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 『義血侠血』 青空文庫

 熱鬧《ねっとう》を極めたりし露店はことごとく形を斂《おさ》めて、ただここかしこに見世物小屋の板囲いを洩るる燈火《ともしび》は、かすかに宵のほどの名残《なごり》を留めつ。河は長く流れて、向山の松風静かに度《わた》る処、天神橋の欄干に靠《もた》れて、うとうとと交睫《まどろ》む漢子《おのこ》あり。
 渠は山に倚り、に臨み、清風を担い、明月を戴き、了然たる一身、蕭然たる四境、自然の清福を占領して、いと心地よげに見えたりき。
 折から磧の小屋より顕われたる婀娜者あり。紺絞りの首抜きの浴衣を着て、赤毛布を引き絡《まと》い、身を持て余したるがごとくに歩みを運び、下駄の爪頭《つまさき》に戞々《かつかつ》と礫《こいし》を蹴遣りつつ、流れに沿いて逍遥いたりしが、瑠璃色に澄み渡れる空を打ち仰ぎて、

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