検索結果詳細


 『龍潭譚』 青空文庫

 とめくるめくばかり背を拍ちて宙につるしながら、走りて家に帰りつ。立騒《たちさわ》ぐ召つかひどもを叱りつも細引《ほそびき》を持て来さして、しかと両手をゆはへあへず奥まりたる三畳の暗き一室《ひとま》に引立てゆきてそのまま柱に縛めたり。近く寄れ、喰さきなむと思ふのみ、歯がみして睨まへたる、眼の色こそ怪しくなりたれ、逆《さか》つりたる眦《まなじり》は憑きもののわざよとて、寄りたかりて口々にののしるぞ無念なりける。
 おもての方さざめきて、何処《いずく》にか行きをれる姉上帰りましつと覚し、襖いくつかぱたぱたと音してハヤここに来たまひつ。叔父は室の外にさへぎり迎へて、
 「ま、やつと取返したが、縄を解いてはならんぞ。もう眼が血走つてゐて、すきがあると駈け出すぢや。魔《エテ》どのがそれしよびくでの。」

 156/186 157/186 158/186


  [Index]