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 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 得右衛門を始めとして四人《よつたり》の壮佼《わかもの》は、茶碗酒にて元気を養ひ一杯機嫌で立出でつ。惜しや暗夜《やみ》なら松明を、点して威勢は好からむなど、語り合ひつゝ畦伝ひ、血の痕を踏んで行く程に、雪の下に近づきぬ。金時真先に二の足踏み、「得右衛門もう帰らうぜ。と声の調子も変になり、進み兼ねて立止まれば、「是《これ》さお主は何うしたものだ。と言ひ励《はげま》す得右衛門。綱は上意を承り、「親方、大人気無い、廃止《よし》にしませう。余所なら可いが、雪の下はちと、なあ、おい。と見返れば貞光が、「左様《さう》だとも/\、もう彼是十二時だらう。といふ後《しり》につき季武は、「今しがた霊山の子刻《こゝのつ》を打つた、此から先が妖物《ばけもの》の夜世界よ。と一同に逡巡《しりごみ》すれば、「えゝ、弱虫めら何のこれたかが幽霊だ。腰の無い物なら相撲を取ると人間の方が二本足だけ強身《つよみ》だぜ。と口にはいへど己《おのれ》さへ腰より下は震へけり。金時は頭を掉《ふ》り、「なに鬼や土蜘蛛なら、糸瓜《へちま》とも思はねえ。「己《おれ》もさ、狒々や巨《うはばみ》なら、片腕で退治て見せらあ。「我《おいら》だつて天狗の片翼を斬つて落すくらゐなら、朝飯前だ。「此処にも狼の百疋は立処《たちどころ》に裂いて棄てる強者が控へて居ると、口から出任せ吹き立つるに、得右衛門はあてられて、「豪気《えらい》々々、其口で歩行《ある》いたら足よりは達者なものだ。さあ行かうかい。といへばどんじりの季武が、「処が、幽霊は大嫌否《きらひ》さ。「辧慶も女は嫌否《きらひ》かッ。「宮本無三四《むさし》は雷《らい》に恐れて震へたといふ。「遠山喜六といふ先生は、蛙を見ると立竦みになつたとしてある。

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