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 『二、三羽――十二、三羽』 青空文庫

 土手の松へは夜鷹が来る。築土《つくど》の森では木兎《ずく》が鳴く。……折から宵月の頃であった。親雀は、可恐《おそろし》いものの目に触れないように、なるたけ、葉の暗い中に隠したに違いない。もとより藁屑も綿片《わたぎれ》もあるのではないが、薄月が映すともなしに、ぼっと、その仔雀の身に添って、霞のような気が籠って、包んで円く明かったのは、親の情の朧気《おぼろげ》ならず、輪光を顕わした影であろう。「ちょっと。」「何さ。」手招ぎをして、「来て見なよ。」家内を呼出して、両方から、そっと、顔を差寄せると、じっとしたのが、微《かすか》に黄色な嘴を傾けた。この柔な胸毛の色は、さし覗いたものの襟よりも白かった。
 夜ふかしは何、家業のようだから、その夜はやがて明くるまで、野良猫に注意した。彼奴《きゃつ》が後足で立てば届く、低い枝に、預ったからである。
 朝寝はしたし、ものに紛れた。午《ひる》の庭に、隈なき五月の日の光を浴びて、黄金の如く、銀の如く、飛石の上から、柿の幹、躑躅、山吹の上下を、二羽縦横に飛んで舞っている。ひらひら、ちらちらと羽が輝いて、三寸、五寸、一尺、二尺、草樹の影の伸びるとともに、親雀につれて飛び習う、仔の翼は、次第に、次第に、上へ、上へ、自由に軽くなって、卯の花垣の丈を切るのが、四、五度馴れると見るうちに、崖をなぞえに、上町《うわまち》の樹の茂りの中へ飛んで見えなくなった。

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