その壱「メッセンジャーとワンカップ」（後編）
コンビニの外から店の中をのぞいてみると、酒のコーナー、そしてワンカップの存在をすぐに確認することができた。
「フーッ、やっと今日は落ち着くことができそうや。」入り口のガラスのドアの取っ手に手を掛けるなり、一気にレジの前を通り過ぎ、そのコ ーナーへ突き進もうとしたのだが、
「あっ、パラちゃん。昨日のベタキングでやぁ…。」イヤな予感だ。
そういえば、そうだった。自分の家から少し離れたとこにある酒も置いてるこのコンビニには、一人だけシャベリの店員がいた。そして慣れ慣れしい。
「パラちゃんやー、昨日もエロネタ言ぅとったやん。あれってやっぱり、若い女の子のファン増やしたかったら、芸風変えないいかんでぇ…。」
どことなくプラスチックゴーゴーの蓮見に似ているのこの店員は、クドクドと最低でも三十分以上は説教をたれてくれるのだった。このコンビニに用事のある 時は、まず外から店内をのぞいて、この店員がいないことを確認してから入っていたのだが、今日に限ってはワンカップのことで頭がいっぱいで、大事なチ ェックをし忘れてしまった。失敗だ。
「ほんでやー、パラちゃん。まぁこっち座りやぁ。」と、そのうちその店員は俺をレジの奥のところにあるイスに座らせようとする。不真面目な店員が発売前の ジャンプなどを読んでいるあの場所だ。本業が漫才師なだけに、個性のキツイ人間の観察はネタ作りのヒントになるかなぁ、とそんなにキライでもないのだ が、コイツだけはうっとうしい。けれども、ついついその禁断の奥地に入っていってしまう。運が良ければ、そのイスのそばには発売前の雑誌が置いてあるし、 バッファロー吾郎さんにも自慢できるし。
会話をするというよりも、むしろその店員がしゃべっていることに対して、適当なところで相づちを打っているという感じだ。
「ベタキンってやー、あれって台本あんのー？俺なぁ、前までは個人的にはＢチーム応援しててんけど、十月からメンバー変わったやん。だから、パラちゃ んおるＣチーム応援することにしてん。」
「そりゃどうも。」と、言おうとしたのだが、一方的に話している店員に入り込む余地はない。いくらメッセンジャーのツッコミ担当と言えども、至難の技だ。
「あの番組なぁ、千原、ジャリ、メッセの３組はしゃーないとして…」 しゃーないとはどういうことだ、しゃーないとは。
「その３組は固定でもかめへんから、他のメンバーは週変わりにしたらええのにな。プラゴーとかニチョケンとかな。あとミノナガとか。」
そんなこと言われたって、どうしろっていうのだろうか。第一、この男が『プラゴー』なんて単語を知っているのだって、どうせコンパか何かで女の子に似てい るとか言われて、興味を持っただけの話しだろう。
この店員は鼻が悪いらしく、二言三言しゃべるごとに左手で鼻をこするクセがある。この男の、言われんでもわかっとるわい、というような話しに飽きてくると、 ついついそのクセに見入ってしまう。相づちも次第に適当になって、ぼーっと見ていると、
「でな、パラちゃん。これを取りに来たんやろ。」重たいものを入れるときは、袋を二重にするようにとマニュアルに書かれてあるのかどうかは知らないが、そ の渡された二重になった買い物袋はズッシリと重かった。袋の中身を見ると、ワンカップが十本以上は入っていた。
「さっき、黒田さんがこれを買いに来てて、お釣りだけもらって帰っていったんやで……。パラちゃんはこれを代わりに取りにきたんやろ。ハイ。」
だ・か・ら、この男も誤解しているようだが、いくらコンビと言えども二十四時間一緒にいるわけではないのだ。それは気持ち悪い。確かにこのコンビニから 黒田ん家には近いけども。
ま、でもたまにはいいか。貸しを作っておくのも悪くない。その店員から品物を受け取り、黒田の家に向かうことにした。
「しかし、こないにたくさん入っているんやったら、一〜二本パクってもわからんやろ。」黒田ん家に向かうその道中、右と左のズボンのポケットにワンカップ を一本ずつねじ込んだ。そして無意識のうち、手がズボンのポケットの中に入っていこうとする。自然に手がそういうポジションを取ってしまうのだ。
しばらく歩いていると、遠くから見慣れたガニ股で肩を揺らしながら歩いてくる影が見えてきた。黒田もすぐに俺に気づいたようでこちらに向かってきた。
「おまえ、パラ、こんなところで何してんねん。」
「おまえこそ何してんねん。どうせコンビニに金だけ払って、買ったもん忘れてきたんとちゃうかー？」
そのままズバリのことを言われて、少し分が悪くなりかけた黒田だが、おれの持っていたコンビニの袋とポケットの左右対称な異様な膨らみに気付き、
「おまえ、何、人の酒盗んでんじゃー。」と、俺の肩を突き飛ばした。と同時に、俺は持っていた袋を地面に投げ出してしまった。
グワッシャーン。
「あぁ、あぁ、あぁ、あぁ。」俺が自分のポケットに入れておいた以外は、見事に買い物袋から飛び出して割れてしまった。
そして、ガラスの破片と、ビニールのふたと、そしてモクモクと立ちこめる酒のにおい。
「こ、このにおい。なんか知っている…。」急にこの酒臭いにおいをかいで、なんだか懐かしい気分になった。何か新しいものに突き進もうとする、自分の中 に大きなベクトルがあるような気持ちをだ。そして、その向こうの黒田の笑顔。
「そうだ、ＮＳＣの授業の時…。」
その頃、俺は相方が見つからなくて、やる気はあるけどあせっている空回り状態で、毎日モンモンとしていた時でもあった。同期の奴らの名前なんか全然
覚えてなくて、しかし、黒田の顔はなぜか印象深かった。力強い目をしていた。「物事は力で解決するんや。」と、言っているような目だった。
俺は、直感的に同じ人種だということを感じていたのかも知れない。そいつが黒田という名前だと知ったのは、その直後の話なのだが。
授業がもうすぐ始まるからとＮＳＣの教室に黒田が入って来た。偶然、俺の隣の席が空いていて、黒田はこっちに向いて歩いてきたのだった。そいつのズ
ボンのポケットが妙に円柱型に膨らんでいて、「なんだ、この安堵感は…？」そして、ワンカップの文字がはみ出して見えているのだ。
「そうだ、ワンカップじゃないか。」そして、教室なのにしかも授業前だというのに、そいつは思いきりそれを飲み始めたのだった。
「そうだ、そうだよ。」ワンカップに対して、特別な思い入れを持っていた俺は、それを見るなり、「俺の相方はおまえやーっ！」と叫んでいた。
突然の大声にびっくりして、黒田は飲みかけのワンカップを床に落としてしまった。見事にコップは割れて、酒がそこらあたりに飛び散っていた。黒田は何
がなんだかわからないまま、うんうんうんとうなづいていた。
そうしてメッセンジャーの誕生は酒臭い教室の漫才の授業から始まったのであった。
[その壱終わり]
メッセンジャー（会原雅一・黒田有）
平成３年４月結成のＮＳＣ１０期生同士で心斎橋２丁目劇場で活躍する。
２丁目芸人ながらもコンスタントにＮＧＫの舞台にも出演する。何年後か、メッセンジャーがＮＧＫの大トリをつとめる日が来るまで、ずっと応援していきたい。