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 『貝の穴に河童の居る事』 青空文庫

 私は話の中のこの魚《うお》を写出すのに、出来ることなら小さな鯨と言いたかった。大鮪《おおまぐろ》か、鮫《さめ》、鱶《ふか》でないと、ちょっとその巨大《おおき》さと凄《すさま》じさが、真に迫らない気がする。――ほかに鮟鱇《あんこう》がある、それだと、ただその腹の膨れたのを観《み》るに過ぎぬ。実は石投魚《いしなぎ》である。大温にして小毒あり、というにつけても、普通、私どもの目に触れる事がないけれども、ここに担いだのは五尺に余った、重量、二十貫に満ちた、逞《たくま》しい人間ほどはあろう。荒海の巌礁《がんしょう》に棲《す》み、鱗《うろこ》鋭く、面顰《つらしか》んで、鰭《はた》が硬い。と見ると鯱《しゃち》に似て、彼が城の天守に金銀を鎧《よろ》った諸侯なるに対して、これは合羽《あかがっぱ》を絡《まと》った下郎が、蒼黒《あおぐろ》い魚身を、血に底光りしつつ、ずしずしと揺られていた。

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