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 『眉かくしの霊』 泉鏡花を読む

 なつかしい浮世の状を、山の崖から掘出して、旅宿に嵌めたやうに見えた。
 座敷は熊の皮である。境は、ふと奥山へ棄てられたやうに、里心が着いた。
 一昨日松本で城を見て、天守に上つて、其の五層めの朝霜の高層に立つて、悚然としたやうな、雲に連る、山々の犇と再び窓に来て、身に迫るのを覚えもした。バスケットに、等閑に絡めたまゝの、城あとの崩れ堀の苔むす石垣を這つて枯残つた小さな蔦の紅の、鶫の血のしたゝる如きのを見るにつけても。……急に寂しい。――「お米さん、下階に座敷はあるまいか。――炬燵に入つてぐつすりと寐たいんだ。」

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