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 『日本橋』 青空文庫

「私……もう御別離をお見送り申し旁々、せめて、この橋まで一所に来て、優しい事を二人でして、活きものの喜ぶのを見たかったんですけれども、二人ばかりの朧夜は、軒続きを歩行くのさえ謹まねばならないように、もう久しい間……私ねえ、躾けられているもんですから、情ないのよ。お爺さん。お恥かしいじゃありませんか。そのね、(二人で来る。)というのさえ、思出さねば気が付かない迄、好な事、嬉しい事、床しい事も忘れていて、お暇乞をしたあとで、何だかしきりに物たりなくって、三絃を前に、懐手で熟と俯向いている中に、やっと考え出したほどなんですもの。
 私許でも、真似事の節句をします。その栄螺だの蛤だのは、どうしたろうと、何年越かで、ふっと、それも思出すと、きっと何かと突包んで一所に食べたに違いない。菱餅も焼くのを知って、それが草色でも、白でも、色でも、色の選好みは忘れている、……ああ、何という空蝉の女になったろう、と胸が一杯になったんですよ。」

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