検索結果詳細


 『草迷宮』 鏡花とアンティークと古書の小径

 爺《じじい》どのが、待たっしゃい、鶴谷様のお使いで、綿を大《いか》いこと買うて来たが、醤油樽や石油缶の下積になっては悪かんべいと、上荷に積んであるもんだ。喜十郎旦那が許《とこ》で、ふっくりと入れさっしゃる綿の初穂へ、その酒浸しの怪物《ばけもの》さ、押《おっ》ころばしては相成《あいな》んねえ、柔々《やわやわ》積方も直さっしゃい、と利かぬ手の拳を握って、一力味《ひとりきみ》力みましけ。
 七面倒な、こうすべい、と荒稼ぎの気短徒《きみじかてあい》じゃ。お前様、上かがりの縄の先を、嘉吉が胴中へ結え附けて、車の輪に障らぬまでに、横づけに縛りました。
 賃銭の外じゃ、落しても大事ない。さらば急いで帰らっしゃれ。しゃんしゃんと手を拍いて、賭博《ばくち》に勝ったものも、負けたものも、飲んだ酒と差引いて、誰も損はござりませぬ。可い機嫌のそそり節、尻まで捲った脛の向く方へ、ぞろぞろ散ったげにござります。

 196/1510 197/1510 198/1510


  [Index]