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 『婦系図』 青空文庫

 ところで、まん直しの仕事でもしたいものだと、柳橋辺を、晩《おそ》くなってから胡乱《うろ》ついていると、うっかり出合ったのが、先刻《さっき》、紙入れを辷らかした男だから、金子《かね》はどうなったろうと思って、捕まったらそれ迄だ、と悪度胸で当って見ると、道理で袖が重い、と云って、はじめて、気が着いて、袂《たもと》を探してその紙入を出してくれて、しかし、一旦こっちの手へ渡ったもんだから、よく攫徒仲間が遣ると云う、小包みにでもして、その筋へ出さなくっちゃ不可《いか》んぞ、と念を入れて渡してくれた。一所に交番へ来い! とも云わずに、すっきりしたその人へ義理が有るから、手も附けないで突出すつもりで、一先ず木賃宿へ帰ろうとする処を、御用になりました。たった一時《ひととき》でも善人になってぼうとした処だったから掴まったんで、盗人心《ぬすっとごころ》を持った時なら、浅草橋の欄干《てすり》を蹈《ふ》んで、富貴竈《ふうきかまど》の屋根へ飛んでも、旦那方の手に合うんじゃないと、太平楽を並べた。太い奴は太い奴として。

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