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 『薬草取』 青空文庫

 背後《うしろ》から呼ぶ優《やさ》しい声に、医王山《いおうざん》の半腹、樹木の鬱葱《うっそう》たる中を出《い》でて、ふと夜の明けたように、空澄《す》み、気清《きよ》く、時しも夏の初《はじめ》を、秋見る昼の月の如《ごと》く、前途遥《ゆくてはるか》なる高峰《たかね》の上に日輪《にちりん》を仰《あお》いだ高坂《こうさか》は、愕然《がくぜん》として振返《ふりかえ》った。
 人の声を聞き、姿を見ようとは、夢にも思わぬまで、遠く里を離れて、はや山深く入っていたのに、呼懸《よびか》けたのは女であった。けれども、高坂は一見して、直《ただち》に何ら害心《がいしん》のない者であることを認め得た。

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