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 『高野聖』 泉鏡花を読む

 人を馬鹿にして居るではありませんか。あたりの山では処々茅蜩殿、血と泥の大沼にならうといふ森を控へて鳴いて居る、日は斜、溪底はもう暗い。
 先づこれならば狼の餌食になつても其は一思に死なれるからと、路は丁度だらだら下なり、小僧さん、調子はづれに竹の杖を肩にかついで、すたこら遁げたわ。
 これで蛭に悩まされて痛いのか、痒いのか、それとも擽つたいのか得もいはれぬ苦しみさへなかつたら、嬉しさに独り飛騨山越の間道で、御経に節をつけて外道踊をやつたであらう、一寸清心丹でも噛み砕いて疵口へつけたら何うだと、大分世の中の事に気がついて来たわ。抓つても確に活返つたのぢやが、夫にしても富山の薬売は何うしたらう、那の様子では疾に血になつて泥沼に。皮ばかりの死骸は森の中の暗い処、おまけに意地の汚い下司な動物が骨までしやぶらうと何百といふ数でのしかゝつて居た日には、酢をぶちまけても分る気遣はあるまい。

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