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 『日本橋』 青空文庫

「忘れもしない、ずっと以前――今夜で言えば昨夜だね――雛の節句に大雪の降った事がある。その日、両国向うの得客先へ配達する品があって、それは一番後廻、途中方々へ届けながら箱車を曳いて、草鞋穿で、小僧で廻った。日が暮れたんです。両国の橋を引返した時の寒さったら、骨まで透って、今思出しても震えちまう。
 何の事は無い、山から小僧が泣いて来たんだ。
 人通りは全然無し、大川端の吹雪の中を通魔のように駆けて通る郵便配達が、たった一人。……それが立停まって、チョッ可哀相にと云った。……声を出して泣きながら、声も涸れて、やっと薬研堀の裏長屋の姉の内の台所口へ着いた、と思うと感覚が無い。

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