検索結果詳細


 『活人形』 鏡花とアンティークと古書の小径

 高田は太《いた》く不興して、「令嬢は何うしました。え、お藤様《ふじさん》は何うしたんです。とせきこむにぞ、得三は当惑の額を撫で、「いやはや、お談話《はなし》になりません。藤が居無くなりました。高田は顔色変へ、「何だ、お藤が居無くなつたと?「此通り、此室より外《ほか》に入れて置く処はない。実に不思議でなりません。と流石の得三も呆れ果てて、悄れ返れば高田は勃然《むつ》として、「左様《さう》いふことのあらう道理は無い。ふゝん、こりや俄に彼《あ》の娘が惜しくなつたのだな。「滅相な。「否《いや》、其に違ひありません。隠して置いて、我《おれ》を欺くのだ。「と思召すのも無理では無い。余り変で自分で自分を疑ふ位です。先刻《さつき》から見えぬといひ、或は婆々奴《ばゝあ》が連れ出しはしないかと思ふばかりで、其より他に判断の附様《つけやう》がございません。早速探し出しますで、今夜の処は何分《なにぶん》にも御猶予を願ひたい。と腰を屈め、揉手をして、只管《ひたすら》頼めどいつかな肯かず、「なんのかのと、体《てい》の可いことを言ふが、婆々と馴れ合つてする仕事に極《きは》まつた。誰だと思ふ、えゝ、つがもねえ、浜で火吸器《すひふくべ》といふ高田駄平だ。そんな拙策《あまて》を喰ふ者か。「まあ/\さう一概におつしやらずに、別懇の間に免じて。「別懇も昨今もあるものか。可し我《おれ》も断つてお藤を呉れとは言はぬ。其代《そんでえ》に貸した金千円、元利揃へてたつた今貰はうかい。と証文眼前《めさき》に附着くれば、強情我慢の得三も何とか返さむ言葉も無く困じ果ててぞ居たりける。

 160/219 161/219 162/219


  [Index]