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『龍潭譚』 青空文庫
をぢは一挺の斧を腰にしたり。れいによりてのしのしとあゆみながら、茨など生ひしげりて、衣《きぬ》の袖をさへぎるにあへば、すかすかと切つて払ひて、うつくしき人を通し参らす。されば山路のなやみなく、高き塗下駄《ぬりげた》の見えがくれに長き裾《すそ》さばきながら来たまひつ。
かくて大沼の岸に臨みたり。水は漫々として藍《らん》を湛へ、まばゆき日のかげも此処《ここ》の森にはささで、水面をわたる風寒く、颯々として声あり。をぢはここに来てソとわれをおろしつ。はしり寄れば手を取りて立ちながら肩を抱きたまふ、衣《きぬ》の袖左右より長くわが肩にかかりぬ。
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