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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 泰助はまづ卒倒者の身体を検して、袂の中より一葉の写真を探り出だしぬ。手に取り見れば、年の頃二十歳ばかりなる美麗《うつくし》き婦人《をんな》の半身像にて、其《その》愛々しき口許は、写真ながら言葉を出ださむばかりなり。泰助は莞爾として打頷き、「犯罪の原因と探偵の秘密は婦人《をんな》だといふ格言がある、何、訳はありません。近い内に屹度罪人を出しませう。と事も無げに謂ふ顔を警部は見遣りて、「君、鰒《ふぐ》でも食つてによつたのかも知れんが。何も毒殺されたといふ証拠は無いではないか。泰助は骸の顔を指さして、「御覧なさい。人品《ひとがら》が好くつて、痩つこけて、心配のありさうな、身分のある人が落魄《おちぶれ》たらしい、かういふ顔色《かほつき》の男には、得て奇妙な履歴があるものです。と謂ひつゝ手にせる写真を打返して、頻りに視《なが》めて居たりけり。先刻より骸の胸に手を載せて、一心に容体《ようだい》を伺ひ居たる医師は、此時人々を見返りて、「何《どう》やら幽《かすか》に脈が通ふ様です。此方《こつち》の者になるかも知れません。静にして置かなければ不可《いけま》せんから、貴下方は他室《あつち》へお引取下さい。警部は巡査を引連れて、静に此室を立去りぬ。

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