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平賀鳩溪實記 五卷

撰者未詳 竹窓櫟齋? 1788頃
*内藤耻叟・小宮山綏介 標註『[近古/文藝]温知叢書』第4編
(博文館 1891.4.23)中の一編。
*同書所収作品「閑なるあまり・野叟獨語・寛天見聞記・
平賀鳩溪實記・くせ物語・淨瑠璃譜・紫のゆかり・浮世繪類考」

※段落を設け、句読点を改め、引用符等を任意に施した。

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解題

此書自序に竹窓櫟齋と題せしは、撰者の道號なるべけれど、其人詳かならず。天明8年は、鳩溪の沒年を距ること、僅に十年の後なれば、蓋し門人故舊など、其行事を■(手偏+又4つ:てつ・たつ・せつ:拾い集める・抜き取る:大漢和12241)拾して此書を纂述したるにや。但その本事はさまでの事にもあらざるを、尾を附鰭を添て漫に舖張敷衍したることは、一過して其痕迹を認むべきのみならず、蜀山が簽書に、已に正しく其徴あり。而して書中鳩溪が平生に於ては、詳述して餘蘊なきに拘はらず、最後臨終の一節に至ては、却てこれを畧し一言のこれに及ばざるは何ぞや。信に解すべからざるなり。此書は燕石十輯本を采り、太田蜀山手筆簽書の本を得て對校し、以て叢書中に加ふ。〔此書の著者文辭なく識見なし。然るに其口吻却て當時儒流の臭味を帶ぶる者に似たり。而して却て鳩溪の爲に縷々數萬言を費す。殆ど解すべからず。〕


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平賀鳩溪實記序

古人曰、「夢は五臟の煩にして、虚實見想喜怒哀樂の、胸中に動くより起り、實に正夢の沙汰は稀也。孔夫子『夢に周公を見ず。』と宣ひしは、周徳の末に成れるを愁給ひし嘆辭也。」(*と。)或夜夢中に、壹人の異人を夢る事分明也。異人曰、『我は是平賀國倫也。汝が奇才を慕ふて、夢に我生涯の趣を知らしむ。汝是を一册子として、才子の戒にすべし。總て才智勝れたるは人の玩弄(もてあそび)にして、國益に踈きもの也。又其才を頼んで身を果す媒介(なかだち)也。』と云。夢覺て茫々然として其所を知らず。几上に向て夢中の趣を記して、一册子となして帳中に置事年あり。去(*さるに)人何某來て曰、「我足下の夢物語を聞り。」と云。耻て答へず。何某切に筆を染て強て責て云。「才の秀たるものゝ、能戒めならん。」と云にいなみがたく、かの莊周が夢に蝶と化し、覺て蝶の心を知らぬが如く、蝸牛の角振分て跡先揃はぬ夢物語を、竹叢の閑居に書することしかり。

   天明8年皐月            乾坤無住 竹窓 櫟齋老人

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鳩溪實記總目録
蜀山簽書本には此目録なし。〕
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