに 稻葉そよぎて 秋風ぞ吹く
0173
あきかぜの 吹きにし日より 久かたの あまの河原に たたぬ日はなし
0174
ひさかたの 天の河原の わたしもり 君渡りなば かぢかくしてよ
0175
天の川 もみぢを橋に わたせばや たなばたつめの 秋をしも待つ
0176
こひ戀ひて 逢ふ夜は今宵 あまの川 霧たちわたり あけずもあらなむ
0177
寛平の御時七日の夜うへにさぶらふ男ども歌奉れと仰せられける時人にかはりてよめる
友則
天の川 あさせしら波 たどりつゝ わたりはてねば 明けぞしにける
0178
同じ御時きさいの宮の歌合の歌
藤原興風
契りけむ 心ぞつらき たなばたの 年にひとたび 逢ふは逢ふかは
0179
なぬかの日の夜よめる
凡河内躬恆
年ごとに 逢ふとはすれど たなばたの ぬる夜の數ぞ すくなかりける
0180
たなばたに かしつる絲の うちはへて 年のを長く 戀ひや渡らむ
0181
題しらず
素性
今宵來む 人にはあはじ たなばたの 久しきほどに 待ちもこそすれ
0182
七日の夜の曉によめる
源宗于朝臣
今はとて わかるゝときは 天の川 渡らぬさきに 袖ぞひぢぬる
0183
八日の日よめる
壬生忠岑
けふよりは 今こむ年の 昨日をぞ いつしかとのみ 待ち渡るべき
0184
讀人しらず
木の間より もりくる月の かげ見れば 心づくしの 秋はきにけり
0185
おほかたの 秋くるからに わが身こそ 悲しきものと 思ひ知りぬれ
0186
わが爲に くる秋にしも あらなくに 蟲の音きけば まづぞ悲しき
0187
ものごとに 秋ぞ悲しき もみぢつゝ 移ろひゆくを かぎりと思へば
0188
ひとりぬる 牀は草葉に あらねども 秋くる宵は つゆけかりけり
0189
これさだのみこの家の歌合の歌
いつはとは 時はわかねど 秋の夜ぞ 物思ふ事の かぎりなりける
0190
かんなりのつぼ(*襲芳舎)に人々集まりて秋の夜惜しむ歌よみけるついでによめる
躬恆
かくばかり をしと思ふ夜を いたづらに 寐て明すらむ 人さへぞうき
0191
題しらず
讀人しらず
しら雲に 羽うちかはし とぶ鴈の かずさへみゆる 秋の夜の月
0192
さよなかと 夜はふけぬらし 雁がねの きこゆる空に 月渡るみゆ
0193
是貞のみこの家の歌合によめる
大江千里
月見れば ちゞに物こそ 悲しけれ わが身一つの 秋にはあらねど
0194
忠岑
久かたの 月の桂も 秋はなほ もみぢすればや 照りまさるらむ
0195
月をよめる
在原元方
秋の夜の つきの光し あかければ くらぶの山も こえぬべらなり
0196
人の許にまかれりける夜きり\〃/すの鳴きけるを聞きてよめる
藤原たゞふさ(*忠房)
蛬 いたくな鳴きそ あきの夜の ながき思ひは われぞまされる
0197
是貞のみこの家の歌合のうた
敏行朝臣
秋の夜の 明くるも知らず 鳴く蟲は わがごと物や 悲しかるらむ
0198
題しらず
讀人しらず
秋萩も 色づきぬれば きり\〃/す 我がねぬごとや 夜は悲しき
0199
秋の夜は 露こそことに さむからし 草むらごとに 蟲のわぶれば
0200
君しのぶ 草にやつるゝ 故郷は まつむしの音ぞ 悲しかりける
0201
秋の野に 道もまどひぬ 松蟲の こゑするかたに やどやからまし
0202
秋の野に ひとまつ蟲の 聲すなり われかと行きて いざとぶらはむ
0203
もみぢ葉の 散りて積れる 我が宿に 誰をまつ蟲 こゝら鳴くらむ
0204
ひぐらしの なきつるなべに 日は暮れぬ と思ふは山の 陰にぞありける
0205
ひぐらしの なく山里の ゆふぐれは 風よりほかに とふ人もなし
0206
初鴈をよめる
在原元方
待つ人に あらぬものから 初鴈の けさなく聲の めづらしきかな
0207
是貞のみこの家の歌合の歌
友則
秋風に 初鴈がねぞ きこゆなる たがたまづさを かけて來つらむ
0208
題しらず
讀人しらず
我が門に 稻おほせ鳥(*鶺鴒という。)の 鳴くなべに けさ吹く風に 鴈は來にけり
0209
いと早も 鳴きぬる鴈か しら露の 色どる木々も もみぢあへなくに
0210
春霞 かすみていにし かりがねは 今ぞなくなる 秋ぎりの上に
0211
夜を寒み 衣かりがね なくなべに 萩の下葉も うつろひにけり
此の歌は或人のいはく柿本人麿がなりと。
0212
寛平の御時きさいの宮の歌合の歌
藤原菅根朝臣
秋風に 聲をほにあげて くる船は 天のとわたる 鴈にぞありける
0213
躬恆
うきことを 思ひつらねて 鴈がねの 鳴きこそ渡れ 秋のよな\/
0214
是貞のみこの家の歌合の歌
忠岑
山里は 秋こそことに わびしけれ 鹿の鳴く音に めをさましつゝ
0215
讀人しらず
おくやまに 紅葉ふみわけ なく鹿の 聲きくときぞ 秋はかなしき
0216
題しらず
秋萩に うらびれをれば あしびきの 山したとよみ 鹿の鳴くらむ
0217
秋はぎを しがらみふせて 鳴く鹿の 目には見えずて 音のさやけさ
0218
是貞のみこの家の歌合によめる
秋萩の はな咲きにけり たかさごの をのへの鹿は 今や鳴くらむ
0219
昔あひ知りて侍りける人の秋の野にて逢ひて物語しけるついでによめる
躬恆
あき萩の ふるえにさける 花みれば もとの心は 忘れざりけり
0220
題しらず
讀人しらず
秋萩の 下葉色づく いまよりや ひとりある人の いねがてにする
0221
なきわたる 鴈の涙や おちつらむ 物思ふ宿の 萩のうへの露
0222
萩のつゆ 玉にぬかむと とればけぬ よし見む人は 枝ながら見よ
ある人のいはくこの歌は奈良の帝の御歌なりと
0223
をりてみば おちぞしぬべき 秋萩の 枝もたわゝに おける白露
0224
萩が花 ちるらむ小野の 露霜に ぬれてを行かむ さ夜はふくとも
0225
是貞のみこの家の歌合によめる
文屋朝康
秋の野に おく白露は 玉なれや つらぬきかくる くもの絲すぢ
0226
題しらず
僧正遍昭
名にめでて 折れるばかりぞ 女郎花 われおちにきと 人に語るな
0227
僧正遍昭が許に奈良へまかりける時に男山にて女郎花を見てよめる
布留今道
女郎花 うしとみつゝぞ ゆきすぐる 男山にし たてりと思へば
0228
是貞のみこの家の歌合の歌
敏行朝臣
秋の野に やどりはすべし 女郎花 名をむつましみ 旅ならなくに
0229
題しらず
小野美材
女郎花 多かる野邊に 宿りせば あやなくあだの 名をや立ちなむ
0230
朱雀院(*前出、亭子院)の女郎花合に詠みて奉りける
左のおほいまうち君(*藤原時平)
をみなへし 秋の野風に うちなびき 心ひとつを 誰によすらむ
0231
藤原定方朝臣
秋ならで あふことかたき 女郎花 あまの川原に おひぬものゆゑ
0232
貫之
たがあきに あらぬ物ゆゑ 女郎花 なぞ色にいでて まだき移ろふ
0233
躬恆
妻こふる 鹿ぞなくなる 女郎花 おのがすむ野の 花としらずや
0234
女郎花 ふきすぎてくる 秋かぜは 目には見えねど 香こそしるけれ
0235
忠岑
人の見る ことやくるしき 女郎花 秋ぎりにのみ たちかくるらむ
0236
ひとりのみ ながむるよりは 女郎花 わがすむ宿に うゑて見ましを
0237
物へまかりける人の家に女郎花うゑたりけるを見てよめる
兼覽王
女郎花 うしろめたくも 見ゆるかな 荒れたるやどに 獨りたてれば
0238
寛平の御時藏人所のをのこども嵯峨野に花見むとてまかりたりける時歸るとて皆歌よみけるついでによめる
平貞文
花にあかで なに歸るらむ 女郎花 おほかる野邊に ねなましものを
0239
是貞のみこの家の歌合の歌
敏行朝臣
何人か きてぬぎかけし ふぢばかま 來る秋ごとに 野邊を匂はす
0240
藤袴をよみて人に遣はしける
貫之
やどりせし 人のかたみか 藤ばかま 忘られがたき 香に匂ひつゝ
0241
ふぢばかまをよめる
素性
ぬししらぬ 香こそ匂へれ 秋の野に たがぬぎかけし 藤袴ぞも
0242
題しらず
平貞文
今よりは 植ゑてだに見じ 花薄 ほにいづる秋は わびしかりけり
0243
寛平の御時きさいの宮の歌合の歌
在原むねやな(*棟梁)
秋の野の くさのたもとか 花薄 ほにいでてまねく 袖とみゆらむ
0244
素性法師
われのみや あはれと思はむ 蛬 なくゆふかげの やまとなでしこ
0245
題しらず
讀人しらず
みどりなる ひとつ草とぞ 春は見し 秋は色々の 花にぞありける
0246
もゝ草の 花のひもとく 秋の野に おもひたはれむ 人なとがめそ
0247
月草に 衣はすらむ あさ露に ぬれてののちは うつろひぬとも
0248
仁和の帝(*光孝天皇)みこにおはしましける時ふるの瀧(*石上の布留川上流)御覽ぜむとておはしましける道に遍昭が母の家に宿り給へりける時に庭を秋の野につくりて御物語のついでによみて奉りける
僧正遍昭
里はあれて 人はふりにし 宿なれや 庭もまがきも 秋の野らなる
卷第五 秋歌下
0249
是貞のみこの家の歌合の歌
文室康秀
吹くからに 秋の草木の 萎るれば むべ山風を あらしといふらむ
0250
草も木も 色かはれども わたつ海の なみのはなにぞ 秋なかりける
0251
秋の歌合しける時によめる
紀淑望
もみぢせぬ ときはの山は 吹く風の 音にや秋を ききわたるらむ
0252
題しらず
讀人しらず
霧たちて 鴈ぞ鳴くなる 片岡の あしたのはらは もみぢしぬらむ
0253
神無月 しぐれもいまだ 降らなくに かねてうつろふ 神なびの森
0254
ちはやぶる 神なび山の もみぢ葉に おもひはかけじ うつろふものを
0255
貞觀の御時(*清和天皇の代の年号)綾綺殿の前に梅の木ありけり西の方にさせりける枝の紅葉そめたりけるをうへに侍ふ男どものよみけるついでによめる
藤原勝臣
おなじえを わきて木の葉の うつろふは 西こそ秋の 初めなりけれ
0256
石山に詣でける時音羽山の紅葉を見てよめる
貫之
秋風の 吹きにし日より 音羽山 みねのこずゑも 色づきにけり
0257
是貞のみこの家の歌合によめる
敏行朝臣
白露の 色はひとつを いかにして 秋の木の葉を ちゞにそむらむ
0258
壬生忠岑
秋の夜の 露をばつゆと おきながら 鴈の涙や 野邊をそむらむ
0259
題しらず
讀人しらず
秋の露 色々ことに おけばこそ 山の木の葉の ちぐさなるらめ
0260
もる山(*近江国野洲郡守山)のほとりにてよめる
貫之
しらつゆも 時雨も いたくもる山は 下葉のこらず 色づきにけり
0261
秋の歌とてよめる
在原元方
雨降れど つゆももらじを 笠とりの 山はいかでか 紅葉そめけむ
0262
神の社の邊をまかりける時にいがきのうちの紅葉を見てよめる
貫之
ちはやぶる 神のい垣に はふ葛も 秋にはあへず うつろひにけり
0263
是貞のみこの家の歌合によめる
忠岑
雨ふれば かさとり山の もみぢ葉は 行きかふ人の 袖さへぞてる
0264
寛平の御時きさいの宮の歌合の歌
讀人しらず
散らねども かねてぞをしき もみぢ葉は 今はかぎりの 色と見つれば
0265
大和の國にまかりける時佐保山に霧のたてりけるを見てよめる
紀友則
たがための 錦なればか 秋霧の さほの山べを たちかくすらむ
0266
是貞のみこの家の歌合のうた
讀人しらず
秋霧は 今朝はなたちそ さほやまの 柞のもみぢ よそにても見む
0267
秋の歌とてよめる
坂上是則
佐保山の はゝその色は うすけれど 秋は深くも なりにけるかな
0268
人の前栽に菊に結び附けて植ゑける歌
在原業平朝臣
うゑし植ゑば 秋なき時や 咲かざらむ 花こそちらめ 根さへ枯れめや
0269
寛平の御時菊の花をよませたまうける
敏行朝臣
久かたの 雲のうへにて 見る菊は あまつ星とぞ あやまたれける
この歌はまだ殿上許されざりける時に召し上げられてつかうまつるとなむ
0270
是貞のみこの家の歌合の歌
紀友則
露ながら 折りてかざさむ 菊の花 老いせぬ秋の ひさしかるべく
0271
寛平の御時后の宮の歌合の歌
大江千里
植ゑし時 花まちどほに ありし菊 うつろふ秋に あはむとや見し
同じ御時せられける菊合に洲濱をつくりて菊の花植ゑたりけるにくはへたりける歌
0272
吹上の濱に菊植ゑたりけるをよめる
菅原朝臣(*菅原道真)
秋風の ふきあげにたてる 白菊は 花かあらぬか 波のよするか
0273
仙宮に菊をわけて人のいたれるかたをよめる
素性法師
ぬれてほす 山路の菊の 露のまに いつか千年を われは經にけむ
0274
菊の花のもとにて人の人待てるかたをよめる
友則
花見つゝ 人まつ時は しろたへの 袖かとのみぞ あやまたれける
0275
おほ澤の池のかたに菊植ゑたるをよめる
ひともとと 思ひし花を おほさはの 池の底にも たれか植ゑけむ
0276
世の中のはかなきことを思ひける折に菊の花を見てよめる
貫之
秋の菊 匂ふかぎりは かざしてむ 花よりさきと 知らぬわが身を
0277
白菊の花をよめる
凡河内躬恆
こゝろあてに 折らばやをらむ 初霜の 置きまどはせる 白菊の花
0278
是貞のみこの家の歌合の歌
讀人しらず
いろかはる 秋の菊をば ひととせに ふたたび匂ふ 花とこそ見れ
0279
仁和寺に菊の花めしける時に歌そへて奉れと仰せられければよみて奉りける
平貞文
秋をおきて 時こそ有りけれ 菊の花 移ろふからに 色のまされば
0280
人の家なりける菊の花を移し植ゑたりけるをよめる
貫之
咲きそめし 宿しかはれば 菊の花 色さへにこそ うつろひにけれ
0281
題しらず
讀人しらず
さほ山の 柞のもみぢ 散りぬべみ よるさへ見よと 照らす月かげ
0282
宮づかへ久しうつかうまつらで山里にこもり侍りけるによめる
藤原關雄
奧山の いはがき紅葉 ちりぬべし 照る日のひかり 見る時なくて
0283
題しらず
讀人しらず
たつたがは 紅葉みだれて 流るめり わたらば錦 なかやたえなむ
此の歌は或人奈良の帝の御歌なりとなむ申す
0284
龍田川 もみぢ葉ながる 神なびの みむろの山に しぐれ降るらし
又はあすか川もみぢ葉流る 此歌不レ注2人麿歌1
0285
戀しくは(*原文「戀しくば」) 見てもしのばむ もみぢ葉を 吹きな散らしそ 山おろしの風
0286
秋風に あへず散りぬる もみぢ葉の ゆくと定めぬ われぞ悲しき
0287
秋はきぬ 紅葉は宿に ふりしきぬ 道ふみ分けて とふ人はなし
0288
ふみわけて 更にや訪はむ 紅葉(*もみぢば)の ふりかくしたる 道と見ながら
0289
秋の月 やまべさやかに 照らせるは おつる紅葉の 數を見よとか
0290
吹く風の 色の千種に 見えつるは 秋の木の葉の 散ればなりけり
0291
關雄
霜のたて 露のぬきこそ 弱からし やまの錦の 織ればかつちる
0292
雲林院の木のかげにたゝずみてよみける
僧正遍昭
わび人の わきて立ちよる 木の下は 頼むかげなく 紅葉散りけり
0293
二條の后の春宮の御息所と申しける時に御屏風に龍田川に紅葉流れたるかたをかけりけるを題にてよめる
素性
もみぢ葉の 流れてとまる みなとには 紅ふかき 波やたつらむ
0294
業平朝臣
ちはやぶる 神代もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くゝるとは
0295
是貞のみこの家の歌合の歌
敏行朝臣
我がきつる 方も知られず くらぶ山 木々のこの葉の 散りとまがふに
0296
忠岑
かみなびの みむろのやまを 秋ゆけば 錦たちきる こゝちこそすれ
0297
北山に紅葉折らむとてまかれりける時によめる
貫之
見るひとも なくて散りぬる おく山の 紅葉はよるの 錦なりけり
0298
秋の歌
兼覽王
龍田姫 たむくる神の あればこそ 秋の木の葉の ぬさと散るらめ
0299
小野といふ所に住み侍りける時もみぢを見てよめる
貫之
秋のやま 紅葉を幣と たむくれば 住むわれさへぞ 旅心地する
0300
神なび山を過ぎて龍田川を渡りける時に紅葉の流れけるをよめる
清原深養父
かみなびの 山を過ぎゆく 秋なれば 龍田川にぞ ぬさはたむくる
0301
寛平の御時后の宮の歌合の歌
藤原興風
しら波に あきの木の葉の うかべるを あまの流せる 船かとぞ見る
0302
龍田川のほとりにてよめる
坂上是則
もみぢ葉の 流れざりせば 龍田川 みづの秋をば たれか知らまし
0303
志賀の山越にてよめる
春道列樹
山川に 風のかけたる しがらみは 流れもあへぬ 紅葉なりけり
0304
池のほとりにて紅葉のちるをよめる
躬恆
風ふけば おつるもみぢ葉 水きよみ 散らぬ影さへ 底に見えつゝ
0305
亭子院の御屏風の繪に川渡らむとする人の紅葉のちる木のもとに馬をひかへて立てるをよませ給ひければつかうまつりける
立ちとまり 見てを渡らむ もみぢ葉は 雨と降るとも 水はまさらじ
0306
是貞のみこの家の歌合の歌
忠岑
山田もる 秋のかり庵に おく露は いなおほせ鳥の 涙なりけり
0307
題しらず
讀人しらず
ほにもいでぬ 山田をもると ふぢ衣 稻葉の露に ぬれぬ日はなし
0308
刈れる田に 生ふる■(禾偏+魯:りょ:ひつち・ひつじ:大漢和25364)(*穭、原文「穭」、刈り取った後に再び自生する稲。穂をつけることはない。)の ほに出ぬは 世を今更に あき果てぬとか
0309
北山に僧正遍昭と茸狩にまかれりけるによめる
素性法師
もみぢ葉は 袖にこき入れて もて出なむ 秋はかぎりと 見む人のため
0310
寛平の御時ふるき歌奉れとおほせられければ龍田川もみぢ葉流るといふ歌(*284番の歌)を書きてその同じ心をよめりける
興風
みやまより 落ちくる水の 色みてぞ 秋はかぎりと 思ひしりぬる
0311
秋のはつる心を龍田川に思ひやりてよめる
貫之
年毎に もみぢ葉ながす 龍田川 みなとや秋の とまりなるらむ
0312
なが月のつごもりの日大井にてよめる
ゆふづくよ をぐらの山に なく鹿の 聲のうちにや 秋はくるらむ
0313
同じつごもりの日よめる
躬恆
道しらば 尋ねも行かむ もみぢ葉を 幣とたむけて 秋はいにけり
卷第六 冬歌
0314
題しらず
讀人しらず
たつた川 にしきおりかく 神無月 しぐれの雨を たてぬきにして
0315
冬の歌とてよめる
源宗于朝臣
山里は 冬ぞさびしさ まさりける 人目も草も かれぬと思へば
0316
題しらず
讀人しらず
おほぞらの 月の光し 清ければ かげ見し水ぞ まづこほりける
0317
夕されば 衣手さむし みよしのの 吉野の山に みゆきふるらし
0318
今よりは つぎて降らなむ わが宿の すゝきおしなみ ふれるしら雪
0319
ふる雪は かつぞけぬらし 足びきの 山の瀧つ瀬 おとまさるなり
0320
この川に もみぢばながる 奧山の ゆきげの水ぞ いままさるらし
0321
ふるさとは 吉野の山し ちかければ ひと日もみ雪 ふらぬ日はなし
0322
我が宿は 雪ふりしきて 道もなし ふみわけてとふ 人しなければ
0323
冬の歌とてよめる
紀貫之
雪ふれば 冬ごもりせる 草も木も 春にしられぬ 花ぞ咲きける
0324
志賀の山ごえにてよめる
紀あきみね(*紀秋岑)
白雪の ところもわかず 降りしけば 巖にも咲く はなとこそ見れ
0325
奈良の京にまかれりける時に宿りける所にてよめる
坂上是則
みよしのの 山のしら雪 つもるらし 故郷さむく なりまさるなり
0326
寛平の御時后の宮の歌合の歌
藤原興風
浦ちかく 降りくる雪は しら波の すゑの松山 こすかとぞ見る
0327
壬生忠岑
みよしのの 山の白雪 ふみわけて 入りにし人の おとづれもせぬ
0328
白雪の ふりてつもれる 山里は すむ人さへや おもひきゆらむ
0329
雪のふるを見てよめる
凡河内躬恆
雪ふりて 人もかよはぬ 道なれや 跡はかもなく おもひ消ゆらむ
0330
雪のふりけるをよみける
清原深養父
冬ながら 空より花の ちりくるは 雲のあなたは 春にやあるらむ
0331
雪の木に降りかゝれりけるを詠める
貫之
冬ごもり 思ひかけぬを 木のまより 花とみるまで 雪ぞふりける
0332
大和の國にまかれりける時に雪の降りけるを見てよめる
坂上是則
あさぼらけ 有明の月と みるまでに 吉野の里に 降れるしら雪
0333
題しらず
讀人しらず
けぬがうへに またもふりしけ 春霞 たちなばみ雪 まれにこそ見め
0334
梅のはな それとも見えず 久方の あまぎる雪の なべてふれれば
此の歌は或人のいはく柿本人麿が歌なり
0335
梅の花に雪のふれるをよめる
小野篁朝臣
花の色は 雪にまじりて 見えずとも 香をだに匂へ 人の知るべく
0336
雪のうちの梅の花をよめる
紀貫之
梅の香の 降りおける雪に 紛ひせば(*まがひせば) 誰かこと\〃/ 分きて折らまし
0337
ゆきのふりけるを見てよめる
紀友則
雪ふれば 木毎に花ぞ さきにける いづれを梅と わきて折らまし
0338
物へまかりける人を待ちてしはすのつごもりによめる
躬恆
我がまたぬ 年はきぬれど 冬草の かれにし人は おとづれもせず
0339
年のはてによめる
在原元方
あらたまの 年の終りに なるごとに 雪もわが身も ふりまさりつゝ
0340
寛平の御時后の宮の歌合の歌
讀人しらず
雪ふりて 年のくれぬる 時にこそ つひにもみぢぬ 松も見えけれ
0341
年のはてによめる
春道列樹
昨日といひ 今日と暮して あすか川 ながれて早き 月日なりけり
0342
歌奉れと仰せられし時によみて奉れる
紀貫之
行く年の 惜しくもあるかな ます鏡 みる影さへに くれぬと思へば
(巻1〜巻6 <了>)
古今和歌集序(紀淑望)
古今和歌集序(紀貫之)
巻1(春歌上)
巻2(春歌下)
巻3(夏歌)
巻4(秋歌上)
巻5(秋歌下)
巻6(冬歌)
巻7(賀歌)
巻8(離別歌)
巻9(羇旅歌)
巻10(物名)
巻11(恋歌一)
巻12(恋歌二)
巻13(恋歌三)
巻14(恋歌四)
巻15(恋歌五)
巻16(哀傷歌)
巻17(雑歌上)
巻18(雑歌下)
巻19(雑体)
巻20(大歌所御歌)