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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 医師は声を和《やはら》げて、「毒ぢや無い、私は医師です。早くお飲みなさい。といふ顔を先づ屹と視て、やがて四辺《あたり》を見廻しつ、泰助に眼を注ぎて、「彼《あれ》は誰方。泰助は近く寄りて、「探偵吏です。「えゝ、と病人は力を得たる風情にて、「而《さう》して御姓名《おなまへ》は。「僕は倉瀬泰助。と名乗るを聞きて病人は嬉しげに倉瀬の手を握り、「貴下が、貴下があの名高い……倉瀬様。あゝ嬉しや、私は本望が協《かな》つた。貴下に逢へばんでも可い。と握りたる手に力を篭めぬ。何やらむ仔細あるべしと、泰助は深切に、「其は何ういふ次第だね。「はい、お聞き下さいまし、と言はむとするを医師は制して、「物を言つたり、配慮《きあつかひ》をしては、身体《からだ》の為に好く無い。と諭せども病人は頭を掉りて、「悪僕、――八蔵奴《め》に毒を飲まされましたから、私は何《どう》しても助りません。「何、八蔵が毒を。……と詰寄る泰助の袂を曳きて、医師は不興気に、「これさ、物を言はしちや悪いといふのに。「僕は探偵の職掌だ。問はなければならない。「私は医師の義務だから、止めなければなりませぬ。と争へば病人は、「ご深切は有難う存じますが、到底《とても》私は助りませんのですから、何卒《どうぞ》思つてることを言はして下さいまし。明日まで生延びて言はずにぬよりは、今お話し申して此処でぬ方が勝手でございます。と思ひ詰めてはなか/\に、動くべくも見えざりければ、探偵は医師に向ひて、「是非が無い。ああいふのですから、病人の意にお任せなさい。病人はまた、「而《さう》して他の人に聞かしたうございませんから、恐入りますが先生は何卒《どうぞ》彼地《あちら》へ。……とありければ、医師は本意無げに室の外に立出でけり。

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